恋はアナタのおそば(多部未華子)温かいの?冷たいの?(平岩紙)
春の谷間である。
三月の終わりに開花から十日という長めの桜満開宣言である。
老母は夜中にトイレに行き帰りに転んで圧迫骨折を発症した。
迷惑な話である。
誰かの所為で憂鬱な気分になるというのは生きている証拠だ。
人は痛い時に「痛い」と訴えるものだが・・・訴えてもしょうがない時には我慢する。
しかし、認知症の人間は・・・この「痛い」「痛いと言っても痛みは消えない」「声を出せば腹が減るだけ」「痛いと言うのをやめるか」の流れを忘却するわけである。
「痛い」「痛い」「痛い」「誰か助けて」「痛い」「痛い」「痛い」「誰か助けて」・・・果てしなき痛みの主張。
こっちが助けてもらいたいものだ。
ここには「笑い」があるものだが・・・お茶の間向きの「笑い」ではないというのが常識である。
おそらく・・・それは・・・下北沢あたりの地下にある小劇場向きの「笑い」なのだろう。
そもそも・・・そういう「グロテスクな笑い」というものは・・・気持ちの悪いものである。
だが・・・そういう「笑い」を求める人々がいるので・・・ビジネスは成立するのだろう。
そういう「笑い」を追及した人間が・・・その残骸をお茶の間で披露する。
それが・・・そこそこ面白い場合・・・それを人は洗練と呼ぶのだろうか。
で、『松尾スズキアワー「恋はアナタのおそば」前・後篇』(NHK総合201603302255~)脚本・演出・松尾スズキ、振付・パパイヤ鈴木を見た。回り舞台である。緞帳前に司会者風の松尾スズキと赤いドレスの多部未華子が登場し、「頭にハンガーを装着すると首が回転する流行について」の軽い漫談の後に幕開けを告げる。表舞台は歌謡ステージ・ショーのセットでバンドがスタンバイしている。二人はテーマソングを歌い出す。
私はサチコ 地味なOL
何故か そば屋の店長になりました
そば屋のカレーはおいしくて
ミニカレーだけ食べたいの
「そばにあやまれ」
「ごめんなさい」
回り舞台が回転し、そば屋「犬ぞり庵」店内セットが出現する。
ピンク電話で「苦情」を申し立てる脚本家(池津祥子)のみが板付き。
「お宅で買ったハンガーのことで苦情があるんだけど・・・今、頭にはまってるのよ・・・テレビで頭にはめると首が回るって言うんでやってみたの・・・確かに回るのよ・・・でも・・・ハンガーが頭から外れなくなっちゃったのよ・・・今、頭にはまってるの・・・なんとかしてちょうだいよ・・・今、頭にはまってるんだって・・・あ・・・ガチャギリしやがった」
脚本家は渋谷のNHKの裏のそば屋の二階に下宿している。
客を引く声がして・・・住み込みの店員きつね(平岩紙)が体操のお兄さん候補(三宅弘城)を店に連れこむ。
「いらっしゃい」
「何を言ってんだ・・・無理矢理連れこんで・・・俺はNHKの体操のお兄さんのオーディションに行かなきゃならないんだよ」
「温かいのにしますか・・・冷たいのにしますか」
「だから・・・そばなんて食べないよ」
「またまた・・・そんな限りなくそば屋の客に近いブルーのジャージを着て」
「古すぎて元ネタがわかんないんだよ・・・」
「まあまあ・・・おかけになって」
「俺は腰かけない」
「かけ一丁」
「・・・苦しすぎるぞ」
注文に答えてそば職人(村杉蝉之介)が登場し・・・店主が出前に出かけていて不在であることが判る。
キツネは浮浪児だったところを店主に拾われて育ての恩を感じている。
早着替えが終わったヒロインのサチコ(多部未華子)が羊羹を握って登場する。
変態なので・・・舞台裏を妄想してうっとりできればそれで満足なのだった。
「お客様・・・先程は大変ご無礼いたしました」
「あんた誰・・・」と脚本家。
「コールセンターお客様係のものでございます」
「ガチャギリした・・・」
「ガチャギリしたものでございます」
「なんでガチャギリしたの」
「電話が怖いのです」
「それでクレーム処理ができんのかよ」
「向いていないと思い辞表を提出してきました・・・しかし・・・お客様には直接会って謝ろうと思い・・・これは・・・つまらないものですが」
「なんで・・・羊羹がむき出しになってんのよ」
「食べやすいかと思いまして」
「あなた・・・もしや・・・サチコさんでは・・・」ときつね。
「え」
「生まれる前に両親が離別して・・・女手一つで育てられたのでは?」
「ええ」
「ほぼ・・・間違いなく・・・あなたは犬ぞり庵の店主の娘さんです」
「えええ」
「これが・・・三年前に出前でアラスカに向かって消息不明の店主です」
そこには・・・髭を生やした多部未華子の写真があった。
「これが・・・お父さん・・・」
「あなた・・・まるで朝ドラマのヒロインみたいね・・・」と脚本家。
そこへ・・・NHKのドラマのディレクター(皆川猿時)、アシスタント・ディレクター(栗原類)、大女優の大竹しのぶ、ものまね芸人の犬山しのぶ(大竹しのぶ)、車にひかれやすいサチコの上司(松尾スズキ)などがやってきてドタバタ人情悲喜劇を繰り広げるのだった。
歩く死体となった上司が「水木しげる!」と叫んだ時には・・・出演者一同が凍りついたが構わずオンエアーである。
「木枠にあう煎餅」くらいグロテスクなのでほとんどアドリブだったのだろう。
しんみりした話を物干し台でする時はフジファブリックの山内総一郎がギターをつま弾く。
「あなたは何故ここに・・・」
「♪それは聞かない方向で~」
サチコはアシスタント・ディレクターに一目惚れするが・・・アシスタント・ディレクターは脚本家にお熱なのだった。
「え~ん」・・・かわいいよ、多部ちゃん、かわいいよである。
しかし、大竹しのぶが店の常連で・・・メキシコで店主を発見していて・・・携帯電話を買ってあげていたために・・・父と娘は電話で対面を果たす。
「私に・・・嬉しい電話がかかってくるなんて・・・」
電話恐怖症を克服したサチコ・・・大団円である。
まあ・・・ノースリーブの多部未華子が踊って歌えば・・・嫌なことは大体忘れられるということである。
不在の終わりだった。
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コメント
朝ドラ…も禁句っぽかって笑いました。
この舞台ドラマを観るのと同じくらいに大期待して『つばさ』を観たらおいしいところを高畑敦子が持っていってしまうんだものなぁ…。
『鹿男あをによし』と並ぶ多部未華子最高傑作と思えました。
今日から映画も始まっていますね。
ていうか我が家でのコードネーム「ファブリーズ」もアギトの昔から、あと『ぼくが地球を救う』の店員訳も含めて好きなんだなー。白いというキーワードが入って嬉しかったり。
なお私は「頭巾にブラウスにエプロン」でクネクネする多部未華子のことを想いながら、また「千堂あきほ」を思い出し笑いしながら過ごしたのでした。嫌なことが忘れられました(笑)!
投稿: 幻灯機 | 2016年4月 1日 (金) 20時48分
渋谷のNHKの側のそば屋という安い設定が
すでに泣けるのでございます・・・。
多部未華子という稀有な存在が
ここまでのほほんと生き残っていることが
奇跡ですな。
そして・・・常にエロスの神が降臨し続けることも
驚愕の事実でございます。
「東京危機一髪」で桜子隊員(13)がしゃがんで肉まん噛んだ瞬間からな・・・。
「千堂あきほ」もいつの時代だよっ・・・でございましたな。
とにかく・・・毎日、嫌なことはあるので
毎日、コレがあるといいのになあ・・・と思う春爛漫でございました・・・。
投稿: キッド | 2016年4月 2日 (土) 00時23分