思い置く言の葉なくて終に逝く道は迷わじ成るにまかせて・・・と黒田如水(岡田准一)
「小谷、北ノ庄、大坂と私の人生落城だった・・・と淀の方」(二階堂ふみ)・・・でもよかったけどな。
まあ・・・主人公には敬意を払わないとね。
辞世の言葉としてはかなり投げやりだけどな。
「何も思いつかん・・・死んだらどうなるかなんて誰にもわからんのだから・・・なるようにしかならん」
味も素気もないよね。
まあ・・・一種の戦馬鹿だからな・・・戦のない世の中になんか・・・なんの未練もなかったんだよね。
何故か、最後だけそういう黒田如水だったよな。
なんで・・・最初からそういう人物として描かなかったんだろうな。
聞くだけ野暮だろう・・・。
せめて・・・おたつ(南沢奈央)の死を原動力とした描き方があったらよかったよねえ。
道具としての「女」でいいのか・・・という怒りとかね。
マララ的な正義か。
そうでありながら・・・平和的解決の手段として政略結婚がある矛盾とか・・・。
そういう葛藤が描ける要素は黒田家の中だけで充分にあったよね。
もちろん・・・だし、茶々の存在感は抜群だったので・・・そこを掘りさげてもいい。
だしの信仰と殉教とか、茶々の敗者の凌辱とかもったいなかったよねえ。
そこにこそ・・・聖者としての官兵衛を置くべきだったのさ。
矛盾に満ちた人間というのが・・・このスタッフには難しいんだろうねえ。
無理して辻褄をあわせようとするから・・・物凄く平坦な物語が出来上がるんだよね。
で、『軍師官兵衛・最終回(全50話)』(NHK総合20141221PM8~)脚本・前川洋一、演出・田中健二を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は18行・・・まあ・・・しょうがないところですかね。関ヶ原はかなり「真田太平記/池波正太郎」のまんまな感じでしたな。なんていうか・・・脚本家は・・・もう少し・・・自分を全面に出せばいいのに・・・と考えます。部分部分はかなり・・・面白いところもあるのですが・・・うねりのようなものがないんですよね。さざなみ・・・なのかもしれませんな。父と息子の関ヶ原日記みたいな感じ?・・・で・・・心が動かないから最終回なのにイラスト公開な~し。残念でございますが・・・あくまでマイペースでお願い申し上げます。まあ・・・三成とか又兵衛も・・・もう一つインパクトにかけましたよねえ。ただの敵役だったり・・・ただのお伴だったり・・・ああ・・・もうそうなっても仕方ないよねえ・・・という部分が想像におまかせします・・・ですからねえ・・・。まったく・・・のめりこめないという。物凄い欲求不満で・・・もう・・・戦国シミュレーションゲームをやりたくてやりたくてたまりません。だから私信はコメント欄でと何度言わせるのかっ。
慶長五年(1600年)九月十五日、関ヶ原にて徳川家康軍(東軍)と石田三成軍(西軍)が激突。形式的には大老徳川家康と大老毛利輝元の王座決定戦となっているが・・・豊臣政権主流派と反主流派の対決である。もちろん・・・双方ともに我こそは主流派だと叫ぶのだが・・・現実は勝者のものなのだ。話を盛り上げるために・・・徳川も苦戦したことになっているが・・・数の上で圧倒した東軍の圧勝である。西軍はほとんど壊滅状態であり・・・主な主将がほとんど単独で逃亡した上で逮捕されるという・・・無惨な最期がすべてを物語っている。九月十八日、石田三成の居城である佐和山城落城。二十一日、石田三成捕縛。毛利輝元は大坂城を開場し家康は豊臣政権の実権を握る。この頃、黒田如水は関ヶ原の敗報に接するが、澱みなく九州攻略戦を続行する。十月一日、石田三成処刑。十四日、黒田軍は鍋島軍と合流し小早川秀包の久留米城と立花宗茂の柳川城の同時攻略を開始。さらに加藤清正軍が合流し、西軍側は降伏。四万人に膨れ上がった黒田勢は島津の領土への侵攻を開始。しかし、島津義久と家康の和議が成立し、十一月終戦。慶長八年(1603年)、徳川家康征夷大将軍となる。慶長九年(1604年)三月二十日・・・如水死去。慶長二十年(1615年)、大坂夏の陣にて後藤又兵衛基次戦死。
「おれ・・・死ぬんだ」
「え・・・殿・・・又兵衛は信じませんぞ」
「モー子ばっかりに気をとられていたけど・・・アニもいたんだよな」
「いましたよ・・・もう中盤からずっと・・・」
「なんだかんだ・・・存在感が薄いから・・・」
「かっての同級生が・・・今は殿の息子と同世代ですよ・・・」
「それが大河ドラマなんだよ」
「とにかく・・・妄想上では不死身だから・・・死なないんでしょ」
「再生能力が高くても寿命がくれば死ぬタイプなんだと思う」
「またまた・・・とかなんとか・・・言ってなかなか死なないんでしょう」
「だけど・・・死ぬんだよ」
「映画化とかは・・・」
「ないんだ・・・大河ドラマ史上・・・ラストは映画でというパターンはないらしい」
「NHKなので」
「まあ・・・やるべきことはやった・・・後はなるようになるだろう・・・」
「左手の件は・・・」
「あれは・・・長政に死ねって言ってるのと同じだからな・・・真田家ならともかく・・・黒田家ではない・・・一応・・・唯一の倅だしな・・・ちょっとした洒落だよ」
「なるほど・・・」
「さ・・・死ぬぞ」
「ぶっさん・・・じゃなかった・・・殿・・・殿~っ」
こうして、戦国時代の幕はほぼ下りた・・・。
来年・・・大河ドラマ・・・レビューできるのか・・・微妙だ。
もう少し・・・お茶の間に歴史を伝える使命感を持ってもらいたいよね。
関連するキッドのブログ→第49話のレビュー
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コメント
おたつ、そう、おたつ周りの脚色が史実(とされているもの)とあまりにも違ったところからもう真面目に観る気をなくしていたのでした(早っ)。
おたつとかだしとか、最後に"走馬灯のように"をやってほしかったものです~。
昨日の大坂城のシーンで真田丸をちゃんと描いて「年明けからは『真田丸』とテロップ出せばいいんじゃないの(笑)? と思ったらまだ1年以上先の話でしたね。
投稿: 幻灯機 | 2014年12月22日 (月) 06時33分
「風林火山」で軍師・山本勘助が
たどった軌跡のくりかえしでよかったような気がするんですよね。
いろいろとパクリなのに・・・なぜそれだけをしないのか
不思議でございました。
戦国残酷物語で・・・
ほんの一世紀前には
「女に教育はいらない」というのが常識だった
この国のあるがままを
描いてこそ・・・
今がいかに・・・よき世になっているか・・・
浮かびあがる・・・
そういう大河ドラマになぜしないのか・・・
本当に不思議でございます。
関ヶ原だって・・・小早川の裏切りを
モー子がらみで描けたし・・・。
道具としてのだしや茶々の悲しみも
濃厚に描けたものを・・・。
その中で・・・妻子・・・そして黒田の家を
官兵衛が守り抜く・・・。
ものすごく・・・盛り上がったような気がします。
おたつのことも思い出してください。
・・・ずっと思ってました・・・。
ま・・・すべてが再来年の予告編のようになってしまったのは・・・。
きっと・・・作家が・・・弱かったとしか・・・
投稿: キッド | 2014年12月22日 (月) 20時14分