いつかは皆それぞれの道を歩いて行くのです(深田恭子)
2014年のゴールデン・ウィークも恙なく終了である。
首都圏では5月5日早朝に震度5弱の地震が発生し、早起きしたり、寝そびれたりした人がいたかもしれない。
この日、茨城県南部と伊豆半島沖で続けて発生した地震は・・・初期微動から縦揺れと言う流れがよく似ていた。
地盤ゆるめの東京東部の高層階はそういうニュアンスがデフォルメされるのである。
気象庁は首都圏直下型の地震との関連は薄いと発表したが・・・薄くても関係はあるわけである。
春の行楽シーズンで・・・意外な事故も多発したわけだが・・・幸不幸はそれぞれの運命なのだなあ。
次に何が起こるかわからないから人生は恐ろしい。
しかし・・・そこを楽しめばいいのである。
支配階級の人々はなんとか奴隷人口を確保したいとあの手この手をくりだす。
そういうこともある意味、恐ろしい。
だが、意地をはって反逆し続けるのも疲れる話である。
どこでおりあいをつけて手うちにもっていくか。
人生はありのままの人の欲望(夢)のぶつかりあいにすぎないのだから。
で、『ドラマ10・サイレント・プア・第5回』(NHK総合20140506PM10~)脚本・相良敦子、演出・清水拓哉を見た。ドラマの中ではまだ桜の季節である。元左官職人の木下和男(大地康雄)がホームレスになっていた時、その居住している公園からの強制排除を訴えた自治会の会長である園村幹夫(北村総一朗)は自治会が催す「桜まつり」のイベントの会議に出席している。幹夫は引退する前は信用金庫の理事まで務めた男だった。しかし、会議の席で息子の話題に触れられて言葉を濁す。
「息子は・・・日本にはいない・・・」
しかし・・・息子の健一(阪田マサノブ)は幹夫の自宅で二十歳の時から五十歳となる今まで三十年間・・・引きこもりを続けていたのだった。
幹夫はそれを隠し続け・・・息子は海外に留学し、そのまま現地で成功していることにしているのだった。
健一は幹夫の家の離れの一室で・・・母親の作る料理を食べながら三十年の歳月を過ごしていたのである。
「健一・・・お前、一体どうするつもりなんだ」
「・・・」
幹夫もすでに老齢である、妻も老いている。
園村家は追い詰められていたのだった。
一方、どんな貧困も許さないCSWの里見涼は江墨区(架空)のひきこもりの若者の救援策として時給250円で仕事のようなことをする立ち直りのためのプラットホームとしてサロンの運営を開始していた。引きこもりから脱して新聞配達で家計を支える元ヒッキーのミッチー(渡辺大知)がそのリーダー格である。
声が小さい・・・顔をあげられない・・・思ったことを上手く伝えられない人々を涼とその配下の三輪まなか(桜庭ななみ)や原留美(小橋めぐみ)が強引に盛りたてていくのである。
CSWとヒッキー軍団のテンションの落差、竜巻注意報が発生しそうな激しさがあります。
そこへ・・・何故か乱入してくる幹夫だった。
「あんたたちは・・・こんなクズどもに・・・なぜ構うんだ・・・」
高圧的な老人に怯えるヒッキーたち。
しかし・・・涼は幹夫の態度に「救いを求める声なき声」をキャッチするのだった。
配下の者たちも・・・サロンの意義を記したパンフレットを幹夫に渡し活動への理解を求めるのだった。
元ヒッキーのミッチーは幹夫に妙な質問をされる。
「あんた・・・どうして引きこもりをやめたんだ」
「やり直すのに遅いなんてことはないって・・・あの人たちに言われたからです」
幹夫は藁にもすがるように涼を見るのだった。
その夜・・・幹夫は健一に語りかける。
「いい加減にしないか」
「人の人生つぶしておいて・・・何言ってる・・・土下座してあやまれ」
ついに衝突する二人。
しかし・・・父親はすでに老人である。
息子にどつかれたら・・・倒れるしかないのだった。
深夜に木霊する健一の奇声。
幹夫も幹夫の妻・花世(長内美那子)も・・・為す術がない。
幹夫はついに涼を喫茶店に呼び出すのだった。
「私の息子は三十年間・・・引きこもっているのです」
「よく・・・話してくれました」
三十年前といえば・・・涼はまだ生まれたばかりだった。
1984年(昭和59年)・・・ロサンゼルスオリンピックの年である。森末慎二(体操)や山下泰裕(柔道)が金メダルを獲った年である。日本に最初にコアラがやってきた年。シンボリルドルフが三冠馬になり、トルコ風呂がソープランドに改称された年なのである。ある意味・・・遠い昔である。
その間、ずっと世間をスルーしていた男に・・・アタックを開始する涼だった。
「私は・・・コミュニティ・ソーシャルワーカーの里見涼と申します」
「・・・」
「せっかく来てくれたんだから答えなさい」と口を挟む幹夫。
「私は健一さんと話をしているんです」
「そいつはそういう奴さ・・・自分が一番大切なんだ」と閉ざされた扉の向こうから健一が応じる。
最初のコンタクトを終えた涼は幹夫に頼むのだった。
「私と健一さんが話す時は・・・離れていてください」
「・・・」
言葉を飲み込む幹夫だった。
そして・・・雨の日も風の日もアタックを開始する涼である。
涼の攻撃には何人たりとも耐えられないのだった。
やがて・・・涼は365日×30年×三食の健一が記録した母親のお献立日記を入手する。
32850食の母の愛もすべて虚しく排せつされたらしい。
しかし・・・涼は孤独な健一がまだ人の心を失っていない手掛かりを得たのだった。
ついに部屋への侵入に成功する涼。
室内にはパソコンがあり・・・アップルコンピュータがマッキントッシュを発表し、ファミリーコンピュータが「ロードランナー」や「ゼビウス」を売り出した当時を忍ばせる。
「三十年も一人で・・・つらかったでしょうね」
「・・・」
「お父さんも・・・お母さんもあなたを心配していますよ」
「あの人は・・・俺が二浪した時・・・俺を我が家の恥と言ったよ」
「そうですか」
「あんたはなんで・・・俺みたいのに構うんだ」
「私も・・・昔・・・阪神淡路大震災が起きた時にとりかえしのつかないことをしました」
「・・・」
「それから私は・・・長い間・・・こうして仕事をしている私がいる未来を信じられずに生きていたのです・・・息をするのも苦しいような頃がありました」
「・・・」
「でも・・・今はこうしてあなたと話しています・・・それは私にとって信じられないくらいうれしいことなのです」
「・・・」
「あなたには・・・ずっと夢がなかったのでしょうか」
「夢・・・」
「・・・あなたのやりたいことです」
「昔・・・絵を描いていたことがあった・・・絵を描いていた時だけ・・・息ができたような気がした」
「息が・・・」
涼は突破口を見つけた。
「健一さんは油絵を描きたいそうです」
「絵だって・・・」と涼の報告に言葉を荒立てる幹夫。
「そうです・・・」
「あんたは知らんのか。あいつは美大に通うために絵を描いていたんだ。絵なんて描いて生きていけるはずないじゃないか。まともな大学を出てまともな企業に就職する。それしかまともな人生を送ることはできない・・・私はあいつの描いた絵を全部、燃やしてやったんだ」
「親が子供の心配をすることと・・・子供の人生を支配することは違います・・・あなたのしたことは間違いでした」
「・・・」
息子が実際に三十年間・・・無為の時を過ごしている以上・・・父親に反論は許されないのだった。
もちろん・・・画家になれなかった息子が「何故、あの時、止めてくれなかった」と怨む未来もあるだろうが・・・それはそれ、これはこれなのである。
涼は・・・画材を調達し・・・健一に差し入れるのだった。
うねる大地を一本の道が貫きうねる青空に消えていく印象的な一作である。
サロンに飾られた息子の作品を見て・・・何かを感じる幹夫だった。
「素晴らしい作品だと思います」
「そうですか・・・」
幹夫の思い描いた理想の息子の人生は空虚だったが・・・健一の作品は実在するのである。
幹夫は息子の前で土下座するのだった。
「すまない・・・俺が悪かった・・・」
「父さん・・・」
「あの絵を見ていて・・・俺は何故か思い出したことがある。お前が初めて補助輪を外して自転車に乗った日のことだ・・・父さんはお前が転ぶのがこわくてなかなか手が離せなかった・・・しかし、ふと気がつくと、お前は自転車をのりこなしていた・・・父さんはお前を助けるつもりで・・・お前の邪魔をしていたんだなあ・・・」
息子は思わず嗚咽を漏らす。
思えば・・・遠くまで来てしまったのである。
「俺の命のある限り・・・お前を応援する・・・だから許してくれ」
「父さん・・・」
父と子は三十年ぶりに和解した。
もちろん・・・それで・・・健一の前途が保証されたわけではない。
しかし・・・仲の良い父子である方が・・・老夫婦にとっては望ましいことは確かなのである。
満開の桜の木の下を歩く涼と江墨区役所地域福祉課の山倉課長(北村有起哉)・・・。
「本当に君には・・・声なき声が聴こえるんだな・・・」
「そんなことはないですよ」
「いや・・・君にはサイレント・プアに対する超能力があるようだ」
「・・・」
「ひょっとして・・・それは君の中に・・・隠された悲しみがあるからじゃないのか」
「・・・」
二人の仲睦まじい姿は近所の噂になっていた。
涼の母親(市毛良枝)と祖父(米倉斉加年)は涼の恋愛について噂する。
「あの子にも春が来ないかしらねえ・・・」
「あまり・・・期待せんことだ・・・」
そこへ帰宅する涼。
「まあ・・・噂をすれば影ね」
「なんのこと・・・」
ウルトラスーパーデラックスきょとんを決める涼。
「なんでもないよ・・・桜は綺麗じゃったか」
「うん」
「桜はなあ・・・毎年一回花見客の顔を見に来るんじゃ・・・」
「・・・」
「もう・・・この世にいなくなってしまったものが・・・花に姿を変えてな・・・元気にしておるかってな」
祖父は涼の心の傷を優しく包み込む。
うつむく涼。
「じゃから・・・桜の花は美しいのじゃよ・・・」
そして、季節はゆっくりと巡って行くのである。
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