これからこの世の暇乞いせめて心が通じなば夢にも見えてくれよかし(早見あかり)
たくろう・・・来たな。
たくろう・・・来たね。
結局、ひろしだったけどな。
かまやつひろしだったね・・・。
ひろしのことが好きだったんだな。
鯖も好きだったけどな。
結局・・・みんな人形だったね。
演技で寄せていたけれど・・・役者がみんな人形顔なんだよな。
ちかえもんも万吉も腹話術の人形みたいだしな。
人形使いの話だよな。
人形使いの話だね。
フィナーレだな。
フィナーレだね。
で、『ちかえもん・最終回(全8話)』(NHK総合20160303PM8~)脚本・藤本有紀、演出・梶原登城を見た。蒼ざめた夜の森を抜ける遊女・お初(早見あかり)と平野屋の道楽息子・徳兵衛(小池徹平)・・・。桜散る天満屋中庭のピンクから・・・ミッドナイトブルーへと桃色で青色なアレなのである。まさに・・・これはお初のための物語。なにしろ・・・「曽根崎心中」はお初あってのお話なのである。曾根崎村の露天神がお初天神と呼ばれるようになってしまうわけだから。お初を演じるのが早見あかりで・・・早見あかりが演じるのがお初で・・・よかったと思うのである。
黒田屋九平次(山崎銀之丞)の悪だくみにはめられて思い詰める徳兵衛。
「もはや・・・身の潔白を明かすために・・・自害して果てる他はなし・・・お初・・・お前のことをあの世で何十年でも待っているよ」
「徳様なしで・・・一日たりとも過ごせましょうか・・・妾も一緒に参ります」
「お初・・・」
「徳様・・・」
「よっしゃ・・・ほんなら・・・心中ちゅうことで決まりやな」と合点する万吉(青木崇高)だった。
そして・・・死出の旅へと旅立つ二人なのであった。
元禄十六年(1703年)四月七日早朝・・・堂島新地天満屋の女郎・初(21)と内本町醤油商平野屋の手代・徳兵衛(25)西成郡曾根崎村の露天神の森で情死したのだった・・・。
その少し前・・・ちかえもんこと近松門左衛門(松尾スズキ)は急を知らせるために平野屋に走っていた。
「そんな・・・まさか・・・死ぬなんてこと・・・ここまでの顛末でお茶の間も・・・そんな心の準備ないで・・・」
夜なのに明々と灯りのついた平野屋の店先は使用人たちが右往左往して騒がしい。
「近松はん・・・どこぞで若旦那を見かけまへんでしたか・・・昼間、往来で騒ぎを起こしえらく打ち据えられたという話を聞き八方手を尽くして行方を捜しておりますがいまだに影も形も見えしまへんのだす」
「お初と・・・露天神の森で心中するちゅうて・・・今、万吉が止めに行ってます」
「心中やと」
あわてて駆けだす親馬鹿の平野屋忠右衛門(岸部一徳)だった。
江戸時代の夜は暗い・・・。
結局、一行が現場にたどり着いた時には世は明けていた。
ムシロの端からのぞくのは生々しい男女の生足・・・。
茫然と立ちすくむ万吉。
駆け寄る・・・忠右衛門はムシロをめくる。
「・・・なんでや・・・」
恐ろしさのあまり・・・土手の上で立ちすくむちかえもんだった。
「徳兵衛・・・」
「若旦那様・・・」
遺体にすがり・・・震える忠右衛門と・・・番頭の喜助(徳井優)の背中・・・。
「そんな・・・アホな・・・」と呟くちかえもん。
二人が死んだことが嘘のように感じられ・・・実感がわかないのである。
「嘘やろ・・・」
嘘だといってよ・・・ちかえもんと騒然とするお茶の間。
しかし・・・瓦版は事件を盛んに報道する。
遊女たちはお初の仮初の墓に合掌し花を手向ける。
ちかえもんの馴染みの遊女・お袖(優香)はお初の部屋から白無垢の婚礼衣装を仕舞う。
色茶屋・天満屋の主人・吉兵衛(佐川満男)と女将のお玉(高岡早紀)は帳場で語らう。
「何も死ぬことはなかろうに・・・」
「結局、黒田屋に欺かれたのがあかんのや・・・」
その黒田屋も・・・どうやら・・・例の不手際が響いてとり潰しの憂き目にあったらしい。
もちろん・・・平野屋が裏から手を回したのだろう。
なにしろ・・・憎き息子の仇なのである。
そして・・・平野屋の仏壇の前に安置された徳兵衛の位牌に向かい・・・竹本義太夫(北村有起哉)と焼香するちかえもん・・・。
「ほんまなんか・・・嘘やないんか・・・ほんまに心中してもうたんか・・・」
月光差し込む部屋で一人・・・ついに二人の「死」を実感するちかえもん。
「なんで・・・そんなアホなこと・・・するんや」
静寂の中で・・・ちかえもんは二人のありし日の姿を思い出す。
一目見て・・・惚れあった二人。
親の仇と懐剣を構えるお初。
懐剣を奪い取り自死しようとする徳兵衛。
黒田屋の罠にはめられて捕縛される徳兵衛と泣き叫ぶお初。
そして・・・桜吹雪の中で抱き合い・・・夜の森へと駆け去る二人・・・。
「ワシはしょうもないやっちゃ・・・涙でなく・・・言葉があふれて・・・言葉があふれて・・・とまらん・・・言葉があふれてとまらんのや・・・」
ちかえもんは灯に点火する。
墨を磨る。
そして・・・紙に筆を落す・・・。
ちかえもんは書く。
お初と徳兵衛の物語を・・・曽根崎心中を・・・書いて書いて書きまくるのだった。
ついに完成した渾身の浄瑠璃台本・・・。
義太夫の顔色を窺うちかえもん。
その顔は無精髭を伸ばし憔悴の色が濃い。
「・・・」
「うん・・・五月七日や」
「五月七日・・・」
「五月七日に・・・初演の幕上げるで」
「・・・」
ちかえもんは義太夫に賤しい顔で微笑みかける。
呼び出されて部屋に出たお袖は・・・ちかえもんにぎょっとする。
「・・・お袖・・・しばらくやな・・・息災か」
「なんや・・・あんた・・・そんなにやつれて・・・悪い病にでもなったんかいな」
「家に籠って書いてたんや」
「・・・」
ちかえもんは袋に入れた銀をお袖に渡す。
「義太夫はんに頼みこんで・・・前借りしてきた・・・五月七日・・・初演を観に来てくれ・・・これだけあれば・・・年増の遊女の一人くらい・・・半日連れ出すことできるやろ・・・」
「年増は余計や」
「来てくれるか・・・」
「行くに決まってるやろう・・・くそじじい」
お袖は・・・生まれて初めて人形浄瑠璃を見るのである。
その顔は喜びに輝く。
綺羅綺羅しくも・・・暗闇に満ちた遊女の人生に差す一筋の光・・・なのであった。
そして・・・その日がやってくる・・・。
ちかえもんは・・・越前に去った母の喜里(富司純子)が夜なべして縫った羽織を着込む。
その心に浮かぶ一抹の不安・・・。
本当に死んだ人間の話を・・・物語にして・・・金を稼ぐことの後ろめたさ・・・。
何者かが近松家の戸を叩く。
表から現れたのは・・・忠右衛門。
「よくも・・・わしのせがれのことを・・・浄瑠璃の種になぞしたな」
ちかえもんに掴みかかり打擲の嵐・・・。
殴られ蹴られ土下座するちかえもん・・・・
「すんまへん・・・」
しかし・・・それはちかえもんの罪悪感が作り出した幻影だった。
「・・・」
つかの間安堵したちかえもんを何者かが背後から羽交い締めにする。
大入り満員の竹本座。
忠右衛門と喜助も姿を見せる。
「死んだ倅の話を種にした浄瑠璃に金を出すとは・・・わても酔狂の極みや」
「金主様の懐の深さに・・・惧れいるばかりにて・・・」
天満屋の主人夫婦に連れられてお袖も到着する。
お袖は・・・ちかえもんを捜すがその姿は見当たらない。
そして・・・竹本座に乗りつける一丁の駕籠・・・。
降り立ったのは・・・。
いよいよ・・・開幕を告げる拍子木の音が響く・・・。
「げにや安楽世界より~今此の娑婆に示現して~我らがための観世音・・・」
苦悩のないあの世から苦悩に満ちたこの世に神や仏がなぜ姿を見せるのか・・・それを慈悲と感じる人もいる・・・義太夫の名調子も高らかに・・・舞台に登場するお初によく似た白い首・・・。
お初のような人形・・・人形のようなお初である。
お初の恋の旅路が観客を巻き込んで進む・・・。
その頃・・・ちかえもんは・・・。
刀を構えて天満屋に乗り込み・・・客や遊女を監禁した九平次の虜となりて・・・。
「ええええええ」
「ふふふ・・・近松さん・・・読ませてもらいましたよ・・・あなたの書いた曽根崎心中・・・」
「・・・」
「私は嬉しかった・・・なにしろ・・・私が大活躍する話だ」
「・・・」
「敵役こそ・・・物語を動かす・・・核心と言えますよねえ」
「あの・・・わては・・・初演に行かんとならんのです」
「しかし・・・私には不満もある」
「え」
「この話じゃ・・・私は単なる負け犬じゃ・・・ありませんか」
「そないなこと言われても・・・」
「そこで・・・私は物語の続きをお目にかけることにしたのです」
「なんやて・・・」
「人の生死をネタにして・・・飯の種にするあさましい浄瑠璃書きを・・・この九平次が成敗するという一幕を・・・」
「なんやて・・・なにがあかんのや・・・お初と徳兵衛の話を・・・わしが書かんで誰が書く」
「戯言はそこまでだ・・・この腐れ外道が・・・その首・・・もらった」
「ひえええええええ」
ちかえもん絶体絶命である。
もちろん・・・そこに現れる万吉だった。
間一髪、九平次の刀をはじき返す不孝糖の壺。
「万吉~」
「ちかえもん~」
「また・・・お前か・・・」
「キッチョム・・・お前の好きにはさせへんで・・・」
「わては九平次や」
たちまち始る痛快娯楽時代劇的アクション。
斬りつける九平次、かわす万吉の大活劇・・・。
「ちかえもん・・・行きなはれ・・・」
「でも・・・」
「晴舞台がまっとるで・・・」
万吉に背を押され・・・店を飛び出すちかえもん・・・。
「誰か・・・人を呼んどくんなはれ・・・わては行かねばならんのや」
ちかえもんは・・・興行の場へと急ぐのだった。
江戸時代・・・それは徳川家康が作った巨大な監獄である。
人々は自由を奪われ・・・上下の隔てなく・・・家畜として生きる。
忍従につぐ忍従によって営まれるどす黒い平和の日々・・・。
つかの間咲き乱れる仇花だけが・・・人々の救いの光だった。
苦界に身を沈めた遊女お初と・・・商人の世界に馴染めない正直者の徳兵衛。
あらゆる束縛から逃れるために残された唯一の道行は・・・心中である。
誰もが求める解放の時は・・・無惨な死によってしか実現しないのだ。
暗闇の中を手さぐりで進み・・・漸く相手を見出した二人の歓喜の一瞬。
その一時はたちまち過ぎ去って行く。
「あれ数えれば暁の・・・七つの時が六つ鳴りて残る一つが今生の鐘の響きの聞き納め・・・」
時を知らせるお寺の鐘が鳴っている。七回鳴れば・・・次の八つの時までに死に果てる覚悟の二人・・・。六回目まで鐘の音を数えてしまえば・・・次に鳴る「ご~ん」という鐘の音はこの世で聞く最後の鐘の音なんだなあとふと思う。
死に支度を整えてお初は声をあげて泣き・・・徳兵衛ももらい泣く・・・。
「いつまでいうて詮もなし~はやはや殺して殺してと最後を急げば心得たりと~脇差するりと抜き放し~さあただいまぞ南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と~」
「残念に思うことを言い出せばきりがないわ。それよりも一刻も早くこの世を去ってあの世で末長く結ばれたいの。さあ、早く、さあ、早く・・・殺してちょうだい、殺してちょうだい」と大事なことなので二度言うお初なのであった。徳兵衛も愛しい女にせがまれて「わかっているさ」とドスを抜きそれではいくぞと念仏を唱えるのであった。ああナンマイダナンマイダ・・・。
お初の肌に刃を向けることにためらう徳兵衛・・・。
何度かしくじりその後で・・・あっとばかりに喉を突く。
その断末魔に叫びを漏らす観客たち・・・。
お初の最後を見届けて・・・徳兵衛も剃刀とって咽につきたてる。
その凄惨な末路に呻く観客たち・・・。
「・・・恋の手本となりにれり・・・」
恋する二人の潔い旅立ち・・・残る遺骸のあさましさ・・・。
鮮やかな幕切れに・・・静まりかえる観客たち。
ちかえもんは手に汗握って観客の受けを待つ。
一人の嗚咽を皮切りに・・・怒号のような号泣の波・・・。
思わず見つめたお袖の顔が・・・優しく頷く時・・・ちかえもんの緊張は一気に解かれる。
そして・・・現れる母の喜里・・・。
「よくぞやった」と子を褒める。
褒められて無性にうれしいちかえもんなのである。
その頃・・・九平次と万吉は格闘の末に川に落ちる。
到着した役人に引き上げられたのは・・・九平次のみだった。
かけつけたちかえもんは思わず叫ぶ・・・。
「万吉」
「おい・・・危ないぞ」と言われたそばから川に落ちるちかえもんだった。
引き上げられたちかえもんに寄り添うは・・・幼き日の遊び相手の万吉人形・・・。
「お前か・・・お前だったのか・・・」
すべては・・・幻・・・戯作者の業の深さを物語るばかりなのである。
ちかえもんの心情とは裏腹に・・・「曽根崎心中」は大当たりとなるのであった。
義太夫は借金を全額返済した。
平野屋の労いの席・・・お茶の間を慰める救いの後日談である。
「実はな・・・二人は生きている」
「え」
「すべては万吉が仕組み・・・天満屋の主人夫婦の粋な計らいに・・・私も乗って芝居をした」
「ええっ」
「後の始末は私がすべて金で解決した・・・二人は今・・・越前で鯖漁師をしている」
「えええ」
一部お茶の間がとある夫婦を思い出す・・・仲睦まじい漁師とその女房となった徳兵衛とお初。
お初はしがらみから解放されて最高の笑顔を見せるのだった。
鯖が大好きお初さんである。
ちかえもんは激昂した。
「戯作者を騙すなんて・・・最低だ・・・騙していいのは・・・」
しかし・・・どこかで・・・万吉の声がする。
「嘘か本当かわからない・・・それが一番面白い」
「虚実皮膜論かいっ」
もう・・・最後なので歌うしかないちかえもんだった。
カランコロンカランカランコロン・・・
下駄を鳴らして奴が来る・・・。
青空の下・・・時空を越える万吉の姿・・・。
せつなくて・・・愛おしい物語を語るドラマの幕切れ・・・。
もしもあの世にいったとしても時々この世の夢枕に立つので・・・。
夢でもし逢えたら素敵なことだな。
関連するキッドのブログ→第7話のレビュー
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コメント
巧い脚本ですねー。
「なんなんだ、お前は一体なんなんだ!」
で視聴者も「万吉ってなにもの?」とうっすら思い始める。そして…ファンタジー慣れしていない人でもなんとなく理解できるようになっていたのではないでしょうか。
にんじょうぎょうるりの秘密も。
ダレずに最後まで走りきり、今期『いつ恋』『ダメ恋』とならんで私のトップ3になるであろうドラマでした。
投稿: 幻灯機 | 2016年3月 7日 (月) 06時38分
✪マジックランタン✪~幻灯機様、いらっしゃいませ~✪マジックランタン✪
落語、平家物語に続いて人形浄瑠璃という
古典芸能への愛着を解放させたこのドラマ・・・。
そして・・・心の歌謡曲の連打・・・。
まさに趣味趣味ドラマでございますねえ・・・。
ファン向けサービスなのか
好きだからしょうがないのか・・・判別不能な
楽屋オチネタの数々・・・。
「出世景清」なんて「平清盛その後で」でございますしね。
越前で鯖でちりとてちん・・・でございますよねえ。
そして・・・全員の演技が
人形なのか・・・人形を越えたものなのか・・・
とにかく人間離れしているのですな。
今季のラブロマンス七本は・・・
本当に甲乙つけがたい・・・ラインナップでございます。
投稿: キッド | 2016年3月 7日 (月) 20時15分