君(多部未華子)と別れた後で思い出す猫踏んじゃったを連弾した時間(三浦春馬)
正直に話すのは哀しい、嘘をつくのも悲しい話である。
正しい選択がない問題が人生にあることを示す一幕。
それでもどうにかしなければならず・・・どっちつかずにしていても時が流れていく。
ドラマが描きだす現実とはそういうものだろう。
正気の沙汰とは思えない言動をする人の内面には余人には窺い知れない・・・そういう葛藤があるのかもしれない。
「ALSの患者を傷つけるかもしれない」ドラマはスルーして「赤ちゃんポストちゃんを傷つけるかもしれない」ドラマに噛みつく人がいることは不思議な話だが・・・本人の中では整合性があるのかもしれないという話である。
さて、「難病ドラマ」で検索すると・・・現在はまず・・・このドラマについての記事がヒットする。
そういうわけで・・・これを「難病ドラマ」と言ってもそれほど意外ではないだろう。
テレビ番組は基本的には制作者が「企画」することからはじまる。もちろん、プロデューサーが自ら発案することもあるし、スタッフと相談の上、企画が練られる場合もある。
ドラマの様々な要素の何が最初にあるかは・・・ケース・バイ・ケースである。「原作」や「脚本」がある場合もあるし、脚本家や演出家、主演男優や女優が先行する場合もあるだろう。
企画がある程度、定まった段階で関係者との調整が行われる・・・局内の上司の了解や、予定スポンサーへの根回しもこれに含まれる。
「難病もの」がお茶の間にいかに受け入れられるかを・・・企画者はある程度、説明しなければならない。
一番、堅実なのは・・・先行例をあげることである。その時点で・・・企画は二番煎じで新鮮味がないという考え方もあるが・・・過去の成功に学ぶことは大きいのである。
「難病もの」で検索すると「24時間テレビ愛は地球を救うドラマスペシャル」もヒットする。「今日の日はさようなら」の悪性リンパ種、「車イスで僕は空を飛ぶ」の脊髄損傷、「生きてるだけでなんくるないさ」の悪性腫瘍・・・まあ、見ていなくてもなんとなく想像のつく感じでありますか。
連続ドラマで最初にヒットするのは「1リットルの涙」(2005年)である。
当然、「平均視聴率15.4%で最終回には20.5%を記録しました」という情報も説得材料になる。
それに加えて、恋愛ドラマとしての要素もアピールし「主演とヒロインは映画の『君に届け』(2010年)で高い評価を受けています」などと付け加えたりするだろう。
さらに脚本は「僕の生きる道」、「僕と彼女と彼女の生きる道」、「僕の歩く道」のいわゆる「僕シリーズ3部作」というヒューマニズムを全面に据えたドラマの実績があることもさりげなく申し添えるだろう。
一作目の「僕の生きる道」はスキルス性胃癌に冒された余命一年の男が主人公の物語である。平均視聴率は15.5%で最終回は21.6%だった。
関係各所もその気になったはずである。
結果として、ここまで11.2%↘*9.4%→*9.4%↘*8.5%となっているわけだが・・・裏番組が一部の心ない人たちの起こした騒動でとんでもないことになっているので・・・視聴率的惨敗への慰めにはなっていると妄想する今日この頃である。
キッドとしてはどちらのドラマもとてもいいと考えている。レビューの順番が前後することに他意はない。
で、『僕のいた時間・第4回』(フジテレビ20140129PM10~)脚本・橋部敦子、演出・城宝秀則を見た。世界第一位(2011年)を誇る日本人の平均寿命は83歳(ただし男性に限ると79歳で世界12位)である。普通という言葉はなかなかに使用しにくい言葉だが・・・平均に対して・・・三十歳までに死んでしまうことは極めて短命と言えるだろう。主人公の澤田拓人(三浦春馬)は残り時間の少なさにうろたえる。そして・・・結婚を視野に交際している恋人・本郷恵(多部未華子)への対応に苦慮するのである。その結論をどう考えるかは人それぞれであろう。正直に告白することが誠実と考える人もいるだろうし・・・正直に告白してあっさり別れに同意されたら立場ないとあらぬ心配をする人もいるだろう。なんとなくだらだら付き合う方が人間らしいと考える人もいるかもしれない。後でどうせ分かるからいい格好してるだけだと邪推する人もいるかもしれない。それぞれの中にある「普通」と「それぞれ」の感慨。脚本家は淡々とそういう問いかけを描きだすことにかけては当代一の名人だと考える。
僕は闘病生活に入った。
筋萎縮性側索硬化症 (ALS)の患者として主治医の谷本医師(吹越満)の診療を受けているということだ。
僕は病気のことを誰にも打ち明けられずにいる。
こういう時、母親(原田美枝子)は超能力で・・・子供の身に起きていることを直感したりするべきだと思うが・・・母親は弟の陸人(野村周平)が急にピアノを弾きたいと言い出したので・・・弟の身辺に何かあったのではないかと・・・心配して僕に電話をしてくる始末だ。
「どうして・・・陸人に直接聞かないの」
「何かあったらと思うとこわいでしょ」
「そう・・・」
僕は思わず電話を叩き切ってしまった。
母さん・・・何かあるのは僕なんだよ。どうして分かってくれないんだい。
職場ではさらに力仕事が困難になってきた。僕は「宮前家具」の正社員としてそれなりの営業成績をあげ・・・アルバイト店員の宮下さん(近藤公園)に妬まれたりもしている。
妬みたいのはこっちだよ。アルバイト店員でもいい・・・健康で長生きがしたい。
ま・・・そんなこといったって状況は変わらないけどね。
いつまで・・・正社員でいられるか・・・出勤できなくなったらそれまでなのか。
面接官は・・・見る目がなかったと責められるのか。
まあ・・・病気だからね・・・本人さえ見抜けなかったんだから・・・不可抗力ですよね。
皮肉なことに・・・父親(小市慢太郎)は医者だし、弟は医大生だ。
担当医はいずれ・・・家族には話さなければいけないというが・・・家族に話して病気が治るわけではない。
ただでさえ・・・落ちこぼれた僕はせめてゼロでいたいんだ。
プラスではなくて・・・マイナスの存在の僕は家族の負担になるだけで・・・存在価値を疑われないか・・・奇妙な心配をしているんですよ。
向井先輩(斎藤工)にも友人の守と書いてまもる(風間俊介)にも打ち明ける気にならない。
「秘密」だ・・・。秘密を持っていることは心苦しいと言うけれど・・・もうすぐ死ぬことを黙っているのはどこか甘い香りがする。
それは劣等感と裏返しの優越感みたいなものかもしれない。
誰かが何かに悩んでいたとしても・・・何言ってんだ・・・僕なんかもうすぐ死ぬんだぜと言う気持ちだ。
なんだか・・・絶対的に優位になっている気がする。
なにしろ・・・守るべきものがもうすぐなくなるんだから。
でも・・・恵・・・君にはどう接したらいいだろう。
君と過ごす時間はどんどん楽しくなっていく。
君と過ごす未来を想像すると優しい気持ちになる。
君と結婚して・・・君と僕の子供が生まれ・・・平凡だけれどささやかな幸せのある家庭を作って・・・だけど・・・それはもうただの夢物語になってしまった。
僕の部屋に君がハブラシを置いたままにしたり・・・僕の腕の中で君がだんだんと女としての喜びを覚えて行ったり・・・二人で作曲者不明なのにみんなが知っている「猫踏んじゃった」を弟の電子ピアノで弾いてみたり・・・そういう幸せな時間に未来がないってこと。
君がきっと思っている僕との生活が実現しないってこと。
それを知ったら・・・君はどうなるんだろう。
凄く哀しむのかな。
それとも・・・僕から弟に乗り換えたお母さんみたいに・・・別の誰かと歩み始めるのかな。
ああ・・・いろいろと考えると僕は頭がおかしくなりそうだ。
きっと・・・そういうことなんてこれっぽっちも考えていない守と書いてマモルがうらやましい。
メグの友達の陽菜ちゃん(山本美月)に片思いだって・・・童貞だっていいじゃないか。
未来が残されているんだから。
ああ・・・どうせ死ぬんだから・・・なんだってできるはずなのに・・・僕は他人のことばかり考えている。
でも・・・そうだろう・・・人間は生き続けることを前提に生きているんだもの。
それが多分普通なんだもの。
マーくんの年俸と自分の時給を比べてカッとなって犯罪に走ったりする人間と僕は違うんだもの。
いや・・・これから・・・僕がどうなるかなんてわからない。
もっともっと残り時間が短くなって・・・もっともっと普通じゃなくなって。
愛する人を平気で傷つける人間になるかもしれない。
僕はそれが恐ろしい。
恵の短命だったお父さんのことを恵のお母さんは悪く言わない。
それでも・・・闘病と看護の生活が苦しかったことは分かる。
だって・・・マイナスの家族が一人いることは・・・プラスにするために倍の努力が必要ってことだから。
本当にギリギリの生活だったら・・・生きていてくれるだけでいい・・・なんて綺麗事に過ぎない。
まして僕なんか何も出来なくなってしばらく生きた後で死んじゃうんだぜ。
医学の進歩が明日・・・新しい治療法を生むかもしれないっていうけれど・・・そんなのなんの慰めにもならないよ。
今、誰かが実験台になって治療方法を開発中なんですか・・・それとも僕がその実験台なんですか。
ああ・・・段々と動かなくなっていく僕の身体。
いらだちを君にぶつけ始める僕。
潮時だ・・・潮時だよね。
「君とおしまいにしたい」
「何言ってるの」
「君と別れたい」
「他に好きな人ができたの」
「君との将来を考えられない・・・君は重い」
「・・・」
僕は・・・君に別れを告げた。
君は物凄く傷ついただろう。
それは残酷なことだっただろう。
でも・・・そうする他にはなかった。
君を哀しませたくなかったし・・・君に見放されるのが何より怖かった。
僕はもう精一杯だったんだよ。
君が向井先輩の胸で泣いたりするから・・・向井先輩がやってきてしまった。
君をただ奪ったりしない・・・いい人だって・・・僕には分かっていた。
だからといって・・・先輩にだって事実を話すことはできない。
でも不自由な体のおかげで・・・うっかり・・・先輩に病気のことを悟られてしまった。
隠しごとっていつかは露見するものなんだなあ・・・。
「病気のこと・・・彼女には・・・」
「言わないでください・・・」
「どうして・・・」
「僕はもう・・・自分のことで精一杯なんです・・・他人の心配をするのは・・・負担になるんですよ」
「・・・」
夜の闇の中で照明に照らし出された僕は死神のような顔をしているような気がする。
そうさ・・・僕は自分の死を告げる死神になったんだ。
だから・・・放っておいてください。
僕に関わっても不幸になるだけなんだから。
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