兵法三十六計の二十二・・・関門捉賊と軍師官兵衛(岡田准一)
結果論で物事を判断するのは禁物と言うが・・・結果が出ていることは確実なことである。
当然、勝敗という歴然とした事実がそこにある。
結果を論ずることは勝因や敗因を分析することであり、非常に重要なことである。
結果論を否定するのは主に敗者であり、敗北の事実から目を背けたいという心理が働くからと考えることができる。
有岡攻城戦は・・・まず正攻法の力攻めがなされてから・・・包囲戦に移る。
総攻めを一度撃退したからと言って守備側の勝利とはならないのは包囲が続くからである。
篭城戦の勝機は援軍の到着や、諸事情による包囲軍の撤退、野戦での包囲突破など様々な局面で訪れる。
しかし・・・そうした局面が封じられれば・・・兵糧攻めとなる。
「関門捉賊」は文字通り、出口を閉じて賊の逃げ場を奪い捕縛することである。
圧倒的な戦力を保持した織田信長にとって敵とはすべて警察力の及ぶ盗賊のようなものになっていた。
本願寺攻めがそうであるように・・・信長は相手の戦力を削ぐための力攻めを臨機応変に行う。
これは篭城側が総力を挙げて突破を図ることを妨げるためである。
敵戦力の弱体化を達成すると包囲戦に切り替える。
その間にも信長の版図では豊かな収穫が続き、敵は飢餓に陥るのだ。
こうして信長は・・・悪を断って行ったのである。
で、『軍師官兵衛・第21回』(NHK総合20140525PM8~)脚本・前川洋一、演出・大原拓を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は十二行・・・ある意味、一番の見せ場で・・・この評価、合掌・・・でございまする。たとえば官兵衛が己の愚行(単身敵地に乗り込んだこと)によって・・・一粒種の嫡男を処刑に追い込んだという苦悶を表現できるだけでも・・・かなりの人間ドラマになるのですが・・・主人公はまったく悪くない・・・悪いのは謀反をした村重や・・・あらぬ文を書いたその女房、あるいは短慮で残虐な信長様・・・という描き方がもう勘弁してくださいよ感を醸しだしますなあ。まあ・・・幼少の頃・・・初めて本能寺の変に遭遇して・・・そんな馬鹿なと驚いたり・・・官兵衛がこの窮地の後・・・どうなるかを初めて知った時に・・・運がいいとか悪いとか人はよく口にするけどこの話を聞いてそういうことって確かにあると思ったりしたことを思い出し・・・幼いお茶の間の皆さんがハラハラドキドキしてくれればそれでいいかと気を紛らわせる今日この頃です。今回の画伯の描き下ろしはNHK大型時代劇「真田太平記」より壺谷又五郎(夏八木勲)第三弾。圧巻でお得でございます。
天正六年(1578年)十二月、池田城に本陣を構えた織田信長は有岡城への銃撃を開始する。圧倒的な戦力差を見せつけて城兵の戦意を喪失させるためである。これに対しい、応援に入った雑賀党の鉄砲隊は激しく反撃し、織田軍鉄砲隊の指揮官として接近戦を行った信長近臣の万見仙千代などが戦死する。信長は有岡城周辺に火をかけて焦土化し、掘と柵によって包囲網を完成すると安土城に戻る。有岡城篭城戦の開始である。籠城中の荒木村重は同盟軍である毛利氏に度々、救援を乞うが海上輸送力を失った毛利軍にはその余力はなかった。天正七年(1579年)正月、荒木村重は城兵五千で包囲中の織田信忠の守る加茂砦を急襲する。村重は加茂砦の撃破に成功するがたちまち駆けつけた包囲軍によって撤退する。これが荒木村重の最後の戦果らしい戦果となった。この後、織田軍はひたすらに包囲し、荒木軍はひたすら籠城するのである。冬がすぎ、春が過ぎ、夏が過ぎても・・・毛利の援軍は出現せず、有岡城の物資は底をつく。すでに二月、播磨では三木城の別所長治も平井山で羽柴秀吉に野戦を挑み、敗北を喫している。六月には明智光秀が丹波国八上城の攻略に成功し、波多野秀治は処刑される。毛利・本願寺同盟側はじわじわと劣勢となっていた。この頃、信長は四男の秀勝を秀吉の養子とする。羽柴秀吉は織田家の一門衆となったのである。竹中半兵衛は・・・秀吉の平井山本陣で最後の時を迎える。官兵衛はなお獄中にあった。
播磨国から丹波国・摂津国にかけての道筋には多数の忍びたちが暗躍している。
毛利から本願寺へ、本願寺から有岡城へ、有岡城から、三木城へ・・・忙しく密書が往還するためである。忍者たちは稼ぎ時とばかりに各地に散っている。一方で包囲する織田軍もまた忍者による結界を張り巡らす。伊賀甲賀の忍者は無論のこと、飛騨忍軍や関東風魔までが・・・この諜報戦に参加しているのである。
時には命のやりとりも生じるが・・・蛇の道である。とりひきによって情報が交換されることもある。
また・・・密書が敵側に読まれるだけで・・・無事に敵地にたどり着くこともあった。
「援軍来たらず」の報をあえて留める意味はないからである。
うかつな忍びは春花の術で眠らされ、密書を盗み読まれたことにも気付かず、敵に見守られて任務を果たしたりしているのである。
伊賀の里では老いた忍びたちが上忍として情報を交換していた。中忍や下忍たちはほとんどが戦地に赴いている。
「百地の三太夫じゃ・・・」
「藤林の長門じや・・・」
「服部の半蔵じゃ・・・」
「音羽の城戸じゃ・・・」
「柘植の黒猿じゃ・・・」
名のある忍びの頭たちは姿を見せずに忍び言葉で集会場に集うのであった。
「里が静かじゃのう・・・」
「伊勢の小僧(北畠信意=織田信雄)の動きはどうじゃ・・・」
「今のところ・・・大人しくしておる・・・」
「今、里を攻めても女子供しかおらんからのう」
「忍びに無用の怨みを買ってもつまらんと思い知ったものかの」
「そのこと・・・信長はどうかのう」
「あれは・・・魔王じゃからの・・・」
「本願寺坊主の悪戯もいよいよ終いじゃのう」
「所詮は後生大事、我が身可愛い腐れどもじや・・・」
「そうなれば・・・伊賀で忍びを切り売りにしていることもままならぬようになるかもしれぬ」
「主持ちになるのは面白くないのう・・・」
「だが・・・甲州の乱波、越後の軒猿、関東の風魔と・・・忍びの一族が大名に仕えることも珍しいことではあるまいて」
「しかし・・・伊賀は別ぞ・・・」
「ふふふ・・・百地のそんなのんびりしたことを申しておってよいのかや」
「なんじゃ・・・」
「お主の屋敷に石川の若い衆が忍んでおるわの」
「なんじゃと・・・」
評定の場の一角から気配が消える。
その頃、百地屋敷で・・・美人と評判の百地の後添えを犯した石川五右衛門は抜け忍の道を歩みだしていた。
関連するキッドのブログ→第20話のレビュー
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コメント
ばんはです
あまりにも主人公をきれいきれいにしてもうて
主人公に人間味が全く感じられないもんだからねぇ
ただの直情型で融通の効かない唐変木みたいな; ̄∇ ̄
この辺だけは前からずっと
徹底されておりますねぇ
何度同じ失敗を繰り返せば
気付いてもらえるのか
この辺はもう忍耐ですな; ̄∇ ̄
さて、だしの件
こちらについては今週中には納品できそうです
もう来週にはおさらばしそうですしねぇ; ̄∇ ̄ゞ
投稿: ikasama4 | 2014年5月26日 (月) 23時35分
人生という名のコントで
ウッチャンが演じるNHKの人のような人が
考える理想の男子象みたいな感じが
薄気味悪いんですよねえ。
優等生で
女性に優しくて
底抜けにお人よし・・・。
そんな性格設定で軍師なんかできるかってえの・・・でございます。
もちろん・・・そう見せかける軍師は
いるわけですが
当然、裏の顔ももっていないと
まったく面白くありませんな。
まあ・・・私は母親が一番好きって
臆面もなく言っちゃう人たち(実話)なので
本人たちは全く失敗とは思ってないところが
一同爆笑ポイントでございますよ・・・。
耐えがたきを耐え忍びがたきを忍ぶのが
人生ですなあ・・・。( ・∀・)っ旦~
キッドはだしは池田氏で
山車と書いてだしだと思ってますが
信長の義理の娘説だと
かつおだしの可能性もございます。
どんなだしでも
美鈴のだしはいいだしだと考えます。
期待が高まりまする~( ̄ー ̄)
投稿: キッド | 2014年5月27日 (火) 16時01分