君(多部未華子)が僕を抱きしめた時間(三浦春馬)
ふたつに切り裂かれた心。
やめようと思った時にやめなかった人。
あきらめようとしてあきらめなかった人。
忘れ物をとりにきたのにまた忘れ物をしてしまう人。
人は置き去りにした自分自身に再会してとまどうことがある。
何のために・・・誰のために・・・自分がそこにたっているのか・・・わからなくなる瞬間。
ここはどこ・・・わたしはだれ・・・と尋ねても・・・誰も答えてはくれない。
そういう心の揺らぎを丹念に描く脚本家。
そして・・・蹲るように演じる女優。
こらえにこらえてあふれだす涙。
で、『僕のいた時間・第7回』(フジテレビ20140219PM10~)脚本・橋部敦子、演出・城宝秀則を見た。恵(多部未華子)は拓人(三浦春馬)から理不尽なふられ方をしたが・・・それが理不尽ではなかったことを知ってしまう。繁之(斎藤工)との現実的な生活と・・・事情を知っていた繁之への幽かな嫌悪。そして、押さえようとしても押さえられない拓人への未練。その揺らぎを中心に・・・拓人の病気を知った途端にすべてを察する恵の母(浅田美代子)と異常に察しの悪い拓人の母(原田美枝子)との対比・・・表現力のない拓人の父親(小市慢太郎)・・・そして、病的な自己中心性を示す・・・まあ発達障害という考え方もあります・・・弟・陸人(野村周平)・・・さらにコミカルな普通のカップル・陽菜(山本美月)と守(風間俊介)・・・すべての登場人物たちが・・・拓人のやがて来る時を見守るスムーズな展開である。この手の話となると本当に上手いなあ。
僕には後、どのくらい時間が残されているのだろうか。
もちろん・・・昔の僕から見れば僕の時間は終わったも同じ。
でも、今の僕は・・・まだできることがある。
弟の心の病気は・・・病気と名付けるのが難しい。
しかし、病気でないとすれば・・・弟はひどく悪い奴になってしまう。
病気というのは健康な人から見れば悪いことかもしれないが・・・病気でなければ悪いことになるっていうのもおかしな話だ。
だけど・・・単にわがままなやつと・・・病気でわがままなやつとでは・・・きっと違うってことなんだな。
そういう優しい社会が優しすぎて病気を増やしているのは確かなことだけれど・・・どっちがいいとか悪いとかじゃなくて少しずつ・・・そうなっていった・・・ただそれだけのことだよね。
去年、日本は中国に一兆円も儲けさせてあげたみたいだけど・・・お客様扱いされないのは理不尽だとも思うけど。でも・・・中国産のピーナッツしか買えない経済力の日本人は中国のおかげでピーナッツが食べられる。些少、健康に悪いかもしれないけど、そのことには感謝するべきなのかもしれない。まあ・・・そうやって良くも悪くも世界はつながっているんだよね。
弟には他人の気持ちが分らない。
でも・・・一生懸命分ろうとしている。
それが・・・わかったら・・・僕は弟がかわいくてかわいくてしかたなくなってしまったんだ。
せっかく・・・医大生になったのに・・・恐竜の恥骨にしか興味がない弟は・・・不憫にさえ思えてくる。
だから・・・僕はまだ生きることができる。
僕が生きている間に・・・弟にアドバイスすることができる。
「僕は兄さんが僕のことをひがんでいるっていったけど・・・本当にひがんでいたのは僕かもしれない」
「そうかい」
「だって兄さんは・・・ピアノをやめてサッカーを始めたり・・・医者になるのをさっさと諦めたり・・・いつも友達がいて・・・楽しそうだった」
「うん」
「そういう兄さんがうらやましかった」
「・・・」
「・・・今の兄さん・・・も・・・すごいと思う」
「誰かに変わってもらえないからな」
「うん・・・僕も誰にも変わってもらえないんだね」
「・・・」
ほら・・・まるで二人は兄と弟みたいじゃないか。まあ。実の兄弟なんだけどさ。
親友の守が僕の世話を焼き過ぎるものだから・・・陽菜ちゃんが守を尾行して・・・僕の事を知ることになった。
陽菜ちゃんは・・・親友思いのいい子だから・・・誰かに怒っていたような気がする。
陽菜ちゃんはきっと神様のことがゆるせなかったんだな。
だから・・・無理矢理、守と弟を連れ出して・・・僕と君を二人きりにしたんだ。
守は・・・それで誰かが傷つかないかと気を遣うし、弟はジュースを買いにいくのになぜ、三人で行かなければいけないのか・・・わからない。
人は本当に人それぞれだよ。
僕と君は二人きりになっても・・・どうということはない。
君はもうすぐ繁之先輩と一緒に暮らし始めて・・・結婚するんだし・・・僕には君を抱きしめることもできないんだ。
でも・・・そこに君がいるだけで・・・僕はとても幸せな気分になることに気がついてしまった。
もちろん、そんなことを君に伝えるわけにはいかない。
だって・・・君を困らせるだけだろう。
君はあたりさわりのない顔をして・・・僕と目を合わせないようにしていたような気がする。
僕は君が何かを隠しているような気もしたけれど・・・それを問いただすこともできない。
だって・・・僕には本当にできることが少ないんだから。
「宮前家具」は僕に新しい仕事をくれた。
広告のデザインの仕事だ。
これが最初で最後のデザインの仕事になるかもしれない。
できれば・・・完成したいと思う。
僕の広告を見て・・・お客さんが買う気になってくれたら・・・仕事をした気分になるものね。
僕が生きている意味があるような気がするものね。
両親が上京してきた。
母は相変わらず・・・僕より弟の方が心配らしい。
そんな風に思うのは僕が少しひがんでいるのかもね。
でも、父はストレートにこう言う。
「あきらめるな・・・研究は進んでいる・・・父さんは絶対にお前を治してやる」
ふふふ・・・お父さん・・・うれしいよ。
でもね、きっと・・・それは無理なんじゃないかな。
両親は僕を連れて帰り、弟を医大に戻したかったが・・・僕ら兄弟は親の望みに沿えない宿命らしい。
「仕事があるから残りたい」という僕。
「興味がわかないから大学をやめたい」という弟。
母は納得がいかない様子だったが・・・父は二人の我儘を受け入れた。
僕は思った。僕は父さんに似ていて、弟は母さんに似ているんじゃないかって。
うん、お母さんのものわかりの悪さは弟に遺伝していると思う。
よりハードになって。
父は・・・ヘルパーの時間を増やしてもくれた。
経済力は・・・結局、人を助ける。
でも・・・豊かな社会は人材不足を生んだりもするんだよね。
ほら・・・いつの間にか、ビルや道路を作る人材が育たなくなって・・・保育園を作るのも人手不足で大変だってニュースで言ってたし。
ちょっと雪が降ったくらいで体育館やアーケードの天井が崩れたりして・・・大丈夫なのかな・・・この国は。
といっても・・・もうすぐ死ぬ僕にとって・・・そういうことはどうでもいいんだけどね。
でも・・・増員された介護ヘルパーさんが優秀じゃないのは困りもの。
何とか食べられるのがカレーだけって・・・一体。
掃除も手を抜かれて・・・なんだか部屋が埃っぽいんだよ。
贅沢ですか・・・。
しかし・・・親友の守が・・・至れり尽くせりで・・・ついにメグと繁之先輩を呼びだしていたなんて僕は知らなかった。
知っていたら・・・止めたかどうか・・・僕にはわからない。
だって・・・もう充分に不自由なんだから・・・少しくらいは甘えたいと思ってもおかしくないもんね。
だから・・・「借りっぱなしのマフラーを返したい」と君が言ってきたときも・・・まさか・・・介護に来てくれるとは思っていなかった。
ただ・・・うれしかっただけだ。
「別れたのにずっと持っていてごめんね」
「そんなことはないよ」
「いつでも返せると思ってたから・・・忘れちゃった」
「うん」
「覚えてる・・・壜のこと」
「うん」
「探したけどなかった・・・」
「僕が先にほっちゃった」
「そうだと思った」
壜は発掘されてしまった。僕は昔のことにこだわっていないことを示すにはその方がいいと思っていた。
「恵へ・・・あなたの隣に誰かいますか」
「繁之先輩がいるね」
「・・・」
「拓人へ・・・今を生きていますか」
「今を生きている?」
「うん」
それから、僕と君は買い物に出かけた。
僕は君が優秀な介護士になっていることを思い知ったよ。
「何が食べたい?」
「何でもいいの」
「何でもいいよ・・・」
「じゃ・・・」
「やっぱりアレね」
君は唐揚げを作ってくれた。
「美味しい」
「拓人のお母さんには負けるけどね」
それから・・・僕たちはピアノを引いた。
昔は僕が君に教えたけど・・・今度は君が黒鍵盤だけで弾ける単純なメロディーを教えてくれた。
君に分かるかな・・・僕がどれほど幸せだったかを・・・。
そして同じくらいつらい気持ちだったことを。
君が去った後で・・・僕がどれほど虚しくて惨めな気持ちになったかを。
そして・・・僕はなんでもないところで転んで起き上がれなくなった。
非常ボタンに手が届かないなんて設計ミスだ。
床に装着してくれないとね。
でも・・・トイレットペーパーを買って戻って来た君が僕を助けてくれた。
僕は君に守られた。
つまり・・・僕には君が守れないってことだ。
君はさりげなく聞いた。
「あれ・・・嘘だよね」
「・・・」
「私と別れてから病気になったって・・・」
「・・・・・・」
僕は何も答えられなかった。
今さら・・・嘘をついたって何の意味もない。
ただ・・・僕は君に幸せになってもらいたかった・・・それだけなんだから。
そして・・・君は少なくとも・・・幸せなんじゃないか。
それから・・・しばらくは・・・穏やかな日々が過ぎていった。
僕は広告の仕事を仕上げた。
家具と家具の値段をレイアウトした・・・つつましいチラシを一枚。
そんな仕事を君は誉めてくれた。
君と繁之先輩が新居に引っ越しする日は迫っていたけれど・・・。
主治医の谷本医師(吹越満)は言う。
「恋をしてますね」
「そんな・・・恋なんて」
「そうですか・・・」
この先生はちょっと鋭すぎるんじゃないかな。
おかげで僕はこわい夢を見た。
暗闇の夜に疾風がよぎる
父と子は馬上にあり
父の胸に幼子は抱かれる
だが子は恐怖を抱く
父は怯える我が子に語りかける
なぜ・・・そんなに怯えているのか?
子は声を震わせる
お父さんには見えないの
恐ろしい魔王の姿が
こわいよ
魔王が来るよ
こわいよ
魔王が来るよ
こわいよ
魔王が来るよ
死の影が僕の心に宿る。
その日は・・・君と繁之先輩が暮らし始める日だった。
君は僕を連れ出して・・・江の島へいった。
海風を感じて・・・寄り添う君の温もりを感じて・・・僕は幸せだった。
僕の心の中は一杯だった。
君を抱きしめたい。
君を抱きしめたい。
君を抱きしめられたら、どんなにいいだろう。
そんな思いで一杯だった。
「今日は・・・繁之先輩と引っ越しをするの・・・」
「うん・・・僕たちはもう会わない方がいい」
「ねえ・・・今、一番何がしたい?」
「・・・」
「じゃ・・・私がしたいことをしてもいい?」
「・・・」
君は僕を抱きしめて泣きだした。
僕にできることは何もなかった。
ただ・・・潮騒が・・・二人を包んでいる。
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