愛したい人と愛されたい人が別の人だった晴れの日(榮倉奈々)
心というやっかいなものが・・・生きている間はつきまとう。
自分の心とうまくやっていける人はそれだけで幸いと言えるだろう。
たとえば嫌な気持ち。
嫌な気持ちにさせる嫌な思い出。
嫌な思い出を呼び起こす人物、風景、そして言葉。
すべてを拒む心。
強すぎる心は身体を蝕む。
誰かに会うだけで息が苦しくなり、誰かを想うだけで震えが止まらない。
失われたものがいつまでも留まり続ける心。
そういう心がなければ・・・人生はどんなに楽だろう。
心をもてあまし・・・心がなくなるように願っても・・・心は忍びよる。
誰にもその心を見られぬように・・・ひっそりとしていたい。
しかし・・・そのことを誰かにわかってもらいたい。
わかってくれる人がいたら・・・一瞬、心が消えるような気がするから。
そんな心を失くしたい人のために・・・。
我ら(notre)のために・・・。
で、『Nのために・最終回(全10話)』(TBSテレビ20141219PM10~)原作・湊かなえ、脚本・奥寺佐渡子、演出・塚原あゆ子を見た。シリアスなドラマとしては2014年を代表する傑作に仕上がったな・・・このトリオは現時点で最強なんじゃないか。「夜行観覧車」に続く原作・湊かなえ、脚本・奥寺佐渡子、演出・塚原あゆ子のトリオである。もう一作は見たいよね・・・。心がつかみどころがないものだということをこれほどシニカルに描いてくるドラマは・・・稀だものな・・・。ずっと文句を言い続けた相手が聾唖者だったみたいな・・・深淵が目の前に広がっているような・・・。恐ろしいトリオだなあ・・・。
【2004年・12月24日午後5時30分】約束の時間に花屋に変装した西崎(小出恵介)は間に合わなかった。過ぎ去る時間は二度とは戻ってこない。
希美(榮倉奈々)を安藤(賀来賢人)の恋人だと信じている野口(徳井義実)は・・・サディスティックな衝動を高まらせ・・・安藤が世界の果てのようなダリナ共和国に海外赴任することを賭けた将棋の勝負をしていたことを告げる。恋人の希美が野口に勝利を手解きしたことで安藤が悲惨になることが楽しくて・・・それを知った希美が困惑するのが嬉しいのである。サディストにとって人の不幸は蜜の味なのだ。
「こんなことで・・・安藤の将来を決めるのですか」
「こんな勝負を・・・安藤くんは受けたんだよ」
希美の心は・・・家庭内暴力を受ける奈央子(小西真奈美)を救い出しにくる西崎から・・・前途洋々な守るべき安藤にスライドする。
心に闇を抱え・・・いざとなったら殺人未遂もしてしまう自分とは違い・・・安藤は希美にとって絶対に守らなければならない光の象徴だった。
それを愛と呼べるなら・・・希美は安藤を愛していた。
希美は安藤を愛したい。しかし・・・希美が愛されたいのは別の人なのである。
それが・・・西崎なのか・・・それとも・・・。
高層タワーマンション・スカイローズガーデンのコンシェルジュに入館を許された西崎は最上階のラウンジに向かう安藤とエレベーターで鉢合わせしてしまう。
「なんで西崎さんがここに・・・」
「花屋のバイトだ・・・こんなところで遇うとはな」
「何階?」
「48階だ・・・」
「え」
「野口氏の部屋だ」
「何か・・・たくらんでるだろう・・・それって・・・杉下の同級生も関わっているのか」
「偶然だ」
「偶然のわけないだろう・・・」
「じゃ・・・因縁というやつだろう・・・何しろ・・・彼は杉下の罪の共有者・・・いや究極の愛の相手だ」
「・・・」
「なかなか・・・いいやつだ」
西崎は・・・何故、そんなことを言ったのだろう。西崎は杉下を愛しているから・・・安藤を愛しているから・・・二人が結ばれることを願っているから・・・かもしれない。
ただ・・・文学者として・・・そういうセリフを言ってみたかっただけかもしれない。
もちろん・・・約束の時間に遅れた西崎はただ・・・心のままにそれを言ったのだ。
しかし・・・今夜、希美にプロポーズしようと・・・ポケットに指輪を忍ばせている安藤にとって・・・希美の幼馴染・慎司(窪田正孝)の存在は重くのしかかる。
希美が焼き鳥屋の誘いを断るほど会いたがっていた謎の男。
希美が島で再会したがっていた幼馴染。
相手の罪を半分引き受けて相手にも知られずに黙って身を引く究極の愛の相手。
希美が・・・安藤の妄想の中で最も頼りにしている男。
安藤はつぶやく。
「罪を共有することが・・・究極の愛なもんか・・・それはただの自己満足じゃないか」
しかし・・・その罪の共有仲間から・・・自分が疎外されていることは感じる安藤だった。
4803号室の書斎。
「安藤くんが電気もガスも通ってない僻地に飛ばされることになったら・・・希美ちゃんはどうするんだい・・・ついていくのかな・・・それとも彼とは別れて・・・」
「・・・」
希美の心の中には危機を脱出する方法が犇めく。
どうすれば・・・安藤を救えるのか。
将棋の勝負がなくなればいい。
どうすれば将棋の勝負がなくなるのか。
4803号室の玄関。
西崎が到着し・・・奈央子が出迎える。
奈央子の身体を抱きしめる西崎。
「助けて」
「わかっている・・・さあ、逃げよう」
奈央子の手をとり・・・扉の外へ向かう西崎。
しかし・・・奈央子は拒絶する。
「違う・・・連れ出してほしいのは・・・希美ちゃん」
「え」
「奥の書斎に・・・主人と二人でいるの・・・私に隠れて・・・こそこそ何かをしているのよ・・・今日の食事会だって・・・あの子が主人をそそのかしたのよ」
「・・・」
「あなた・・・あの子と仲がいいんでしょ・・・あなたならできるでしょ」
奈央子の言葉は西崎の理解を超えそうになる。
野口氏の暴力と・・・それに依存する自分の関係を・・・西崎に断ち切らせるために・・・ここに呼んだ・・・のではなかったのか。
解放されたいのではなかったのか。
4803号室の玄関前。
安藤は・・・自分をのけものにする希美たちの邪魔をしてやろうと思った。
希美と西崎・・・そして慎司を困らせようとした。
外から鍵をかけて・・・もし出られなくなったら・・・自分を仲間に入れるしかない。
「安藤・・・助けて」と希美に言われたい。
安藤は希美に頼られたかったのだ。
安藤は・・・とりかえしのつかないことをするために・・・チェーンをロックした。
そして・・・希美からの救いを求める電話を待つ安藤・・・。
4803号室の書斎。
希美は安藤を守る手を思いついた。
野口氏が・・・西崎に暴力を振るい・・・警察沙汰になったら・・・将棋の勝負どころではなくなる。
希美はいざとなったら手段を選ばない女なのだ。
「私は安藤についていきます・・・奈央子さんと同じです・・・奈央子さんはこの家を逃げ出すつもりです」
「?」
「転んで・・・流産したなんて嘘ですよね」
「奈央子が・・・そう言ったのか」
西崎が野口氏から奈央子を救い出そうとしたように・・・希美も野口氏から安藤を救い出そうとした。
そのためには・・・西崎が野口氏から暴力を受けるのが最適だと希美は決断した。
「あなたより・・・奈央子さんを大切に思う人が・・・今、迎えに来ています」
最上階のラウンジ。
安藤は希美からの電話を待つ。
【2004年・12月24日午後6時】約束の時間に「シャルティエ・広田」のケータリング・サービスをするために慎司はスカイローズガーデンの受付に到着した。
しかし・・・コンシェルジュの呼びかけに応答しない住人。
4803号室のリビングルーム。
「お前か」
野口氏は西崎を発見していた。
電話の呼鈴が響くが・・・室内は修羅場に突入していた。
「お前が・・・奈央子に言い寄っていた男か・・・お前のせいで俺たちの子は死んだ・・・お前さえいなければ俺が奈央子を疑うことはなかった・・・奈央子が流産したのは俺が殴ったからじゃない・・・みんなお前のせいだ」
「・・・」
西崎は激しい野口氏の暴行に耐えながら・・・玄関を目指す。
奈央子に逃亡の意志がない以上・・・撤退するしかないのだった。
しかし・・・玄関には外からチェーンがかけられていた。
西崎は逃げることができなかった。
野口氏の怒りは奈央子に向かう。
「お前・・・俺を裏切るのか・・・」
「違うわ・・・」
「俺を捨てるのか・・・」
「そんなことしない・・・」
希美は意外な展開に茫然とする。
「西崎さん・・・」
野口氏は奈央子の首を締め上げる。
「あいつとどこへ逃げるつもりだ」
「どこにも行かないわ」
「嘘つけ」
「あなたと・・・一緒に・・・」
西崎は立ち上がりナイフを手に取る。
「もうやめてくれ」
「・・・」
しかし、野口は刃物を見ても平気で西崎に飛びかかる。
たちまち・・・ひるむ西崎はナイフを野口に奪い取られる。
ナイフを西崎に振りかざす野口。
間一髪、背後から燭台で奈央子が野口を殴り倒す。
野口の後頭部からあふれ出す血潮。
反射的に布で止血をする希美。
「触らないで・・・主人から・・・離れて・・・」
「・・・」
「この人は私だけのもの・・・」
「・・・」
「早く・・・ここから出て行って・・・」
「・・・」
「二人とも・・・出ていって・・・」
奈央子は西崎を見る。
「あなたなら・・・私とこの人を助けてくれると思った」
「・・・」
「だから・・・優しくしてあげたのに・・・傷だってなめてあげたのに・・・」
奈央子の中で心は散乱する。奈央子は夫を守りたかった。奈央子は夫に守られたかった。夫を独占したかった。そのために希美が邪魔だった。西崎に希美をとりのぞいてほしかった。しかし・・・西崎は・・・奈央子と同じ傷を持った仲間だ。夫から殴られていいのは自分だけだ。夫は西崎を殴ってはいけない。それは許されない。西崎は奈央子だ。西崎は奈央子に優しくしようとした。西崎を守りたい。そして夫の暴力を自分だけが享受したい。だって私たちは愛し合っているんだから。
「お願い・・・二人だけにして・・・」
「西崎さん・・・行こう」
希美は携帯電話で救急車を手配しながら玄関に向かう。
しかし・・・ドアにはチェーンがかかっている。
(チェーン・・・なぜ・・・チェーンが・・・チェーンをかけられるのは・・・安藤)
後ずさる希美はテレビのリモコンを踏む。
部屋に響き渡るジングルベルのコーラス。
奈央子は床から拾いあげたナイフで自傷する。
奈央子の腹部に深く食い込む凶器。
「やめろおおおおおおおおおお」
西崎の絶叫が虚しく響く。
奈央子の狂気は沈静して行く。
「彼と一緒に・・・ここここのへへへへへやをでででて」
「奈央子・・・」
西崎を見る奈央子・・・。
「ひどいことをして・・・ごめ・・ん」
錯乱した奈央子の中で閃く部外者への謝罪。
西崎の心に蘇る・・・母親の狂気と沈静・・・。
制御できない暴力衝動と涙の悔悟。
狂っていても正気。正気でいながら狂う。
ずっと正気の人には理解できない・・・その心の浮沈。
「奈央子・・・みんな・・・きっと理解に苦しむよ」
壮絶な展開に強烈な反省に襲われる希美。
「私が・・・野口さんにあんなことを言ったから・・・こんなことになっちゃって・・・」
我を失い始める希美を西崎が制止する。
「聞いてくれ・・・」
「・・・」
「野口を殴ったのは俺だ」
燭台を拾いあげる西崎。
「奈央子を刺した野口を俺が殺した」
ナイフを野口の手に握らせる西崎。
「何を言ってるの・・・西崎さんは・・・何もしてないじゃない」
「奈央子を人殺しにしたくない」
「そんな・・・」
「理由はどうあれ・・・奈央子は俺を守ってくれた。俺がそもそも悪いんだ。奈央子は俺の代わりに野口を殺した。俺が野口氏を殺したことにしたって・・・問題ない」
「なんで・・・嘘をつかなきゃいけないの」
「俺は・・・愛している者を見殺しにした・・・その罪を償いたい・・・母親も・・・奈央子も俺が殺したようなものだ。しかし・・・罪を自分では裁けない。奈央子みたいに狂っていないからな。俺は・・・裁かれて・・・刑に服し・・・それから人生をやり直したいんだ・・・君や・・・安藤のように普通に生きてみたいんだ」
「そんなの・・・明日からそうすりゃいのよ」
「それはできない・・・なあ・・・杉下・・・お前は・・・俺のこと、愛しているだろう」
「何言ってんの・・・」
「だから・・・罪を共有してくれ・・・俺のために嘘をついてくれ」
「そんな嘘・・・つき通せないわ」
「お前は愛したいけど愛せない・・・愛した相手に愛してもらいたくない・・・愛していない相手に愛されたい・・・心の病気だ・・・俺ならお前を愛せるし、お前も俺を愛せるだろう・・・お前の闇を俺が引き受けるよ・・・」
「そんなの・・・できないよ」
電話のベルが響く。
床の上に転がった杉下の携帯電話には安藤からの着信がある。
希美はフロントからの電話をとった。
「ケータリングサービスの方が到着なさっています」
「かわってください」
「かしこまりました」
「・・・」
「かわりました・・・」
「助けて・・・助けて・・・成瀬くん」
「・・・すぐにうかがいます」
慎司は4803号室に到着した。
「杉下・・・」
「成瀬くん・・・ごめん」
「どしたん・・・なんがあった?」
西崎は呟いた。
「作戦は失敗だ・・・警察に通報してくれ・・・警察には作戦のことは黙っておこう・・・俺が一人で奈央子を連れ出そうとした・・・そしてこうなった・・・」
どうなったのか・・・と慎司は問わなかった。
横たわる二つの死体。
血まみれの希美。
恐ろしいことがあったのだ・・・それは間違いない。
そして・・・希美は助けを求めて来た。
「杉下と俺はなんも知らんかった・・・全部・・・偶然だった・・・それでいいね」
慎司がいれば・・・何でもできる。
希美の心には闘志が漲った。
西崎が望むことを叶えてやるために嘘をつくくらい何でもない。
だって・・・希美にはいつでも励ましてくれる慎司がついているのだ。
「がんばれ」
慎司は希美の手をとった。
「がんばれ」
希美は慎司の手を振りほどいた。
「杉下を守ってやってくれ・・・」
奈央子の心は掴みきれない西崎だったが・・・慎司と希美の心は手に取るようにわかるのだった。
そして・・・4803号室に安藤が到着した。
奈央子は・・・惨状を安藤に見せたくなかった。
安藤を傷つけてはいけないのだ。
しかし・・・強引に室内に踏み込む安藤。
「入らないで」
「何があった」
「お願いだから」
「・・・」
安藤は死体と西崎を見た。
「逃げられなかったのさ・・・」
「俺のせいだ・・・」
安藤以外の三人は・・・密室を作った犯人が誰かを理解した。
パトカーのサイレンが鳴り・・・警察が到着した。
チェーンのことは話題にならなかった。
西崎は野口が奈央子を殺したので野口を殺したと証言した。
奈央子は何も見ていなかった。
慎司も何も見なかった。
安藤は何も知らなかった。
慎司には分かっていた・・・希美が守ろうとしたのが安藤だったことが・・・だから慎司は身を引いた。
安藤には分かっていた・・・希美が頼ったのが慎司だったことが・・・だから安藤は身を引いた。
偶然、この部屋に居合わせた四人は別れて・・・別々の人生を歩み出す。
秘密を守るためにはそうするしかなかったのだ。
希美の愛は引き裂かれ・・・十年の歳月の中に拡散していった。
希美が発病し・・・余命一年を宣告されるまで・・・。
そして・・・西崎が刑に服し・・・出所するまでは・・・。
【2014年(現在)】ホスピスのある施設で余生を過ごす準備を始めた希美の元へ慎司がやってきた。
「島でオープンする店に誘われた・・・」
「帰るん?」
「一緒に帰らん?・・・ただ・・・一緒におらん?」
「もしかして・・・病気のこと・・・西崎さんに・・・」
「親にも世話になりたくないん?」
「もう何年も会ってないし・・・母親と弟は高松におるんよ・・・お母さん、随分前に再婚したんよ・・・」
「ほうか」
「会いにきてくれて・・・ありがとう・・・成瀬くん・・・自分の野望・・・覚えとる?」
「どの野望?」
「結婚した相手よりあとに死ぬこと・・・もし一緒になっとったら・・・私が成瀬君の野望かなえられとったね」
「わからんよ・・・俺が突然死するかもしれん」
「二人して早死にか・・・」
「杉下の人生や・・・杉下の思う通りにしたらええよ・・・でも、待っとるよ」
「甘えられん」
「待っとる」
甘く・・・美しい・・・一瞬。
それが永遠ならいいのにね。
ずっとずっとこの瞬間だったらいいのにね。
バラバラだった希美の心がゆっくりと動き始める。
高野夫妻の心も一つになる。
高野(三浦友和)はずっと疑い続けた妻・夏恵(原日出子)の嘘を告白されて安堵した。
「周平さんとなんかあったんだな」
「もう・・・昔のことよ」
「それで・・・あんなことしたんか・・・」
「自分でもようわからん・・・夢中だったんよ」
「ほうか」
「許してくれんでええよ」
「許すも何も・・・昔のことだ」
「そう・・・」
「もう・・・あれこれ言う元気もないよ・・・年だもの」
「ごめんね・・・」
「ええんよ・・・なっちゃんがおらんかったら淋しくてたまらんもん」
「ありがとう」
「なっちゃん・・・声出てるな」
「あ」
仲睦まじい老夫婦なんてこんなもんだ。
夏恵は高野の胸でむせび泣いた。
主治医の多田(財前直見)に転院の相談をする希美。
「高松の病院を紹介するよ」
「まだ・・・決めてません」
「でも・・・そろそろ決めないとね」
「誰も悲しませずに死ぬことはできませんか」
「死んで喜ばれる人もいるけどね。誰も悲しませずに生きることと同じくらい・・・難しいかもね・・・いいじゃない・・・生きているものが悲しむのは・・・生きているものの自由なんだから」
「・・・」
「一人でも・・・誰かと一緒でも・・・死ぬ時は一緒よ」
高野は希美を訪ねた。
「二人には申し訳なかった」
「ええんです・・・夫婦喧嘩は犬も食べませんから・・・お構いなく・・・」
「今までのおわびにもならんけど・・・これ・・・希美ちゃんのお母さんの住所・・・」
「いまさら・・・ええですよ・・・親を捨てるように・・・島を出てきましたから」
「わしには・・・子供がおらんから・・・本当のことはわからんが・・・もしも・・・子供がおったら・・・どうしてるか・・・気になって気になってたまらんと思うよ」
「・・・今度、高松に行こうと思ってます・・・」
「ほうか」
「弟に子供が生まれたんで」
「そりゃ・・・めでたいな」
高野は安藤を訪ねた。
「私が長年知りたかったことはようやく分かりました・・・しかし・・・あの事件のことは・・・まだわからないことだらけです」
「みんな・・・口がかたいから・・・」
「私は・・・人が何かを隠すのは疾しいことがあるからだと思ってました・・・しかし・・・独りよがりなのかもしれんが・・・誰かを守るために・・・嘘をつき通す・・・そういう人間もおるんですな」
「高野さん・・・一つだけ教えてください」
「はい」
「成瀬さんの連絡先を・・・」
安藤は慎司を訪ねた。
「十年経って・・・今さらだけど・・・君には一度会っておきたかった」
「話せるようなことは・・・何もありません」
「君から何も聞けなかったら・・・あの事件のことはふっ切ろうと思ってた」
「・・・あの日・・・杉下が考えていたのは・・・安藤さんのことだったと思います。安藤さんを守ろうとしていたと思います」
「杉下はいつも・・・君のことを心の支えにしていたと思うよ」
「あれから・・・十年も経つんですね」
「うん・・・でもあっという間だったよ」
「・・・」
「・・・」
安藤と慎司の心は一つに溶け合って・・・そして消えて行った。
希美は母親の早苗(山本未來)の職場を訪ね・・・母親を見るなり逃げだす。
追いかける母。逃げる娘。
母親が転倒し・・・娘は駆け寄る。
「お母さん・・・大丈夫」
「うん・・・こんなに走ったの・・・生まれて初めて」
「・・・」
「大人になったね・・・奇麗になった・・・」
「ずっと・・・連絡もせんでごめん」
「洋ちゃんから・・・元気でやりよるて聞いとるよ」
「お母さんも元気そうやね」
「私は元気よ・・・まあ・・・年はとったけど」
「お父さんは・・・」
「相変わらずよ・・・来年・・・夫婦でハワイに移り住むんやって」
「あきれた・・・」
「ねえ・・・のぞみちゃん・・・ママ・・・のぞみちゃんたちにひどいことしたね・・・あのころのこと・・・思い出せんの・・・気が付いたら一人やった・・・自分のことばっかで・・・のぞみちゃん・・・悪いママで・・・ごめんね・・・ごめんなさい」
「お母さん・・・」
「・・・」
「私・・・話したいことがあるんよ」
「何?・・・言うて・・・聞くよ」
「私・・・病気になった・・・怖い・・・この世からいなくなってしまうのが・・・怖いんよ」
「全部話しなさい・・・大丈夫やけん・・・大丈夫・・・」
母は娘を抱きしめた。
母は老いて娘は幼かった。
野バラ荘には・・・西崎と野原兼文(織本順吉)が住んでいた。
家の修繕をする西崎。
「いつまでも・・・俺がいると思うなよ」
「そんなこと言わずに・・・私がいなくなったあとも守ってよ」
「いいから・・・長生きしてくれよ」
「いつだったかなあ・・・西崎くんと安藤くんと希美ちゃんが・・・三人で野バラ荘を守ってくれたことがあったねえ」
「・・・」
「三人がいてくれてよかったよ・・・三人が友達で・・・」
織本順吉さんが泣かせすぎである。
長生きしてください。
希美は指輪を安藤に返して・・・電話をした。
「やっぱり・・・もらえない・・・実家の近くに引っ越すことにしたよ」
「そっか・・・」
「嫌で出て来たのにね」
「・・・」
「安藤は・・・広い世界を見られた?」
「まだまだ・・・これからだよ」
「今・・・こうなりたいって思った通りに生きてる」
「生きてるよ」
「よかった・・・」
「杉下は?」
「私も・・・これからかな・・・」
「杉下・・・前を向いて生きろよな・・・杉下らしくさ」
「安藤が誰にも邪魔されず・・・行きたい所に行けますように・・・」
「なんだよ・・・それ」
「祈ってあげたのよ・・・」
「またプロポーズするからな」
「ありがとう・・・元気でね」
希美は出発点に戻って来た。
ゴールは近いのである。
青景島は光に満ちている。
慎司の店は「NOTRE」フランス語で我等のという意味の所有形容詞である。
「来たよ・・・」
「何、食べたい?」
「おいしいもの・・・」
希美の心は一つに収束する。
いつだって優しい慎司に守られて安心だ。
愛してくれる人を愛せるような気がする。
そして・・・二人は初めてのキスをする。
口に広がる幸せの味・・・。
希美の心は安らいで・・・。
故郷とひとつになった。
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コメント
ごぶさたしてますー。キッドさんお元気ですか
Nのためには最近「おそろし」以外には唯一ちゃんと見てた
ドラマでした。
Nってキーワードがこれ必要?ってちょこっと思ったことも
あったけど最終回まで見て
みてよかったなーと思いました。
この原作者の評判は高く、まえから興味はあったのですが
暗そうで手を出さずにいましたが、以前のものも見てみよっかなと思いました。
相容れない気持ちがひとつにとけあったら、昇華されて
消えていく、そして次の人生へ…っていう見方いいですね!
ではではまたー。よいお年をー。
投稿: りんごあめ | 2014年12月20日 (土) 12時23分
元気です。
NでNでNでNなのですな。
イニシャルというものに・・・郷愁を感じるかどうかが
ひとつのポイントですな。
たとえば・・・キッドでなくてKだということに。
さらに・・・同じイニシャルの人に親近感を抱いたりとか
特定のイニシャルに過剰に反応するとか
そういう心の病状によって
Nのために・・・でもう好きになっちゃうレベルが確定いたしますから~。
このドラマにのめりこむ人と
まったく理解を示さない人の落差も
かなりございます。
まあ・・・素晴らしさが分からない人に
何を言っても無駄ですからねえ。
冷たく笑うしかございません。
とにかく・・・心をつかまれたものには
一時間があっという間・・・
一週間が長く感じるドラマだったという他はないのですな。
原作者が暗いのかどうかは
謎ですが・・・
心が闇そのものであることは
忌憚なく描かれているようです。
大晦日から元旦へ・・・。
今日が昨日になるだけなのに
特別なものにしてしまうのも
心のなせるワザですからねえ。
りんごあめ様が素晴らしい新年をお迎えになることをお祈り申し上げます。
投稿: キッド | 2014年12月20日 (土) 21時18分
いつもおつかれさまです、こんばんは
なおこがヒロインと夫のことを誤解していたのが最後になってようやく明らかになりましたね
私にとっては毎週ぴっくり箱ばかりの万華鏡のようなドラマでした
>慎司には分かっていた・・・希美が守ろうとしたのが安藤だったことが・・・だから慎司は身を引いた。
>安藤には分かっていた・・・希美が頼ったのが慎司だったことが・・・だから安藤は身を引いた。
最終回までこの機微を思いつけなくて、なんでヒロインは幸せをつかめないの、なんで男二人は積極的にならなかったの、と、もどかしく思っていました
でもヒロインの原点である島の最後のシーンで、ヒロインがやっと重い荷物を降ろせたようで穏やかに微笑んでいて、心からよかったと思います
今作の爆笑のツボは、短命のはずのお父さんが相変わらず元気でハワイへ移住する予定、というところでした。お父さんやるなーと感心しきりです
私の中で、今作はごめんね青春!とともに2014年の一位に輝いています(^^)
投稿: mi-mi | 2014年12月21日 (日) 00時03分
終わってしまって、何だか少しぼんやりしています。それくらい、のめり込んで見たドラマでした。ここ数年で一番かもしれません。
榮倉奈々ちゃんと窪田正孝くん、二人の若い役者に魅了された三ヶ月でした。
そして忘れてならないあの大人達…、ここ最近見たドラマの中でも、強烈な印象を与えてくれた3人でした。
懸命に生きる高校生の二人と、あまりにも身勝手な大人達の対比が鮮やかで、冒頭からばっちり掴まれましたね。
島の風景も美しかったです。
あえて明確に描かれないことで、様々な想像を巡らしながら、夢中で見入った1時間でした。
こんなに見ごたえがある作品なのに、なぜか視聴率が高くないのですね〜。仕方ないのですが、視聴率次第で、走りぎみだった最終回も、延長になったりしたのかなあと思うと、それが残念です。
ともあれ、しっかり母親の顔になった未来さんに、美しいラストシーンに、満足の最終回でした。
投稿: ギボウシ | 2014年12月21日 (日) 01時09分
妄想ブレーキをかけないと
どんどん再現度が高くなっていく危険な作品でございました。
奈央子が狂気であることは匂い立っていたわけですが
狂っているのは・・・夫の方というミスリードが展開していたわけです。
まあ・・・どちらも心の病気ですからねえ。
そして・・・狂った女を愛した西崎も・・・。
狂った女を殺しかけた希美も・・・。
狂っているという点では同じ。
その狂気の連鎖の宴である聖夜が・・・。
少しずつ少しずつ明らかにされていく醍醐味が
素晴らしかったのでございますよね。
素敵なクリスマスプレゼントと言えますでしょう。
希美の闇に魅かれる安藤が・・・
思わずやってしまった・・・最悪の行為・・・。
それをなかったことにしようとする希美はまさに
闇の天使でございましたよねえ。
そして・・・天使のためなら
悪になる天使の下僕との血まみれの握手・・・。
う~ん・・・素敵でございました。
そして・・・愛に背を向けて必死に生きた若者たち。
そして早すぎる死が・・・最後に幸福の風を吹かせる・・・。
実に素晴らしい展開でした。
前向きに・・・生きたいように生きる希美パパは
2014年度理想の父親ナンバーワンと言えるでしょう。
まあ・・・銀ちゃんパパやヤスパパもベストテン入りはしますけどね~。
さあ・・・ラストスパートでございます~
投稿: キッド | 2014年12月21日 (日) 02時56分
まあ・・・誰にでもわかるドラマに対して
ビジネスとしては肩身のせまい
わかるやつだけにわかるドラマがあるのは
もう・・・仕方ないですよね。
五段階評価なら
オール5の子供もいれば
オール1の子供もいて
両者が生きている社会ですからねえ。
とにかく・・・そういう
一般受けはしないけど
とてつもなく素晴らしいものが
細々と作られていることに感謝する以外にはないのでございます~。
少なくとも・・・希美と慎司の演技者としての
素晴らしさは業界を魅了したでしょうからねえ。
テレビ東京の深夜から
次世代のスターが生み出されるように
こういう秘密の花園は絶対必要なのですから。
一方で・・・存在感を示した
両親と愛人のトリオ。
最高でございましたね。
もう・・・実在するとしか思えなかった・・・。
描かれなくてもハワイでの暮らしを
エンジョイしているパパの姿は目に浮かびますから~。
さぞかし太陽がいっぱいなんでしょうなあ・・・。
幸せと不幸は背中あわせなんですよねえ。
我を忘れるほどの作品が終ることとか・・・。
一途な若者とストーカーとか。
甘えたい時に素直に甘えることができるかどうか。
もう・・・ほんのすれ違いがあるだけ。
最後も慎司と希美は一瞬すれ違う・・・。
だけど・・・ゴールがそこにある以上・・・
完走したランナーは必ずそこにやってくるような・・・。
母親はなんだかんだ母親なんだみたいな・・・。
せつなさに満ち溢れた名作でございましたとも・・・。
投稿: キッド | 2014年12月21日 (日) 03時22分
キッドさん、こんばんは
原作を読んでいるにもかかわらず、
次回が楽しみなドラマでした。
体格が良くて、強そうだけど…な榮倉さんを初めとして、
まっすぐで素直な賀来くんも、
生真面目だけど、どんくさい小出くんも、
暗い目をしているけど、優しい窪田くんも、
みんなすごく良かったと思います。
奈央子さんの行動が引っかかっていたのですが、
キッドさんのレビューを読んで、
やはり(愛では無いにせよ)西崎さんのためだったのかと
思えました。
共依存の果ての心中に見せたかったのかもしれませんね。
今期はTBSで、青春の追体験をさせていただきましたわ。
金曜に、人の弱さと向き合って、
日曜に、温かく赦される週末でした。
クリスマス前なのに、気が早いのですが、
今年もレビューお疲れ様でした。
来年もレビュー楽しみにしています。
(チャオ月九が楽しみすぎるー)
どうぞ宜しくお願いします(*^_^*)
投稿: mi-nuts | 2014年12月21日 (日) 17時37分
ろくでなしの親がいればろくでなしの子ができることもある。
そうでないこともある。
じゃあ、親がろくでなしでもそうでなくてもいいのかという問題が生じるわけでございます。
迫害された人間が・・・迫害したものを責めないでと願う。
しかし、迫害することが生きがいの人間にどう対処すればいいのかという問題は残る。
人の世はジレンマだらけでございますからねえ。
奈央子の心は・・・常軌を逸していると思われますが
死の寸前に正気に帰るのですな。
それは・・・記憶と感情がもつれあった心が解けて
核心というか・・・真心が表出したのかもしれない。
燭台を使ったのが
人命救助なのか・・・
愛しい夫の愛(暴力)が他人に向けられていることへの嫉妬だったのか・・・微妙なところでございます。
なにしろ・・・正気と狂気は紙一重でございますので。
安藤は・・・普通の人・・・。
しかし・・・井戸の底にいる希美にとっては
天使のような存在なのですな。
天使が優しく・・・楽しい世界に連れて行ってくれた。
その恩に報いるために・・・何でもしようと思う希美。
もちろん・・・それは愛ではないし愛なのですな。
愛なんて・・・つかみどころのないものですから。
このドラマの迫力は・・・そういう
これが「愛」でいいじゃないの・・・という
妥協を一切しないことでしょう。
愛なんてどこにもないけれど愛はあります。
そんなどこぞの研究員のような主張は
なんだかわからない・・・。
そこが凄いと思えるかどうかなんですな。
まあ・・・こういうドラマを見てしまうと
他のドラマはかなり色あせる・・・。
そこが罪なのでございますよね。
今年もいよいよレギュラーレビューは残り三本。
今はただ・・・それを
やりとげられるかどうかが心配です。
なにしろ・・・年末年始はテレビの天国ですからねえ。
今年の夏のゴジラ三昧みたいなことがあるといいけど・・・
あったらあったでヒーッていいますけどね。
それでは・・・よいお年を・・・。
投稿: キッド | 2014年12月21日 (日) 23時01分