ミニチュアの街の浅き被写界深度と夕映えの音楽室と波に消えたショパンの調べ(桜井美南)
すべての答えが風に吹かれている頃。
失われた世界から彼らはやってきた。
彼らの存在は世界の儚さを教えてくれた。
熱核戦争による地球の滅亡。
その危機感に包まれたあの頃から半世紀。
世界はいまだ波間に漂う小舟の如く、いつ果てるとも知らずまどろんでいるようだ。
人に宿る狂気は嫉妬、傲慢、憤激、強欲、浪費、怠惰、虚飾、憂鬱を爆発させ、素晴らしいインターネットの世界で踊り狂う。
素晴らしいものを受け入れなければ素晴らしいものには届かないことを不自由な人々に悟らせる術はない。
せめて・・・投稿する前に自分で書いたものを読みなおす努力くらいはしてもらいたい。
ウイルスよ・・・永遠の記録者よ。
嘲笑するがいい・・・この人類の醜態を。
で、『なぞの転校生・第3回』(テレビ東京201401250012~)原作・眉村卓、脚本・岩井俊二、演出・長澤雅彦を見た。年収23憶円のマーくんがニューヨークに旅立つ。史上最年少のワールドカップチャンピオンはテロリストが潜伏するソチへ。一方で食べ物に毒を入れた容疑者が逮捕され、フィクションの多重債務者は鬱プログを更新する。都知事の候補は「五輪開催中に首都直下型地震が来ても大丈夫な都市にしたい」と抱負を述べる。虚実おりまぜて笑いのたえない2014年である。もう少し元気ならドクター中松を支援したいと本気で考える。そして・・・なぞの転校生・山沢典夫(本郷奏多)は東西山高校2年3組への転入手続きを完了する。
滅びかけた人生を生きる江原正三(ミッキー・カーチス)は恍惚の朝を迎える。
「あああ・・・だれ・・・しらない・・・あんた」
典夫はモノリスを作動させる。
活性化および増幅修正により精神機能のボルテージが一時的に上昇し、恍惚の人から典夫の忠実な下僕となる正三プラス。
「失礼しました・・・」
「大丈夫か」
「昨夜はいささか・・・はしゃぎすぎました」
「すまない・・・お前の命は尽きかけている」
「お気になさりますな・・・涅槃には亡き妻が待っております」
「・・・そうか」
典夫はしばらく名残を惜しむ・・・しかし、登校時間が迫っている。
モノリスには持続的な効果はないようだ。効果範囲も限定されているらしい。
典夫が部屋を出ると・・・正三プラスのつかのまの正気は霧散し・・・知性は減衰して行く。
理事長の寺岡(斉木しげる)に呼び出された大谷先生(京野ことみ)は典夫の転入に驚く。
理事長室にいる見知らぬ少年は奇妙な威圧感を漂わせている。
寺岡理事長の転入生への対応はまるで王侯貴族に遇するが如しである。
しかし、何事にも前向きな大谷先生はなぞの転校生をただちに受け入れるのだった。
登校中の幼馴染同志である岩田広一(中村蒼)と香川みどり(桜井美南)は・・・クラスメートの大森健次郎(宮里駿)と春日愛(宇野愛海)がカップル化していることを発見する。
「二人・・・付き合ってるみたいね」
「そういえば・・・昨日も一緒だったな」
「向こうも私たちを見て同じようなこと言ってるかもよ」
「え・・・」
「私たちはどうなのかしらね」
「え・・・なんだよ・・・それ」
「・・・」
精神的に幼い・・・体は高校生だが心は中学生の広一は戸惑う。
一足早く大人になりかけているみどりはそんな広一にものたりなさを感じるのだった。
そして・・・その気持ちは教室に転校生の典夫が入って来た時に一気に加速するのだった。
みどりはすでに・・・なぞの転校生に心を奪われていた。
その変化に・・・鈍いはずの広一も即座に反応する。
しかし・・・その気持ちをもてあます広一。
「この世界のことをいろいろと教えてください」
(世界か・・・やはりとてもかわった人だ)
みどりは心に新鮮な空気が入り込むのを感じる。
(花を・・・心から・・・愛している人)
みどりには奇妙な典夫の言動が美しい調べとなって感じられる。
一方で・・・広一は理由のない胸騒ぎを感じるのだった。
(何か・・・おかしなことがおこりそうだ・・・)
あらかじめ準備された空席は広一の背後。みどりの臨席だった。
教科書を見せるために机を並べるみどりと典夫に・・・心がざらつく広一。
しかし・・・奥手な広一はそのざらつきの正体を見極めることもできないのだった。
そして・・・授業で・・・「波」について質問された典夫は恐るべき知識量を披露するのだった。
「物理学においては波動という言い方が正確かもしれません。何らかの物理量の周期的変化が空間方向へと伝わる現象です。波動には振動数、周期、振幅波長、波数などの物理量が定義されます。音波や水面の波、あるいは地震波のように物質の振動が媒質を通して伝わる現象の他に電磁波のように媒質がない空間を伝わるものもあります。そもそも宇宙そのものが波であり、渦のようにうねった時空が複雑な波動でいくつもの平行世界を形成しています」
「・・・平行世界・・・そこまでいくと空想科学小説だな」と応じる理科物理担当教師の渡辺先生(岡村洋一)。
しかし・・・それは典夫にとって意外なことのようだった。
「・・・この世界では平行世界の存在は立証されていないのですか?」
「私の知る限りではね・・・あくまで仮説の一つにすぎないよ」
「D12世界について・・・知らないのですか?」
「D12・・・なんだい・・・そりゃ?」
「いえ・・・ちょっとしたジョークです」
「こらこら・・・教師をからかっちゃいかんぞ」
休憩時間。たちまち・・・みどりと広一、健次郎と愛のグループに合流する典夫。
「すごいな・・・ウィキペディアを内臓しているのかと思ったよ」
「ウィキ・・・ああ、素晴らしいインターネットの世界の誰でも編集できるフリー百科事典のことか」
「・・・」
変な奴だと広一は思う。
変な人だとみどりも思う。
「あれ・・・なんだい・・・平行世界って・・・」
「ああ・・・昔、読んだSF小説の話さ」
「なんて・・・作品・・・」
「おお・・・ムーくんの仲間出現だよ」と茶化す健次郎。
「仲間・・・」
「彼、SF研究会の部員なのよ」
「SF研究会?」
「さっきの話・・・タイトルは?」
「さあ・・・誰だったかな」
「アーサー・C・クラークとか?」
「アーサー・C・クラーク・・・彼は通信工学の研究者だろう」
「いや・・・代表的なSF作家だよ・・・2001年宇宙の旅・・・知ってるだろう」
「そうか・・・この世界では・・・とにかく・・・タイトルや作者のことは忘れてしまったよ」
「残念だな・・・面白そうだから・・・読みたかったのに・・・」
みどりは幼馴染の広一と話す典夫を興味深く見つめるのだった。
次の授業中・・・典夫は教室から姿を消していた。
理事長と校舎の屋上で密会する典夫。
「この世界は本当に美しいな」と呟く典夫。
「しかし・・・人間は醜いですよ」と下僕として典夫の支配下にある理事長。
「そうなのか」
「政治家も一般市民も・・・己の欲望に忠実で醜さをさらけだしております」
「まあ・・・モノリスによって次元移動を可能にしたD1世界も・・・僕のいたD8世界も人間なんてものはそう変わらないようだ」
「しかし・・・どこかの世界にはきっと理想の人類が存在しているのでしょう」
「理想の人類か・・・それはもう人類とは呼べないものかもしれないよ」
「そんなものでしょうか」
「そんなものさ・・・とにかく・・・君にはやってもらいたいことがある」
「なんなりと・・・」
「王妃はテロによって負傷なされている・・・ただちに治療が必要なのだ」
「重傷なのですか・・・」
「そうだ・・・今すぐDRSのスペシャリストを集めて欲しい・・・」
「DRS・・・とは何でしょうか」
「何?・・・DNAの書き変え修復医療に決まっているだろう」
「そのような医療技術は聞いたこともありません」
「なんだって・・・まさか・・・」
「DNAは漸くヒトゲノムの解析が終った段階でございます」
「嘘・・・じゃ・・・培養人工臓器の置換技術は・・・」
「それは研究段階で・・・実用化には至っておりません」
「なんてことだ・・・そうか・・・この世界は美しさと引き換えに・・・スピードを失ったのか」
「そちらの世界ではそれほどの進歩が・・・」
「そうさ・・・しかし・・・進歩しすぎて・・・今は・・・すべてを失ってしまったんだ」
「残念なことです」
「見たまえ・・・あの紙飛行機を・・・」
「はあ・・・」
「僕の世界ではあのサイズの無人戦略爆撃機一機で惑星を破壊することができたのだ」
「それは・・・恐ろしいことでございますね」
「ああ・・・本当に恐ろしかったよ」
典夫は絶望を胸に屋上を去った。
モノリスの効力を失った理事長は我に帰る。
「あれ・・・私はここで・・・何を・・・?」
昼食の席に戻った典夫。
「どこに行ってたの」
「少し・・・手続きが残っていたんだ」
「昼飯は・・・」
「・・・外ですましてきた」
「ねえ・・・あなた・・・人物についての自由研究で同じ班になったんだけど・・・いま・・・意見が分かれているのよ」
「・・・?」
「女子たちは麻酔の人体実験で母親を殺して妻を失明させた華岡青州がいいっていうんだけど」
「かなりハードな人物だね」
「だろう・・・女子って基本、残酷なものが好きだよな。男子としてはH・G・ウエルズを推したいんだ」
「SFの父だね」
「そうそう・・・やはり・・・君は僕の仲間なんだな・・・このクラスのみんなときたら・・・ヴェルヌとウエルズの区別もつかないんだ」
「まさか・・・世界一周をしたり、海底を探査したり、初めて月旅行をした冒険家とSF作家を間違えたりしないだろう」
「君のジョークは・・・まったく通じないと思うよ」
「ジョーク・・・」
「だろ・・・」
「そうか・・・こちらの世界では二人とも小説家なのか・・・」
「そうだよ・・・海底二万里のジュール・ヴェルヌ・・・タイムマシンや宇宙戦争のH・G・ウエルズさ」
「つまり・・・この世界にはSFの父は二人いるんだね」
「うん・・・そうそう・・・この世界ではね・・・ということで・・・多数決でウエルズだ」
広一はみどりに微笑みかけた。しかし・・・みどりの視線は典夫に注がれているのだった。
放課後。
みどりは自分が所属する吹奏楽部に広一を勧誘する。
「音楽か・・・」
「楽器できるんでしょう」
「とにかく・・・様子を見せてもらいたい」
吹奏楽部の顧問・・・大谷先生は典夫を歓迎する。
しかし・・・典夫は・・・。
「どうやら・・・僕には向いていないようです」
「まあ・・・どうして」
「僕の肺活量には問題があるのです」
「まあ・・・病気なの」と心配するみどり。
「いいえ・・・生まれつき肺がないのです」
「肺がないって・・・ああ・・・先天性なものなのね」
「同情にはおよびませんよ・・・生活には支障がないですから・・・」
しかし・・・大谷先生もみどりも・・・麗しげに典夫を見つめるのだった。
「では・・・僕はこれで・・・」
「どこに行くの」
「もう少し・・・校内を偵察したいと思います」
「偵察・・・?」
典夫はSF研究会部を訪問する。
「やあ・・・」
広一は・・・鈴木(戸塚純貴)や太田(椎名琴音)と自主制作映画の撮影中だった。
ミニチュアの都市を襲う、火星人の戦闘機械のシーン。
「これは・・・面白いな」
「ウエルズの宇宙戦争だよ・・・」
「君は本当にSFがすきなんだね」
「ウエルズは科学ロマンス・・・つまりSRって名付けたらしいけどね」
「彼は国家主権を排して地球の統一を主張していたんだったね」
「そうさ・・・だから国際連盟も国際連合も批判した・・・まあ・・・第二次世界が終結した次の年に亡くなったわけだけど・・・」
「ウエルズの作品・・・解放された世界・・・では原子核反応による最終兵器が登場するね」
「そうだ・・・結局・・・彼の予言は半分当たった・・・原子爆弾の投下によって・・・戦争は終結したからね・・・」
「今のところはね・・・」
「君の世界では・・・どうなった」
「え・・・」
「ジョークだよ」
「なるほど・・・」
「ねえ・・・SF研究会に入ってくれないか」
「もう少し・・・考えさせてくれ・・・」
「お待ちしてます・・・廃部寸前なんで・・・」と眼鏡っ子はおねだりした。
典夫が出ていくと・・・広一は眼鏡っ子をからかう。
「珍しいな・・・猫撫で声だして・・・」
「だって・・・あの人・・・超やばいですよ・・・あの人入部したら・・・女子部員激増間違いなしです」
「そうなのか・・・」と広一は女心をまったく理解しないのだった。
そして・・・典夫は再び・・・音楽室に向かう。
しかし・・・そこは無人だった。
典夫はピアノに向かい・・・「前奏曲第15番変ニ長調・雨だれ/フレデリック・フランソワ・ショパン」を奏で始める。
そこへ・・・大谷先生がやってくる。
「いい曲ね・・・あなたのオリジナル?」
「ショパンの雨だれですよ・・・」
「ショパン・・・聞いたことがないわね」
典夫は音楽室に飾られた名匠たちの肖像画を見る。
ショパンの肖像画もあったような気がしたが気のせいかもしれない。
「そうですか・・・こちらの世界ではショパンは無名なんですね」
「どうぞ・・・続けて・・・私が用を片付けて・・・教室を閉めにくるまで・・・でも・・・本当にいい曲だわ・・・知らなかったのが嘘みたい」
「あるいは・・・ショパンは最初から存在しなかったのか・・・」
大谷が去って間もなく・・・血相を変えてみどりがやってくる。
「どうしたんだい・・・」
「財布がないの・・・」
どうやら、みどりは財布を失くしやすい体質らしい・・・。
「お金・・・」
「お金はどうでもいいの・・・母の形見の指輪が・・・入っているの」
「カバンは捜したの・・・」
「最初に見たわよ・・・」
「この辺りにありそうだ・・・」
典夫は魔法のように財布の在り処を探り当てる・・・。
「うそ・・・ありがとう・・・」
「失いたくないという思いが強すぎて失いそうになるのかもしれないね」
「・・・ねえ・・・今、ピアノ弾いていたでしょう」
「ああ・・・」
「もう一度弾いて・・・凄くいい曲だった」
「いいよ・・・」
窓から広がる黄昏の光。そして雨だれのリズムとメロディー。
「美しい曲ね・・・なんて曲」
「うん・・・ショパンの雨だれの前奏曲さ・・・」
「ふうん・・・初めて聞いたわ・・・」
みどりのいる世界には黒澤明監督の映画「夢」で「雨だれ」は奏でられない。
もちろん・・・「アイ・ライク・ショパン/ガゼボ」も日本語カバーの「雨音はショパンの調べ/小林麻美」も存在しない。
大林宣彦監督の映画「さびしんぼう」では練習曲第3番ホ長調「別れの曲」が流れない。
「ノクターン/カンパニュラの恋」を平原綾香が歌ったりもしないのである。
「のだめカンタービレ」なんて後半盛り上がるのか心配になるのだった。
つまり・・・広一やみどりのいる世界は・・・お茶の間とは別世界なのである。
すると・・・ひょっとしたら・・・典夫の滅んだ世界こそが・・・「猿の惑星」なのかもしれない。
さあ・・・一部愛好家的には完全に盛り上がってまいりましたああああああっ。
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