恋愛ドラマの基本は「変な男と変な女が出会って恋に落ちること」である。
「変」という字が「恋」に似ているのはけして偶然ではない。
「亦」とは腋の下のことである。「夊」は足を引きずる意味で・・・左右対称であるべき腋の下の位置が崩れ「変」になる。足を引きずるのは下半身が勃起したり濡れそぼったりするからだ。
「亦」の下に「心」が生じると「恋」になる。一つであるべき心が左右に分れる状態である。
とにかく腋の下に心臓があったらおかしいのだ。まさに心臓が飛び出ている状態だ。
それは「変」であり・・・それが「恋」なのだ。
本来、変な人の話なので喜劇の要素は強い。
つまり・・・恋愛ドラマは基本・・・ラブ・コメディーなのである。
「ふつうの恋がしてみたい」などというが・・・「普通な恋」などない。
「あなたに変をしました」というのが王道の「恋文」というものだ。
恋は変なものなのだから・・・。
で、『デート〜恋とはどんなものかしら〜・第1回』(フジテレビ20150119PM9~)脚本・古沢良太、演出・武内英樹を見た。主人公の藪下依子を演じる杏がバラエティー・ショーで目を真っ赤にして「どうすればセリフが憶えやすくなるか」という問いを発していたのをつい思い出してしまうドラマである。もう・・・発狂しそうだったんですね・・・解ります。大柄な美女であるために萌え要素の少ない女優だけに素っ頓狂な役柄は大歓迎なのだが・・・ついに超素っ頓狂の役柄を獲得して・・・幽かな萌えさえ感じたこのドラマ。ついに・・・可愛い作品に巡り合えた感じでございますねえ。よかったねえ。
【藪下家】藪下俊雄(松重豊)は板橋区役所の職員である。妻の小夜子(和久井映見)はすでに他界している。以来・・・娘の依子と二人暮らしをしてきたが・・・現在、娘は内閣府経済総合研究所から出向先の横浜研究所に職場が変わり神奈川県横浜市で一人暮らしをしている。
俊雄の悩みは・・・母親に似て優秀な娘は東京大学大学院数理科学研究科を経て公務員となったが・・・優秀すぎて・・・些少ながら変わったところがあり・・・このままでは結婚できないのではないかという危惧によるものである。
そのために・・・それとなく・・・縁談を持ちかけるものの・・・ことごとく・・・先方にお断りされているのだった。
例・・・最初のデートで・・・寿司屋に入り・・・シャリとガリしか食べなかった。
理由は依子は・・・「火曜日」は「野菜」しか食べないからである。
依子は・・・生活に厳密なルールを課しており、第一月曜日の夕食はビーフカレー、第三月曜日の夕食はチキンカレーでなければならないのだ。
もちろん・・・カテゴリー的にはドラマ「僕の歩く道」(2006年)の「カレーはやっぱりチキンカレー」でおなじみ大竹輝明(草彅剛)やドラマ「ATARU」(2012年)の「アップデートしました」でおなじみのチョコザイ(中居正広)と同様な発達障害を連想させる人格だが・・・知能は人並み外れて優れているので日常生活に支障はない。他者とのコミュニケーション不足が生じる原因は・・・周囲が愚鈍でついてこれないだけである。
しかし・・・配偶者を獲得するためには・・・相手探しが困難であることは言うまでもないのである。
優秀すぎる依子は・・・同時性多重人格としての幻影の母親を相談相手として脳内に構築しているが・・・それも凡人から見ると危険な感じがしないわけでもないわけである。
ある日、母親の命日に実家を訪れた依子は・・・仏壇の亡き妻に「娘に幸せな結婚をしてもらいたいが・・・無理かもしれない・・・約束を守れなくてすまん」と侘びる父親の言葉を立ち聞きしてしまうのだった。
父親の希望を叶えるために情報を高速度で処理した依子は・・・結婚相談所に登録することを決断したのだった。藪下依子(29)・・・東大卒・・・公務員。
【谷口家】谷口留美(風吹ジュン)は自宅で美術教室を営み、一人息子の巧(長谷川博己)と暮らしている。どうやら母子家庭のようだが・・・巧の父親の消息は不明である。巧は・・・成人してからずっと無職で基本的に引き籠っている。世間的にはニートと呼ばれる存在だが・・・本人は「高等遊民」と自称しているのだった。小説を読みふけり、映画を鑑賞し、現実からは完全に逃避している。母親の留美はそのような息子がいることを半ば絶望しつつ・・・我が子の将来を案じている六十一歳の女である。
芸術に囲まれて生きる人生に巧は充足しているが・・・社会的にはクズなのだった。
少女時代に留美の生徒だった島田佳織(国仲涼子)は巧の幼馴染で同級生の島田宗太郎(松尾諭)に「兄貴、谷口家をなんとかしてやれよ」と相談する。
宗太郎は「町内会長だからって家庭のことはなあ・・・」
「幼馴染だろう・・・冷たいじゃねえか」
「うちで働けって・・・何度も誘ってるよ・・・あいつときたら・・・肉体労働なんか僕にはむかない・・・とさ・・・なんかってなんだよ」
「だからって見捨てんのか・・・小さい男だね」
「小さいだと・・・」
仕方なく宗太郎は・・・巧を無理矢理、結婚相談所に入会させるのだった。
「女ができれば・・・人生変わるから」
「興味がないね」
しかし・・・ある夜・・・母が老いていることを目撃する巧。
「私が死んだら・・・あなたの優雅な生活も終わりね・・・遺産とかないし・・・」
母の言葉に・・・思わず、結婚相談所の資料を熟読する巧だった。
目にとまったのは・・・「藪下依子(29)・・・東大卒・・・公務員」のプロフィール。
谷口巧(長谷川博己 )・・・出版社勤務(詐称)は・・・ターゲットにメールを送信するのだった。
【鷲尾豊(26)】藪下俊雄が通う趣味で通う剣道場で知り合ったスポーツ用品関連の会社員・鷲尾豊(中島裕翔)を娘に紹介する。
中学の数学教師・大塚を紹介したが「小学校で円周率を3と教えるべきか3.14と教えるべきか真剣に話しているのがバカみたい・・・円周率はπに決まっている」と破談になったので・・・次の候補に鷲尾があがったのである。
しかし・・・「私・・・もう交際している人がいます」と宣言する依子だった。
「え」
「一目惚れです」
「会ったのか」
「会ってません」
「ええ」
「プロフィールでときめきました」
「えええ」
「今度、デートするのです」
「・・・」
「ですから・・・鷲尾さん・・・私のことはあきらめてください」
「すまんね・・・鷲尾君気を悪くしないでくれ」
「いや・・・気を悪くはしてません。展開についていけないだけです」
【亡き母・小夜子】小夜子は娘にアドバイスするのだった。
「デートなんて大丈夫?」
「大きなお世話よ」
「男はね・・・理数系の女ってだけでちょっと引くんだからね」
「お母さんだって・・・理数系じゃない」
「私はテクニシャンだったもの」
「・・・」
「キスまでは持っていきなさい。バクテリアの交換は健康にもいいのよ」
「最初のデートよ。 性急・・・過ぎるわ」
「どうせあなたには無理でしょうけどね」
「大丈夫・・・アヒル口の練習したもの・・・」
【島田兄妹】うろたえて島田家を訪ねる巧だった・・・。
「メールしてみたんだ・・・最悪だよ・・・デートすることになった」
「ちゃんと・・・デートできるのか」
「蓬莱軒でタンタン麺食べようと思ってウェブで探したけど出てこないんだ」
「十二年前につぶれたよ」
「吉村のじいさんのコーヒー屋も出てこない」
「じいさん・・・とっくに死んだよ」
「巧君さあ・・・中心部に・・・何年行ってないの」
「十年以上かな・・・」
「東大出の国家公務員・・・しかも美人じゃねえかよ」
「ずっと勉強ばかりやってきた堅物できっと恋愛経験もそれほど豊富じゃないかもって」
「甘いね。理系の女ってモテんのよ。周り・・・野郎ばっかりなんだから」
「チェンジしようかな」
「いまさら手遅れだ・・・とにかく話題をたくさん用意しとけ」
「アニメ系は避けといた方がいいね」
「寺山修司の海の詩を披露しようかな。・・・悲しくなったときは海を見にゆく・・・独りぼっちの夜も海を見にゆく」
「いいんじゃない」
「リチャード・ギアのアメリカン・ジゴロの決め台詞で・・・君だったんだ・・・僕がずっと探し続けてきたのは・・・とか」
「いいじゃんか・・・キスまで持ってっちまえ」
「最初のデートだよ・・・巧君、無理しないで普通にデートすればいいの。・・・食事して観光船に乗るくらいにして・・・次に会う約束してさくっと別れる・・・それができれば大成功」
「あわよくばキスだ」
「やめなさいって」
【デート当日】巧は母から二万円を借りて地味なブルーのジャケットを着込んだ。
依子は体内時計によって定刻通りに目が覚める。
頭に目印の花を乗せて真っ赤な勝負服で公園の噴水前に立つ依子。
巧は依子を発見して怖気づく。
「谷口さんでいらっしゃいますか?」
「・・・はい」
「先ほどから谷口さんではないかと推察していましたが噴水から3mの場所にいらっしゃったので躊躇しましたですがこの時間にこの場所に来て写真と顔がよく似た人物ならば谷口さんだと断定して構わないと判断し声を掛けました・・・」
「・・・そうですか」
「本日第1回目のデートよろしくお願いいたします」
「こっ・・・こちらこそ」
「・・・」
「悲しくなったときは海を見にゆく・・・独りぼっちの夜も海を見にゆく」
「はい?」
「寺山修司の詩の一編です・・・」
「それで?」
「好きな詩なんです・・・」
「それで?」
「海を見ると・・・思い出します」
「それで?」
「・・・それだけです」
「そうですか本日の予定は谷口さんに全面的にお任せしたいと考えています理由は三点です①通常デートは男性がリードするのが一般的であること②谷口さんは生まれも育ちも横浜でいらっしゃること③私も横浜で勤務してはいますが赴任して半年ほどで地域情報にはまだ疎いこと以上ですいかがでしょうか?」
「はい・・・一応・・・昼食を済ましてから・・・大桟橋で・・・船にでも乗ろうかな・・・と思ってたんですけれど」
「昼食の後に観光船ですね分かりました」
「食べたいものとか・・・苦手なものとかありますか?」
「日曜日の昼食は蕎麦となっています」
「え」
「ですが本日はデートですのでフレキシブルに対応する所存です」
「・・・ピザとかお好きですか?」
「はい」
二人はピザ屋のテーブルにたどり着く。
「現在は地方自治体の公共施設における民間型不動産価値から見た公民連携手法に関する数理モデルの応用を研究しています」
「何かよく分かんないけどすごいですね・・・ばりばりのリケジョですね」
「リケジョという言葉は嫌いです差別用語です理系の男子をリケダンとは言わないでしょう女性警官女流作家女教師女医なぜ女性であることを強調したがるんでしょう職業には男性も女性もないはずです」
「でも・・・リケジョは親しみを込めた・・・愛称というか」
「いいえからかっているんです理系の女子は特殊な生態であるかのようにレッテルを貼って勉強ばかりしていて理屈っぽく融通の利かない変わり者全て間違った先入観です」
先入観が正解なのではと・・・テーブルの上の調味料を一列に整頓している依子を見て巧は直感するのだった。もう・・・呼吸困難になりそうだった。
「健康状態についてですがことしも健康診断はオールAでした過去に大きな病気をしたこともありませんが強いて言えば肩凝りくらいです」
「まあ・・・僕も・・・健康」
「生殖能力は正常ですか」
「え」
「若干 先走ったことを質問しているのは自覚していますがやはり 大事なことだと思うので仮に勃起力に難があったとしても現在の医学は進歩していますから健康な精子さえお持ちであれば問題ありません」
「け・・・健康だと思います」
「よかったです健康な精子をお持ちで」
店員がピッツァを運んできた。
依子は食べて巧は呼吸をした。
母からもらった軍資金で支払いをすませようとする巧を制し割り勘にする依子。
「日曜の昼なのにピザを食べるなんて新鮮でした」
「そ・・・そ・・・そうですか」
巧の限界が訪れようとしている・・・。
この女・・・変なんじゃないのか・・・変だよな・・・変と断定して間違いないよな・・・。
「中華街でも見に行きましょうか?」
「中華街を見に行くんですね?」
「はい」
中華街でも女はオードリー・ヘプバーンにはならなかった。化粧をしなければ美人なんじゃないか。ふりかえれば・・・ドナルド・ダックが立っていそうだ。峰不二子でもメーテルでもデジタルリマスターで見るカトリーヌ・ドヌーブでもない。我が青春に悔いなしと呟く原節子でもない。紅い花の少女でもない。見ている。俺を見ている。その視線の下にある唇は・・・ジャック・ニコルソンが演じる「バットマン」のジョーカーじゃないか。
「中華街まだ見ますか?」
「ちょっと・・・トイレに」
巧は逃走した。
「やった・・・まいたぞ・・・」
しかし、依子はホーミング魚雷のように追尾していた。
「あっいたいた谷口さんトイレはそちらではありません私も行きましょう」
「 ハハハ・・・そっか・・・あっちか」
【男子トイレにて】巧は・・・島田兄妹に電話した。
「厳しいよ・・・現実は苛酷すぎる・・・」
「がんばれよ!」
「想定をこえてるんだ」
「それが現実だろ!」
「頭に花をつけてる」
「かわいいじゃん!」
「そういう感じのやつじゃないんだよ・・・突然腕を組んできたり・・・思い返してみれば・・・メールの文面も何か変だったんだ・・・絵文字も意味不明だし・・・とにかく・・・あれはただ者じゃない」
「じゃあ・・・何者だよ!」
「あれは痛い女だ」
「・・・!」
「急に口をとがらして恐ろしい目でにらみ付けてくるんだよ・・・すげえ怖い・・・このまま・・・あの女をまいて・・・帰る」
「逃げるなんて人としてあり得ない・・・巧君は長いこと現実の女を知らないからそんなふうに感じるんだよ。痛いのはあんた。あんたが痛い男なの!」
「だけど・・・もう限界だよ」
「とにかく今日は最後までやり遂げなさい!」
「楽しいふりをすればいいのか・・・」
巧は気持ちを立て直し・・・戦いに復帰する。
しかし・・・個室にはすべてを聞いている男がいた。
【女子トイレにて】他人からは独り言をつぶやき続ける不気味な人に見えている依子。
しかし・・・そこにはもう一人冷静な青いドレスの女が立っているのだ。
「もう帰りたいんでしょ?・・・苦痛で仕方なくて」
「そんなことない・・・楽しんでる」
「あれは絶対に痛い男よ」
「考えてみなさいあれだけの好条件のくせにいまだ独身で結婚相談所で相手を探してるのはなぜか」
「縁がなかっただけよ」
「同性愛者かもしれないひょっとしたら ど変態で異常性癖の持ち主かも私が思ってることはあなたが思ってることそうでしょこのまま逃げちゃえ」
「そんなことできるわけないでしょどうせあと観光船に乗るだけ九十分の辛抱よ」
「やっぱり苦痛なんじゃないの」
「 しっ」
通りすがりの女子は震えた。
【エンターテイメント・レストラン船・ロイヤルウイング・ティークルーズ】二人は船上の人となった。
「潮風は・・・いつも心を和ませます」
「潮風はプランクトンから発生する硫黄化合物が含まれているからでしょうね」
「ベイブリッジは・・・夕暮れ時は悲しくなるほど叙情的だし夜になると艶やかで色っぽい」
「ベイブリッジは斜張橋として重心の設定も合理的だし多柱式基礎を採用することで工費を安く抑えたことが素晴らしいです」
「・・・」
「谷口さん実は気になっている点があるので質問してもよろしいでしょうか同性愛者ですか?そうならそうとはっきり おっしゃってください私偏見はありません」
「ち・・・違います」
「では ど変態ですか何か特殊な性的嗜好がおありなら例えばサディズムマゾヒズム露出狂スワッピングはっきりおっしゃってください偏見はありません私にできる範囲で要望にお応えする所存です」
「ぼ・・・僕はそんなふうに見えるってことですか」
「谷口さんのような方がなぜ今まで独身でしかも結婚相談所で相手を探しているのかその点が気になっているんです何か特殊な事情がおありなんでしょうか」
「・・・君だったんだ・・・ずっと探し続けてきたのは」
「谷口さんが探し続けていた理想の女性像が私であるという意味でしょうか」
「そ・・・そうです」
「恐縮ですキスしますか」
「キ・・・」
「もしお嫌でなければ」
「キス」
突然・・・キスにチャレンジする二人だった。
そこへ・・・割って入る鷲尾だった。
「金輪際、依子さんに手を出すな!」
「え」
問答無用で巧を突き飛ばす鷲尾。
巧は船上から消える。
「え」
「死ぬ」
手すりにつかまり必死に落下をこらえる巧。
「おい! つかまれ! 早く!」
「メーデー! メーデー!メーデー!」(メメくらげに刺されたデ~の略ではない)
【船室にて】救助された巧とともに船長(原金太郎)から注意を受ける依子と鷲尾だった。
「お父さんがあまりにも心配されてたので。変な男にだまされてるんじゃないかって」
「ずっと私たちをつけていたんですか」
「僕がいったい何をしたっていうんだ」
「痛い女だ。 デートがこんなにも苦痛だとは思わなかった。 このままあの女をまいて帰る・・・って言ったよな・・・それなのに気があるふりをしてキスをしようとした。理由は1つ! 体目当てだろ!」
「まあ・・・何はともあれ大きな事故につながらなくてよかった。今後は気を付けてください」と船長。
「待ってください。僕は体目当てなんかじゃなくて・・・真剣に付き合いたくて」
「常習犯なんだろ」
「僕を買いかぶるなよ・・・そんなことできるわけないだろ・・・普通に付き合ったこともないのに」
「え」
「僕は生まれてこの方・・・三十五年・・・女性と付き合ったことなんかありません」
「見え透いた嘘を」
「僕は小説や映画や漫画やアニメの世界が好きで現実の女性にあんまり興味がないんです。・・・人と接するのも 苦手なんです」
「じゃあ・・・何でデートなんか・・・」
「友人に女性と付き合えば人生が変わるって言われて・・・でも やっぱり 駄目でした・・・デートが苦痛で苦痛でしかたがない・・・本当に痛いのは僕なんです・・・僕が痛い男なんです」
「まあ色々あるでしょうがこれもいい経験になることでしょう。本日はご乗船誠に ありがとうございました」と船長。
「谷口さん謝る必要はありません私も同じだからです」
「え」
「私も あなたのことを好きではないのです最初は好きだと思いました数ある男性の資料の中から谷口さんの資料を見たときなぜだか無性に胸がときめいたんです一目ぼれとはこういうものかと思いましたですがこうしてお会いしてみるとまったくときめかないはっきり分かりました私はあなたのデータにときめいていたんだと1979年7月23日生まれ181cm 67kg好きな数字ばっかり全部素数なんですこんなに素数が並ぶなんて奇跡ですよ宇宙の真理が潜んでいるようでわくわくしますいつもこうなんです生身の人間には興味が持てないんです私も痛い女なんです楽しいふりをしてはしゃいでいましたがやはり 駄目でしたデートなんて何が楽しいのかさっぱり分からない」
「本当ですよね。・・・みんなよくこんなこと普通にやれてると思いますよ」
共感しあう巧と依子に・・・呆然とする鷲尾だった。
「はいご乗船ありがとうございました。そろそろ時間がね。次の出航の準備をね」と船長。
「恋をしたいなんて全然思わない」
「僕も・・・そうだな」
「でも・・・恋愛をすることは大事なことで人間的にも成長できるし・・・」
「恋愛なんかしたって何の成長もしませんよ。むしろ恋愛にうつつを抜かしてる連中ほど精神的次元が低いと僕は思います」
「同感ですやれ合コンでどうした元カレがどうしたと他に語り合うことはないのかと思います」
「え」
「くそのような連中だな人生にはもっと大事なことがたくさんあります教養のないバカ女なんかと付き合う暇があったら本の一冊でも読んでる方がはるかに有意義だ」
「幼稚なバカ男と付き合う時間なんて貴重な人生の浪費でしかないもっと価値の高いことに使うべきだわ」
「ええ」
「本当に痛いのは僕らじゃない彼のような人種ですよレベルの低いテレビドラマやがき相手の映画ばかり見て育ったんだ現代の幼稚な文化に毒されるとこういうのが出来上がるという典型例だ」
「えええ」
「本来恋愛と結婚は別物だ昔は家と家が勝手に決めるのが普通だった結婚式当日に初めて顔を見たなんてケースも珍しくなかった」
「そのころは 今よりはるかに離婚率は低かったはず恋愛結婚が増えるに従い未婚率と離婚率が増え出生率が低下している」
「すいませんがもう次の出航のですね」と船長。
「船長・・・あなた・・・御結婚は・・・」と救いを求める鷲尾・・・。
「うちは大恋愛の末に結ばれたよ・・・でも二年前に離婚した・・・」
「くそ・・・」
「フランスの哲学者モンテーニュはこう言っている・・・美貌や愛欲によって結ばれた結婚ほど 失敗をする・・・沸き立つような歓喜は何の役にも立たない」
「共感します私かねがね結婚とはお互いが有益な共同生活を送るための契約にすぎないのではないかと考えていました」
「真理ですね・・・恋愛なんてくその役にも立たない・・・結婚は契約です」
「契約という明確なルールを遂行することは誰よりも得意だという自負があります」
「素晴らしいむしろくだらない恋愛感情に左右されないあなたや僕は本来最も結婚に向いてるといえますね」
「ちょっと待った・・・お互いに好きじゃないんですよね」と藁にもすがる思いの鷲尾。
「好きじゃないわ身長や体重は変動するから必ず素数になるとは限らないそう考えると何一つ魅力のない人物にしか見えない」
「僕の理想のタイプはヘプバーンと原節子と峰不二子とメーテルを足して4で割った女性なんだけどどこにもかすってない・・・明らかに好きじゃない」
「でも結婚ならできそう」
「できるね」
「愛は・・・」
「愛などという数値化できない不確定要素を基盤に人生を設計するなんて非合理的私と谷口さんなら感情を排除して割り切った契約を結ぶことができる」
「ベストマッチかもしれませんね」
「試しに結んでみます? 契約」
「やぶさかではありません」
「いやいやいや・・・それはおかしいって」と嘆く鷲尾。
「問題は双方が納得できる契約内容が作成できるかということですが」
「何とかなるんじゃないですかね」
「では今後は結婚に向けての協議を積み重ねるということで」
「おかしいですよね・・・船長・・・」
「お前ら・・・早く帰れよ・・・頼むから~」と船長。
【埠頭にて】別れの挨拶を交わす二人。
「今後は自分を偽ったりするのはやめましょう」
「できるだけ本音でいきましょう」
「じゃあ早速頭の花すごく変です・・・たぶん胸に着けるやつじゃないかと思います」
「そうじゃないかと思っていました」
「人をにらみ付ける癖直した方がいいですよ」
「谷口さんこそ人と話すときは相手の目を もっと見た方がいいと思いますそれから念のため言っておきますが人間を足して4で割ることはおそらく不可能です」
「分かってます」
「 今後はそういったお互いの意向も契約内容に反映させましょう・・・」
「もう少しどこかで話していきますか?」
「入浴時間が迫っているので帰ります」
取り残された鷲尾は超痛い人々の展開についていけない男だった。
それは・・・ある意味・・・幸福と言えるかもしれない。
【最初のデートその後で】「残念だったね」と慰めようとした谷口家では・・・「結婚することになった」の一言で瞬間冷凍される人々。
「母さん・・・安心して死んでいいよ・・・新しい寄生相手が見つかったんだから」
「好きな人に出会えたのか」と喜ぶ父親に「好きじゃないけど結婚するの」と冷水を浴びせかける依子。
説明を求める父親は無視される。
なにしろ・・・依子は就寝時間なのである。
母の亡霊はフェイスパックをしながら問う。
「うまくいくかしら」
「まあ見ていなさいよ私だって結婚くらいできるってこと証明してみせるわ」
「信じられない」
「ところでお母さん私人をにらむ癖なんてあるかしらないわよね」
「にらむって・・・現実を直視しすぎるってことかもよ」
「・・・」
依子はすでに眠りに落ちていた。
定刻なので。
世界は闇に落ちる。
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