花魁の文に天紅、極楽あるいは地獄へまっしぐら(徳永えり)
同級生が殺人鬼というのは万に一つの出来事だろう。
別れた恋人が女を殺して悔いが残らぬほどの畜生であるのも万に一つのことだろう。
そういう奇跡のような出来事が起これば人は右往左往する。
しかし・・・奇跡を相手にして凡人が何かを言うのは虚しいことである。
殺人に分かりやすい動機があれば、人は憤り、心の暗闇が広がれば、人は惧れる。
答えはただ一つである。
君子、危うきに近寄らず。
もちろん、それは君子以外には難しいのです。
娘を殺された親が・・・娘を殺した男が少なくとも22年も生き続けることに耐えしのぶ。
現実のこととも思えない。
人を殺しそうな女子高校生を見分けるのも一般人には難しい。
で、『吉原裏同心・第6回』(NHK総合20140731PM8~)原作・佐伯泰秀、脚本・尾崎将也、演出・田中英治を見た。「あまちゃん世界」が浸透している以上、徳永えりと言えば「フラッディ・マンデイ」のKではなくて若き日の天野夏なのである。今回は「鶴亀屋」の売れっ子遊女・雛菊を演じる。殺人犯の濡れ衣を着せられて責め問いを受けてやつれた姿が艶やかである。少し、拷問シーンも欲しいくらいだが変態はそこまでだ。
遊女たちの手習いの師匠を務める汀女(貫地谷しほり)は「天紅」なるものの存在を知る。
「最近、お見限りですがたまにはお会いしとうございます」と客に出す文の天(手紙の上辺)に・・・遊女が紅をつけるのである。
本来、意中の人に出すものだが・・・そこは商売なのだった。
天紅の大量生産である。
汀女にそのことを教えてくれた遊女・雛菊が・・・人を殺した疑いで面番所の同心・村崎季光(石井愃一)に捕縛される。
「殺されたのは雛菊のなじみ客で蝋燭問屋の主人・清右衛門らしい」
「しかし・・・遊女にどうして廓の外の人が殺せますか」
吉原遊郭の顔役・七代目四郎兵衛(近藤正臣)は吉原裏同心の神守幹次郎(小出恵介)らに探索を命じる。
鶴亀屋のお職(一番人気の花魁)を務める鞆世(黒谷友香)も「どうか、雛菊を救ってほしい」と頼まれる幹次郎だった。
仙右衛門(山内圭哉)らと探索を始めた幹次郎は聞き込みによって・・・清右衛門(市川しんぺー)が文使いの正五郎(三浦祐介)が届けた雛菊からの手紙の天紅に口づけしたことで死亡したことを突き止める。
天紅にトリカブトの毒が塗ってあったのである。
医者の柴田相庵(林隆三)に尋ねると「トリカブトの毒は医者なら誰でも扱っている」と言われ・・・探索は行き詰る。
雛菊は否認を続け、村崎は根をあげて幹次郎に水をむけるのだった。
「本当にやっておらんのだな」
「はい・・・でも・・・」
「でも・・・なかだ」
「わちきの身の証が立ったならば・・・もっと恐ろしいことが表に現れるかもしれませぬ・・・何か大切なものがこわれてしまうような気がするのでありんす」
雛菊の言葉は判じ物のようで幹次郎にとって意味不明だった。
仕方なく幹次郎は・・・汀女に頼んで吉原一の花魁・薄墨太夫(野々すみ花)に「女心」を解説してもらうのだった。
「遊女は苦界で生きる上で・・・何か心の拠り所を求めるもの・・・遊女にとって恐ろしいのは心の拠り所を失うことでありんす」
「大切な拠り所とは何でしょう」
「それは・・・人それぞれ・・・ふるさとに残した家族への思いもあれば・・・あるいは」
「あるいは・・・愛しい男のこともありましょう・・・」
「なるほど・・・」
「殿方にとって女心は難しきもの・・・まして遊女の心は謎でしょうねえ」
「まったくです」
意気投合する汀女と薄墨太夫である。
お茶の間の皆様にはなんとなく察することのできる話だが・・・汀女の亭主である幹次郎は薄墨太夫の意中の人なのであろう。
なんとも恐ろしい話である。
しかし、当の幹次郎は朴念仁なのである。
雛菊と文使いの正五郎が深い仲だったという遊女・春日(遠谷比芽子)の証言があり・・・二人の共謀が疑われる中で・・・行方不明だった正五郎の死骸が発見される。
一方、身替り屋の佐吉(三宅弘城)からの情報で清右衛門の死因を特定した医者が諒庵(堀本能礼)で・・・蝋燭問屋の番頭・茂蔵(半海一晃)の博打仲間であることが判明する。
茂蔵に動機があることを知った幹次郎は吉原遊郭に共犯者がいることを直観する。
それは・・・雛菊の大切な人・・・鞆世だった。
鞆世は先輩の遊女として雛菊に吉原の作法を仕込んだ恩人だったのだ。
幹次郎は腑に落ちぬものを感じながら汀女に偽の文を書かせるのだった。
「ぬしさま・・・お会いしとうございます」
手紙を受け取った茂蔵は鞆世の前に姿を見せる。
「まだ・・・表立つのは危のうございます」
「何を言う・・・お前が文をくれたから・・・」
「文・・・?」
幹次郎は密会の現場に姿を見せる。
「鞆世さん・・・何故・・・あなたが・・・」
「私にとってお職であることは・・・掛け替えのないこと・・・とって代わろうとする雛菊が憎かったのでございます」
鞆世は美しい顔に鬼の形相を浮かべるのだった。
幹次郎は自害を目論んだ鞆世を制する。
「死なせてくださりませ」
「ならぬ・・・」
泣き崩れる鞆世だった。黒谷友香も流石だなあ。「蒲田行進曲」で小夏を演じる器である。
牢を出た雛菊は浮かぬ顔だった。
「私ばかりが幸せになって・・・」
「いいのだ・・・お前は幸せになれ・・・」
そんな幹次郎に目を細める四郎兵衛の娘・玉藻(京野ことみ)だった。
「幹次郎様は・・・面白きお方・・・」
「俺が見込んだのは剣の腕前だけじゃねえ・・・あの気風だ」
四郎兵衛も自慢げである。
そして・・・日も暮れて。
「姉さまの大切なものは何ですか」
「あなた様ですよ」
「私もです」
毎度、馬鹿馬鹿しい二人である。
この世に分からぬことは多い。しかし、分かってしまえば馬鹿馬鹿しいのである。
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