君(多部未華子)の後ろ姿をそっと見ていた時間(三浦春馬)
人に言えない秘密を持つことは甘美なことである。
事実が明らかになった時、人々が示す反応を想像するのは楽しいことだ。
なるべく・・・秘密を持っている自分を長く楽しみたい。
しかし・・・秘密はいつか露見するのがお約束なのである。
秘密はいつの間にか・・・秘密の匂いを周囲に放ちはじめる。
誰もが疑いの眼差しを向け始める。
恐ろしいのは秘密が秘密でなくなることだ。
だから・・・そうなる前に・・・人は自白してしまうのだ。
秘密は誰かに秘密である間に打ち明けないと・・・秘密ではなくなってしまうから。
で、『僕のいた時間・第5回』(フジテレビ20140205PM10~)脚本・橋部敦子、演出・城宝秀則を見た。丁寧に描かれる筋萎縮性側索硬化症 (ALS)を発症した澤田拓人(三浦春馬)が秘密を介在させる人間関係。拓人が病気であると知るのは本人と医師の谷本医師(吹越満)とその周辺である。偶然という体裁で・・・最初に秘密を嗅ぎつけたのは向井先輩(斎藤工)だった。今のところは・・・向井先輩が・・・拓人が秘密を守るために別れた恋人・本郷恵(多部未華子)のことを好きになったのも偶然という展開になっている。もちろん・・・すべてを知って向井先輩が恵に近付いていくことには好き嫌いが生じる要素である。あまりにも拓人にドライすぎる。あまりにも自分の欲望にホットすぎる。そう感じるお茶の間も少なくないだろう。しかし、そこにはなんらかの仕掛けがあるのかもしれない。次に拓人は親友の守と書いてまもる(風間俊介)に秘密を開示する。友人とは直接、利害関係のない存在で・・・ある程度、秘密の持続性が期待できる場合もある。しかし・・・意外と秘密が噂になってしまう場合もあるので注意が必要だ。やがて・・・アルバイト店員の宮下さん(近藤公園)に象徴される職場の「宮前家具」に秘密を報告する。正社員である以上・・・残された勤務時間が多くはないことを伝達しないことは一種の倫理上の問題となるだろう。恐るべき事実に接した勤め先の態度はケース・バイ・ケースであるが・・・ブラック企業とそうでない企業の分かれ道でもある。友人関係、勤務先ときて・・・ようやく家族である。拓人は家族関係に問題を抱えている人間だが・・・何よりも母を思う青年である。その母親にショックを与えるのは後回しにしたかったわけだ。これで・・・周囲の人々は・・・拓人にとってそれほど重くない弟の陸人(野村周平)や父親(小市慢太郎)も含めて・・・秘密を共有してしまう。それでも・・・まだ秘密にしている恵こそが・・・拓人にとって本当に大切な人間であることは明らかである。しかし・・・向井先輩や・・・恵の友人の陽菜ちゃん(山本美月)と親しい守に秘密を打ち明けたということは・・・それとなく・・・恵にしってもらいたい気持ちもほの見えるのだ。しかし・・・拓人の期待とは裏腹に・・・男たちの口は固い。これは神様が意地悪だからである。
僕は思い切って守に本当のことを言ってみた。
しかし・・・守の好きなカレー鍋を食べ終わってからにした。
ひょっとしたら・・・守の食欲がなくなってしまうかもしれない。
食べ物の怨みは恐ろしいからな。
守は案の定、蒼白になった。
しかし、嘔吐にはいたらなかった。どうやら事実として受け止めてくれたらしい。
まあ・・・他人事だからな・・・。
「お前・・・恵ちゃんに・・・このこと・・・」
「恵には知られたくない・・・」
「そうか・・・だから・・・」
守は僕と恵が別れた理由に思い当ったようだった。
「ともに白髪が生えるまで生きられないからか」
まあ・・・当たらずとも遠からずだ。
そんなある日・・・歩行に支障を感じることに気がつく。
職場での・・・宮下さんの視線が痛い。
もう・・・限界なのか・・・。
病気のことを打ち明けたら・・・僕はどうなるのだろう。
すぐに解雇にはならないだろうが・・・少しずつお荷物になる正社員を・・・企業はもてあますことは間違いない。
労働できない労働者に価値はないもんね。
「次はどこが不自由になるのか・・・いろいろと考えてしまいます」
「そういうことはあまり考えない方が・・・この病気とはうまく付き合えますよ」
「何故ですか」
「それは秘密です」
谷本医師は穏やかな人だ。
穏やか過ぎて・・・ひょっとしたら実は無能なんじゃないかと思うこともある。
まあ・・・治らない病気の主治医は基本的に無能だ。
若い研究者が画期的な成果を上げたというニュースが世間を騒がせる。
嫌だなあ・・・期待しちゃうじゃないか。
時々、カレー鍋を食べにくる守は・・・時々、残酷なことを言う。
陽菜ちゃん情報で・・・恵が朝のウォーキングをはじめたこと。
恵が身体の不自由な患者の介護の仕事をしていること。
向井先輩と恵が急接近していること。
「お前・・・本当にいいのか」
「向井先輩なら・・・恵を幸せにしてくれると思う」
僕は心にもないことを平気で口にする。
僕は嘘つきの極悪人だ。
でも・・・もうすぐ死ぬ人間に善人であることを期待するのは間違っている。
通勤路で時々、犬が僕に声をかける。
「おい・・・お前」
うるさいな・・・ほっておいてくれ。
ついに自転車が便利な道具から・・・単なる負荷になる日がきた。
自転車に乗って漕いで前へと進むことができずに・・・ただ押して歩くだけなら・・・。
自転車に何の意味がある。
僕は思わず自転車に八つ当たりをした。
「この役立たず」
でも本当に役立たずなのは僕なのだ。
右手はほとんど役に立たない。
右足も役立たず寸前だ。
残った手足・・・舌先・・・口・・・心筋・・・背筋・・・何もかもが役立たずになっていく。
帰り道・・・犬が言った。
「おい、お前・・・大丈夫か」
僕は泣いた。
次の日・・・僕は会社に病気のことを伝えた。
会社は僕の病気を穏やかに受け入れてくれた。
今のところは・・・僕に役に立つ部分があることを・・・優しい社会の他人の目を気にしながら・・・企業としての懐の深さを示すために・・・認めてくれたらしい。
宮下さんや同僚たちは・・・僕に優しくなった。
つまり・・・僕は憐れに思われているのだ。
それは・・・僕の心を温かくして・・・それから暗くした。
血相を変えて・・・母が上京してきた。
弟が大学を無断欠席しているらしい。
親が医者だと・・・医大生の子供はうかつにサボることもできないものなんだなあ。
まあ・・・僕には関係ないけれど・・・。
「ちゃんと・・・弟の行動に気配りしてくれないと」
母は僕を弟の使用人、もしくは付属物のように扱う。
僕は哀しみを怒りに変えてみた。
「あいつは・・・医師には向かないと思うな」
「何言ってるの・・・」
「だって・・・もし僕が患者だったら・・・あいつには診療してもらいたくないもの」
「あなたと違って医大生なのに」
「・・・」
「あなたこそ・・・そろそろ将来のことを考えたら・・・病院の事務の勉強を始めるとか」
お母さん・・・僕には将来はないんだよ。
休日・・・正社員である僕には休日がある。
僕が何をしていたと思う。
僕は恵に僕を諦めさせた。
でも・・・僕が・・・恵のことをそんなに簡単に諦めることができると思うのかい。
僕は朝早く起きると・・・遠くから恵の家を見る。
恵がウオーキングのためにピンクのスポーツウエアで現れる。
やがて・・・向井先輩がやってきて二人は親しげに話をする。
僕は夢見る。
恵と一緒にウオーキングする自分を・・・。
二人で公園で一休みしたりして・・・。
でも・・・僕はめっきり歩くのが苦手になって・・・一人で取り残されてしまうんだけどね。
犬が言う。
「おい、お前・・・可哀想にな」
僕は・・・ついに決心する。
「お母さん・・・肩を揉んであげるよ」
「え・・・」
「揉んでもらえばいいじゃん」
「そう・・・」
「痛くない・・・」
「気持ちいいわ・・・でも・・・急にどうしたの・・・」
「今ならまだ揉めるから」
「どういう意味・・・」
「僕は病気になっちゃった」
「病気って」
「どんどん、身体が動かなくなって・・・最後は死んじゃうんだ」
「何、言ってるの」
「ごめんね・・・母さん」
母親は・・・取り乱した。
僕はうれしかった。
母がうろたえてくれたことに感謝した。
僕はまだ・・・母さんの子供だったらしい。
犬が言った。
「おい、お前・・・よかったな」
その日、恵はなかなか現れない。
どうしたんだろう・・・風邪でも引いたのか。
やがて・・・恵は普段着で家を出た。
向井先輩とデートなのだろうか。
僕は出来るだけの速度を出して・・・恵の後をつける。
新宿駅に着いた頃・・・僕は恵の行く先に思い当る。
二人のおそろいのマグカップは捨てたけれど・・・。
二人の大切な思い出の品はまだあったのだ。
砂浜に埋めたタイムカプセル。十年後の自分に宛てた手紙を封じた壜。
恵が・・・つつましく急行列車に乗り込んだことで僕には算段がついた。
恵・・・今なら・・・僕は君をロマンスカーに乗せることができるんだぜ。
僕はシューマイ弁当を一つ買って、特急ロマンスカーに乗り込んだ。
ロマンスカーは急行列車を追いこして・・・西村京太郎的に・・・僕に犯行時間を与えてくれる。
江の島についた僕は必死に懐かしい・・・砂浜にたどり着く。
必死に砂を掘る。
必死にガラス壜を取り出す。
そして・・・必死に砂を埋める。
必死にボートハウスに隠れる。
もしも・・・僕の一人合点なら・・・とんだ徒労だ。
犬が言った。
「おい、お前・・・がんばったな」
やがて・・・恵がやってきて・・・タイムカプセルを捜す。
しかし・・・それはもう・・・遠い未来に消え去ったんだよ・・・恵。
やがて・・・恵は立ち上がる。
そして・・・君は僕に電話をかける。
潮騒の中で君には聴こえない着信音が響く。
僕は電話に出る。
「もしもし・・・」
「出てくれてありがとう・・・電話してごめんね」
「いいさ・・・どうしたの・・・」
「私・・・私ね・・・」
「うん」
「前に向かって歩き出そうって思ったの」
「そう・・・よかったね」
「元気でね」
「ありがとう・・・君も元気で・・・」
「さようなら」
「さようなら」
それから・・・僕は遠ざかって行く・・・君の後ろ姿をずっと見送っていたんだ。
誰よりも愛しい君がすっかり見えなくなるまで。
寄せては返す波の音を聞きながら・・・。
犬は何も言わずに僕を見ていた。
関連するキッドのブログ→第4話のレビュー
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コメント
キッドさん!
犬の使い方が見事です
あのワンちゃんは良かった。男前だったし♪(メスかしゃん)
拓人の心を映してましたね~。
役者は当然ですが、
動物や赤ちゃんがドラマを盛り上げてくれると、
その一瞬だけでも純粋に楽しめる
嬉しい瞬間だったりします。
本当は誰よりも恵に知って貰いたい気持ち…
あ~そうですよねぇ。
さすが心を読む天才!
迷惑をかけたくない思いと心配して欲しい気持ち。
こういう善と悪、本音と建前、真実と嘘、
天使と悪魔がどっち勝つ?みたいなの、
ワクワクする~Ψ(`∀´)Ψヶヶヶヾ(゚∇゚*)オイ
よって楽しみになって来るのは向井先輩です。
斎藤工くんだからな~。
悪い奴じゃないのよ(笑)
あ、陸ちゃんの涙も見たいです。
梅ちゃん先生の光男だからな~。
坊主頭と東北訛りが懐かしいべ(ノ∇≦*)
投稿: mana | 2014年2月 7日 (金) 14時16分
こんにちは、キッド先輩♫
今日も、ただただ うっとり読ませていただきました。
「僕」の胸のうちに寄り添って語るキッド先輩。
「僕」の肉体と近い所にいる私。
(左手だけで物をもつことを、信用してません)
美しい春馬くんにより演じられる物語。
西村京太郎的に(クスッ)持ち去られたタイムカプセルのガラス壜。
海に溶けてしまいそうな後ろ姿。
ふたりはここで、なんて優しい「さよなら」をしたのだろう。
けど運命の波は、やさしいさよならなんか許さずに
きっとふたりを呑み込みにやって来る。。。
「犬は何も言わずに僕を見ていた」の
ラスト・フレーズ……痺れました!!!!
日ごと、キッドさんの文章を読めて、幸せです。
こんなヘタなコメントより、「いいね!」や「拍手」が
打てたなら、もっと気楽に感謝を表せるのですが(恥)
まあ、時々は試練を越えなければね。
投稿: ともえり | 2014年2月 7日 (金) 16時30分
|||-_||シャンプーブロー~mana様、いらっしゃいませ~トリートメント|||-_||
ここだけの秘密ですがキッドは動物の王様なので
動物のセリフもよくわかります。
基本的にアドリブですけどね。
動物の言葉に不自由な調教師の
意を汲んで演じなければならない彼らは
日本で通訳にはぐれた外国人タレントみたいなものなのでございます。
「わかってるよ・・・ここで・・・やさしく、よおって言えばいいんだろう」
彼らはいちいちそう思っているのです。
赤ちゃんは極めて動物に近いので
人としてのものごころがつくまでは
バイリンガルなんですけどね。
まあ、そういうことはメリーポピンズも言ってますけど・・・。
ああ・・・メリーポピンズというのは魔女なのでございますよ。
意外と気がついていない人が多いんですけどね。
普通の人間は風にのってきたりしませんからな。
拓人と守をつかこうへいの戯曲風に描くと・・・。
「えーっ・・・よく考えろよ」
「うん」
「僕がさ・・・恵にだけは知られたくないって言うだろう」
「うん」
「つまり・・・恵が知ったら哀しむとか・・・恵が知ったら僕に同情するとか・・・これ、恵が僕を愛している場合な・・・基本、そうなんだけどな」
「うん」
「だから・・・僕は恵には内緒にしておきたいと思うわけ・・・だから・・・お前にも恵には黙っといてくれって頼むわけ・・・な」
「うん・・・だから内緒にしているよ」
「なぜ・・・なぜだよ・・・なぜ、内緒にするんだよ」
「な、なぜって」
「普通、言うだろう・・・僕の口から言えないことをお前に言ってるってことの意味を察しろよ」
「えー・・・どういうこと」
「そういう時代かっ・・・察する文化は死んだのか」
まあ・・・あのドラマにクレームがつく遠因はこういうことだとも考えます。
世の中はすべて額面通り・・・直球勝負のみしか許されない。
建前のみで本音なし・・・恐ろしい世界です。
向井先輩は・・・
ものすごくずるい男ですよ。
恵がいつか真実を知ることを前提に
それまでに恵の心を書き換える気満々ですからねえ。
もちろん・・・それで
拓人に申し訳ないとは思わない。
落ちていたものを拾って交番に届けるようなものでもないのでもらっておいた感じです。
つまり・・・すべてを自分の都合のいい方向に考えるタイプ。
恵が知らなかったことで知った時に受けるショックについては最初からスルーできるやつなのですな。
まあ、男はそのくらいのワルの方が素敵ですな。
そして・・・こういう悪党のことを「根はいい人なの」とか言っちゃうのが乙女心なのでございます。
ふふふ・・・光男にしろ・・・陸にしろ
美少女に意地悪な役しかこないように
美少年にはひねくれた役しかこない典型ですな。
浜辺にあった小屋にかくれ
私は君を見てた
仕方なく別れの言葉を
ふりしぼる君の声
どんな運命が愛を遠ざけたの
輝きは戻らない
私が今死んでも・・・
投稿: キッド | 2014年2月 7日 (金) 16時53分
~ミドリノコダチ~ともえり様、いらっしゃいませ~ソヨグカゼ~
うっとりしていただきありがとうございました。
こんなことしかできないことが
なにかの役に立っていると
思うことは幸せというものです。
ここ数日は氷点下の東京・・・。
どうかご自愛くださりますように。
春馬くんの奇跡のガラス壜回収は・・・
偶然にも程がある展開ですが・・・
この脚本家は想像の余白はしっかり残すのが上手い。
いつも・・・恵のことを考えている拓人。
拓人のことを考えている恵。
だからこそのシンクロニシティー(心理学的偶然の一致)だという解釈も可能ですしね。
しかし・・・東京ローカル組としては
小田急線で江の島に行く話は・・・
基本中の基本ですからな。
まあ・・・全国的にはもう少し説明のいるところでしょうけどねえ。
貧乏性の恵はただの急行列車に乗って
貯金しても将来設計できない拓人は特急ロマンスカーに乗る。
だから・・・先回りが出来たし・・・隠れることもできた。
ものすごくせつない湘南海岸物語でございますよねえ。
まあ・・・ここを見せるかどうかは趣味の問題です。
まあ・・・言葉は飾ったり尽くしたりすることは大切です。
なんといっても誠意とか努力とか費やした時間とかに
価値がありますからな。
しかし・・・至って大切な時。
至って幸せな時。
至ってどうしようもない時。
心ある獣は無言・・・。
まあ・・・濡れた瞳とか・・・
ぬくもりとか・・・
そういうものがものを言うのでございましょう。
投稿: キッド | 2014年2月 7日 (金) 17時28分