そしてみんな逝ってしまった(綾瀬はるか)
アニメ「サイボーグ009」(1968年)の第16話「太平洋の亡霊」は脚本家・辻真先のオリジナル・ストーリーである。
老いた科学者が想念を実体化する超技術を開発し・・・太平洋戦争の戦死者たちが・・・太平洋に沈む兵器と共に実体化し・・・「あやまちを二度とくりかえしません」と誓った人々が「誓い」を破ってばかりなので制裁を開始するという話である。
「反戦」という主題だったと言われる。
「反戦」という言葉は「戦争反対」を意味するわけだが・・・つまり「平和の尊重」である。
「平和の尊重」をないがしろにするものをスーパーナチュラルな武力で鎮圧しようとするわけである。
ここに・・・「平和のための反体制運動」というものが「闘争」となり「テロル」となり「戦争」となっていく「悲しみ」がある。
一方でこの話には「誓い」とか「約束」を反故にされたものの「痛み」というもう一つの主題も潜在している。
昭和初期に日本人として生まれたものは・・・大人たちのために酷い目にあっている。
彼らは敗戦時の少年少女であり・・・戦争責任から解放されている。
それ以外の大人たち・・・生き残ったものたちは「命」の大切さを説きながら平和国家を建設する。
しかし・・・「一億玉砕」を信じて戦地に散ったものたちにとって・・・そもそも全員が「裏切り者」である。
心あるものは・・・どんな綺麗事を言おうが後ろめたかったはずだ。
「え・・・俺たちを特攻させておいて・・・降伏しちゃうの・・・」なのだ。
今や・・・そういう無責任な人々もみな・・・ほとんどが土に帰った。
地獄というものがあれば・・・彼らはみな・・・待ちかまえている亡霊たちに・・・地獄の責苦を与えられているはずである。
「そうか・・・よかったな・・・平和な国になって」
「美味しいものをたくさん食べたのだな」
「愛し合って子孫を繁栄させたのだな」
「俺たちにはなにもなかったけれどな・・・」
目の前で起こる・・・あってはならないことに・・・人々は・・・ほとんど無力だから仕方ない。
だが・・・自分たちが愚かで情けなくあさましい存在であることを思い出す時はかならずやってくるのだ。
で、『わたしを離さないで・最終回(全10話)』(TBSテレビ20160318PM10~)原作・カズオ・イシグロ、脚本・森下佳子、演出・吉田健を見た。「特別な猶予などというものはありません」と陽光学苑の創設者である神川恵美子(麻生祐未)に「死刑」を宣告された土井友彦(三浦春馬)はついに「絶望と言う名の終着駅」に到着する。いつか・・・「サッカー選手」になれるかもしれない・・・とこの期に及んで希望を抱いていた友彦は・・・ついに「真実」にたどり着く。自分が「サッカー選手」になることはない・・・ということである。発達障害者である友彦にとってそれは・・・受け入れ難い不条理だった。
癇癪を起こし・・・幼児退行をした友彦は・・・介護人である保科恭子(綾瀬はるか)にも怒りをぶつけるのだった。
友彦にとって恭子は疑似的な母親だったからである。
そんな友彦に・・・恭子は・・・「三度目の提供」を告知するしかないのだった。
提供者にとって「三度目」はほぼ「終了」を意味するが・・・例外的に「四度目」が終了となるものもいた。
「三度目」と「四度目」の間には「生ける屍」のような「人生」が待っているのが普通だった。
友彦の中に・・・恭子に対する複雑な思いが炸裂する。
「介護人を・・・別の人に変わってほしい」
恭子は・・・介護人として・・・経験を積んだ女である。
友彦の心の揺らぎは理解できる。
恭子は・・・友彦の心に自分に対する「愛」さえ見出すことができるのだ。
「自分の最後の苦しみを見せたくない男」と・・・「苦しみを分かち合いたい女」との葛藤である。
恭子は・・・事務的に・・・友彦の希望を否定する。
「もう・・・提供まで時間がないの・・・これから・・・新しい介護人との関係を構築するのは・・・お互いにとって難しいと思う」
「四度目があったらどうする・・・俺は・・・自分じゃトイレにも行けなくなって・・・」
「私は・・・」
そんなことは苦にならないし・・・最後まで友彦といたいと言いたい恭子。
「とにかく・・・今日は帰ってくれ」
「トモ・・・」
「俺だって一人になりたい時はある」
「それじゃ・・・一緒に暮らすのはやめるから・・・介護人を続けさせて」
「・・・」
もちろん・・・介護人を辞めて・・・ただ暮らすという「愛の形」もあるが・・・今の友彦はただ混乱しているだけなのだと恭子は悟り・・・部屋から出て行くのだった。
(トモは・・・すぐに落ちつくだろう・・・)
夜の街で自分の部屋へと向う恭子は・・・疼く思いに耐える。
(私たちはいつも酷い目に会うけれど・・・私はいつも耐えることができる)
恭子の姿を龍子(伊藤歩)が見かけたことに気付くこともなく・・・彼女は進む。
(耐える他にできることなどないのだから)
夜の闇よりも深い・・・恭子の心の暗がり。
「顔色が悪いね・・・もしかして・・・提供が開始されたのか」
恭子が介護を担当する提供者の加藤(柄本佑)はいつも穏やかだ。
「いいえ・・・少し・・・寝不足なだけです」
「心配ごとか」
「心配しても仕方がないことですけど」
「そうだね・・・僕たちはある意味・・・心配ごととは無縁の存在だ」
「・・・」
「でも・・・ああ・・・よかったと思いたいよね」
「何をですか」
「そうだね・・・この世界に生まれてきたこと・・・を」
「・・・そんなことあるんでしょうか」
「さあ・・・僕には・・・まだないけどね」
「・・・」
「でも・・・今・・・こうして・・・君と話していることだって・・・そんなに悪くはないさ」
加藤は微笑んだ。
「この世界に生まれて来たことがそんなに悪くなかった・・・と」
「どう思うかは・・・人それぞれ・・・さ」
恭子は俯いた。
言葉とは裏腹に・・・加藤は恭子に・・・提供者同志の親しみを伝えているのだった。
提供者は「もうすぐ終了する」という絶対的な共通点で結ばれているのだった。
恭子は回復センターの友彦を訪ねる。
部屋に不在の友彦・・・。
そして・・・ゴミ袋には・・・友彦の宝物が捨ててあった。
食堂にいる友彦を発見する恭子・・・。
「清掃が終わったら教えてください」
他人行儀な態度で・・・恭子の存在を無視して提供者仲間と雑談をする友彦・・・。
部屋に戻った友彦は宝物が戻されているのを知って激怒する。
「みんな・・・ゴミだよ」
「でも・・・これは・・・大切なものでしょう」
恭子は・・・友彦や美和の作品を示す。
「結局・・・何の役にもたたなかった・・・」
「昔・・・美和が宝物を捨てた時・・・トモが拾ってとっておいたでしょう」
「・・・」
「今は怒って・・・捨てたけれど・・・後で惜しくなるかもしれないって・・・」
「もう・・・後はないじゃないか・・・」
幼児のように駄々をこねる友彦だった・・・。
恭子は友彦の宝物だったものをゴミ袋に集める。
サッカーボールからはエアが抜けていた。
友彦と同じようにそれはもはや「残骸」なのかもしれなかった。
恭子はゴミ袋を自分の車に積んだ。
「のぞみが崎」の神川家の屋敷に美術部顧問の山崎次郎(甲本雅裕)が訪れていた。
「そう・・・子供たちの絵画教室を開いているの」
「ええ・・・彼らはなろうと思えば絵描きになれますからね・・・教え甲斐があります」
山崎は人間の描いた「提供者」の絵を披露する。
「彼らに・・・提供者の話をしてみました」
「あらあら・・・」
「提供者の子供たちの生活を・・・」
「問題になりませんか・・・」
「まあ・・・どの世界にも・・・理解のある方はいますから」
「私に提供を奨める医師から聞いた話ですが・・・」
「提供を拒絶なさっているそうですね」
「脳を取りかえることができない以上・・・長寿はいろいろと問題を起こします」
「認知症の増加・・・ですか」
「それでも・・・いつまでも生きていたいという人間も多い」
「そうですね・・・僕も・・・絵を描けない身体になったら・・・提供を受けるかもしれません」
「始ったものはいつか終わる・・・そしてもっと恐ろしいことが始るものよ」
「あなたにとって・・・このシステムの終焉は悲願だったのでしょう」
「でも・・・それを見届けたいからといって提供を受ける気にはなりません」
「・・・」
友彦は薬物の摂取を拒絶し・・・回復に問題が生じていた。
人間の係員は介護人の恭子を叱責する。
「提供まで一週間です・・・必要な処置を怠らないでください」
「もうしわけありません」
恭子は頭を下げた。
消耗した身体をベッドに横たえる友彦。
「なぜ・・・お薬を飲まないの・・・そんなに私といるのが嫌なの・・・それとも提供そのものを拒絶したいの」
「わからない・・・もう・・・終わりにしたいんだ」
「私はいやだ・・・友彦といたいの」
恭子は友彦の手を握る。
「俺に四度目までねばれ・・・っていうのか」
「そんなの・・・わからないよ・・・」
「・・・」
「私だって・・・どうしていいのか・・・わからない」
友彦は冷たい視線を天井に向ける。
夜の街で家路に着く恭子を・・・龍子がキャッチする。
「保科恭子さん」
「・・・龍子先生」
「前に一度・・・ここであなたを見かけたの・・・」
「・・・」
「会えないかと思って待っていたのよ」
「・・・」
「少し・・・お話できないかしら・・・」
恭子は龍子を見つめる。
提供者に寄り添おうとする人間。
しかし・・・提供者ではない人間を。
彼女が善意で何かをする度に・・・友彦は酷い目にあってきたわけだが・・・。
龍子は朗らかに生きている。
提供者ではない・・・ただの人間だから・・・。
恭子は用心深く・・・龍子を観察する。
龍子は・・・恭子に提案をした。
恭子は「慈悲深い人間の言葉」を友彦に伝えた。
「龍子先生が・・・サッカーの試合を見に来ないかって・・・嫌だったら・・・」
「行くよ・・・」
恭子は悟った。
恭子は母親のように友彦を愛す。
友彦にとって恭子は愛人だったが・・・恋人ではなかった。
友彦にとっての初恋の人は・・・龍子先生なのだ。
美和が人間の美術教師に憧れたように・・・。
友彦は・・・人間の体育教師に恋をしていたのである。
恭子や真実のように同胞である提供者を愛することができないものはいるのだった。
「そう・・・」
「でも・・・それって規則違反になるんじゃないのかい・・・」
「大丈夫・・・私たちにとってもう・・・人間の規則なんて意味ないもの」
「・・・」
「私いつ提供の通知が来ても構わないわ・・・」
「恭子が・・・提供するの」
「何言ってるの・・・私だってあなたと同じ提供者じゃない」
「俺と・・・同じ」
「何言ってるの・・・一緒の施設で・・・ずっとあなたと育ったんじゃない」
「そうか・・・恭子は・・・特別なのかと思っていた」
友彦は恭子と過ごした日々を思い出した。
「いつも・・・迷惑ばかりかけて・・・ごめん」
「馬鹿ね・・・迷惑だと思ったことなんか一度もないよ」
青空の下・・・人間の子供たちはサッカーに熱中していた。
引退した選手のような顔で・・・競技観戦に夢中になる友彦。
「龍子先生は今は・・・サッカーの仕事をしているのですか」
恭子は龍子に素朴な質問をした。
「いいえ・・・今日はお手伝いにきただけ・・・」
「じゃあ・・・お仕事は何を・・・」
「私は文章を書いているの」
「小説家なんですか・・・」
「いいえ・・・ノンフィクションライターよ」
「・・・」
「私は・・・陽光学苑に来る前から運動をしていたの」
「サッカーとか・・・バスケットボールとか」
「いいえ・・・社会運動・・・提供者の権利を擁護しようという・・・」
「?」
「でも・・・考えが甘くて・・・失敗してしまった・・・それから・・・私は提供された人のインタビューを・・・」
「え」
「提供者から贈り物をされた人に話を聞いて・・・本を書いたの」
「・・・」
「無関心な人もいるし・・・話をするのを嫌がる人もいた・・・人間もいろいろだから・・・」
「マダムのような・・・」
「ええ・・・あの人たちのような慈善は・・・私には無理だったけれど・・・」
その時・・・子供たちの父兄の一人が子供の名を呼んだ。
「ひろき・・・」
友彦の顔が驚きに歪む。
「ひろき・・・」
「あの子の父親も・・・インタビューに応えてくれた一人なの・・・」
「へえ」
「あの人の胸には・・・広樹くんの心臓が移植されているの・・・」
「・・・」
提供者にしかわからない衝撃が恭子を襲う。
「彼は・・・移植相手に興味を持っていて・・・私に調査を依頼した・・・私は調べて・・・驚いたわ・・・あの広樹くんが提供者だったから・・・」
「・・・」
「彼は・・・提供者に感謝していると言った・・・そして・・・子供に広樹と名付けたの・・・広樹くんにもらった命だからと・・・」
「・・・」
「あなたたちにとっては・・・だから・・・なんだという話かもしれないけど・・・私は・・・その時・・・救われたのよ」
恭子は人間の恐ろしい顔を見た。
「友彦くん・・・生まれてきてくれて・・・ありがとう・・・ありがとうございました」
しかし・・・友彦は微笑んだ。
「よかったですね・・・先生は僕たちに・・・世界は広いって話してくれた・・・サッカー選手の話をしてくれた・・・本当のことを話してくれて・・・ありがとうございました」
「友彦くん・・・本当にごめんなさい・・・何もしてあげられなくて・・・」
「いいんです・・・先生は人間としてできるだけのことをしてくれた・・・僕は提供者として・・・やるべきことをします」
「ありがとう・・・友彦くん」
恭子は微笑んだ。
(友彦がそれでいいと言うのなら・・・それでいい)
友彦は母である恭子の手をとった。
友彦はまだまだ・・・子供だったからである。
最後に龍子に会えたことで友彦は落ちつきを取り戻していた。
恭子は友彦の母親として龍子に感謝さえした。
「恭子・・・俺・・・思い出したことがある」
「何・・・」
「恭子がずっとそばにいてくれたこと・・・そして・・・恭子がいなくなってから・・・恭子にずっと会いたかったこと・・・」
「・・・」
「だから・・・今・・・俺・・・望みがかなっている」
友彦は恭子を抱きしめた。
世界で一番大切な提供者を・・・。
恭子は美和の言葉を思い出した。
「わたしを・・・離さないでよ・・・」
その時・・・恭子と友彦はまるで人間同志が愛し合っているように見えた。
そして・・・その日がやってきた。
「もしも・・・あなたが望むなら・・・終了させることはできるよ」
「じゃあ・・・がんばって終わらせないと・・・恭子だって・・・そんなことしたくないだろう」
「大丈夫・・・私は慣れているから」
提供者に四度目を迎えさせないこと・・・それは介護人の恭子にとって日常的なことだった。
人間に贈り物をする天使が必要以上に苦しむことはないと恭子は考える。
恭子はこのシステムの優等生なのだ。
そして・・・友彦の提供は終了した。
恭子は一人の天使を安楽死させた。
恭子は友彦の遺品を乗せた車で夜を走る。
提供者に弔いの儀式はない。
しかし・・・人間のように愛しいものに別れを告げても誰も咎めないだろう。
恭子は思い出の道をたどる。
青春時代を過ごした「コテージ ブラウン」・・・幼年期を過ごした「陽光学苑」・・・。
最愛の天使である友彦と過ごした日々・・・。
そして・・・友彦は夢にまで見た広い世界に旅立った。
恭子は友彦の魂が宿っているサッカーボールを川に流す。
川は海に繋がり・・・海は世界に繋がっていると誰かが教えてくれた気がした。
私の愛しいベイビー
あなたと過ごした時間は永遠に思えた
どうか私を抱きしめて
ずっとずっと私を離さないで
叶わないと知っている夢を
ずっとずっと見続けて
ボールが見えなくなるまで恭子は橋の上に佇んだ。
時々・・・「友彦への声援」を叫びながら・・・。
やがて・・・珠世(馬場園梓)も終わり、花(大西礼芳)も終わった。
加藤も終わる。
加藤の遺品の眼鏡を宝箱に入れると蓋が閉まらなくなってしまった。
恭子は・・・宝物を持て余した。
しかし・・・恭子に提供の通知が来ることはなかった。
恭子の信念は揺らいでいた。
「なるべく長く生きていたい」
恭子は真実に告げた。
けれど・・・孤独な日々は恭子に苦痛を与え始める。
雨の日・・・胸にあふれる寂寥・・・。
聖なる使命を果たした天使たちは・・・みんなどこかで集っているのだろうか。
なぜ・・・私一人が残されてしまったのだろう。
恭子は不安に襲われる。
人間でもなく・・・提供者でもない・・・世界にたった一人になってしまったもののように・・・。
恭子は・・・何かを求めて・・・「のぞみが崎」にやってきた。
そこに・・・人間でもなく提供者でもない老女が待っていた。
「何かを探しにきたの・・・」
「先生・・・」
「お久しぶりね・・・宝箱を大切にしてくれていて・・・うれしいわ」
「先生は・・・何故宝箱をくださったのですか」
「身体を奪われてしまうあなたたちに・・・誰にも奪われないものがあることを・・・教えたかったの・・・」
「それは・・・魂ですか」
「さあ・・・それをなんと呼ぶのか・・・私にはわからない」
「でも・・・みんな居なくなってしまいました」
「・・・」
「なんだか・・・誰もとりにこない忘れものをあずかっているみたいな気がします」
「あなたは・・・優等生だから・・・」
「・・・」
「私がなんのために生まれて来たか・・・私にはわかりません・・・私は人間でもないのに・・・提供をすることもなく・・・もう・・・他人に介護されるような年齢まで生きてしまいました」
「・・・」
「それでも・・・こうして生きています・・・」
老女は恭子にすがりついた。
「・・・」
「ねえ・・・恭子さん・・・家にいらっしゃいませんか」
恭子はためらって・・・それから答えた。
「・・・では・・・後ほど」
「きっと・・・いらしてくださいね」
神川恵美子を見送った恭子はガラクタの集積された浜辺から海を見る。
恭子は子供のいない恵美子にとって・・・後継者候補なのかもしれなかった。
恵美子の恐ろしい孤独を引き継ぐもの・・・それは恵美子の儚い欲望。クローンの妄執。
しかし、生き続けることの残酷さが・・・恭子の胸に渦巻く。
寄せては返す波は恭子を誘うように潮騒を奏でる。
「私・・・みんなのところへ行きたいな・・・友彦にもう一度逢いたいの・・・ねえ・・・いいでしょう」
恭子は・・・波打ち際から一歩足を進める。
「もう・・・いいでしょう・・・そっちへ行って」
その時・・・朽ち果てたサッカーボールが足元にまとわりついた。
「まあだだよ」
ボールは囁いた。
恭子は水の流れを感じる。
川の流れ。雨だれ。海の波。そして流れる涙・・・。
美しく冥い水が世界を覆っていた。
生と死の境界線を恭子は歩き出す。
その足跡を波が洗う。
いつか・・・世界は終わる。
その日まで世界はあり続けるのだろう。
ただ・・・それだけのこと。
関連するキッドのブログ→第9話のレビュー
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コメント
いつも楽しく拝読させていただいています。お初書き込み失礼します。
この作品はSFという姿を借りながら、どの世界にも実は不条理な人生があるということを描こうとしていましたね。
レビューを読んで頭の中で描かれなかったピースがはまりました。
提供者は提供できる年齢の上限があるのでしょう。
臓器は若くて新鮮な方がいいでしょうから、優秀な介護人で年齢を重ねた恭子は、臓器提供可能年齢を超えてしまったのかもしれません。そうなるとこれからも提供されることはないでしょう(物語中に恭子と同じ遺伝子クローンが出荷されていった場面がありましたし、そういう意味でも恭子の臓器は「用済み」なのでしょう)。
それを「猶予」と呼んでいたのでは?って思いました。
こっち側の人間にとっては「猶予」「免除」でも、「あっち側」の人間にとっては、知り合いも思いを共有する仲間も何もない所に、年を取って自然に死ぬまで生き続けさせられるという地獄を与えられたようなもの。
人間にとってそのような不都合な情報は提供者に与えるはずないでしょう。
ただ賢い恭子はそのシステムに気づいてしまったので、もう天使としての役に立たない臓器を抱えながら、仲間たちが誰も経験したことがない老化に向かう恐怖から自死すべく海に向かったのは当然ですよね。
確かに視聴率はよくなかったのは残念ですが、この世界にもどこかにいるだろう不条理な人生をはからずも送っている人たちにとって、実はこの作品が救いになる可能性を秘めていたのでは?とも思いました。
そういう意味でも見る人を選ぶ作品だったかもしれません。
長文失礼しました。
投稿: やん | 2016年3月19日 (土) 11時58分
楽しんでいただけて幸いです。
ここでは長文であってもなんの問題もございません。
お気軽にお書き込みください。
人間は肉体と同じように
精神も段階的に発達していくようです。
老若男女・・・様々な発達の段階があり
そこに差異は生じます。
それがすでに不条理なのでございます。
簡略化した計算で
日本のお茶の間視聴率は
1%がおよそ百万人・・・。
ざっと六百万人がこのドラマを視聴していることになります。
「臓器移植が特異的に発達したもうひとつの別の世界」
・・・という「話」をそれだけの人々が視聴していたというのはある意味、ファンタスティックでございます。
「誰もわかってくれない」というのは
多くの人間が感じる感慨ですが
このドラマの登場人物の中では
主人公が一番・・・それを嘆かない。
提供者同志には暗黙の了解があるので
語るにはおよばないということもあります。
一方で龍子先生や神川校長は
結構嘆きます。
特に校長は・・・客観的にも「孤独な存在」であり
主人公に「それ」を吐露してくる。
つまり・・・主人公は「それ」を共感するために
育て上げられた存在と言っても過言ではないような
ラスト直前の邂逅となっていると考えます。
しかし・・・主人公にも主人公の「孤独」がある。
校長は「陽光」の「計画」の中で
「介護人として生き続ける可能性」について触れていました。
つまり・・・「人間」と「提供者」の間に「介護人」という「階級」を構築しようとしたわけです。
おそらく・・・これだけ階級差別を容認している体制なので・・・ものすごい特権階級も存在しているのでしょう。
「クローン」でありながら「特権階級」に属する校長にはある程度の情報操作が可能であると考えられます。
「臓器提供」には「消費期限」があり
「拒絶反応」の問題が解決しているテクノロジーの存在の前提においては「期限切れ臓器」の「特売」もあると考えられます。
「加齢在庫一斉処分」もあるでしょう。
同世代が「処分終了」になっても通知がこない主人公は・・・ルーツ(オリジナル)が超特権階級で保険がかかっているか・・・特殊なケースとして保護観察されている可能性がございます。
「真実」の反乱は・・・「陽光」の制度にかなりのダメージを与えたことは確実と思われます。
いつの間にか一種の支配者となっていた校長にとっては
わかってもらえない悲哀がさぞや高まったことでしょう。
主人公の理解度は高みに登り
校長の心も理解できるまでになっている。
しかし・・・「わかりたくない」という気持ちが生じる。
心が通じ合っても・・・何も解決しないと・・・
主人公は理解してしまっているからです。
これは・・・そういう虚しさを描いた物語。
わかってもらえない人々のなぐさめになるのかどうかは
不明ですが・・・。
季節は先に逝ったものを偲ぶ頃となりました。
ある愛の詩としてのこの物語は残されたものの悲哀を描いてもいるようです。
果たして・・・彼は彼岸で待っているのか・・・。
そういう意味でも・・・この作品は美しく儚い・・・傑作であるとキッドは考えました。
まあ・・・私、悪魔ですので・・・アレですが
投稿: キッド | 2016年3月19日 (土) 16時22分