死而後已の四字、言簡にして義広し・・・いっそ死んでくれたらとセイラさん(宮崎香蓮)
テロリストのリーダーにしか見えないという意見もある吉田松陰だが・・・それはある意味正しい。
そもそも・・・テロリズムを愚かと感じる人にはテロリストの心情を正しく理解することは困難なのである。
しかし、それではそういう愚かな行為の指導者が何故、偉人の列に加わっているのかという問題が残る。
明治維新という名の政権交代劇がいつ始ったのかは異論があるが・・・安政の大獄から・・・という考え方がある。
安政の大獄による刑死者は水戸藩家老・安島帯刀、福井藩士・橋本左内など多数いるが、長州藩士としては吉田松陰ただ一人である。
水戸藩主・徳川慶篤や福井藩主・松平春嶽が隠居・謹慎処分になっているのに対し、長州藩主は処分を免れている。
吉田松陰も死罪は充分に免れたわけだが・・・老中の暗殺計画を自ら進んで告白したことにより、斬罪となったのだ。
結果として長州藩が倒幕に成功した時・・・その最初の戦死者が吉田松陰だったということになるわけである。
もちろん、結果論だが・・・吉田松陰が教育者であったことが・・・長州藩の動向に影響を与えたことは間違いない。
長州における倒幕の立役者はほぼ松下村塾の縁者であった。
つまり・・・吉田松陰が死ななければ明治維新は起こらなかったかもしれないのである。
倒幕は幾多の屍の上に成立するが・・・その先駆者の名誉が吉田松陰に捧げられる由縁である。
松陰は武士の心得たる「士規七則」を唱えた。
その最初は「およそ生まれて人たらば、宜しく人の禽獣に異なる所以をしるべし」で始るが、最後は「死而後已」で締めくくられる。
「死而後已(死ぬまで止むことなし)という四字に込められた意義は大きい。堅忍果決(決めたことを果たすために強く忍ぶこと)も確固不抜(物事に動じない精神力)も死而後已の覚悟がなければ成立しないのである」というのが「士規七則」の結論なのである。
これこそが「己の死」を供物として捧げる吉田松陰の尋常ではない起爆力の奥義なのだ。
「とにかく俺が死ななければ何も始まらない・・・」というわけである。
「死んで花実が咲くものか」とは相容れぬ話だ。
吉田松陰は言わば賢くも正しい聖なるテロリストなのである。
で、『花燃ゆ・第15回』(NHK総合20150412PM8~)脚本・大島里美、演出・安達もじりを見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は野村靖・入江すみ兄妹の兄・入江九一の描き下ろしイラスト大公開でお得でございます。一人、また一人と松下村塾の英霊たちが顔を揃えて行く・・・壮観でございます。江戸幕府・大日本帝国・日本国と名称を変えるこの国の妖しさが匂い立ちますねえ。はたして・・・国家というものはどこまでが連続的で・・・どこまでが不連続なのか・・・誠に悩ましいものでございます。とにかく・・・どんなに愚かで・・・どんなに命を粗末にして・・・どんなに馬鹿馬鹿しくても・・・そういう幾多の犠牲の元に今があると知ることが何よりも大切なのではないかと思う今日この頃・・・今回は文の嘆きと松陰の叫びの交差点・・・なかなかに素晴らしい出来栄えだったと考えます。もはや名作大河の香りがいたしました。
1600年の関ヶ原の合戦から大坂の陣や島原の乱などの内乱鎮圧戦争を経て一揆などを除けば徳川幕府は250年を越える平和を維持してきた。幕藩体制において戦争は夢のまた夢となったのである。たかだか七十年の平和で平和ボケしてしまう民衆がどのくらいボケていたのか・・・想像もできない状態なのである。その中で一部の先覚者たちが恐ろしい百年・・・戦争の世紀を予感していたとしも・・・それを実感できる民衆はいなかったのだ。しかし、ユーラシア大陸の片隅で生まれた覇権主義者たちは圧倒的な科学力でアジアの眠れる国々を容赦なく征服し始めた。黒船はやがて巨大な戦艦となり、陸には戦車が疾駆し、大空を戦闘機や爆撃機が支配し、海中へ宇宙へと超兵器は次々に生み出され、やがて神の領域へと足を踏み入れた人類は放射能をまき散らし、地球さえも破壊する軍事力を手にする。その幕開けこそが・・・安政の大獄なのである。一方的な侵略に屈しないために・・・総力戦に耐えうる国家を創設しなければならない。幕末の知的巨人たちは恐ろしい洞察力で・・・その必要性を認識していたのだった。眠れるものと覚醒しようとするものの軋轢。それが幕末動乱の真実である。
長州藩の江戸藩邸と京の長州屋敷、そして萩城下の文書連絡は御用商人の定期便や、急使の往還などの他、御用で移動する士族への委託など様々な手段がある。公儀隠密はそのすべてを検閲するわけではないが・・・指令により吉田松陰の関係者への監視は重くなっている。江戸から京を経由して廻船で萩に帰国する入江九一は船中で睡魔に襲われた。
春花の術で九一を昏睡させた公儀隠密・松羅の亀太郎は九一の荷を改める。
久坂や高杉など松陰門下からの手紙を速読し、亀太郎はすばやく姿を消した。
夜の海に飛び込んだ亀太郎は綱をたぐり海上に潜ませた忍び船にたどり着く。
綱を解き、浜へと漕ぎ出しながら亀太郎は報告に想いを巡らせる。
松陰の弟子たちは口を揃えて軽挙妄動を慎むように師を諌めている。
その軽挙の中身については秘されているが・・・松陰が門下に宛てた文には仔細が述べられていたのである。
「老中暗殺のこと」
「藩主を誘因し天子に攘夷の許しを得ること」
いずれも穏やかならぬ文面だった。
すでに忍びの掟に反し、松陰に心酔しつつある亀太郎はできるなら報告に手心を加えたいところだった。
しかし、江戸にも公儀隠密がいて監視している以上、うかつなことをすれば亀太郎に疑惑がふりかかるのである。
亀太郎は松陰の暴走に困惑していた。
江戸における公儀隠密の首領は塚原一楽斉こと山岡鉄舟である。
鹿島忍びの流れを組む塚原一族は家康以来の忍び奉公を続けている。
一方で蔵奉行を務める小野一族は文書改めの集団でもあった。
吉田松陰の私設・情報機関・松下村塾とは比べ物にならない公儀隠密の諜報中枢である。
小野の龍三郎は塚原一楽斉宅の奥の間に定期連絡に現れた。
「すると・・・吉田と申すものは老中暗殺を企てていると申すか」
「その方法までを文に認めております」
「たわけか・・・」
「いかがいたしましょう」
「まもなく・・・お頭が長崎での表の務めを終えて江戸に戻ってきなさる」
「半蔵様が・・・」
公儀隠密総帥・服部半蔵の当代は勝海舟なのである。
「吉田松陰は半蔵様のご学友で・・・手心を加えろというお達しだ」
「しかし」
「まあ・・・すでに獄中にある梅田雲浜との関係からお咎めなしということには参るめえ」
「御意」
「その・・・老中暗殺だの、藩主誘因だのという物騒な文言は秘して・・・梅田とご政道に対する非難あること・・・許し難しというあたりで手を打とう」
「それならば・・・遠島ぐらいですみますな・・・」
「第一、毛利様は・・・将軍継承においては中立のお立場だ・・・老中様方も無暗めったら敵を増やしたくはねえからな」
「では・・・吉田についてはそのように・・・次は橋本についてでございます」
長州藩では藩主・敬親が胸を痛めていた。
藩の宝であり、師と仰ぐ松陰の言動について目付からただならぬ報告があがっている。
「世話が焼けるのう・・・」
「近く、幕府より召喚の報せがあるやもしれませぬ」
御側衆筆頭となった長井雅楽は表情を変えずに告げる。
「なんとする」
「もとより・・・松陰先生は・・・謹慎の身・・・幕命とあれば従う他ありません」
「・・・」
「しかし・・・松陰先生は江戸にも慕う者多い学者でございますれば・・・それほどの咎めはございますまい」
「そうか」
「本来・・・この粛清は将軍継承に反対のものに対する処罰でございます。松陰先生の言動はそれとは無関係でございますれば・・・」
「それもそうじゃのう」
「ここは素直に召喚に応じれば無罪放免ということになりましょう」
「うむ・・・ならばそうせい」
しかし・・・松陰の信念は・・・俗人の及ばぬ境地に達していたのだった。
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