西洋人、歩兵を以て軍の骨子となす、是れ孫子の所謂正なり・・・と吉田松陰(星田英利)
安政五年(1858年)九月に吉田松陰は「西洋歩兵論」を著している。
松下村塾は一種の情報機関であり、各地に散った塾生の諜報を集約するシステムであった。
三月に兵学者・村田蔵六(大村益次郎)は江戸で桂小五郎に最新西洋兵学の講義を行っている。
このことが「西洋歩兵論」に反映していることは充分に考えられる。
兵学者松陰は洋式軍隊の核心が歩兵にあることを直感し、これを孫子の兵法になぞらえて正道とし、これを和式化するための方策を論ずる。
西洋歩兵が「節制練熟で精悍剛毅の兵」であることにより、「遊戯三昧」の兵しか持たない我が軍に「勝算断じてあることなし」と述べている。
彼我の差を埋めるために松陰は長州藩の大番士(中級士族)を大坂に派遣し(緒方洪庵塾に学んだ)岡村貞次郎(浜松藩)へ師事させ、歩兵指揮官として養成することを第一に挙げている。
この指揮官に足軽・農兵を訓練させることにより、歩兵力を持つことを提唱するのだった。
これは・・・まさに奇兵隊を示唆するものである。
次に「洋式歩兵」という「正」があれば「白兵戦」という「奇」が成立することを松陰は主張する。
我が軍の近接戦闘能力が優れていることを松陰は祈るような想いで語るのだった。
「突撃」戦法は日清・日露で花開くが・・・太平洋戦争においては「玉砕」として悪名を晒すのである。
松陰の理想と・・・世界の現実は激しく激突するのだった。
装備の不利を補うべく・・・敵軍上陸を阻止するために地雷を敷接するのは近代戦では常道だが・・・それを大量生産化するシステムを持たない松陰は・・・暗殺の手段としての流用を模索する。
天才と狂気は紙一重の見本がここにあります。
で、『花燃ゆ・第13回』(NHK総合20150329PM8~)脚本・宮村優子、演出・安達もじりを見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は長州藩の側近連の中でも開国思想の強い航海遠略策でおなじみ長井雅楽の描き下ろしイラスト大公開でお得でございます。羽場裕一がキャスティングされた時点で悪役的でございます。まあ・・・主人公の兄をある意味、殺す人物でございますからねえ。緩やかな世界支配ということでは米国は幕府ポジション。これに叛旗を翻す長州過激派は・・・まさにイスラム過激派と同じポジションであり・・・実際にテロリズムを展開していくことになりますので・・・一緒だ・・・と言われればそうでございますよね。つまり、イスラム過激派が米軍を打倒することもないわけではないということでしょう。ロシアと中国とか、中国とEUとか組み合わせは定かでないけれど・・・米国倒幕運動が展開した時に・・・日本が会津藩のポジションになることもありえるわけでございます。まあ・・・もう少し先かな。松陰の革命闘争は半世紀に渡って勝利を重ねたあげくに腐敗し・・・全世界から袋叩きになって終結する。何が正しくて何が悪かったのか・・・結果論で論じるのは簡単で悲しいことでございますけれども。
安政五年(1858年)六月、鯖江藩主・間部詮勝は南紀派の大老・井伊直弼によって勝手御入用掛兼外国御用取扱担当老中として幕閣入り。九州より東海道にかけてコレラが流行。長州藩医で蘭学者の青木周弼・研蔵兄弟はコレラ治療に貢献したとされる。藩医・山根文季の長男で藩医・小野家の養子となった小野為八は三浦半島における沿岸警備の実体験から地雷の有効性に開眼する。帰国した小野は松下村塾に入門。折しも要人暗殺の方法論を研究中だった松陰は地雷の利用を想起する。七月、高杉晋作は萩を出発、八月、江戸に到着する。九月に間部詮勝は入京し、京都所司代・酒井忠義と一橋派の粛清を開始。梅田雲浜を捕縛。長州藩の足軽・品川弥市右衛門の長男・品川弥二郎が松陰門下となる。松陰の弟子で長州藩家老の益田親施は周布政之助らと共に朝廷の意思に従って攘夷を決行すべきと江戸幕府に提言。朝廷に対しては忠節、幕府に対しては信義、祖先には孝道という長州藩の三大原則を明らかにする。こうした長州藩の動きの背後に吉田松陰の言説があることは幕府探索方の諜報により井伊直弼の知るところとなっていた。江戸藩邸には久坂、桂、山県、伊藤などか顔を揃えている。萩の松陰が間部詮勝のために砲撃部隊を進発させると決意したため、高杉たちはこれを諌めた。
「先生、おやめください」
「先生、薩摩の西郷も潜伏しました」
「先生、時期が悪いです」
「先生、自重してください」
江戸や京都に滞在中の弟子たちの書簡を読んで松陰は微笑む。
「みんな・・・震えております」
「兄上が物騒なことを申し上げるからです」
「物騒なことではないぞ・・・皆、現実になることだ」
「間部様は長生きなさるのでしょう」
「うむ・・・大老は僕と刺し違えることになるがな」
「兄上、そのことは避けられぬことなのですか」
文は松陰の心を読んで・・・それを知っていながら・・・どうしても口に出さずにはいられなかった。
「文よ・・・時の先を知るということは・・・運命を受け入れる覚悟をするということなのだ。僕がいつ死ぬかはいくつかの可能性に分れるが・・・僕は最も価値のある死を選んだことになると思う。少しばかり長く生きたとて志と無縁では生きる意味がない」
「ただ・・・漫然と生きて行く幸せもあるのではありませんか」
「もちろんだ・・・そのように生きたいものはそのように生きる。僕は僕の死ぬべき時に死にたい・・・それだけだ」
文は松陰の心の中にある眩しいほどの精気に触れ・・・言葉を飲む。
松陰は文に優しく微笑んだ。
「大和の人は皆、西方浄土に恋こがれてきた。韓の国、唐の国、さらには天竺。しかし、さらに西方の耶蘇教を信じる者たちが大いなる力をもって天竺も唐の国も征服しつつある。侵略された国の民は征服者の奴隷となるのが理だ。僕はそれを望まぬ。君主は時にそれを許し、民の苦しみを余所目に私腹を肥やすだろう。僕はそれを許さぬ。天朝を軸にこの国を一つとし、色目人たちの横暴に立ち向かわせるのだ」
「・・・」
「そのための一つの流れを作る僕の死を僕は誇らしく思う」
「文はただ兄上に長生きしてもらいとうございます」
「許せ・・・文・・・それはならぬのです」
文はますます輝きだす松陰の心に思わず目を閉じる。
しかし・・・心眼は閉じることができない。
文はただ涙を流し・・・嗚咽をもらした。
世界はゆっくりと変転していった。
太平の世にふんぞり返り、志士達の懸命の努力を嘲笑する想像力のかけらもない馬鹿どもの生きる世へと・・・。
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