天は人の上に人をつくらず人の下に人をつくらずといへり~明治五年学問のすゝめ(井上真央)
徴兵制の施行と時を同じくして福澤諭吉は「學問ノスヽメ」を出版する。
当時としては圧倒的なベストセラーとなり、多くの人々に指針を示したことは間違いない。
しかし、幕府の旗本であった経歴から・・・薩長中心の新政府とはそこはかとない距離感があった。
そのために主流派ではないものたちとの交流も目立つ。
ある意味で福澤諭吉は「米国派」と言えるだろう。
一方で新政府の主流を作った井上毅は「西欧派」である。
「人が平等」であることは「人が自由」であることに他ならない。
しかし・・・自由と平等は矛盾した概念でもある。
福澤諭吉の理想は・・・明治七年(1874年)に板垣退助・後藤象二郎・江藤新平が下野すると反政府的になる。
新しい権力は・・・秩序を作りはじめていたのである。
西郷隆盛にシンパシーを感じていた諭吉はその末路に憤慨したりもする。
諭吉は学問によって人民が成長することを夢見た。
しかし・・・成長した人々は支配の味を覚える。
諭吉の育てた優等生たちはたちまち・・・無学な人民の搾取を開始するのだった。
それでも諭吉は・・・文明を開化する学問に縋るしかないのだった。
平等で自由な人間は・・・諭吉の心の中にだけ存在するのである。
諭吉はけして戦わない。
しかし、人間が戦うことを否定しない。
だから、岩倉具視も消え、大隈重信も消え、伊藤博文が消えても・・・諭吉は消えないのだった。
諭吉は常に「自由で平等な人間」の上に君臨しているのである。
で、『花燃ゆ・第41回』(NHK総合20151011PM8~)脚本・小松江里子、演出・渡邊良雄を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は長州における不平士族の反乱である萩の乱の首謀者・前原一誠の描き下ろしイラスト大公開でお得でございます。このドラマそのものに鬱屈する・・・大河ファンの心情を爆発させているような鬼気迫る前原一誠でございますねえ。聞くところによれば脚本はこのまま・・・最後まで続くそうでございます。このドラマにはここまで、大島里美、宮村優子、金子ありさも投入されているのですが・・・前半は五月雨式でした。一人一人はそこそこの実力者。どうせ、四人なら四季に分けて起用してあげれば・・・もう少しまとまりがあったんじゃないかと考えます。冬は吉田松陰の妹、春は久坂玄瑞の妻、夏は未亡人、秋は楫取素彦の後妻・・・このくらいの感じでそれぞれの作家にまかせていれば・・・それぞれの時代や・・・それぞれの人の生きざまがもう少し・・・描きやすかった気がします。プロデューサーはそのあたりまで・・・もう少し読んでもらいたいものです。まあ・・・歴史なんかどうでもいいと言われると何を言っても虚しいわけですが・・・。歴史的な人物は基本的に大量殺人者・・・この辺りのショックを乗り越えないと・・・歴史の醍醐味はとてもじゃないが伝えられないのでは・・・と愚考いたします。
明治六年(1873年)九月、大久保利通により内務省が設立される。十月、西郷隆盛、板垣退助、江藤新平、後藤象二郎らが下野。新政府瓦解の危機が訪れる。明治二年に暗殺された大村益次郎が危惧した通り、西に乱の兆しが現れたのである。大村は新政府軍の軍事拠点を大阪に置き、山縣有朋が大村の予見を継承していた。明治七年(1874年)二月、江藤新平による佐賀の乱が勃発。徴兵による鎮台兵や帝国海軍が出動し、三月には政府軍が鎮圧に成功する。士族の反乱を抑圧するための徴兵制度が結果として士族の反乱を導き、そして結果として士族は徴兵制度による政府軍に敗れたのだった。この内戦では電信による連絡が開始される。戦後、徴兵派と士族派の対立はますます強まって行く。四月、江藤新平処刑。参議の大隈重信、陸軍中将西郷従道は台湾出兵の準備に着手。木戸孝允は出兵に反対して参議を辞する。五月、薩摩主導による海軍が台湾に上陸。六月には一部を占領するが兵がマラリヤに感染し、戦闘不能状態となる。この暴挙は清国政府との国際問題に発展するが・・・撤兵を条件に日本は琉球を日本に帰属させる外交的勝利をおさめる。兵員輸送を担当した岩崎弥太郎の三菱商会は飛躍のきっかけを作る。これを主導したのが福澤諭吉の門下生である荘田平五郎や豊川良平であった。続いて諭吉は岩崎に炭鉱経営を指南する。こうして諭吉は人民による人民の支配を支援するのだった。明治八年(1975年)二月、平民の称姓が許される。八月、大久保利通・伊藤博文・井上馨らの説得により木戸は新政府に復帰する。明治九年(1876年)三月、廃刀令が発せられる。武士の特権が次々と剥奪され、官からあぶれた士族たちの鬱屈は一挙に深まる。八月、楫取素彦は群馬県令となる。十月、熊本県で神風連の乱、福岡県で秋月の乱、山口で秋の乱が勃発する。久坂美和の実兄の杉民治の長男・吉田小太郎、長女・豊の夫・玉木正誼は反乱に参加し、戦死する。
萩城下は夏の陽射しの下にあった。
美和は久坂家で養子の粂太郎が明倫館から戻るのを待ちながら・・・東京の伊藤博文の心を読んでいた。
伊藤は東京の皇居を守る忍び衆を指揮している。
伊藤は忍びのものたちを東京密偵と呼んでいた。
東京で暗躍する忍びは最期の服部半蔵である勝海舟とその意を受けた福澤諭吉の支配する公儀隠密の残党である。
福澤は忍びの者たちを慶応衆と呼んでいる。
すでに・・・幕府再興の夢は消え・・・伊藤も福澤も新政府に通じるものだったが・・・いつの世にも派閥闘争は消えない。
伊藤と福澤は敵対する諜報網を用いて阿吽の呼吸で東京の聖域化を進めていた。
しかし・・・伊藤の気持ちは鬱屈している。
その心に生じている危惧は・・・木戸孝允の健康状態であった。
(もしも・・・木戸様が・・・亡くなられたら・・・)
新政府と反政府のバランスが崩れる惧れがあった。
富国強兵を進める新政府と・・・あらゆる権力に屈服することを潔しとしない士族。
そのバランスは・・・木戸と西郷隆盛の・・・拮抗した勢力によって辛うじて保たれていた。
吉田松陰による未来予知を受けている美和にとって伊藤の危惧はある意味で杞憂に過ぎない。
まもなく・・・明治は最後の内戦に突入する。
それが・・・終われば・・・木戸と西郷は消えるのである。
明治は真の新時代に突入するのだった。
その戦で・・・美和は・・・多くの松陰の弟子たちが・・・とりわけ・・・甥の吉田小太郎と・・・姪の婿である玉木正誼が命を失うことを知っている。
松陰がその命を賭けて選択した回天の世界は残酷なものであった。
松陰は次の吉田家の後継者として死後に生まれた庫三を指名しているのである。
その運命から・・・逃れることはできないと美和は知っている。
(知らないのは・・・自分の定めだけ・・・)
美和は東京から意識を引き上げた。
若者たちが激論を交わす明倫館から自宅へ戻ってくる養子の粂次郎の意識が浮かぶ・・・。
(粂太郎はまだ・・・生きて行く・・・)
美和はそのことにつかのまの安堵を覚えるのだった。
蝉が鳴いている。
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