弘安の役の如く夷荻斬るべし(東出昌大)
長州尊王攘夷過激派の教祖ともいうべき吉田松陰はその危険思想を松下村塾という巣窟で熟成させる。
下級武士や藩医や儒官などの非武士の知識階級、そして町人など階級制度に困窮する若者たちはその「正義」に魅了されるのである。
その根本精神は「死に物狂い」であった。
松陰は久坂玄瑞との書簡のやりとりでそれを明らかにしている。
モンゴル人・漢人・高麗人の連合軍による日本侵略に対して、時の政権・鎌倉幕府が防衛に成功したのは文永の役で先制攻撃を受けた後、弘安の役に先立つ元のクビライ皇帝よりの降伏勧告を伝える使者をことごとく斬首したことによる。
文永の役では対馬、壱岐、肥前などの武士が皆殺しの憂き目にあっていながら、これをまったく顧みなかったのである。
全滅しても戦う。
この闘志こそが必勝の原理なのである。
「勝ち目のない戦を最後まで戦う」と久坂玄瑞が断言した時。
「我が意を得たり」と吉田松陰は入門を許したのだった。
恐ろしいことである。
で、『花燃ゆ・第8回』(NHK総合20150222PM8~)脚本・大島里美、演出・末永創を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は松下村塾の軍神・吉田松陰とその最も忠実な弟子・久坂玄瑞の最狂師弟の二大描き下ろしイラスト大公開でお得でございます。この師匠にしてこの弟子あり。やはり、幕末は長州が一番熱狂的でございますね。何と言っても黒船にはぶっぱなす、幕府にもとにかくぶっぱなすで狂いに狂ってついには大日本帝国を生み出していく。その原動力でございますからね。勝てる戦しかしない薩摩やなるべく穏便に済ませようとした土佐では明治維新はなかったと申せましょう。そういう意味でやはり・・・吉田松陰は凄いのですな。まあ・・・師匠を初め、弟子たちも死んで死んで死にまくるわけですが。まさに万歳突撃ですな。さすがに全員が長州人ではなかったのでこの国は最後は一億玉砕はせずに敗北する・・・それが良かったのかどうかは謎でございますが。本土決戦をして21世紀になっても戦い続けている帝国もないわけではないのですな。世界が唖然とするほどに。それが靖国神社問題なのかもしれません。
安政二年(1855年)十二月、野山獄から生家である杉家預かりの身となった吉田松陰。風雲急を告げる国際情勢、長州藩における保守派と改革派の対立など様々な政治の波から遠ざかり松陰は教育によって草莽の志を洗脳し始める。その根本思想は天皇による天下の実現により、万民を平等に志士とし、その総力をもって侵略者と対峙するというもの。「この国は元々天皇のものである。そのことをよく勉強しているね。偉いね。君が差別されているのは藩だとか幕府とか余計なものがあるからなんだね。そんなものはぶっつぶしかないよね。そうでないとこの国はダメになってしまうからね。口先だけで憂国してもしょうがないよ。憂いなんか吹き飛ばして斬って斬って斬りまくるしかないんだよ」と信念を吹き込まれ安政四年(1857年)春、久坂玄瑞は吉田松陰に心服するのだった。出獄から一年で吉田松陰は幕府を崩壊に追い込む人材を育ててしまったのである。これを天才と呼ばずには・・・いられないんだなあ。まあ・・・一部の人民にとっては長い悪夢の始りとも言えます。
「江戸からのお指図で・・・吉田寅次郎なる罪人を探らねばならん」
「野山獄から解き放たれたものですな」
「うむ・・・動静を報告するだけでよい」
「下忍を潜り込ませます」
「うむ・・・」
長州に草として潜入する公儀隠密の頭は指示を下すと城下に消える。
やがて・・・吉田松陰の謹慎する杉家に魚の行商人である亀太郎が足繁く通うようになっていた。
亀太郎は画才があった。水軍忍び松羅党の血を引いているからである。斥候(うかみ)の忍びには画力が要求されるからである。
亀太郎は草のものであった。
松陰の家には若者たちが集まっていた。
松陰の従弟である玉木彦介、足軽の家の子・吉田稔麿、藩医の久坂玄瑞など身分の低いものたちであった。
罪人とはいえ、長州藩一の秀才と言われた吉田松陰に教えを受けることは若者たちにとって誇らしいことであった。
草として探索の任務を務める亀太郎さえ、その誇らしさに心が揺れることがあった。
「亀太郎くん」
「へ」
「この紙に神州(日本)の地図を描いてくれ」
「へえ」
亀太郎は松陰の示す小さな絵図を指示に従い、大写ししていく。
「そうだ・・・このあたりに朝鮮がある・・・その横が清国だ・・・うん、上手いぞ・・・さすがだなあ」
名士に褒められて悪い気はしないのである。
「元寇の時は・・・まず・・・こう・・・高麗から対馬、肥前と攻めて来たわけだ」
「文永の役ですな」と縁側に正座した久坂玄瑞が応じる。
「鎌倉の幕府はすでに大宰府から朝鮮に斥候を送り込んでいるから九州の武士に動員令を出している。何しろ、それまでに何度も元の使節が九州に来ているのです」
「なるほど」
「元の軍勢が極悪非道であることは対馬から脱した忍びによって急報されている」
「死にもの狂いになるのですな」
「そうよ・・・なにしろ・・・まだ集団戦と言うものを知らない一騎当千のもののふたちだ・・・各個撃破されるが・・・それなりに元に出血を強いる・・・なにしろ、渡海してきた元軍は孤軍だ・・・次から次へと現れる御家人たちに手を焼くようになる」
「殺しても殺しても・・・ですね」
「ふむ・・・戦果をあげたことで撤退ということになる。何百という奴隷も得たことだし・・・というわけだ。これは一種の偵察戦だったとも言える」
「これで恐れ入るだろう・・・というわけですな」
「そうだ・・・ところが・・・ここから幕府は死に物狂いになるわけだ」
「使者を殺し始めるのですね」
「そうだ・・・そして・・・今度は上陸阻止の準備を始める」
「次は大軍がくるわけですからな」
「南宗を滅ぼした元は南の漢軍と東の高麗軍を動員して本格的な占領軍となってやってくるのだ」
「長門や筑前にも上陸してくるのです・・・しかし」
「そう・・・前よりも防御が固くなっていることに驚くわけだ」
「そして・・・死を畏れぬもののふに圧倒されるのですな」
「そうです・・・神風などは吹かなかったのです・・・やまとのもののふは屍をのりこえて戦をする」
「そして勝つのですね」
「勝つ」
滅ぶまで戦う覚悟だけが滅びを避けるのである。
若者たちは・・・いにしえのもののふたちを思いうっとりとするのだった。
亀太郎も夢見心地になるのである。
一方、幕府は着々と土下座外交を展開していた。
臥薪嘗胆は徳川家の本領だからである。
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