君(多部未華子)と僕が一緒に風を感じた時間(三浦春馬)
すべてが揃っているのに・・・ただ一つ足りないものがある。
そういう感じを尽くしている・・・冬のさいはてドラマの女王も最終コーナーを駆け抜けていくのでございますねえ。
いつの間にか・・・春がそこまで来ているのですな。
人間は不安を感じ、恐怖し、怖れ慄く生き物でございます。
そういう意味で「世界でも指折りの豊かな国に生まれ、経済的に恵まれた両親を持ち、そこそこの知能とそこそこの体力を持ち、かなりのイケメンである主人公が・・・歩けなくなり、手が使えなくなり、職を失い、恋人を抱きしめることもできなくなり・・・ついには喋ることも・・・呼吸さえ困難になっていく」という病状は・・・まさにホラーの極みと申せます。
秀逸なホラー映画である「バイオハザード」を思わせるイントロで始ったこのドラマがついに・・・雨の中で主人公が転倒し俯瞰で捉えられる・・・時点に到達しました。
最初からこうなるとわかっていたけれど・・・ここまでの丁寧な説明で・・・主人公がどれほどこわいかは・・・お茶の間に充分に伝わっていることでしょう。
そして・・・この恐怖に耐えて・・・生きていくべきなのか・・・どうかと問いかけが炸裂するのでございます。
最終回を前に・・・このやるせなさ・・・あなたなら・・・どうする?
で、『僕のいた時間・第10回』(フジテレビ20140312PM10~)脚本・橋部敦子、演出・城宝秀則を見た。車イスのイケメンと言えば・・・映画「7月4日に生まれて」(1989年)のロン・コーヴィック(トム・クルーズ)を思い出す。ベトナム戦争を題材としながらエンターティメント色の強い映画「プラトーン」(1986年)に対して・・・過酷な描写にあふれた「7月4日に生まれて」はオリバー・ストーン監督の業界での評価を微妙なものにした。しかし・・・「戦争」で呑気な若者ではなくなってしまった主人公の痛さは・・・明らかにこのドラマの主人公の原型をなしていると考える。もちろん・・・このドラマは政治の腐敗、欺瞞、矛盾を痛烈に批判したりはしない・・・ただ・・・せつせつと生きることの光と影を訴えていくわけである。ここまでは・・・完璧なラブ・ロマンスであった・・・この作品が最終回でどうなるのか・・・全く明らかにしない予告編がなかなかに素晴らしいと考えるのだった。
夢のような僕と君の暮らし。
僕のベッドの側で君が布団で眠っている朝。
昨夜・・・遅くまで僕たちは愛し合った。
僕たちは想像もつかない体位だって試した。
君が目を覚ます。
「よく眠れた?」
「うん・・・君は?」
「ぐっすりと眠ったわ」
そして僕たちは微笑む。
僕はとても幸せだ。
君が僕と同じくらい幸せならいいのにな。
僕はなんて恵まれているのだろう。
僕の彼女の名前は恵っていうくらいでね。
僕は何不自由なく生きている・・・もうすぐ自発的な呼吸ができなくなるけどね。
親友の守はついに陽菜ちゃんと挙式を上げた。
結婚するまでは童貞を守ったことが偉いのかどうかはわからない。
とにかく・・・親友が幸せなことは・・・いいことだと思う。
電灯が切れても交換ひとつできない男と娘が暮らし始めることを・・・認めなければならない・・・恵のお母さんは・・・本当につらいと思う。そんな恵のお母さんに・・・ただ謝罪するしかない僕の両親もつらいだろう。
だけど・・・仕方ない・・・。
それが生きてるってことだ。
生きていればつらいことはある。
それを僕は・・・ある程度知っていると思う。
弟がアルバイトを始めたいというので・・・僕と恵は弟の職場の人に「弟の取り扱い説明書」を作ることにした。
はっきりとは言わないが・・・精神的な障害を抱える弟は・・・周囲の人たちに理解を得ることで・・・生きやすくなるだろう。
周囲の人も理解することで・・・弟という難しい道具を使いこなせることができるはずだ。
犬は「おい、お前・・・可哀想にな」と言うかもしれないが・・・人は道具を使って世界の支配者になったんだと言いかえすしかない。
弟も「そんなこともできないの」と他人を見下す言動によって凶器として取り扱われるより、「可哀想だけどそれなりに仕えて考えようによっては受ける道具」になった方が幸せなんじゃないかと思う。
案の定、「他人の気持ちがわからないところがあるが・・・悪気はありません」という弟をアルバイト先の人々は・・・「面白い玩具」として受け入れてくれたようだ。
「僕、生まれて初めて面白いと言われちゃった」と有頂天になる弟。
可愛いよ、陸人可愛いよなのである。
僕は幸せだった。
恵も幸せだった。
今は幸せだった。
でも・・・今という時はない。
「ま」といういう時には「い」は過ぎ去っているんだ。
たとえば・・・レントゲンを撮る時。
大きく息を吸ってと言われても吸えない時が近づいている。
もちろん・・・はい止めて・・・は得意だと思う。
そして・・・楽にして・・・と言われた時には永遠に楽になっているんだ。
人間は・・・人を見下した方が楽になるって言うけど・・・たとえば・・・嫌な奴が可哀想な奴になった途端、好感度がアップしたりね。
僕も・・・何もできない自分を見下すことで・・・僕自身を守っているのかもしれない。
君と僕はシャボン玉をする。
僕はシャボン玉をふいて飛ばす。
シャボン玉の液体が逆流してきて飲みこむ恐怖を感じながら。
そして・・・深夜、目覚めた君は呼吸をしていない僕を発見して恐怖するんだ。
「睡眠時無呼吸症候群かもしれませんね・・・そろそろ・・・人工呼吸器について・・・御家族と話し合ってください」
悪魔のようにポーカーフェイスの担当医は淡々と必要なことを推奨する。
僕の決心は揺らぎだす。
考えれば考えるほど・・・人工呼吸器は恐ろしい。
守は呑気に・・・「死なないでくれ」とおねだりする。
なんだって・・・人工呼吸器を装着して・・・避妊具の装着を止めて・・・僕に子作りに精を出せって言うのかよ。
陽菜ちゃんは・・・親友の君が可哀想で可哀想で泣くのを我慢するのが精一杯だ。
僕はつい考えてしまう。
陽菜ちゃんは・・・僕が早めに死んで・・・君が第二の人生を歩み始めた方がいいと思っていると。
そうだね。
たとえば・・・繁之先輩なら・・・僕のパスを受け止めてゴールを決めてくれるかもしれないしね。
僕がゴールを決めるなんて・・・無理だって思っているんだろうね。
幼い日の君が駄菓子屋で買った消費期限切れのイカ煎餅を食べるかどうか悩んだように・・・君のお母さんが悩むくらいなら食べちゃうように・・・人生には幸せを得るために頭を悩ませることが多過ぎる。
君が車イスを凄いスピードで押す。
こわいくらいの早さを感じる。
僕は君と風の中にいる。
でも・・・そのくらいの恐怖じゃ・・・僕の心にある恐怖を打ち消すことはできないよ。
僕は・・・君と僕のふるさとに旅をした。
僕と君は駄菓子屋で麦チョコとイカ煎餅を買った。
そして・・・君は何気なく風車を買ったね。
ふーっと吹けばクルクル回る風車。
それがどんなに恐ろしいか・・・君にはわからない。
僕には君の気持ちはわかるけどね。
お父さんもお母さんも弟も僕に長生きしてくれって言う。
僕もできれば長生きしたいと思う。
医学部にも入りたいし・・・いつか病気の治療法が見つかることも信じたい。
でも・・・人工呼吸器をつけてしゃべれなくなるのは嫌なんだ。
補助具をつけても字が書けなくなった。
それがどんなに嫌なことなのか。
みんな・・・本当にわかってるのかな。
本当に誰かに人生を変わってほしいと僕がどれだけ願っているか。
他人を不幸にしても自分が幸せになりたいとどれだけ感じているか。
そんな僕に「娘をよろしく」と託す君のお母さんに僕がどれだけ申し訳ないと思っているか。
君も願うのか。
僕に生きてと願うのか。
こんな僕と何十年も一緒にいたいと願うのか。
「しゃべれなくなっても・・・意志の疎通はできるわよ」
「身体の動く部分が全くなくなったら・・・」
「私があなたを見ているから」
「痛いのに痛いっていえないのは嫌だ」
君は・・・痛いのくらい我慢しなさい・・・男の子でしょって言うのかな。
痛い・・・。
君の温もりが痛い。
君の香りが痛い。
君といることが痛いんだ。
だって・・・僕はこわくて仕方ないんだから。
死にたいわけじゃないんだよ・・・ただ生きるのがこわいんだ。
ベトナム帰りの傷病兵なら酒壜かかえて・・・自暴自棄になって・・・ドラッグに溺れたくなるところじゃないか。
でも・・・僕ときたら・・・君との思い出の壜を抱えて死に場所を探すくらいしかできなかった。
どうせ・・・死にきれやしないって・・・みんなは思うかな。
痛いって伝えられなくなるのがこわい臆病者が・・・自殺なんてできやしないって。
でもこわいんだ。
僕はこわいんだよ。
君の優しさが・・・君の愛が・・・君の存在が。
道に倒れて君の名を呼ぶこともできない未来の僕が。
それは生ける屍とどう違うのかわからない。
僕は自分がゾンビになることが・・・。
心底、こわいんだよ。
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