すると俺は立ち去る・・・体裁つけて(福山雅治)愛してくれないなら一緒に音楽活動はできません(藤原さくら)弱虫じゃのう(夏帆)つきまとい勝ちじゃ(菅田将暉)
シンプルに分析すると・・・これは「ローマの休日」の焼き直しである。
主人公は新聞記者・・・ヒロインは王女様である。
王室のお姫様と・・・一般市民・・・この階級格差を現代で表現すると・・・やってやれないことはないが・・・現在この国にはリアルで美少女なプリンセスがいるので・・・いろいろとアレなんだよな。
で・・・一応・・・「年の差」で置換されるわけである。
主人公がいくら好きになっても・・・相手は娘ほどの年齢なのだ・・・ということですね。
もちろん・・・現実の世界では年の差は恋の障害としては弱いのでいろいろと付属物がつく。
広島の孤児院(養護施設)育ち・・・というのは一種のロイヤルファミリーなのである。
主人公とヒロインが結ばれないように・・・嘘までつく「幼馴染」は侍従長である。
「母親代わりの親友」は「乳母」で・・・「ボディ・ガード」たちである。
監視の目を緩めて・・・ヒロインをローマの街に解き放つが・・・結局は連れ戻すのだ。
主人公は・・・最初は「特ダネ」という「音楽」目当てで・・・ヒロインと行動を共にするが・・・いつしか・・・恋の虜になる。
ここだ・・・ここが少し・・・換骨奪胎できてなかったな。
主人公が・・・明らかに・・・ヒロインに恋をしてしまっている・・・そういう「心」がお茶の間に伝わらなかったのだ。
だから・・・最後は片道なのである。
主人公は・・・王女に声をかけることさえ許されない。
ただ・・・ロイヤルファミリーを遠くから見て・・・立ち去るだけなのだ。
惜しいけど・・・記者会見場から去る新聞記者の寂寥感は・・・あんなもんじゃないからねえ。
ギターは暴力によって迫害されなかったけれど0円扱いされたのは「お遊び」なんだな。
くりかえしになるが・・・過去の女から・・・今の女に・・・広平の心が乗り替わる瞬間をわかりやすく・・・たとえば夢の相手が変わるとか・・・で描けばこの結論には達しなかったのに・・・。
まあ・・・スターにそういう役をさせるのは・・・いろいろと不自由な問題があるにしてもだ。
で、『ラヴソング・最終回(全10話)』(フジテレビ20160613PM9~)脚本・倉光泰子、演出・西谷弘を見た。「愛の歌」とはなんだろうか。「月9」では「恋愛の歌」であるべきだろう。しかし、世界は何故か「恋愛」にそっぽを向いていると・・・誰かが思いこんでいるわけである。だが・・・「恋愛」は今もそこにあるわけだし・・・今日も誰かが誰かを愛しているのは間違いないと思う。「犯罪」がいつの時代も色褪せない魅力を持っているように・・・「恋愛」も不滅なのだ。しかし、このドラマの「愛の歌」は「男と女のすれ違いの歌」であるらしい。主人公にとっては「歌」が「セックス」なのである。二人で「歌」に熱中したので・・・今さら・・・抱いたり抱かれたりするのは面倒なのだ。つまり、「セックス以上の歌」なのである。一方、ヒロインは「歌がなかろうがあろうが抱いてもらいたいの歌」なのである。抱いてくれないなら歌ってあげないぞ・・・という話だ。不毛だなあ・・・こんな愛の歌・・・喜ぶのは変態だけじゃないか。もっと素直に恋愛を信じるべきじゃないか。
せめて・・・友達と恋人の境界線くらい越えようよ・・・。
まあ・・・なんとなく・・・正体不明のどす黒い怒りが作品世界の裏側にあることを感じるんだなあ・・・それは・・・さくらと真美以外の女たちに共通している何かで・・・妄想はどうしてもその一点に収斂していくのだった。そう考えるといろいろと辻褄が合うんだよなあ。
幻想的な湖の畔・・・桟橋のはずれで・・・神代広平(福山雅治)と佐野さくら(藤原さくら)は二人きりの時間を楽しむ。
「わ・・・私・・・い・・・言いたかったのに言えなかったことを言いたい」
さくらは・・・声を失うかもしれない腫瘍切除の手術を控えている。
「聞こうじゃないの」
「あ・・・ありがとう」
「こちらこそ・・・」
「お・・・音楽ができて・・・う・・・うれしかった」
「お互い様さ」
「せ・・・先生は・・・か・・・かっこいい」
「いいね・・・もっと言って」
「・・・」
広平はギターをつま弾く・・・広平はさくらの歌を要求する。
「他にはないの・・・」
「おやすみなさい・・・」
それは・・・さくらが夢見る広平との愛の暮らしの言葉だ。
「おやすみなさい」
「おはよう」
「おはよう」
「ただいま・・・」
「おかえりなさい・・・」
「いってきます・・・」
「いってらっしゃい・・・」
「・・・さようなら・・・」
「それは大袈裟・・・じゃないかな」
さくらの声を失う恐怖に広平はあわてる・・・。
広平に愛されないさくらは・・・心を閉じかけて・・・もう一度、愛を叫ぼうとする。
二人の愛を阻止するために正装した天野空一(菅田将暉)が割り込む。
「二人とも・・・時間ですよ・・・急いで・・・スタンバイして・・・」
湖の畔で行われている中村真美(夏帆)と野村健太(駿河太郎)の結婚披露宴・・・。
空一の司会で・・・祝辞を述べるさくらが紹介される。
「けけけけ・・・・けけけけ」
ギターを抱えた広平は・・・歌で吃音が解消されるさくらのために・・・伴奏を開始する。
しかし・・・さくらはそれを制する。
「けけけ・・・結婚おめでとうございます・・・ままま真美は気が強くて・・・おっかない人で・・・わわわ私にけけけ結婚式のスピーチという・・・ししし試練を与えました」
「おい・・・少しは褒めろ」と真美。
「ででででも・・・ままま真美は・・・世界で一番優しくて・・・ここここんな私や・・・バカな空一をいいいいつも見守ってくれました」
「馬鹿って・・・ひどい」と空一。
参加者たちは和やかな空気に包まれる。
吃音症は別に恥ずかしいことではないというメッセージ。
それは・・・吃音症を矯正するレッスンに励むこととは別に矛盾しないのである。
どもったっていいし・・・どもらなくってもいい・・・という理想の話だからだ。
「おおおおかげで・・・すすす素晴らしいラヴソングができました」
広平は・・・ようやく・・・さくらが歌ってくれることに喜びを覚える。
さくらは歌い出す・・・さくらと広平のすれ違う気持ちの結晶であるラヴソングを・・・。
広平は・・・さくらの歌声を堪能する。
さくらの歌さえ・・・聞くことができれば・・・他には何もいらない広平だった。
しかし・・・それを恋愛とは認めない・・・大自然は・・・雷鳴を響かせる。
たちまち激しい雨が二人を襲うのだった。
「室内に退避してください・・・」
新郎新婦・・・司会者と神父・・・参加者たちはあわてて席を立つ。
広平も歌手をシートで包むのだった。
さくらと広平の・・・重ならない心・・・重ならない体・・・なのである。
さくらは抱いてもらいたいだけなのに・・・広平は・・・歌姫に対して去勢されている身なのである。
宍戸春乃(新山詩織)を失って以来・・・広平は不能なのだ。
それでもいいと言ってくれる女を・・・広平は求めているのである。
しかし・・・そんな女は・・・あまりいないようだ。
自分が「インポのおっさん」であることを隠した広平は・・・さくらの愛を受けとめることができないのである。
そして・・・人生の幸せなひとときは・・・終わる。
手術の前日・・・耳鼻咽喉科の増村泰造医師(田中哲司)は「手術」の内容をさくらに説明し・・・同意書へのサインを求める。
付き添う空一の横で・・・ペンを持つ手が止まるさくら・・・。
声を失うことへの恐怖と・・・広平の歓心が消えることへの絶望が・・・さくらの心を麻痺させてしまう。
なぜ・・・広平は・・・ここにいないのか・・・。
心と心が通い合ったと感じたのは自分の錯覚だったのか・・・。
さくらの苦悩は深まっていく・・・。
それは・・・愛の苦悩なのである。
幼馴染の空一や・・・真美さえも・・・その苦悩の壁を破ることはできないのだった。
さくらは・・・心をシャットアウトした・・・。
駆けつける広平に・・・空一は愚痴る。
「もう・・・今回は・・・無理です・・・さくらは心の準備が・・・」
「今回を逃せば・・・彼女が声を失う確率が高まるだけだ・・・」
広平にとって・・・さくらの「声」がすべてなのである。
さくらの「声」が失われるのは・・・広平にとって「世界」を失うことに等しい。
広平は病室に飛び込む。
そして・・・さくらと広平の思い出の歌を歌い出す。
「500マイル」を・・・。
広平の歌声に反応するさくら・・・。
広平の愛なしでは・・・生きていけないと思うさくら・・・。
さくらの歌なしでは・・・生きていけないと思う広平・・・。
二人の・・・すれ違う心を・・・歌が繋いでいく・・・。
「汽車の窓に映った夢」
「帰りたい心」
「抑えて・・・抑えて・・・抑えて・・・抑えて・・・抑えて・・・」
何かを諦めなければ生きていけないのだと悟る二人だった。
せつなさに涙が止まらないさくらを・・・優しく抱きしめる・・・広平。
思わず・・・広平の股間に顔をうずめるさくら・・・。
しかし・・・広平の男性器はまるで反応しないのだ。
それほどまでに・・・自分は・・・彼にとって女ではないのか。
ついに・・・さくらは・・・新たな境地にたどり着く。
もう・・・笑うしかないな・・・。
さくらは・・・同意書にサインした。
手術は成功した。
結局・・・さくらの「声」が失われることはなかった。
しかし・・・元通りになるためには・・・訓練が必要となる。
だが・・・広平は楽観していた。
「声」さえ残れば・・・さくらの「歌」は自分のものだという根拠のない自信・・・。
だが・・・手術が成功した時から・・・さくらは決意を固めていた。
彼のために「歌う」のは辛すぎる。
彼が「愛」をくれないのなら・・・自分は「歌」をやらないのだと心に決めたのである。
浮かれて・・・退院祝いのパーティーを準備する仲間たち・・・。
しかし・・・退院したさくらは・・・真美と・・・空一に置手紙を残して姿を消すのだった。
空一には「愛に応えられない」という優しい拒絶。
真美には「広平さんを愛しているので・・・顔を見るのが辛い」という本音だった。
自分に残された言葉がないことに苛立つ広平・・・。
「僕について・・・何か・・・言ってませんでしたか」
「あんたが・・・何も言わんのに・・・どうしてあの子だけが・・・言わんとならんの」
卑怯な広平に頭突きをぶちかます真美である。
気が遠くなりながら・・・広平はつぶやく・・・。
「だって・・・しょうがないじゃないか・・・俺は・・・イ」
さくらが姿を消して・・・言語聴覚士・宍戸夏希(水野美紀)は上機嫌だった。
「結局・・・広平は・・・さくらちゃんのこと・・・恋してたんでしょう」
「・・・恋か・・・」
とにかく・・・広平が誰のものにもならなければ・・・夏希は満足なのである。
たとえ・・・自分のものにならなくても・・・憧れのスターには独身でいてもらいたいのだ。
広平がさくらに夢中だとしても・・・さくらが消息不明なら問題はない。
真美は・・・広平を呼び出した。
「さくらに会ってきました・・・」
「彼女は・・・歌っていましたか」
「どこにいるかとは・・・聞かないのね」
「・・・」
「あなたに伝言があります」
「・・・」
「音楽を続けてくださいって・・・」
「それだけですか」
「それだけです」
もちろん・・・さくらは・・・広平に追いかけてきてもらいたいのである。
みつけてもらうために・・・かくれたのだ。
しかし・・・広平は追いかけない・・・探そうともしない・・・性的不能者だからである。
さくらの性的欲求に応えることはできないのだ・・・。
二年の月日が流れた・・・。
世界的な歌姫・CHERYL(Leola)に楽曲を提供し・・・音楽プロデューサーとしてそれなりの地位を築いた広平・・・。
「月とオートバイ/CHERYL」は大ヒットしたらしい。
「これって・・・結局・・・さくらへのラヴソングでしょう」
歌姫は精神感応力に優れていた。
「あの子の歌・・・今でも五十位くらいにチャート・インしてるわよ・・・二年前の曲なのに凄いロング・ヒットよね」
「・・・」
「あの・・・好きさ好きさ好きさって歌・・・」
「好きよ 好きよ 好きよ・・・です」
「私がカバーしてもいいわよ」
「・・・」
CHERYLのマネージャーが言う。
「そうなると・・・佐野さくらの承諾が要りますよね・・・一応、作詞者だから」
「しかし・・・居場所がわかりません」
「そういうことは・・・こちらで調べますよ」
「もし・・・居場所がわかったら・・・交渉は私にさせてください」
「まあ・・・ストーカーみたいね・・・」
ストーカーではない・・・ただインポなのである。
しかし・・・さくらの歌は聞きたくて聞きたくてたまらない広平だった。
もし・・・さくらに逢えたら・・・愛を打ち明けようと思う広平だった。
「君を愛してる・・・だけど・・・性的不能なんだ」
彼女は呆れるかもしれないが・・・笑って許してくれるかもしれない・・・。
「最近では性的機能障害とか・・・ED(勃起不全)と言うのではなくて」
「言い変えたって実態は同じだ・・・今に始ったことじゃない」
「あんたたち誰だ」
海辺の都市で・・・整備員をしているという情報によって・・・さくらの職場を訪れる広平。
しかし・・・さくらは休暇中だった。
失意の広平は・・・さくらのオートバイとすれ違う。
思わず・・・追いかける広平・・・。
しかし・・・潮風に乗ってさくらの歌声が広平の耳に届く。
恍惚となる広平。
港の広場で・・・さくらはライブを行っていた。
思わず駆け寄ろうとする広平は・・・広島県民が忌み嫌う広島風お好み焼きの屋台を出している空一に気がつく・・・。
事務員の渡辺涼子(山口紗弥加)にキャベツの千切り競争で負けた空一は放浪の果てにさくらと邂逅したらしい。
(馬鹿な男だが・・・性的不能者である自分より・・・さくらに相応しい男だ)
もはや・・・広平には・・・さくらに声をかける勇気は残っていなかった。
広平はレコード会社に連絡する。
「カバーの件はなしだな・・・だって・・・彼女・・・今も歌ってるから・・・」
広平に気がつけば・・・さくらは声をかけたのかもしれない。
広平に気がついたのに・・・彼女は声をかけなかったのかもしれない。
何もかもお茶の間の想像におまかせしますという・・・孤児たちの王宮に背を向けて・・・広平は歩きだす・・・。
仕方なくお茶の間はあらぬことを妄想するしかないのである。
とにかく広平はどこかへ歩いて行く・・・世界で一番愛おしい歌を聞きながら・・・。
世界からは誰かが汚いと感じる言葉が静かに削られていく。
悪い女を罵る「ビッチ」・・・悪い男を罵る「ファック」・・・そして女にとって悪い男を罵る「このインポ野郎」・・・どれも美しい言葉だとうっとりする悪魔を除いて・・・その言葉を惜しむ人はそれほど多くないのだろう。
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