孫子・行軍篇に曰く、半進半退者、誘也・・・と軍師官兵衛(岡田准一)
「孫子」は「武経七書」の一である。
およそ二千五百年前に孫武が著したと言われている。
「計篇」「作戦篇」「謀攻篇」などの十三篇よりなる。
今回、官兵衛が引用したのは・・・「行軍篇」よりの一言である。
「行軍篇」は進軍の四つの原則と・・・敵情探知の三十二の原則を述べており・・・「半進半退者、誘也」は敵情を探知する原則の第十七番目の項目となっている。
「孫子」の基本は「勝てる戦しかしない」ということなので・・・「進軍の原則」とはいかに安全に味方を配置するかということにつきる。一方で「味方を安全たらしめる」敵軍の動向については仔細を極める。
「敵兵が中途半端に進んだり、中途半端に退いたりしているように見えるのは・・・誘いをかけている」つまり、敵が何らかの罠を仕掛けている可能性が高いので注意が必要となるということだ。
そのために・・・猪突猛進を戒めているのである。
「戦争」とは「虚々実々のかけひき」なので・・・「裏」を言えば・・・「退却する時には一気に引かずに徐々に引く手がある」ということになる。
「兵法書」が必ずしも有効でないのは・・・基本的には敵味方の情報の分析が必要となるからである。
たとえば・・・敵指揮官が・・・「伏兵を得意とする」という情報があれば・・・「罠」の可能性は高まるし・・・単なる愚将が相手であれば・・・単純に「指揮系統が乱れている」ということになる。
今回は・・・敵の指揮官に・・・謀略家の石川源吾(升毅)がついていることを知っていた官兵衛は・・・敵勢の進退を見て「誘い」を看破したということになる。
二千五百年前から戦争とは「情報戦」だったのである。
現代でも「友好カード」と「敵対カード」を交互にちらつかせ・・・「誘い」をかける外交戦争は常套手段である。
敵情の分析が甘く、うかうかと「友好」に乗せられれば櫛橋左京進(金子ノブアキ )のように「痛恨の一撃」を浴びる場合があるということである。
で、『軍師官兵衛・第2回』(NHK総合20140112PM8~)脚本・前川洋一、演出・田中健二 を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は通説では小寺職隆の娘で官兵衛の妹にあたる「おたつ」(南沢奈央)の描き下ろしイラスト大公開で感涙でございます。物語では廣峯神社の神官・伊吹善右衛門(フィクション)の娘(フィクション)という設定をとんでも大河風にアレンジしたわけですが・・・廣峯神社の巫女が小寺職隆(柴田恭兵)のお手付きになって子を孕む可能性は充分であり・・・異母妹で何の問題もないわけですのに・・・官兵衛が異母妹と乳繰り合っても何の問題もないですし・・・女子供に気を使いすぎ、戦国武将たちの「よいではないかよいではないか」モードが規制されるのは本当に一同爆笑の展開と言えるのでございます。
永禄5年(1562年)、元服し、主家である小寺政職の近習となった黒田(小寺)官兵衛。そもそも小寺家は姫路城の北にある置塩城に逼塞する守護大名・赤松宗家義祐の分家である。龍野城の龍野赤松家も分家であり、三木城の別所家、英賀城の三木家も同様である。その中で龍野赤松政秀は分家筆頭として力を強めていたのである。要するに下剋上なのである。かたや小寺家は、志方城の櫛橋氏のような赤松一門衆や、有能な黒田家を登用することで西播磨一帯に勢力を拡大していたのである。一方で赤松宗家には筆頭家老家としての浦上家がある。浦上家は守護代として西隣の備前国に赴任するや・・・ちゃっかりと戦国大名化した掟破りの家来衆ということになる。しかし、この頃には播磨国室津城の浦上政宗と備前国天神山城の浦上宗景が兄弟喧嘩の真っ最中なのであった。ちなみに・・・宇喜多家はこの浦上家の家来である。この夏、伯耆国では毛利家の勢力が侵入を開始している。永禄6年(1563年)四月には湯所口の戦いで因幡国守護軍の山名豊数が武田高信に敗れている。山陰での覇権争いと同様に・・・宇野下野守こと赤松政秀(団時朗)と小寺藤兵衛政職(片岡鶴太郎)は西播磨の縄張り争いて緊張を高めていたのだった。一方、東の彼方尾張国では三河国の松平元康との清州同盟を成立させた織田信長が義理の甥にあたる斎藤龍興が支配する美濃国攻略戦を開始する。しかし、美濃国は強国であり、一流軍師・竹中半兵衛(谷原章介)がその行く手を阻むのだった。信長は永禄十年まで・・・美濃を手中に収めることはできないのである。その激闘の前にはややのんびりとした赤松と小寺の小競り合い・・・しかし、その均衡をやぶるような政略結婚が展開される。裏に宇喜多直家が糸を引いているかのような奇手である。赤松宗家の家老家である室津城主・浦上政宗の子・清宗と小寺家家老である姫路城主・小寺(黒田)職隆の娘の婚姻である。これによって・・・西播磨の力の均衡は崩れ・・・龍野赤松家の弱体は避けられないことになる・・・はずであった。永禄7年1月11日(1564年2月23日)・・・浦上家と黒田家は親戚になろうとしていたのであるが。
「え・・・」と父の職隆から縁談を聞かされた官兵衛は絶句したのであった。
「どうした・・・」
「それでは・・・伊吹家のおたつは・・・異母妹なのですか・・・」
「そうじゃ・・・わしと広峰神社の忍び巫女との間に出来た子じゃ・・・」
官兵衛は・・・おたつと逢瀬を振り返る。
官兵衛を男にしたのもおたつだったし、おたつを女にしたのも官兵衛だったのである。
ふくよかなおたつの肉体に何度も精を放っていた官兵衛だった。
そうした情交によっておたつはくのいちとしての腕を磨いていったのである。
(妹・・・だったのか)
太古の昔から同母兄妹の性交は禁じられ忌むべきこととされたが・・・異母ならばそれは認められていた。そもそも・・・父親が同じかどうかを確かめる術がなかったからである。
妹だと知って官兵衛の中でおたつへの情が減ずるわけでもない。
ただ・・・嫁いでしまえば・・・馴染んだ交合の日々が遠ざかるのみである。
それが・・・少し惜しい気がする官兵衛だった。
しかし・・・軍略家として覚醒しつつある官兵衛は・・・おたつへの未練とは別に・・・この政略結婚に胸騒ぎを感じるのである。
「危ういのではありませんか」
「何がだ・・・」
官兵衛は・・・武人としての父に時々・・・もどかしいものを感じる。
祖父とは阿吽の呼吸で分かることが・・・父には通じないことが多いのである。
「姫路の城と室津の城が結ばれれば・・・龍野城は挟撃されることになります」
「その通りだ・・・これで西播磨は・・・我が殿・小寺政職様のものとなろう・・・」
それは・・・誰にでもわかることだ・・・。
官兵衛は心の中で舌打ちするのだった。
誰もが価値を認めることは・・・危険なのである。
誰もが欲するもの・・・それは火種なのだ。
そこまで・・・おいつめれば・・・龍野城の赤松政秀がどうでるか・・・そこが肝心なのである。
「おたつの婚礼の儀・・・めでたきことなれど・・・」
「どうした・・・何を案ずる・・・」
「ご油断なきように・・・」
「ぬかりはないは・・・室津までの道中・・・八代道慶に警護をしかと申しつけてある」
八代道慶は・・・官兵衛の乳兄弟である八代六郎の父親で・・・黒田家きっての豪のものである。
父にそう言われれば返す言葉はもはやないのである。
そもそも・・・この縁談は・・・主君である御着城主の小寺政職が主導するものである。政職の小姓とは言え・・・人質の身分である官兵衛の意見を述べる筋合いではなかった。
しかし・・・妹の婚姻は・・・官兵衛の勘が告げたように・・・ただならぬ結末を迎えるのであった。
年の瀬の御着城には山を越えた雪が舞っている。
この時以来・・・雪を見れば官兵衛はふと・・・おのが腕の中で甘えた声を出すおたつの面影に胸が疼くようになるのだった。
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