人民自由ノ権ヲ束縛セザルコト~明治三年反乱軍鎮圧(井上真央)
井上聞多は維新後井上馨を名乗り、長崎府判事から造幣局知事と新政府の要職を歴任する。
動乱の時代を天才的な決断力で牽引した志士の一人である。
当然のことながら・・・その人物像には毀誉褒貶がある。
同じような評判の人間には伊藤博文と山縣有朋もいる。
しかし、この三人が維新のドサクサにドタバタしなければ明治という時代は成立しなかっただろう。
明治二年の長州藩における諸隊の乱では政府軍の鎮圧部隊を木戸孝允とともに井上馨が率いる。
木戸も井上も・・・亡き高杉晋作の盟友と言っていい間柄である。
滅亡の危機にあった長州を救った高杉晋作の作り上げた諸隊を解散し、不平分子による反乱が起こり・・・武力で鎮圧するに至る苦渋はいかばかりであっただろうか。
反乱軍の中心は遊撃隊である。
長州征伐を指揮した毛利親直は英国留学中であり、幹部の石川小五郎は河瀬真孝、山田市之允は山田顕義となって新政府の高官となっている。
優れたリーダーは不在となっていた。
さらに解雇されるのは百姓、町民出身者が多く、銀三百匁の解雇手当てに不満は爆発する。
しかし、版籍奉還により・・・占領していた小倉や浜田といった新領地を失った山口藩にはすでに財政的余裕がなくなっていたのである。
すでに開国は澱みなく展開し・・・攘夷論は影を薄めていたが・・・それを裏切りと感じる思想家たちはこの機を利用したのである。
大楽源太郎や富永有隣といった過激な思想家たちが背後で糸をひく。
中央集権という明治政府の目論みは反乱や一揆の全国的展開という恐るべき危機に瀕していた。
長州の反乱軍は浜田に再度乱入し、百姓一揆を誘発したりもする。
反乱諸隊は歴戦の兵であり・・・実力を伴っているのだ。
再編された山口藩正規軍は初戦で敗退し、山口藩庁が反乱軍に包囲されるという事態となる。
下剋上の果て・・・である。
そうした流れの中で山口県権大参事(知事補佐)に任じられた高杉春樹(晋作の実父)は木戸・井上の新政府部隊と共闘し・・・激戦の果てに反乱を鎮圧したのだった。
その戦後処理にあたって・・・井上は・・・上下の隔たりなく民意を汲んだ。
減税の進言などにその意図が窺われる。
鎮圧直前、戦場に西郷隆盛が現れる。
反乱軍はその姿に勇気づけられたと言う。
しかし、この後・・・士族にこだわった西郷と・・・民間の力を信じた井上は命運を分けるのである。
いずれにしろ・・・政治などというものは綺麗事ではすまないのだ。
で、『花燃ゆ・第38回』(NHK総合20150920PM8~)脚本・小松江里子、演出・安達もじりを見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は吉田松陰の妹から久坂玄瑞の妻を経て・・・現在、山口藩知事の奥御殿で怪しい権力をふるう久坂美和の美しい御姿描き下ろしイラスト大公開でお得でございます。もう主人公の設定に無理がありすぎて・・・おにぎりパワーにも限界がございますなあ・・・。包囲中の反乱軍に奥御殿に潜入された時点で・・・警備担当のお女中は厳しいお咎めにさらされるのでは・・・とハラハラいたしますな。なにしろ・・・反乱軍側は殺気だっていて、城方は籠城中、包囲軍の背後から襲撃した鎮圧軍は一度は撃退され三田尻まで退却を余儀なくされるという激戦でございます。基本、男子禁制の奥に・・・自由に出入りする義兄の危うさも格別ですな。まあ・・・くのいちと忍びならなんでもありなわけですが~。
明治二年(1869年)九月、平民の徴兵制度により国軍の創設を目指す大村益次郎は元奇兵隊隊士などの不満士族により襲撃される。十一月、益次郎は襲撃の傷により死亡。十二月、山口藩知事毛利元徳は旧長州藩諸隊の兵員削減のために奇兵隊、遊撃隊などの解散・改編を命ずる。諸隊はこれに同意せず「解散反対、洋式軍備反対、藩による幹部任命権反対」などを申し入れる。財政が逼迫し、士族の保護を目指す藩庁は当然、要求に答えることは不可能だった。明治三年(1870年)一月、諸隊から二千名ほどが脱走し、集結。藩庁を包囲して兵糧攻めを開始する。開国による物価高騰に困窮する百姓・町民はこれに連動して一揆を起こした。反乱軍の一部は他藩に進出し、石見国浜田(大森)藩庁を襲撃する。大村益次郎は西国における反乱を予見し、大阪に新政府軍の駐屯を行っていた。二月、山口に入った木戸孝允の要請を受け、井上馨は政府軍を率いて進発。山口藩正規軍と同盟して反乱軍を鎮圧する。乱後、井上馨は藩の俸禄を受ける一万五千人を五千人に減らし、年貢を引き下げることを提言した。一万人の職を農業・工業の振興によって創成し、やがては俸禄人口をゼロにするというある意味、正論すぎる暴論である。不死身人間にだけ許される怖いもの知らずの思いきった意見なのだった。
「兵糧を断たれたとな・・・」
銀姫は眉をひそめる。
「しかし、ご安心くださいませ・・・御殿の蔵には米も味噌も充分な蓄えがございます」
美和は銀姫を慰める。
「まったく・・・長州征伐から・・・気の休まることのない世になったのう・・・」
「私は存じませぬが・・・世に言う生みの苦しみというものではないでしょうか」
「うむ・・・あれはなかなかに・・・苦しいぞ・・・けれど・・・一体、何が生まれようとしているのかのう・・・」
「兄は新しき世と申しておりました」
「新しき世か・・・」
殿様と家来、侍と百姓の身分の差がなくなる世とは美和は言わなかった。
「将軍様ではなく天子様がお上となる世だそうでございます」
「・・・誰が上でも構わぬが・・・もう少し落ち着いてもらいたいものじゃ」
美和は御殿の庭で異変が起きたのを心の耳で聞き、姫の居間を抜けだした。
庭では奥のくのいちたちが・・・紛れ込んだ曲者をとりかこんでいる。
「薺(なずな)、何事です」
「この者が塀を越えて参りました」
薺と蘿蔔(すずしろ)は奥のくのいちの小頭である。
二人は二人ずつくのいちを従え、六方から庭に佇む武士を包囲している。
「名乗りませ・・・」
男は答えず・・・鋭い眼差しで美和を見る。
しかし・・・美和は男の心に浮かんだ意識から男の素性を瞬時に読み解いている。
(見覚えがあると思ったら熊本藩の人斬り彦斎(げんさい)か・・・)
美和は精神感応による京都探索で幾度か河上彦斎に遭遇している。
河上彦斎は狂信的な尊皇攘夷派で・・・倒幕開国という世の流れに憤慨している。
「おいは・・・城方にもの申すべく・・・まかりこしたもんじゃ」
「ここは・・・奥御殿、男子禁制の場所ですぞ・・・」
「うむ・・・そのようじゃな・・・」
河上彦斎は決まり悪そうに視線を落した。
殺気だっているが・・・彦斎は美男である。
美和はかわいい男と思う。
「おわかりになれば・・・来た道を引き返しなされ」
「・・・」
「蘿蔔・・・道を開けておあげ・・・」
くのいちの蘿蔔は城外へ通じる塀を指差し彦斎の退路を示す。
彦斎は・・・跳んだ。
その後を美和が追う。
彦斎は城外の林に入り、振り返る。
「ご無礼した・・・」
美和は一瞬で忍び装束となっている。
「謀反人たちの加勢ですか・・・」
「謀反人とは心外な・・・あのものたちは・・・天朝に命を捧げたものたちではないか」
「城に弓引けば・・・謀反でございます」
「弓か・・・構えているのは鉄砲ばかりだがな・・・」
「攘夷も・・・剣も・・・無用になっていくのです」
「ひどいことを言うの・・・女とて容赦はせんぞ」
彦斎の目に殺気が戻る。
「あなた様が・・・剣に才を見出し・・・修行を積んだのは・・・ただ人を斬るためですか・・・」
「・・・」
「しかし・・・そんなもの・・・西洋のからくりの前には無意味なものとなります」
「おのれ」
美和は電光石火で短筒を取り出した。
高杉晋作の遺品のリボルバーである。
彦斎の抜きかけた刀の鍔がはじけ飛ぶ。
「お・・・武士の魂を・・・」
「無用でございます・・・そんなもの・・・お捨てなさりませ」
「お主とて・・・その忍びの技を身につけるまでには・・・」
「くのいちは・・・女・・・三界に家なきもの・・・あらかじめ世に潜むもの・・・」
「ふん・・・こまっしゃくれた女だ・・・」
彦斎は悔し紛れの捨てゼリフを残すと身を翻し・・・林の中に消えた。
彦斎の流浪が始る。
林の中から童が一人、現れる。
伊藤博文の隠し子の一人で・・・忍びとして育てられた猿二郎だった。
「追いますか・・・」
「いや・・・いい・・・あれは憐れなもの・・・それより・・・塀を越えさせるとは・・・うかつじゃぞ」
「おっかねえほどの・・・使い手でしたから」
「父御に似て・・・口は達者だのう」
美和は懐から干菓子を取り出して、猿二郎に投げる。
「こりゃ・・・うめえ・・・」
美和は微笑むと・・・城中に姿を消す。
冬枯れた林の中に猿飛の術者のけたたましい笑い声が響いた。
春はまだ遠い。
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