兵法三十六計の十一・・・李代桃僵と軍師官兵衛(岡田准一)
「李代桃僵」とは「戦いに犠牲はつきものだ」という話である。
前提として・・・李(すもも)より桃の方が価値があると言う話である。
人間の命が平等などという戯言のまかり通る時代には難しいがたとえば漢の武将は敵に追われて逃走中に馬車を軽くするために我が子を投棄した。
「子供はまた作ればいいが俺が死んでは作れない」のだ。
十一計は「敵戦の計」という敵味方の戦力が拮抗している状態の教えに属する。
この場合、犠牲を覚悟する必要があると説くのだ。
たとえば敵が十の戦力を持っていたとする。
一方、こちらには九の戦力しかない。
総合力ではほぼ互角だが・・・こちらの一に対して敵が五の戦力を投入してくれば残りは五。
それに対してこちらには八の戦力が残る。
八対五で勝利し、勝利すれば全戦力が残るという条件なら・・・一勝一敗ながら・・・こちらは損失一、敵は五である。戦力比は敵残り五、味方残り八で逆転していることになる。
つまり・・・桃(価値あるもの)のために李(価値のないもの)が倒れることが勝利の方程式の一つなのである。
ただし犠牲に意味があるのはあくまで勝利あってこそである。
一機で敵艦一隻を沈める予定だった帝国の特攻作戦が単なる無謀であったことは言うまでもない。
もちろん・・・散る覚悟の桜を散らして国体を護持できたのだから・・・作戦勝ちだという考え方もあるわけだが。
で、『軍師官兵衛・第16回』(NHK総合20140420PM8~)脚本・前川洋一、演出・田中健二を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は十五行・・・だらだらと続く本編を超特急ダイジェストで駆け抜けるのですな。今回のイラスト描き下ろし大公開はNHK大型時代劇「真田太平記」の甲賀忍者・山中内匠長俊(戸浦六宏)は真田の草の者と相討ちとなって果てますが・・・妄想世界では・・・宇喜多直家の律儀な弟・宇喜多忠家に魔界転生しておりますぞ。双子の兄弟六郎兵衛春家がいた説もあるいかにも忍びの七郎兵衛忠家・・・。兄が兄だけに・・・挙動不審で今回は少し面白かったのでございます。まあ・・・荒木とか宇喜多とか・・・サブ・キャラクターだけが存在感があるのは困りものでございますよねえ。とにかく・・・天寿を全うした忠家の後に嫡男は幾多の危機を乗り越えて津和野藩主にとゴールするわけですが・・・結局・・・宇喜多の狂気・・・あるいは忍びの血がやらかすわけですな。宇喜多家はみんな愉快な方々でございまする。
天正六年(1578年)三月、三木城主・別所長治は毛利・本願寺・波多野・上杉同盟への参加を決め、織田信長に叛旗を翻す。しかし、同盟の中核となる上杉謙信は直後に「極楽も地獄も先は有明の月の心に懸かる雲なし」の辞世を残し急死する。信長軍は北の脅威から逃れたのだった。別所長治の籠城に呼応して東播磨の土豪の多くは毛利同盟に参加し、周辺の小城は別所氏に従属する。毛利本家の輝元は備中に本陣を置き、山陽道から小早川隆景が山陰道からは吉川元春・元長父子が播磨・美作国境に集結する。しかし、備前・美作の国主・宇喜多直家は病気を理由に参陣せず、名代として弟・忠家を出陣させる。宇喜多忠家は突出し、尼子勝久の籠る上月城の東に二万の軍勢を展開する。上月城の北には吉川父子の二万、西には小早川隆景の二万が陣を張り、千名に満たない上月城は六万人の軍勢に包囲される。これに対し、羽柴秀吉は上月城の南の高倉山城に黒田勢など一万を配置する。織田信長はただちに各方面軍に兵力の抽出派遣を命じ、総帥・織田信忠を主将とする。本願寺包囲中の荒木村重、波多野氏と交戦中の明智光秀を始め、遊軍となっている丹羽勢、滝川勢などが続々と播磨に侵攻し・・・書写山城・姫路城・国府台山城の防衛ラインにおよそ七万人の軍勢が集結する。信長勢力範囲と西播磨の間には東播磨があるわけだが・・・別所家はひたすら防戦に徹し、まんまと信長軍の集結を許したわけである。しかし・・・尼子勝久にとって不幸なことに援軍には・・・直属の後援者である柴田勝家の軍勢だけが欠けていたのだった。
播磨・美作の国境線の山々に十万を越える軍勢が密集している。谷間にある上月城は敵味方に囲まれて波間に浮かぶ木の葉のように漂っていた。
上月城と西播磨を遮断している宇喜多軍の主将・忠家の陣に影武者である春家が現れる。
「兄者か・・・」
「七兵衛・・・結界を破って織田の伝者が上月に向かっているぞ・・・いかが致す」
「捨ておきましょう・・・どうせ・・・尼子の脱出を促す使いでしょう」
「尼子が城を捨てるかな・・・」
「それはどうじゃろう・・・尼子も放浪の暮らしには厭いておるにちがいない」
「いずれにせよ・・・上月城は落ちるだろうにの」
「手にしたものを捨てるのはなかなかに・・・辛いものじゃよって」
「憐れじゃな」
宇喜多兄弟の憐れみも知らず・・・尼子勝久は・・・使者の説得に首を横に振っていた。
使者は尼子家臣であり秀吉の陣中にある亀井茲矩、官兵衛の命を受けた黒田忍びの栗山善助、そして目付けの石田三成だった。
「しかし・・・殿・・・毛利の大軍を引き出したので・・・お役目は充分に果たしたのでござる」
「ふ・・・我らは囮か・・・」
「・・・」
「この城を逃れてどうする」
栗山善助が答える。
「羽柴軍も東に退き陣いたす・・・」
「なんと・・・敵に背を向けると申すか」
「それを追って毛利軍が野に出れば・・・長篠の二の舞を披露することになりまする」
「鉄砲か・・・」
「すでに・・・準備は整っておりまする」
「しかし・・・それでは尼子にはなんの手柄もござらぬ・・・」
「いえ・・・毛利を誘いだしたは・・・大手柄でございます」
しかし・・・古い戦しか知らぬ勝久にはそれが武士の誉れとは思えなかった。
そして・・・勝久は夢にまで見た一城の主となったことに固執していたのだった。
「この城にて一戦交えてこそ・・・織田殿の恩義に報いることになろう」
「ご随意に・・・」と石田三成は言った。
秀吉命の三成にすれば・・・柴田勝家傘下の尼子家などどうなろうとも知ったことではないのである。
「たとえ・・・籠城なさっても・・・織田軍は・・・救援しませぬぞ・・・この山の中では・・・鉄砲衆に地の利がございませぬ・・・」
「覚悟の上でござる」
「勝久様・・・」と柴田勝家から派遣された山中忍びの棟梁・山中大和守が口を挟む。「尼子家の再興のためにも・・・ここは自重なされよ・・・」
「いや・・・この城からは動かぬ・・・武士の意地じゃ」
控えていた山中鹿助が主君を擁護した。
「とにもかくにも一戦交えてからのこと・・・方々・・・そのこと・・・羽柴様にお伝えくだされ」
説得に失敗した亀井は肩を落す。亀井に慰めの言葉をかける栗山を・・・石田は冷たい目で見つめていた。
「さて・・・行きはよいよいだったが・・・帰りはどうやろうか」
栗山は思わず石田を咎めるような目付になる。
石田はそれを平然と見返した。
六月、秀吉は安土に戻っていた。
「そうか・・・尼子は城に籠るか・・・」
「は・・・このままでは・・・尼子一党は殲滅されるかもしれませぬ」
「猿・・・情けをかけるか」
「それは・・・」
「尼子も毛利も・・・古きものどもじゃ・・・古きものどもは滅びるが定めであろうかのん」
「はっ・・・」
「毛利もようやく軍勢を押しだしてきたが・・・所詮は・・・農民を兵として狩りだした古き軍勢だがや」
「左様に存じまする」
「田植えまでに決着がつかねば往生するに違いなかろうず・・・まして秋にはのう・・・」
「御意」
「相手が根をあげるまで何年でも囲んでやるがよし」
「仰せの通り」
「じれて出て参ればよき獲物じゃ」
「ごもっとも」
「猿・・・尼子勝久には好きにさせてやるがよかろうず」
「は・・・」
「城を枕に討ち死にも・・・面白きことである」
「ははーっ」
尼子を見捨てても良いと信長に承認された秀吉は足取りも軽く播磨へと帰陣した。
兵農分離の進んだ織田軍は全員が職業軍人だった。
半農半兵の毛利軍とは・・・同じ数でも戦力において雲泥の差が生じていたのだった。
農兵たちは年中田を開けるわけには行かなかった。
播磨国には雷鳴がとどろいている。
高倉山城で無事に戻った善助から報告を聞いた官兵衛は瞑目した。
「身の程を知らぬとは・・・辛いものぞなあ・・・」
「まもなく・・・梅雨でございますな・・・」
「尼子は・・・稲刈りまでの命か」
国境に夜の雨が降り出していた。
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