罪を犯したものを裁くのは人ではありません(広末涼子)
人が人の罪を裁くことはすでに不条理なことである。
人という不完全な生き物が・・・完全なる真実を明らかにすることは不可能である。
不完全な人が不完全な罪を犯したとして不完全な裁きを行い不完全な罰を不完全な人に与えるのである。
それが不条理なものであるのは当然なのである。
人は可能な限り、力を尽くして不条理に挑む。
それを善と呼ぶか、悪と呼ぶか・・・不完全な人間には不完全な判断しかできないのだ。
この物語はそういう前提の話である。
で、『聖女・第6回』(NHK総合20140930PM10~)脚本・大森美香、演出・水村秀雄を見た。十月になったのだが・・・夏ドラマの余韻として・・・このドラマが残留しているわけである。夏ドラマは不倫の匂いが濃厚だったわけだが・・・このドラマはそういう「性の歓び」を完全に否定しているヒロインの話である。しかし・・・そういうヒロインがただ一度の「性の歓び」に翻弄されるわけである。生きるためには・・・人を殺すことも悪ではないと信じるヒロインはお茶の間には好感を持って迎えられないわけだが・・・そういう「悪女」が「たった一度の恋」に悶える様はそれなりに支持されるのではないかと考える。
「聖女」の製作者かもしれないフェルメールには「マリアとマルタの家のキリスト」という作品がある。聖女のプラッセーデ(プラクセデス)とプデンツィアーナ(プデンティアナ)と同じくマリアとマルタは姉妹である。ベタニア村の姉妹の家をナザレのイエス(キリスト)が訪問する。ルカの福音書での描写によれば・・・姉であるマルタがイエスをもてなすために忙しく働き・・・妹のマリアはイエスの言葉に耳を傾けている。「私はあなたをもてなすために働いているのに・・・妹はまったく働かない・・・あなたからも一言おっしゃってください」とマルタはイエスに苦言を呈する。するとイエスは「この世で一番大切なことは私の言葉に耳を傾けることだ・・・それをしているものにそれをしてはいけないとは言えない」と応じるのである。
善男善女の「気働き」の完全否定である。
神の子の語る真理とは・・・そういう恐ろしさを含んでいるのである。
聖書にはマリアが複数登場するが・・・それぞれは完全には分化していない。
聖母マリア、マグダラのマリア、ベタニアのマリアは・・・それぞれ・・・イエスをめぐる罪の女としてのマリアを象徴する存在である。
そもそも・・・処女懐胎など信仰なき目で見れば単なる不義密通の結果に過ぎないのである。
そういう罪の女たちが神に許されて聖女となるのが新約聖書のダイナミズムなのである。
人を殺すのが悪という・・・不文律は一つの不条理に過ぎない。
聖戦において敵を殺すのが悪ではないことからも明らかなのである。
だから・・・キリスト教徒は原爆を広島に投下できるのである。
新人弁護士・中村晴樹(永山絢斗)は千倉泰蔵(大谷亮介)から「基子が床に火のついた煙草の吸殻を落したのを見た」という記憶を知らされて・・・漠然とした罪の意識に苛まれる。
罪深きものを弁護しているのではないかという怯えが生じているのである。
一審で無罪を得た基子(広末涼子)は大胆に純粋な恋の相手である晴樹に肉体関係の復活を迫る。
その甘美な誘惑を退けて晴樹は自己の認識の枠組みによる「正義」に基づき・・・真実を求めるのだった。
「あなたは・・・千倉さんを殺そうとしたのではないのですか」
「そんなこと・・・よく覚えてないわ」
単なる獲物にすぎない千倉の状況に拘る晴樹の真意が理解できない基子はうかつにも本心を覗かせる。
「あなたにとって千倉さんは・・・お金を持っている限り・・・尊敬できる相手だった・・・しかし、無一文になって・・・あなたと結婚したいと言い出した千倉さんは・・・たちまち疎ましい存在になった・・・だから・・・あなたは千倉さんが死ねばいいと思った」
「死ねばいいと全く思わなかったとは言えないわね」
「・・・」
「それがどうしたの・・・生きていれば誰かに死んでほしいと思うことなんて・・・よくあることでしょう」
「それは・・・違う・・・死ねばいいと思うのと・・・殺意を持ってこぼれた灯油に火のついた煙草の吸殻を投げるのとは・・・」
「どうして・・・」
「どうしてって・・・それは犯罪ですよ」
「だって・・・私は無罪になったでしょう・・・」
晴樹は・・・ようやく・・・何不自由ない家庭で育った男と・・・売春婦の娘として育った女の心がまったく違う心であることに思い当たるのだった。
人それぞれに違う心がある。
しかし・・・傲慢な晴樹はそれを受容することはできない。自分が善であり、相容れない他者が悪であるという図式によって動くのである。
「もう・・・僕にはあなたがわからない・・・」
「晴樹くん・・・」
逃げるように部屋を立ち去る晴樹だった。
一方・・・病院の屋上から転落した千倉は・・・急報で駆けつけた本宮泉美(蓮佛美沙子)の前で危篤状態となっていた。
そのニュースを知った基子の心は揺れる。
「死ねば・・・いい」と感じたからである。
しかし・・・晴樹の幼さを感じる基子の心は乱れる。
「愛する男は・・・バカだから・・・それを受け入れないかもしれない」
そのことによって生じる都合の悪さが基子の心を揺らすのだった。
嘘はつけないが・・・真実を語らないことで消極的な時間稼ぎをする晴樹だったが・・・ついにタイムリミットが来る。
前原弁護士(岸部一徳)に千倉の新証言を語るのである。
「それが・・・どうした」と前原はにべもない。
「だって・・・真実は・・・殺人未遂なんですよ」
「我々の仕事は・・・依頼人の利益を守ることだ・・・依頼人が無実だと言っている以上、そうなるべく最善を尽くすべきだ・・・それに・・・千倉氏は再び・・・法廷には立てない」
「そんな・・・僕には・・・もう彼女は弁護できません」
「いいよ・・・この件から外れればいい」
「・・・」
なにしろ・・・晴樹は成績向上に夢中になって気が付いたら弁護士になっていた男である。
心は高校生なのだった。
基子が恐ろしい悪女だと知り、たちまち・・・お母さんのように甘えさせてくれる婚約者・泉美にすがる晴樹。
「隠していてすまなかった・・・基子さんは・・・初恋の女性だ」
「昔のことはどうでもいい・・・今はどうなの・・・」
「昨日・・・キスしました・・・でも今は・・・あの人がこわいんだよう・・・」
「バカじゃないの・・・」
しかし、あくまで前向きな泉美は・・・晴樹の反省を受け入れるのだった。
馬鹿正直なエリート弁護士を捨てる気にはなれなかったのである。
一方、弟の破滅を願う兄は着々と準備を進めている。
何故か・・・そのことを晴樹には告げない泉美だった。
あくまで前向きな泉美は・・・弟に対する兄の悪意を完全には読みとれないのである。
「そんな復讐をしたって何もいいたことはありませんよ」
「君が僕に肉体的奉仕をしてくれれば考えても良い」
「そんなことを言うあなたは・・・可哀想な人です」
「憐れみか・・・自分の正しさを疑わない人というのは・・・本当に愚かだな」
「私は・・・絶対に晴樹くんを守りますから」
もちろん・・・泉美の覚悟は・・・単に晴樹を愛し続けるということに過ぎない。
兄の悪意は・・・そういう善なる心そのものを破滅に追い込むことを願っているのである。
そういう悪意の存在を・・・泉美は感じることができないのである。
夫を殺害したかもしれない妻の文江(中田喜子)は・・・「あの女が夫を殺した」と根も葉もない証言をハイエナ・ジャーナリズムにまき散らすのだった。
実は・・・二億円の隠し金を持っている基子は・・・狂気の坂を転げ落ちていく。
晴樹の愛人として・・・晴樹の子供を生むことを夢見ながら・・・海の見える邸宅を購入するのだった。
しかし・・・基子からの着信を拒む晴樹。
ついに・・・事務所で遭遇する晴樹と基子。
悪魔のような前原弁護士は・・・二人きりになる機会をあえて設ける。
我が子を谷底に突き落とす獅子のようなタイプなのだろう。
「結婚するんですってね」
「はい」
「私とはいつ・・・暮らし始める?」
「おっしゃってる意味がわかりません」
「愛人でいいの・・・でも貴方の子供を四人くらい生んでいいお母さんになりたいの」
「それは・・・無理です・・・今のあなたは・・・僕にとって・・・憧れのまりあ先生ではなく・・・単なる犯罪者ですから」
「そんなの・・・いや」
「すみませんでした」
「謝ることはないのよ」
「悪いのは僕ですから・・・さよなら」
「そんなの・・・私は認めない」
タクシーに押し込まれる基子。
そこへ・・・千倉氏死亡のニュースが飛び込む。
その時・・・悪女の顔には聖女のような微笑みが浮かぶ・・・。
すべてを許す神に帰依するものと・・・容赦なく命を奪う火山さえも神とあがめるものの間には暗くて深い川が流れているのだ。
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