ヒトが生まれて何万年かが過ぎてコトバが生まれた。
ヒトは「あ」と言った。
世界は「セカイ」になった。
宇宙は「ウチュウ」になった。
愛は「あい」になった。
母は「ママ」になった。
花は咲いた。
仲間は「トモダチ」になった。
夢は見るものではなく語るものになった。
そして・・・いくつかの夢は叶えられた。
数千年が過ぎた。
夜は輝きに満ちた。
冬はホットになった。
電話はスマートになった。
そして・・・人々は敬い、蔑み、慈しみ、憎み、助けあい、殺し合って・・・不可能を可能にして・・・時を刻む。
人間は砂時計を作った。
砂はさらさらと落ちる。
時は過ぎ去り・・・そして続いて行く。
で、『アルジャーノンに花束を・最終回(全10話)』(TBSテレビ20150612PM10~)原作・ダニエル・キイス「Flowers for Algernon」、脚本・池田奈津子(脚本監修・野島伸司)、演出・吉田健を見た。「こころの時代」で放射線防護学者が学生時代の実習を振り返る。致死量の放射線をマウスに照射し、経過を観察し、マウスが死に至った後は解剖し、放射線がマウスの内部にどのような変化をもたらしたかを考察する。こうして学生たちは知識を深めるとともに「放射線」の持つ恐ろしさを学ぶのだという。「フクシマ」という現実の中で暮らす人々をサポートする知性はこうして育まれたのだ。名もなきアルジャーノンたち・・・無数の言葉を知らぬ動物たちの犠牲で人間は「今」を生きているのである。そういうことが現実にあることを想像させる物語。それだけで・・・このドラマはトレビアンなのだ。人間はそういう世界に生きているのである。
原作が生まれて半世紀。知恵遅れやうすのろまぬけは世界から消え、知的障害者を虐待するものは社会的制裁を受ける時代が到来している。
子育てが割の合わないビジネスとなり、人々の老後を地域社会が心配する世の中。
しかし・・・障害を持って生まれて来た子供たちの親は「ありのまま」を受け入れるしかないのが実情だ。
わが子が普通の子供とは違うことへの苦渋。
しかし・・・それを「救い」として受容することを要請する社会。
理想と現実の中間で・・・人間はおりあいをつけようとあがく。
できることなら・・・アルジャーノン効果が現実のものとなりますように・・・。
神の試練から選ばれたものたちをお救いくださいますように・・・。
悪魔も祈らずにはいられないのだった。
そういう・・・様々な表現の制約を抱えながら・・・見事に美しい着地を決めた最終回である。
実は(木)(金)はかなり内容が重複している。両方ともに「知能」や「記憶」に問題がある主人公。そして・・・背後には親子関係を軸にした人間関係の問題が潜んでいる。なぜなら原作の魂は「アルジャーノンに花束を」から「アイムホーム」へと受け継がれているからである。その中間地点には「鉄腕アトム」や「火の鳥」と言った手塚治虫の諸作品が置かれているような気がする。あるいは・・・脚色されたドラマは双方を経由していると言っても良い。人間は実は「心」についてあまり多くを知らない。しかし・・・多くの人々は自分に「心」があることを疑わない。そういう人々の心に対する無知を・・・「アルジャーノンに花束を」も「アイムホーム」もある程度暴きたてる。
たとえば・・・「アルジャーノンに花束を」では知性化した咲人は・・・知的障害者・咲人の記憶を利用することができるのに・・・知性を失った咲人はそれが不能になってしまう。
それについて説明不要で理解できるもの・・・説明が必要となるもの・・・説明しても理解できない者と・・・お茶の間知性には差が生じるのである。
願わくば・・・それぞれが・・・自分がそれほど知的ではない存在だという自覚に至ってもらいたいものだ。
「私ってバカだったの・・・」と悟ることがお利口さんへの道だからである。
・・・もう、いいんじゃないかな。
望月遥香(栗山千明)は亡き父親・久人(いしだ壱成)の博愛精神に汚染された白鳥咲人(山下智久)の決断を翻意させるために利己性の高い母親・窓花(草刈民代)に救援を求める。
「他の誰かのためでなく自分自身のために時間を使ってほしいのです」
「それが・・・自己中心的なあなたのためなのね・・・」
「・・・妥協点です」
「ドリームフラワーサービス」の竹部順一郎(萩原聖人)は聖人としての久人の功徳を説く。
「お前たちは・・・みな罪人だ・・・しかし・・・真実の優しさを知れば・・・悔い改めることができる・・・あの方は・・・聖なる咲人をお残しになった・・・」
母親の京子(田中美奈子)に金銭的援助を求められ犯罪者となり、服役した柳川隆一(窪田正孝)は・・・聖なる咲人の秘密を知り・・・自らが真実の優しさに触れて癒されたことを自覚する。
聖なる咲人に対して罪人である隆一こそが対等な存在ではなかったのだ。
蔑まれるべきは自分・・・その境地に達した瞬間、聖なる隆一が覚醒する。
聖なるアルジャーノンはALG試薬の副作用によって発狂し、自傷のために死に至る。
アルジャーノンの使徒である小久保(菊池風磨)は超知性により神となった咲人とともに聖なる樹海に遺体を埋葬する。
アルジャーノンの知性化は人間の賢さの徴(しるし)、アルジャーノンの死は人間の愚かさの証(あかし)だった。
すでに・・・超知性によって・・・自分の運命を正しく認識した咲人は「最大限の知性の有効活用の選択結果」として・・・「興帝メディカル産業」社長の河口玲二(中原丈雄)の娘・河口梨央(谷村美月)の進行性要素性障害の治療に専念する。
しかし・・・48時間を越える昏睡状態となった梨央は嗜眠性脳炎を発症し、危機的状況に陥るのだった。
「彼女は救えるはずだ・・・しかし・・・タイムリミットは迫っている」
強化型ALG試薬の投与によって起こる爆発的知能退行の時はそこまできていたのだった。
脳生理科学研究センターの元研究員・杉野史郎(河相我聞)は際どいゲームに感じる高揚感を抑えつつ咲人に聞く。
「次の一手は」
「手術しかありません」
「スタッフは」
「私を施術した脳外科医およびナノマシーン・テクニシャンに術式を説明します」
「15分で」
「ラボから・・・私が開発した試薬が到着したら・・・手術を開始します」
「試薬の名前はどうします」
「仮にWU新薬としましょう」
「wake up(目覚めよ)・・・ですね」
「UとUとでW・・・なんでもありません」
「成功の確率は・・・」
「人為的なミスがなければ百パーセント」
「その数字は・・・科学者としては恐ろしい数値ですね」
「私は科学者である前に・・・奇跡を信じるものですから」
脳生理科学研究センターには蜂須賀大吾部長(石丸幹二)だけが勤務していた。
出勤した遥香は驚く。
「他の研究員は・・・どうしたのです」
「仮眠室だ」
「まだ勤務開始から20時間しか・・・」
「不眠不休で活動できる人間ばかりではない・・・作業効率を考えたまえ」
「・・・」
「君も休息するべきだ・・・もう48時間以上、睡眠をとっていないだろう・・・」
「眠れないのです」
「・・・愛だな」
「もう・・・本当にチャンスはないのでしょうか・・・」
「咲人が退行は避けられないと計算したのなら・・・おそらくそうなのだろう」
「・・・」
「しかし・・・」
「・・・」
「試合終了まで・・・私はあきらめない・・・それに」
「それに・・・」
「これが最後の試合と言うわけではない」
「・・・」
蜂須賀は思索に集中するためにお気に入りの曲のボリュームをあげる。
遥香は咲人の個室のベッドに身を横たえ・・・窓花との会話を反芻する。
「あの子の父親もそうでした」
「亡くなった・・・お父様・・・」
「困っている人を放っておけない人だったんです。優しい人と言えば・・・そうですが・・・家族が困難を抱えている時には・・・意味不明としか思えない」
「・・・」
「私だって・・・母親です・・・できれば・・・咲人を手放したくなかった・・・だけど、花蓮を守るためにはそうするしかなかったの」
「・・・」
「理想の男性を愛して・・・彼がそうではなかったと気がついた時、あなたの愛はどうなるのかしら」
「・・・」
「結局、男が理想に殉じれば・・・女は現実的選択をするしかないのよ」
「・・・」
「それとも・・・あなたは何か・・・特別なことをするのかしら」
「特別なこと・・・」
「たとえば・・・あなたがこの世界の現実と戦うこと・・・」
「私が・・・」
「ええ・・・だって・・・世界は無慈悲なものだから」
遥香は窓花の押しつぶされ歪んだ知性を感じる。
遥香は時計を見る。
秒針は世界の残酷さを示すように時を刻む。
その歩みが止まった時・・・遥香は眠りに落ちていた。
咲人は時計を見る。
そこには遥香が微笑んでいる。
世界で一番の知性を獲得した男を賞賛する微笑み。
(私には奇跡の一瞬があった)(私は時の流れを越えてそれを手にしたのだ)(今・・・私はあるべき現実に着地寸前だ)(しかし・・・この飛翔の間に)(私自身が奇跡を起こしたとしても)(誰も私を責めないだろう)(目の前にいる人間が闇に消える前に)(少し手を差し伸べるだけ)(私が高みにあったことを)(記念して・・・)(遥香・・・どうかわかってください)
咲人は新薬の効果をもう一度再検討する。
(すべては・・・タイミングだ)
研究室の窓辺に気配がある。
聖なる久人の幻影は微笑みかける。
(パパ・・・もう少しだけ・・・時間をください)
久人が声をかける。
「白鳥さん・・・御面会の方が・・・お母様だとおっしゃっているのですが」
咲人は現実に帰還する。
「母が・・・?」
医療センターの中庭で咲人は窓花と邂逅した。
「遥香さんに頼まれてきたのよ」
「遥香に・・・」
「悪い子ね・・・女を泣かせて」
「・・・」
「あなたにお嫁さんが来る日なんて・・・思ったこと一度もなかったわよ」
「・・・」
「この子はなんのために生まれて来たのか・・・毎日毎日考えた・・・地獄だったわ」
「・・・」
「それにしても・・・お父さんと同じようなことをするなんて・・・やはり・・・親子なのねえ・・・そんなところ・・・似なくてもよかったのに・・・」
「お父さんが・・・」
「あんたの面倒みてくれた人がいたでしょう・・・」
「竹部さん・・・」
「あの人のお腹にはお父さんの腎臓が一つ、入っているのよ」
「・・・」
「今のあなたには・・・その・・・リスクがわかるでしょう」
「お父さんが・・・ドナーに・・・」
「私は泣いてとめたのよ・・・やめてって・・・家族のことだけを考えてって・・・」
「・・・」
「それなのに・・・」
「もう一つの別の世界では・・・あなたはもっと惨めだった。世界が今よりずっと残酷だったから・・・あなたの心は押しつぶされて・・・打ちひしがれた・・・しかし・・・世界はずっと優しくなったのです」
「何を言ってるの・・・」
「昨日読んだ小説の話ですよ・・・お母さん・・・僕を生んでくれてありがとう・・・そして・・・ごめんなさい・・・息子として・・・あなたに何一つ・・・報いることができずに・・・」
「咲人・・・」
咲人は老いた母親を抱きしめた。
母親は輝きに包まれた。
だんだんと良くなっていく世界に母と子は生きていた。
河口社長はやりきれなさを敵意に転じていた。
裏切り者を粛清することは・・・支配者の常套手段なのである。
「興帝メディカル産業」の法律顧問たちが蜂須賀を急襲する。
「あなたを刑事告訴する用意があります」
「罪状は・・・」
「研究開発の目的外の資金流用による詐欺罪です」
「私の専門分野について・・・私以外のものが・・・それを立証できるとでも・・・」
「するさ・・・」と河口社長は牙を剥いた。「訴訟沙汰は・・・こちらの専門だ・・・お前から何もかも奪ってやる」
「お好きになさるがいい」
「お前の唯一の成果である・・・白鳥咲人が娘を救えなかった場合・・・即座に訴訟を開始する」
「そんな・・・強迫は必要ありませんよ」
「・・・」
「彼は為すべきことをする・・・ただそれだけです」
「私は・・・私のできることをする・・・それだけだ」
「あなたは・・・彼に実験台を与えた・・・それだけのことです」
「・・・」
「しかし・・・それが・・・あなたの娘にとって唯一の希望なのです・・・咲人にとって私がそうであったように・・・」
「なんて傲慢な男なんだ」
「・・・」
二人の傲慢な男は見つめ合った。
檜山康介(工藤阿須加)は隆一とルーカス・バーガーでランチを食べていた。
「え・・・この店・・・閉めちゃうの?」
老いた店主は微笑んだ。
「このバーガーも食い納めか・・・」
「そう思うと・・・・凄く美味い気がするな」
「お前・・・この間まで食欲ゼロの男だっただろう」
「だって・・・咲人が来てくれたんだ・・・もう大丈夫だろう」
「お前って・・・想像を越えた単細胞だな」
「それ・・・悪口か」
「いや・・・だけどさ・・・あまり・・・期待しすぎると・・・咲人だって・・・神様じゃないんだから」
「・・・わかってるさ・・・でも・・・俺は信じることにしたんだ・・・あいつに出来なかったなら・・・仕方ないってさ」
「ああ・・・そう」
咲人は・・・竹部を訪ねていた。
「申し訳ありませんでした」
「なんだよ・・・お前に謝られるような覚えはないぞ・・・」
「私は・・・あなたの善意を踏みにじった・・・」
「そんなんじゃねえよ・・・お前は最初から天使だったんだ・・・お前が俺に腹を立てた時・・・俺はちょっと驚いただけだ・・・だって・・・天使が怒るなんて・・・想像もしていなかったからな」
「私が天使ですか・・・」
「そうだよ・・・頭が少し・・・回らない奴が・・・誰もがお前みたいな・・・善良な奴になるとは限らねえ」
「・・・」
「馬鹿だって悪賢い奴はいる・・・俺はそういう奴をたくさん見て来たんだ」
「・・・」
「お前は・・・あの親父さんに躾けられて・・・天使になったんだ・・・」
「・・・」
「ここに来る奴は・・・みんな最初はお前と同室にする・・・」
「そうでしたね」
「人をだました奴もいれば・・・人殺しだっている・・・みんな物騒なやつらだ」
「・・・」
「だけど班長だって・・・隆一だって・・・みんなお前に心を洗われたんだよ・・・天使に逢ったら回心するしかないからな・・・お前は・・・そういう役割をしてたんだ」
「私が・・・役に立っていた」
「そうだ・・・俺はお前と言う人間をそういう道具として使ってたんだ・・・ある意味、ひどい話かもしれないが・・・今のお前なら・・・許してくれるだろう・・・」
「私は・・・愚かな時も・・・あなたの役に立っていたんですね」
「みんなのだよ・・・」
「・・・」
「お前は・・・これから・・・もっともっと・・・人様のお役に立つんだろう・・・だから・・・もう行きな・・・でも・・・たまには顔を出せよ・・・ここはお前の家なんだからさ・・・」
咲人は静かに頭を下げた。
遥香は咲人の着替えを届けた。
「オペをするそうね」
「ナノマシーンによるショック療法だ・・・そして魔法の薬の投薬・・・問題は投薬のタイミングだ・・・早すぎれば・・・目覚めない・・・遅すぎればダメージを与えてしまうかもしれない」
「成功したら・・・一秒でも早く戻ってきてね」
「・・・」
「どうしたの・・・」
「退行がいつ始るか・・・わからない」
「それは言わないで・・・」
「強化型を使用した以上・・・神経細胞に深刻なダメージが残る可能性もある」
「こわいことを言うのはやめて・・・」
「元の僕に・・・戻らないかもしれない」
「脳機能が不全になると・・・」
「とにかく・・・退行が始ったら・・・君とは会いたくない」
「え」
「君に見られるのはいやだ・・・」
「何を言ってるの・・・」
「君の言葉を理解できないかもしれない・・・君との思い出を思い出せないかもしれない・・・君を忘れてしまうかもしれないんだ・・・」
「・・・」
「そういう僕を・・・君に見られるのは耐えられない」
「私は・・・」
「僕からのお願いだ」
「諦めるなんてできないわ・・・あなたも諦めないで」
「すまない・・・時間が来たようだ」
遥香は立ちつくした。
医療スタッフに手術の進行手順を告げる咲人。
「患者の問題点は神経細胞の入力拒否です・・・その情報の途絶は連鎖反応し・・・細胞全体が沈黙していく。手術はナノマシーン投入による強制入力と脳細胞活性化において入力拒否の改善を期待できる新薬の投与になります。効力があれば・・・逆の手順で脳細胞全体が覚醒することになります」
医療スタッフは術式の問題点を討議する。
杉野は咲人に語りかける。
「さすがだな・・・短時間で・・・この方法にたどり着くとは・・・」
「すでに・・・基礎研究は終わっていたものばかりで・・・私は組み合わせを提示しただけです」
「あらゆる分野に精通した天才だけに許された選択だよ」
「お願いがあります」
「なんだね」
「私はおそらく・・・手術中にその時を迎えるでしょう」
「なんだって・・・」
「私がその時を迎えたら・・・」
「・・・」
「遥香から・・・私を隔離してほしいのです」
「それは・・・彼女にとって・・・」
「僕のためなのです・・・男の見栄ですよ」
「・・・」
「そっと隠して・・・ここから僕の存在を消してください」
「君が・・・それを望むなら・・・」
「杉野さんは・・・どうするつもりですか」
「君にはお見通しだろう」
「博士のところへ戻るのですね」
「ご明察だな・・・私はあの方をお守りするために・・・このプロジェクトを企画したのだ・・・私には君たちのような天才性はないが・・・悪知恵は働くんだよ・・・先生が窮地に追いやられることはわかっていた・・・」
「あなたがそうするかどうかは・・・フィフティー・フィフティーだと思っていました」
「うん・・・少し・・・迷ったよ・・・君の成果を受け継ぐだけで私は名声を得ることができる・・・しかし、そんなもの・・・天才の下で働く面白さに比べたら・・・」
「あなたが・・・そういう方でよかった」
咲人は別れの儀式を続ける。
小久保の小さな願いを叶えるために・・・同席を許した。
母親・窓花と妹・花蓮(飯豊まりえ)との最後の晩餐・・・。
「僕は・・・信じられないほど・・・料理が下手なんだそうだ」
「私と違って・・・台所に立ったことないんだもの・・・仕方ないわ・・・料理は慣れと経験ですもの」
「また・・・遊びに来てもいいですか」
「どうぞ・・・また兄と一緒にいらしてくださいね」
「・・・」
花蓮のガードは固い。
まあ・・・生き別れになっていたお兄ちゃんが山Pそっくりだったらしばらく他の男は眼中に入らないよな。
小久保は酩酊した。
仕事を終えた隆一と康介はひまわり寮でビールを飲む。
二人は咲人の「ね」のカードを発見する。
「ねずみのねだな」
「康介・・・ひとつだけ・・・言ってなかったことがある」
「なんだよ・・・」
「あの人のこと・・・許してやってくれ」
「誰だよ」
「咲人の彼女さん・・・」
「・・・」
「あの時な・・・大変だったんだ・・・咲人のクスリ・・・副作用が出たらしい」
「え」
「元に戻っちゃうかもしれなかったんだ」
「・・・そんな」
「でも・・・咲人が来てくれたってことは・・・問題が解決したってことだと思う」
「・・・」
「だから・・・仕方なかったんだろう・・・俺たちを門前払いにするしか」
「うん・・・でも・・・」
「なんだよ・・・」
「問題が解決してなかったら・・・どうなるんだ」
「・・・」
「まあ・・・でも・・・どうってことないよな・・・咲人は・・・咲人だから」
「ああ・・・単細胞って幸せだな・・・」
「なんだよ・・・悪口か」
咲人は蜂須賀を訪ねた。
「お疲れ様です」
「どうやら・・・そっちは目途が立ったようだな」
「ええ」
「私も次の一手を考えてみた」
「さすがですね」
「結局・・・神経細胞学的アプローチあるいは化学的な薬物処理には限界があるということだ」
「そうですね・・・脳内物質とレセプターという構造的な問題がありますから」
「そうなると・・・遺伝子工学的アプローチが考えられる・・・しかし・・・それでは君には間に合わない・・・」
「はい」
「だから・・・ATG試薬の投与方法の見直しに可能性があると思う」
「再投与した場合の退行をどう阻止するかですね」
「問題は・・・鍵となるたんぱく質構造の解明だ」
「それには・・・膨大な時間が必要となるでしょう」
「・・・」
「もう一つ・・・退行によるダメージの問題があります」
「うん・・・再投与が可能なほど・・・君の脳細胞が残留するかどうかだな」
「それにおそらく・・・再投与した場合・・・人格の統合が困難になるかもしれません」
「当然、原因となる生成物質のメカニズムを解明しなければならない」
「先生の戦いは続くのですね」
「私の命がある限り・・・」
「先生・・・私は・・・性善説と性悪説について考察してみました」
「哲学か・・・時間があれば・・・じっくり議論してみたいものだ」
「先生は・・・知性が・・・悪を駆逐するとお考えでしたね」
「そうだ・・・合理性があれば・・・弱肉強食の論理は平和共存の論理に劣ると誰もが気がつくはずだ」
「しかし・・・先生は競争を知らない・・・生まれついての天才です」
「・・・」
「私は・・・弱者の気持ちもわかるし・・・強者の気分もわかっているつもりです」
「なるほど・・・」
「ヒトの遺伝子はまだまだ未解明です・・・たとえば・・・言語を使うための文法の遺伝子があるのかどうかさえ・・・わかっていない。雌雄のある動物たちはみな・・・阿吽の呼吸で性行為を行います。その遺伝子はどこにあるのか。餌を認識した動物たちがリアクションとして狩猟を行う・・・その遺伝子はどうなのか・・・善の遺伝子や悪の遺伝子はどうでしょう・・・。私たちの神経細胞は・・・空間を有している。それゆえに電子的なノイズが発生します。その曖昧さが・・・どうやら風味を醸しだしているらしい・・・」
「量子力学的なアプローチか・・・」
「私たちの心は・・・結局・・・幻影を見ているだけなのかもしれません」
「面白いな・・・」
「いつか・・・また・・・先生と愛について語ることができたらと・・・私は願うのです」
「そうだな・・・すまない・・・君に・・・つらい思いをさせてしまった・・・」
「いいえ・・・先生は・・・私に素晴らしい記憶をプレゼントしてくれた・・・それで充分ですよ」
「咲人・・・けれど私は・・・」
「先生・・・お元気で・・・」
咲人は蜂須賀の心に陰りを見出していた。
強靭な天才の心は・・・また繊細で・・・壊れやすいものでもある。
しかし・・・蜂須賀の心を癒す時間は・・・咲人に残されていないのだ。
窓花は遥香を訪ねた。
「ごめんなさいね・・・私にはあの子を説得できなかったわ・・・だって私より・・・ずっと賢いのですもの・・・」
「いいのです・・・お母様・・・無理を言ってすみませんでした」
「いいのよ・・・あなたは・・・自分のしたいようにすれば・・・」
「・・・」
「女は忘れようと思えば忘れるふりができるし・・・我慢しようと思えば結構辛抱強いの・・・なにしろ・・・妊娠したり出産したりするわけですから・・・」
「私には自信がありません」
「そんなもの・・・誰にもないんじゃないかしら・・・ただね・・・私は思うの」
「・・・」
「愛は自由だって・・・」
「愛は自由・・・」
「だから・・・あなたの好きにすればいいの・・・」
そして・・・患者・河口梨央の手術開始の時刻がやってきた。
咲人は自身の感覚器に違和感が生じたのを察した。
(来た・・・もう少し・・・神様・・・あと少しです・・・あと数分の猶予を・・・)
咲人は精神というものの存在を感じる。
全身の細胞がその時の訪れを遅延させるために奮闘しているのだ。
(手術は順調だ・・・すでに・・・タイミングはカウントダウンできる・・・数秒の誤差なら・・・問題ない)
現実が遠ざかる。
聖なる久人が立ち上がる。
(パパ・・・)
(邪魔しないで見えないよ)
(じゃんけんぽんあいきょでしょ)
(パパ・・・グーはチョキに勝てるんだよ)
(10・・・9・・・)
(モニターが)
(パーはグーに)
(3・・・3・・・ああ)
(きっと・・・今だ)
咲人の合図で・・・杉野は投薬チームに開始を告げる。
「咲人くん・・・これでいいんだな・・・咲人」
咲人は意識を喪失した。
杉野は手術室の別の出口から・・・咲人を連れ出した。
咲人の警護チームは・・・咲人を移送する。
遥香の携帯に蜂須賀からの着信がある。
手術は終了した。
堪え切れず遥香は病院へ向かう。
咲人はホテルの一室で目を覚ます。
「伝えなくては・・・ならない・・・今の僕の気持ちを・・・数分後のぼ・・・ぼくに・・・」
咲人はメモを書く。
さくとへ・・・。
ママにあわないで・・・。
かなしませるから・・・。
はるかに・・・。
あわないて・・・てい・・・で。
あ・・・い・・・して・・・・・る・・・・・・カ・・・ふ・・・ふ・・・ら。
あ・・・る・・・じゃのん・・・の・・・おはかに・・・・・・・・・・。
梨央は目覚めた。
遥香は道に倒れる。
咲人は女性が倒れているのに気がついた。
女性は泣いている。
咲人はポケットを探るとキラキラしたものをプレゼントした。
そして・・・微笑んだ。
咲人が歩き去っても・・・遥香はいつまでも蹲っていた。
「一体・・・彼はどうしたというのだ」
白紙の小切手で鼻をかんだ咲人について河口社長は杉野に問いただす。
「彼は・・・知性のすべてを・・・お嬢様に捧げたのです」
「・・・」
咲人は消息をたった。
康介は退院する梨央に花束を贈る。
「咲人さんにも・・・御礼を言わなくちゃ・・・」
「あいつ・・・いなくなっちゃったよ」
「え」
「それに・・・これで絵本ごっこは終わりだ」
「どうして・・・」
「現実では・・・お姫様と前科者は・・・住む世界が違いすぎる」
「そんな・・・」
「お前がそう思わなくても・・・俺がそう思うんだよ」
「・・・」
「じゃあな・・・」
隆一は小出舞(大政絢)の出入りするクラブにやってくる。
「なんだ・・・こいつ」
「ストーカーか」
「黙ってて・・・」
「お前・・・なんでシカトしてんだよ」
「別れ話なんてききたくないわ」
「あ・・・そう」
「なんでよ・・・梨央と彼が別れたって・・・私たち関係ないじゃない」
「お前・・・梨央ちゃんとダチなんだろう・・・」
「・・・」
「気不味いんだよ」
「馬鹿じゃないの・・・」
「・・・」
「私たちって・・・お似合いなのに」
「じゃあな・・・」
「最後にキスくらいしていきなさいよ」
「え」
「サービスよ」
モニターの中で・・・蜂須賀は自殺しようとしていた。
なだれ込む研究員たち。
「ダメですよ・・・ALG-βの過剰摂取なんて・・・」
「君たち・・・」
「咲人くんからの指示で・・・先生を24時間監視していたんです」
「咲人が・・・」
「ええ・・・父が自殺する可能性があるから・・・目を離さないようにと・・・」
「私を父と・・・」
「先生・・・やりましょう・・・彼を取り戻すんです」
「・・・」
「彼はまだ・・・生きているんですから」
「うん・・・そうだな・・・時間は有限だが・・・チャンスがないわけではない」
「新しい研究を・・・」
「始めよう・・・ありがとう・・・諸君」
「ドリームフラワーサービス」に小久保がやってきた。
「僕は・・・アルジャーノンの友達です・・・ここに・・・咲人くんの対等の友達はいませんか」
隆一と康介が手をあげた。
「これ・・・咲人くんからの伝言です」
「あんたも・・・伝書鳩か・・」
「伝書鳩・・・なんですか・・・それ・・・」
「ぽっぽろーっ」
隆一と康介は咲人の端末を手に入れた。
「なんだよ・・・これ」
「アルジャーノンの埋葬地点です・・・きっと・・・咲人くんは・・・そこに」
「・・・」
隆一と康介は冒険の旅へ出発した。
汽車に乗り、川を越え・・・深い森の彼方。
青い薔薇の花園で咲人は眠っていた。
「お姫様かよ」
「これからどうする・・・」
「お前の知らないもう一つの別の世界で・・・僕たちはサマーヌードだったんだ」
「なんだよ・・・それ・・・」
遥香は迷子を拾った。
「大丈夫だよ・・・きっとママはすぐ見つかるから」
「・・・」
「お姉ちゃんとジャンケンしょうか・・・」
「お・・・お姉ちゃん?」
「お姉ちゃんです」
そこへ・・・黄色い風船をもった母親(伴杏里)がやってくる。
「ごめんね・・・お母さん・・・風船もらおうと思って」
遥香は母と子を見送る。
母と子の二つの黄色い風船が風に揺れる。
(私はあきらめない・・・私は必ず・・・あなたを取り戻す・・・私は科学者ですもの)
夏の浜辺・・・。
ルーカス・バーガーを引き継いだ隆一は海の家を開いていた。
康介はハンバーグをやきまくる。
「あいきょでしょバーガー・ツー入りました」
「おう」
浜辺で咲人は客引きをする。
「かわいいね・・・ばーがーたべない?」
水着の女子たちははしゃぐ。
「お・・・また釣れたみたいだぞ・・・」
「ルアーがいいもんな・・・」
隆一は笑う。
康介も笑う。
咲人も笑う。
笑顔に囲まれて・・・今・・・咲人はうれしい気持ちでいっぱいだ。
けれど・・・咲人には夢があるのだ。
いつか・・・お利口さんになること。
きっと・・・夢は叶うものだ。
少なくとも・・・咲人はそう思っている・・・。
そして、時計は静かに時を刻む。
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ごっこガーデン。奇跡の青い薔薇の花園セット。
エリ「咲P先輩と二人・・・森の奥で暮らしまス~。ネズミの妖精たちも遊びにきて・・・森の果実を食べたり、キノコを採ったり・・・川で魚釣り・・・はちみつもいただきまス~。クマさんにあったら死んだフリをしまス~。毎日、笑顔でス~。これ以上の幸せなんて・・・この世にないのでス~。でも・・・今日はちょっと暑いのでじいやにかき氷を出前してもらうのです・・・じいや・・・宇治金時ね~・・・アイスクリームもトッピングしてね~」
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