不眠不休の読書探偵(新垣結衣)神に誓って私は見ていません(岡田将生)
記憶障害あるいは認知症の症状は様々だ。
忘れてしまうことと覚えているのに思い出せないことは違う。
ここはどこだかわからないが自分が誰かは知っている。
叱られて・・・といえばあの子は街までおつかいにと続けることはできても一人ではおつかいに行けない。
ドラマを見ていて次のセリフは予測できるが・・・前のセリフは忘れている。
自分の両親の名前さえ忘れてしまう。
生年月日は覚えているが自分が何才かはわからない。
とっくに死んだ人間がまだ生きているつもりだ。
嫌なことも忘れてしまうが・・・楽しいことも忘れてしまう。
なにも匂わない。
それでも・・・人間はしばらくは生きて行くのだ。
それが幸せなのかどうか・・・幸せという言葉を覚えているのかどうか・・・。
愛している人に忘れ去られること・・・なんと恐ろしいことだろう。
忘れた人は忘れたことも知らないのだ。
で、『掟上今日子の備忘録・第7回』(日本テレビ20151121PM9~)原作・西尾維新、脚本・野木亜紀子、演出・佐藤東弥を見た。小説家・須永昼兵衛に自殺の疑いが出る。死因が睡眠薬の過剰摂取にあるためだ。それは事故だったのか・・・それとも自殺だったのか。最期の作品「とうもろこしの軸」にヒントがあるのではないかと考えた出版社「作創社」の社長・小中は担当編集者の重里(神保悟志)に調査を命じる。「須永フェスタ」での掟上今日子(新垣結衣)の名推理に惚れこんだ重里は隠舘厄介(岡田将生)を通じて真相究明を依頼するのだった。
「何故・・・直接依頼しないんですか」
「今日子さんに逢ったら・・・自分がどうにかなってしまいそうなんだよ」
「・・・」
依頼を受けた今日子は遺稿となった「とうもろこしの軸」の出版予定日を訊ねる。
「来年の二月です・・・出版されたらサンドグラスの書棚に僕がそっと置いておく約束でした」
「私が・・・あなたに・・・そんなことを・・・」
「はい」
「何故?」
「それは・・・」
「最期の作品の謎を解くためには・・・須永作品を最初から全部読む必要がありますね」
「何作目からかは知りませんが・・・途中までは読んでいるんですよね」
「いえ・・・一言一句見逃せないので最初から全部」
「最新作を含めると百冊ありますけど・・・」
「徹夜で読みます」
「え」
翌日・・・居眠り防止助手として雇用された厄介は・・・秘密保持のために「置手紙探偵事務所」へと探偵斡旋業も営むアパルトマン「サンドグラス」のオーナー・絆井法郎(及川光博)やウエイトレス・幕間まくる(内田理央)そして潜入捜査員の也川塗(有岡大貴)の目を盗みコソコソと入室する。
今日子が「須永昼兵衛の百冊」を完全読破するまで眠らせないのが厄介の任務である。
「厄介さんが来るのを待つ間・・・遺稿を読みましたけど・・・須永作品としては凡作でした・・・これを遺作にして自殺するというほどの作品ではないし、駄作しか書けなくなったので自殺するというほどのものでもない・・・うっかり遺作になっちゃったんだと思います」
「・・・」
「そもそも・・・須永作品には・・・殺人事件はあっても・・・自殺はない・・・先生は自ら命を絶つことに深い嫌悪を抱いていたと推定されます」
「でも・・・可能性があるから・・・目をそらしていたということもありますよね」
「・・・」
「ここに小中社長の用意したすべての作品リストがあります・・・発行順になっているので・・・この順で・・・」
「処女作からですね」
「水底の殺人/須永昼兵衛」(1971年2月刊行)から・・・今日子は読書を始める。
一冊30分で読破する今日子・・・このペースなら99冊を二日とちょっとで読み終えることができる。
楽観した厄介は・・・今日子のためにビーフストロガノフを作りながら・・・甘い新婚生活願望に浸るのだった。
厄介が食器を洗い今日子が食器を拭う・・・。ふと触れあう手と手・・・。
おそろいのパジャマを着て・・・おそろいのパジャマを脱いで・・・おそろいのパジャマをまた着て・・・今日子の寝顔を堪能する・・・しかし、翌朝になれば・・・毎日、不審者として警察に通報されるのだ。
被害者意識の強い厄介は妄想内容も不幸だった・・・。
二日目に突入した二人は「眠気を醒ますヨガのポーズ」や「気分転換のジェンガ」までこなす余裕を見せていた。
しかし・・・身体的な睡眠の欲求が二人を倦怠期の夫婦のような心理に追い込む。
厄介は作品リストを眺めるうちに・・・須永作品の特徴に気が付く。
「須永作品は全部に22シリーズありますよね・・・薬品探偵シリーズとか、名もなき推理トリーズとか・・・今日子さんの好きな名探偵メイ子シリーズしか・・・ところがここ数年・・・須永さんは新シリーズをスタートさせていないし・・・継続中だった携帯電話探偵シリーズ、怪盗ブルーシリーズ、概算兄弟シリーズと・・・今年、すべてのシリーズが完結しています。これは・・・須永さんが・・・死を・・・」
「それは須永素人の発想です・・・先生は前にもすべてのシリーズを完結して・・・絶筆を噂された時がありましたが・・・まもなく新シリーズを開始しました。それに・・・先生にはシリーズものではない・・・ノン・シリーズもあるのですよ。たとえば・・・最新作はノン・シリーズです・・・もしかしたら・・・これは新シリーズ第一作なのかもしれない」
「・・・」
次第に険悪になる今日子と厄介の関係。
カツ丼を用意した厄介に・・・。
「こんな睡眠不足の時にそんな脂っこいもの食えるかっ」
刺々しい今日子だった。
追い込まれた厄介は・・・睡眠不足の呪いで今日子を嫌いになりそうな自分を発見してうろたえる。
(こんなことになったのも重信の野郎の依頼を引き受けたせいだ・・・依頼があるのは・・・須永昼兵衛が死んだから・・・)
今日子の部屋で「須永昼兵衛何故死んだ」と叫ぶ厄介だった。
「ちっ」と舌打ちする今日子。
「す、すみません」
「水・・・」
「はい」
もはや・・・主人と奴隷である。
四日目を越え・・・限界を感じる厄介。
睡眠不足のために読書ペースは一冊四時間越えになっていた。
(残り二十一冊・・・このペースだと・・・あと五日間近く眠れない・・・)
得体のしれないどす赤いスープを飲んで眠気を覚ます今日子。
74作目の「一、二、惨死/須永昼兵衛」を読みながらうとうとする今日子。
「頬をつねってください・・・両手で・・・」
「はい・・・」
「いい感じです」
罪人と執行人モードである。
69作目の「嬉し恥ずかし文化祭/須永昼兵衛」の頃が懐かしい厄介・・・。
「がんばれ・・・もう少しだ」
「はい」
ついに運動部の監督と選手に・・・。
うつらうつらしておでこをぶつける二人。
五日目である。
「私としたことが・・・五日もお風呂に入っていないとは・・・シャワーを浴びてのりきらにゃいと・・・」
「・・・」
「食事の用意・・・お願いしまします」
おねむのガッキーかわいいよおねむのガッキー連発である。
「寝室には絶対入らないように・・・」
「・・・」
(今日子さんがシャワーをあびているのに・・・モヤモヤする気力もない・・・もう・・・食材もない・・・今日子さんが戻ってきたら・・・買い物・・・に・・・・・・・)
厄介は眠ってしまった・・・。
部屋に差し込む夕陽・・・。
厄介は目が醒めた。
幽かにシャワーの音が聞こえる。
温水の後・・・冷水を浴びた今日子はそのまま・・・浴室で眠ってしまったのだ。
「今日子さん・・・入ります・・・」
そこには全裸の今日子が横たわっていた。
長時間、冷水を浴びて冷え切った今日子の身体・・・。
このままでは低体温症による生命の危険が・・・。
過去のバイト歴を活かして救急救命をする厄介。
「少しずつ・・・温めないと・・・心臓発作を起こす場合がある」
必死に処置をした厄介は・・・今日子が危機を脱したと同時に精神的に追い込まれる。
「目が覚めたら・・・今日子さんはまたチャレンジするだろう・・・今度は命を失うかもしれない・・・そんな危険は看過できない・・・この仕事はなかったことにしなければ・・・」
厄介は・・・そのために今日子の身体に残る置手紙を拭い去るのだった。
今日子との思い出の日々に決別する厄介は嗚咽を漏らす。
涙をこらえて記録を消去である。
左腕の「厄介さん眠らないように見張ってもらう!」を消す。
「五日目」を示す「正」を消す。
厄介が右腕に書いた「調査終了まで今日子さんを起こし続けることを誓います隠舘厄介」を消す。
太股の「須永先生が自殺?疑いを晴らすため全著作と遺稿を読む日曜の朝に本が来る極秘任務」を消す。
「とうもろこしの軸の発売予定日は?」を消す・・・。
残されたのは・・・「私は置手紙今日子探偵記憶が一日でリセットされる」と「サンドグラスの電話番号そしてサンドクラスの三人の名前」のみ・・・。
今日子の身体から・・・厄介の名は消えた。
すべての証拠を隠滅した厄介は・・・愛しい女が眠る部屋のドアをそっと閉じた。
「失敗でした・・・」と依頼を解除するように重里に頼む厄介。
「そうか・・・遺族は自殺ということで本が売れるならそれでいいと言ってるし・・・須永先生は自殺ということで・・・」
「須永昼兵衛は自殺しません」
「え」
「今日子さん・・・」
今日子は作品リストを示した。
「目が覚めたら床に落ちていたコレを発見しまして・・・リスト作成者の小中氏に連絡して事情を聞きました。その結果、須永先生は自殺したのではないことが明らかになったのです」
「謎が明らかになったのですか」
「僭越ながら・・・一秒で」
「ええっ」
「このリストには七冊のノンシリーズ作品があります」
「・・・」
「実は・・・これらは・・・一つのシリーズだったのです」
「えええ」
「デビュー作に登場する主人公の妹のクラスメートで頭文字がMの女子・・・この登場人物は脇役としてノンシリーズすべてに登場します。ある時は桃田さん。その後、結婚して桑田夫人。さらに名前があさみだったことも明らかになります。1971年にデビュー作で少女だったももたあさみは・・・最新作では六十代の農家のおばさんになっていました・・・」
「うわあ・・・ファンが誰ひとりとして今までそれに気がつかなかったなんて・・・」
「私も・・・七冊だけに特化して読まなければわかりませんでした・・・ももたあさみは・・・須永昼兵衛の初恋の人だったそうです・・・そして夭折なさってます・・・ノンシリーズの刊行日はいつも二月・・・彼女の命日です」
「ああ・・・」
「須永先生は・・・その人を作品の中でずっと愛し続けていたのです」
「・・・」
「彼女がまだ生きているのに彼女を残して・・・須永先生は自殺しません・・・」
「今日子さん・・・ありがとう・・・これで須永先生の名誉は守られた」
厄介は今日子と二人きりになった。
「さて・・・大人の話をしましょうか」
「その前に・・・あのリスト・・・僕は確かにリュックに・・・」
「拾ったというのは嘘です・・・あなたのリュックから拝借しました」
「そんな・・・いつ・・・」
「気持ちよく眠っていたらあなたの嗚咽で目が醒めました」
「え」
「あなたが証拠隠滅のためのクリームを取りに寝室を出た時に・・・身体のメモを確認して状況を把握し・・・リュックからリストを・・・」
「では・・・あの時・・・今日子さんは起きていたと・・・」
「はい・・・あなたが太股のメモを消している時も・・・」
「み、み、見ていません」
「私・・・頑張っている男子は・・・好物なんです」
「・・・結局・・・全作品読破にチャレンジしたかっただけなんですね」
「今度、厄介さんにも見せてもらいますよ」
「は」
「冗談です」
「う」
「寝室で見たことは他言無用です」
今日子の寝室の天井には・・・。
お前は今日から掟上今日子
探偵として生きていく
・・・と見事な筆跡で書かれていた。
「誰があれを・・・」
「わかりません・・・またのご依頼・・・お待ちしています」
「いいんですか」
「もちろんです」
厄介は今日子の全裸を見ても怒られなかった。
もちろん・・・今日に限ってのことである。
その夜・・・今日子は「サンドボックス」の三人の名前の下に・・・。
「厄介さん信用できる」を書き加えた。
厄介は・・・記憶を失う今日子に代わって・・・「Kの備忘録」を書き始める。
こうして・・・厄介と今日子にとって昨日とは違う一日が始るのだった。
もはや・・・二人の最高傑作の匂いが漂い始めたな・・・。
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コメント
時間ものに駄作無し。
そして……記憶ものにもやはり駄作無しなような気がします。
『やっとかめ探偵団』(小説第一作)で、犯人の動機は記憶でした(ネタバレぎりぎりセーフ)。
グレゴリイ・ベンフォードの短篇SF「me/days」は、まさに今日子さんのようなコンピュータが主人公でした。
自分が大好きなこれらと並ぶところに本作は来ているなぁと、ただそう言いたいだけなのであります。
そして、記憶テーマの作品の中に、いまはもういなくなってしまった登場人物の記憶の中にあるさらなる作中人物……。すばらしい。
だれかが覚えていてあげなければならない…というのは、P.K.ディックの『ティモシー・アーチャーの転生』でグッときた部分でもあります。
投稿: 幻灯機 | 2015年11月29日 (日) 17時16分
✪マジックランタン✪~幻灯機様、いらっしゃいませ~✪マジックランタン✪
まあ・・・老いればじじばばは区別なく
じじいのようなばばあや
ばばあのようなじじいがまかり通るのは
「意地悪ばあさん」方式でございますよね。
すべては忘却の彼方の記憶ですな。
まあ・・・有機体、有機体だとおっしゃるでしょうが
有機体ほど・・・無機質を求めるものでございます。
さあ・・・銀河の中心へ・・・。
厳密に言えば・・・彼女より先に死にたい
という気持ちがあってもいいよなあと思うのですな。
彼女を失うことが恐ろしすぎて
死にたくなるのはよくある話でございます。
まあ・・・しかし・・・物語の登場人物は
みな・・・神の意志で生かされている・・・。
神が鬱になったりすると
世界は陰々滅々となり
警官もアンドロイドも信者たちも
みな・・・涙を流すことになるのでございます。
フィクションは・・・つまるところ・・・
ノンフィクションの気晴らしでございますから・・・。
投稿: キッド | 2015年11月29日 (日) 22時33分