人タルモノ心力ヲ尽シ国ニ報イルベシ~明治五年全国寡兵の詔(井上真央)
明治五年(1872年)、新政府は「廃藩置県」により、技術的に可能になった「徴兵制度」に着手する。
一部の士族は「徴兵軍」には反対する。
「徴兵軍」が反乱した場合を危惧したのである。
そこには士族による「軍事力の独占」を維持する目論みが含まれている。
しかし、すでに薩長などの戦勝県による新政府直轄部隊である「近衛兵」があり、それが抑止力になるという論理で長州の山縣有朋や薩摩の西郷従道は反対派の長と見なされる西郷隆盛を説得する。
「報国」は最初から矛盾をはらんでいる。
国民が国に恩を感じ、報いるために兵となるのと、将たちが万骨を枯らすための捨て駒になることが同じ意味であるというのはあまりにも惨いことと言えるだろう。
この矛盾は大日本帝国の滅亡まで解決されないまま続いて行く。
一方で・・・青年将校たちは反乱を起こす。
一方で・・・官僚たちは死ねと言われたら死なねばならない特攻兵器を生み出す。
だが・・・西欧列強が「力の論理」でアジア諸国の植民地化を推し進めている時代である。
新政府に選択の余地はなかったのだ。
で、『花燃ゆ・第40回』(NHK総合20151004PM8~)脚本・小松江里子、演出・橋爪紳一朗を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回はイラスト描き下ろし公開はお休みですが・・・前回、リンクを貼り間違えた(すでに修正)・・・久坂美和2(2015)を再度リンクさせていただきます。すでに・・・大河ドラマをこよなく愛するお茶の間からは・・・絶望のため息しか漏れない秋でございますな。大河史上もっとも歴史音痴だった脚本家をまとめとして投入する・・・一種の嫌がらせでございますよね。もちろん・・・いろいろなタイプの作家がいても構わない・・・歴史が苦手な作家がいてもいいという考え方もあります。しかし・・・歴史というものは一種の常識でございます。作家が過去や現在や未来を物語る存在である以上・・・作文ができるのとおなじくらい基礎の教養であってほしいと思うのですな。三人姉妹が二人姉妹になったり・・・すでに足柄県(神奈川県の一部)の役人になっている楫取素彦がいつまでも山口県にいたり・・・徴兵制に反対だった西郷隆盛が徴兵制度を宣言したり・・・もう・・・いろいろと愕然とするわけです。士族に対する優遇策をセットで・・・と不服そうに口を尖らせているじゃないか・・・などと弁明されても困るのですな。駆け足で通りすぎていくなら・・・最低限のわかりやすさが作法というものでございますからなあ・・・。ああ・・・このまま・・・今年は暮れていくのでしょうなあ・・・。できれば、毎週、日曜日が待ち遠しい・・・そんな時代がまた来るとよろしいですなあ・・・。
大河名物加速展開であるが・・・本年度は常に加速気味であるので「今」が幕末であるのか維新後であるのかも定かではない按配である。新政府が「日本」を描こうとするのが困難なのと同様に平成の人が「明治」を描くのは困難なんだな。明治三年(1870年)、ドイツ統一戦争に端を発した欧州の戦乱はドイツを統一したプロイセンとフランスが雌雄を決する普仏戦争へと発展する。明治四年(1871年)、プロイセン(ドイツ)はフランスに勝利し、フランス留学中の西園寺公望はフランスの敗北を体感した。陸軍がフランス式よりもドイツ式を選択する大いなる要因である。特にドイツの戦場への兵の動員力は徴兵制度の必要性を日本に知らしめた。明治五年(1872年)、明治政府は全国寡兵の詔を発する。この年、楫取素彦は足柄県参事となり、以後、明治七年(1874年)に熊谷県権令、明治九年(1876年)に群馬県令と順調に出世していく。新政府は文明開化と称する欧米化路線を進み・・・攘夷を目的として倒幕を果たした志士たちは時代から取り残され、不満を高めて行く。防衛戦争としての征韓論に最後の望みを託した西郷隆盛は自重を促され・・・大日本帝国成立のための最後の内戦へと追い立てられて行くのである。日本の夜明けはまだ遠いのだった。明治二年、京都島原の桔梗屋抱え芸妓で久坂の愛妾辰路の子とされる久坂秀次郎はフランス留学前の品川弥二郎によって山口県に送られる。久坂家はすでに楫取素彦の子・粂次郎が継承していたたために秀次郎は玄瑞の従姉が嫁いでいた椿家で養育されることになる。後に文の兄・杉民治と素彦が談合し、粂次郎は楫取家に戻され、秀次郎が久坂家を継承。やがて秀次郎は品川弥二郎と関係の深い日本初の貿易商社・大倉組商会(後の大倉財閥)に入社することになる。真偽は別として久坂玄瑞の血脈は受け継がれたのである。
「文・・・文・・・」
昔の名で呼ばれて久坂美和は意識を取り戻した。
目の前に長姉の児玉芳子(千代)がいて・・・美和の顔を覗き込んでいた。
「姉上・・・」
美和は児玉家に嫁いだ姉の顔を見る。芳子は七才になった息子の庫三(くらぞう)を連れて玉木文之進が再興した松下村塾を訪れていた。庫三は吉田松陰の吉田家を継承することが決まっている。そのために松陰と同じように松陰の叔父である文之進の教えを受けているのだった。
美和は法事の打ち合わせで萩郊外の杉家を訪れ、縁側で東京の新政府要人たちの心を読んでいる間に意識を失っていたらしい。
「心を遊ばせすぎてはなりません」
杉一族に伝わる特殊な能力について当然ながら芳子は理解している。
美和ほどではないが芳子にも察相の力があった。
「はい・・・」
美和は頷いた。その「力」と妊娠・出産にはなんらかの関係があるらしく・・・石女となった美和の力は弱まらない。処女の巫女のように読心力は強まっている。
「人の心を読みすぎれば・・・あなた自身の心を失くしますよ」
「・・・」
美和は幽かな苛立ちを感じながら・・・芳子の言葉を聞く。
居ながらにしてあらゆる要人の心を知る美和は一種の神である。
最先端の知見を持つ美和にとって芳子はただの女に過ぎない。
芳子の言葉が耳触りなのである。
しかし・・・芳子はくのいちとして言霊の法を美和に仕掛けている。
「満月・・・盆のような月」
芳子が千代と名乗っていた頃・・・幼い妹・文にかけた暗示の呪文が美和の心を呼び覚ます。
「月はかけて消えて新月」
美和は一瞬にして千代の妹である文となり・・・人としての記憶の再生が展開していく。
優しい・・・父母・・・優しい・・・兄・・・そして・・・久坂の家に嫁ぎ・・・後家となり・・・奥御殿に勤め・・・。
美和は人としての悲しみを感じ・・・我を取り戻す。
「・・・」
「文・・・いや・・・美和殿・・・人としての心を失くしてはなりません・・・辛く・・・苦しいことが多かろうとも・・・そこには喜びもあったはず・・・」
「雲の上に・・・月はいつでもあるのですね・・・」
「そうです・・・今夜は三日月です」
美和は月光を心に感じる。
鬱屈していた思いが解き放たれたように・・・心は落ち着いていた。
美和は・・・姉の心にある労りの気持ちを素直に感じる。
「姉上・・・ありがとうございます」
「世話はありませんよ」
芳子は微笑むと立ち上がる。
美和は夕餉の支度をする老母を手伝うために台所に向かう。
兄の民治が家路についている気配がある。
そこに緊張感が漂っていることに美和は気付く。
萩城下では・・・不穏な気配が膨らみ始めていた。
「叔父上・・・」
美和は・・・兄・松陰の示した未来の景色を思い出す。
玉木文之進の最後の時が迫っていた。
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