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2015年10月 2日 (金)

戦後70年~一番電車が走った(阿部寛)順々におつめ願ひます(黒島結菜)

十月の谷間である。

第二次世界大戦を描くことは・・・色々な意味で困難な作業である。

安全保障についての法整備を「戦争準備」だと喚き散らす馬鹿がいる時代である。

平和学者であり、積極的平和を提唱するヨハン・ガルトゥングは「日本は軍隊を持たず、外国の攻撃に備えることをしないのが理想だ」と語るが、母国のノルウェーは第二次世界大戦でドイツ軍に占領され、現在のノルウェー軍は男女ともに徴兵制を施行している。まずは母国の武装解除をしてもらいたい。

もちろん・・・戦争はしない方がいい。

しかし・・・戦争の危機はいついかなる時もある。

自衛隊という軍隊を持つことは「やれるものならやってみろ」ということである。

強力な同盟軍を持つことは「やったらただじゃすまない」ということである。

それ以上の意味はない。

シリア上空には様々な軍の爆撃機が旋回する。

無防備な人々は爆撃に無力なだけだ。

そこに平和があるというのなら・・・頭が少しおかしいと言う他はない。

で、『戦後70年「一番電車が走った」(2015年8月10日NHK広島) 』(NHK総合20151001PM10~)脚本・岡下慶仁(他)、演出・岸善幸を見た。戦局が悪化の一途をたどる昭和十八年(1943年)・・・日本を敗戦に追い込んでいくのは連合国と言う名の米軍である。しかし・・・このドラマには米軍の姿はない。誰がそれをしたかは問題ではないのである。誰かがそういうことをする・・・それが人間だから・・・と言う話だ。

そういう意味では第二次世界大戦の現実を描いた傑作の一つと言えるだろう。

二千二百万人が死んだと言われる第二次世界大戦で・・・虐殺を重ねた米国と米国によって滅亡した大日本帝国の末裔たちが軍事同盟を締結していることは一種の奇跡・・・あるいは皮肉というものだろうから。

戦地に男たちが狩りだされ、大リーグに女子プロ野球のプリティー・リーグが誕生したように、男手の足りない広島電鉄は広島電鉄家政女学校を作り、少女運転手を育成した。広島周辺からは希望に燃える少女たちが集ったのである。

雨田豊子(黒島結菜)はその第一期生で・・・すでに少女運転士として面電車に乗務している。

豊子の従妹で第二期生のさっちゃんこと小西幸子(清水くるみ)や同じく第二期生の西八重子(秋月成美)は家政女学校の女子寮で豊子を師と仰ぎ、車掌として勤務している。

戦時下の広島で・・・豊子たちは貴重な市民の足を担っていたのだった。

昭和十九年、軍需省から転職し、広島電鉄電気課課長となった松浦明孝(阿部寛)は妻を病気で亡くした三人の子供を広島市郊外で育てている。通勤に使う路面電車で松浦は豊子と顔見知りになるのだった。

食糧事情は厳しくなり、少女たちの発育は遅れ、十代になってようやく八重子が初潮を迎えても赤飯を炊くことなどは夢である。虱に食われた体を川で洗う少女たちには石鹸もないのだった。

陸軍軍曹の森永勘太郎(中村蒼)は運転席の豊子に惹かれ・・・出征前の思い出として、団子を餌に直子を写真館に誘う。

妹として写真を撮影される直子。

それを胸に戦地へ向かう森永軍曹の気持ちを感じることが・・・豊子の初恋だった。

そうとは知らずに団子を食べるさっちゃん・・・。

「まずいね・・・」

「まずいと思ったら食べないで・・・みんなお腹へらしとるんよ」

優しい豊子も殺気立つのである。

田舎の母親から送られてきた桃を八重子が取り出し・・・無心に味わう三人娘なのである。

これが平和というものだ。

米軍による本土空襲が予想され、松浦は発電施設の疎開を命じられる。

しかし、広島電鉄千田町変電所勤務の安永(新井浩文)は人手不足を理由に難色を示すのだった。

実現不可能の命令に・・・松浦は中間管理職として頭を悩ませる。

広島の暑い夏・・・八月六日の朝はあわただしくやってくる。

朝の体操に出た安永は原爆の放射線を浴びる。

運転手の豊子、車掌の八重子、運転士見習いの幸子を乗せた路面電車は爆心地から二キロほどを運行中だった。

吹き飛ばされた豊子が意識を取り戻すと・・・広島市は瓦礫の山と化している。

燃えあがる市街地、横たわる死体の群れ・・・。

「さっちゃん・・・八重ちゃん・・・あああああああ」

豊子は頭部から血を流しながら・・・友人たちの姿を捜す。

八重子は背中に重傷を負った幸子を支えていた。

「さっちゃん・・・背中にガラスり破片がいっぱい刺さって」

「とよちゃん・・・」

「とにかく学校に戻って・・・お医者様に見せないと」

幸子を支えて・・・歩きだす三人。

「痛い・・・痛くて・・・もう歩けない」

気力の萎えた幸子は歩くのをやめる。

「死んでしまうよ」

「私・・・ここで死んで・・・地獄に行くわ」

「ここが地獄なのよ」

「豊ちゃんは・・・鬼だわ・・・」

「ほうじゃのう」

「こらえてつかあさい」

「じゃけんのう」

幸子を宥めすかしてよろめくように歩く三人。

市内の被害を調査中の松浦は娘を捜して道を尋ねる男に躊躇する。

「役所はどこかのう・・・」

「・・・」

「線路に沿ってまっすぐです」

豊子の凛とした声が響く。

うろたえていた松浦は足元の線路が無事であることにようやく気がついたのである。

「とにかく・・・被害の少ない路線で・・・運転再開だ・・・」

電車バカの誕生だった。

避難所となった学校は・・・負傷者であふれている。

豊子の父親が田舎から迎えに来るが・・・友人たちを見捨てられない豊子。

「帰れんよ・・・」

広島電鉄家政女学校教諭の高村(モロ師岡)は心を鬼にして豊子の父親に叫ぶ。

「ここは・・・怪我人だらけだ・・・動けるものに看病してもらう他ないのです」

豊子の父親は・・・高村に頭を下げるのだった。

高村も頭を下げる。

一部路線の復旧の目途が立った松浦は・・・運転士を確保するために学校にやってくれ。

「明日から・・・走らせる・・・運転士を頼みたい」

「こんなにみんな・・・苦しい思いをしているのに・・・電車を走らせないとならんのじゃろか」

ついに悲痛な思いを叫ぶ豊子。

「頼みます・・・他に頼める人がおらんのじゃ」

そして・・・一番電車は走った。

車中には道を尋ねていた男がいた。

男は十銭を差し出す。

「今日は無料です」

「なにか・・・美味いもんでも食べてくれ・・・あんたのおかげて娘が見つかった」

男は娘の遺骨が入った弁当箱を抱えていた。

学校に戻った豊子は幸子が消えているのに気がつく。

「さっちゃんは・・・お母さんが迎えにきて・・・田舎に帰ったよ・・・これ・・・」

八重子は幸子の母親の残して言った桃を差し出す。

「あとで・・・一緒に食べよう」

しかし・・・大量に被曝した八重子の身体は急速に衰えていた。

八月十五日・・・玉音放送の後・・・。

生き残った豊子たちは・・・八重子の死体を裏山で火葬する。

豊子は一人・・・桃を食べる。

一人ぼっちになった豊子はそれでも電車を走らせる。

森永軍曹は戦死した。何者かがその報せを学校に残す。

豊子はそれでも電車を走らせる。

安永には死相が浮かんでいる。

「新型爆弾には・・・毒性があるらしい・・・下痢がとまらない」

「家族のもとへ・・・」

「くやしいが・・・もう・・・家族は・・・」

妻子を亡くした安永は黒こげのでんでん太鼓を示した。

「・・・」

「下痢をしても・・・腹は減りますな」

郊外の家に戻った松浦は幼い娘の佐和子(根本真陽)が握る配給の胡瓜を施しとしてもらいうける。

それでも・・・松浦は電車は走らせる。

そして・・・九月。

戦地から男たちが復帰して・・・少女たちの役目は終わった。

家政女学校は解散となったのだ。

立ちすくむ豊子のもとへ・・・松浦がやってくる。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

二人はそれぞれの思いを胸に別れた。

豊子は・・・川で禊をする。

そして・・・戦後七十年を生きる。

その間、日本は耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び・・・概ね・・・平和だった。

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