シルエット・ロマンス大作戦(大野智)帰りに牛乳買ってきて(波瑠)
都知事「なんとか粘りたいのだ」
秘書「それは・・・無理です」
都知事「どうしてもか・・・」
秘書「都民いや国民が・・・今夜をすっきりとした気分で迎えたい・・・そう望んでいるのです」
都知事「何故だ・・・」
秘書「今夜は世界一難しい恋の最終回なんですよ」
都知事「そうなのか・・・じゃ・・・仕方ないな」
で、『世界一難しい恋・最終回(全10話)』(日本テレビ20160615PM10~)脚本・金子茂樹、演出・中島悟を見た。ある意味・・・爽快にフィナーレを決めた後で・・・またウジウジし始めるという豪快なのか繊細なのか判別不能なアクロバット展開である。凄いな・・・もう達人の域に達してるのではないか・・・。しかも・・・ゴールしてないじゃないか・・・まあ・・・でも・・・頑張ったよね・・・脚本も社長も・・・。「つづく」でもきっとお茶の間はうれしいよね。
「一歩一歩・・・俺はみささんに歩みよった・・・信じられないほどの勇気じゃないか」
鮫島ホテルズの社長室・・・鮫島零治(大野智)は・・・お母さんのような秘書の村沖舞子(小池栄子)とお父さんのような運転手の石神剋則(杉本哲太)に昨夜の出来事を報告する。
「確認ですが・・・社長は彼女と抱擁しただけなんですか」
「最高にロマンチックだったのに・・・通りすがりの酔っ払いが・・・」
「よ・・・お二人さん・・・うらやましい」
夢から醒めたように・・・身を離す零治とステイゴールドホテルのコンシエルジュである柴山美咲(波瑠)だった。
見つめ合う二人は・・・思わず深々とお辞儀をするのだった。
「まるで・・・柔道家が試合を終えて礼をするように・・・清々しい光景だった」
「おそらく・・・珍妙だったと思われます」
「なぜ・・・思い出を美化することを許さない・・・思い出コンテストがあれば優勝まちがいなしだぞ」
「どんなコンテストですか」
「じゃあ・・・聞こう・・・俺とみささんは今、どんな状態だ」
「わからないんですか?」
「お前の意見を聞くと言っている」
「彼女は・・・社長から贈られた本をうれしく感じて・・・社長に声をかけたのだと思います」
「え・・・そうなの?」
「私もそうだと思います」と運転手。
疑似両親の意見の一致に納得する零治だった。
仕事を終えて帰宅した美咲は「ホテルの経営戦略(改訂版)/デヴィッド・フィリップス」を読んでいた。そして、零治からの電話に応答する。
「夜分遅くすまない・・・少しお時間いただけますか」
「どうぞ・・・」
「君のホテルを予約したい」
「それでしたら・・・直接フロントに・・・」
「いや・・・君が作るホテルを・・・」
「そんな・・・まだいつできるのかも未定です」
「俺は君の夢を応援するって決めた・・・一度・・・その土地を見せてもらえないだろうか」
美咲は承諾した。
零治はストーカーから交際相手に返り咲いたのだ。
ライトグリーンのミニクーパーに乗って待ち合わせ場所にやってくる零治。
美咲は赤と白のボーダーを着こんでいて・・・零治は青とグリーンのボーダーである。
期せずしてパカップルのペアルックになっている二人だった。
「君とドライブするのは久しぶりだな」
「前の時はお仕事だったじゃないですか」
「君が一緒で・・・心強かった・・・契約も上手く行ったし・・・」
「ありがとうございます・・・」
美咲の祖父の残した土地に到着する二人。
「素晴らしいロケーションじゃないか」
「ここへ・・・誰かを連れてきたのは初めてです・・・」
「・・・そうなのか」
「自分の部屋を見られるみたいで・・・照れくさい気持ちがします」
「お邪魔していいか」
「はい・・・」
「お邪魔します・・・」
ホテル建設予定地の草むしりを始める零治。
「何をなさっているんですか」
「草むしりだ」
「すぐ・・・伸びてしまいますよ」
「君の夢をイメージするために・・・キャンパスを白く塗りたい・・・」
美咲は一緒に除草を開始する。基本的に業者に頼んで定期的に除草しているわけだが。
「・・・」
「しりとりでもしようか」
「え」
「いや・・・なんでもない」
「レミゼラブル」
「しりとり偏差値高いな・・・ルミノール反応」
「犯罪捜査ですか・・・ウインストン・チャーチル」
「ル攻めか・・・ルクセンブルク」
「くちびる」
その言葉に思わず反応する零治。
「ルービックキューブ」
「武士道」
「ウコンエキス」
「スマホ」
「ホッチキス」
「砂場」
「梅肉エキス」
「キスばかりですね・・・」
「偶然だ・・・心がキスを望んでいるのかもしれない」
「そんなこと言っても絶対しませんよ」
「しないとも・・・するわけがない」
「スリランカ」
「カナダ」
「大英帝国」
「くちづけ」
「警戒態勢」
「いさなみすやお」
「汚名返上」
「ウルグアイ」
「いさなみしほ」
「本音」
「寝癖」
「接吻・・・あ・・・」
突然、黙り込む二人・・・。
無我夢中で唇から特攻する零治だった。
唇を奪われて思わず尻もちをつく美咲。
慄き倒れる零治。
見つめ合う二人・・・。
夢を見たがるヒロインと・・・恋心盗まれた主人公はたちあがり・・・よりそって・・・だきしめあって・・・シルエットになってロマンチックなキスをするのだった。
由緒正しい逆光影法師・・・。
ゴールである。
フィナーレである。
クライマックスである。
しかし・・・本題はここからなんだな。
「運転お疲れさまでした」
いつか・・・渡せなかった花束を・・・今度は渡せた零治。
「おみやげにどうぞ・・・」
「まあ・・・」
成し遂げた零治は・・・慌てふためいてワイパーでバックで急発進なのだった。
そんな零治を微笑んで手を振って見送る美咲だった。
二人はらせんを描いて・・・はるかな恋愛の高みへと登りだすのだ。
お茶の間のニヤニヤはもう全開なのである。
しりとりは言葉尻をとらえるゲームなのであり、ある意味で追いかけっこなのだ。
「ん」がついたら罰ゲームであり、零治にとって最大の罰は「好きな人にキスすること」なのである。
小学生で庭園に池を造成し、語学も堪能なスーパー・ビジネスマンである零治と生まれた時から学級委員で才気煥発な美咲だけに許された高度な前戯なのである。危険なほどに再現してしまったのでもう絶賛するしかありません。
毎回、最終回のようなピークに次ぐピークを征服する二人・・・稜線に沿って登頂を繰り返しているのでいつ滑落するかわからないスリルに満ちているのだった・・・。
ちなみに主人公の演技プランは喜怒哀楽がすべて顔に出るというもので・・・ヒロインは些少コントロールができる感じである。
つまり・・・主人公のビジネスモードでは・・・つねに「怒」しかない。
ここに・・・美咲が来てからの・・・「喜怒哀楽」が加わることで・・・主人公は特に無表情に近い「怒」とエクスタシーに近い「喜」を激しく往復し・・・「ユーモア」を形成するのだ。
一方・・・政治家である学級委員は・・・「クラスメート」というよりも「猛獣」に近い主人公の調教を決意し・・・ここからはアメとムチを使い分けていくのである。
二人のタブーでもある「零治にとっての禁断の果実・・・くちびる」を提示するのは美咲だ。
「五秒ルール」を導入して追い込んでいくのも美咲。
キスのことで頭がいっぱいになった零治に「私からはキスしない」と宣言する美咲。
零治にとって親しみのある世界の国名のやりとりの後で「くちづけ」というアクションを起こさせる美咲。
煽りつつ・・・自分は難攻不落であることを匂わせ・・・零治の闘志をかきたてるのだ。
そして・・・二人の愛のヴァーチャル夫婦・・・「いさなみ夫妻」を経由して・・・ついに「接吻」でチェックメイトである。
「つかまえてごらんなさい・・・ホホホ」
「こいつめ」
爆発してしまえ・・・なのである。
こうして、ファーストキッスの長い旅は終わったのだった。
零治は破瓜した乙女のように涙するのだ。
そして・・・失われたいさなみ先生のピースがソファから発見される。
零治は愛を取り戻したのである。
《今日はありがとうございました・・・いさなみしほ》
美咲からのメールで昇天する零治なのだ。
たたみかける展開。
「みさき定食でも食べようか」
「そんなお魚あるんですか」
「いさきだった・・・間違えちゃった」
定食屋から銭湯コースである。
銭湯代は零治のおごりだ。
番台の女将も祝福である。
そして・・・浴槽の親父責めの後で牛乳で乾杯だ。
ああ・・・バカップルだ・・・パカップルがここにいるのでみんなニヤニヤしてくださいだ。
そして「彼女の家にお泊まり」である。
期待に胸は高鳴り、消灯だ。
美咲もモリモリだ。
そして・・・テレビではお見せできない合体終了である。
ターゲット フルスピード トゥーマンス
零治はやる時にはやる男なのだ。
そして・・・ついにやり遂げた男の・・・朝の顔披露である。
あんなことやこんなことを思い出すだけで24時間が経過してしまう至福の一日。
「社長、そろそろお仕事なさってください」と有能な秘書が笛を吹くのだった。
「ようやく・・・登頂に成功したんだ・・・旗を立てるくらいいいじゃないか」
「高尾山に登って旗を立てる人はいません」
「俺にとっては冬の富士山くらい険しかったぞ」
「山というか・・・ジャングルジムに登ったようなものです」
「公園かっ」
「社長はもう・・・三十五歳なんですよ・・・彼女と一夜を過ごしたくらいで喜んでいる場合ではありません」
「俺は喜ぶのも秘書に指図されるのか・・・じゃあ、喜びに値することってなんだよ」
「結婚です」
「けっ・・・」
気絶する零治だった。
「お気を確かに・・・」
「恋愛と結婚はまったく別の話だろう」
「すると・・・彼女と結婚したくはないのですか」
「けっ・・・」
気絶する零治だった。
「和田さんがお見えです」
「何・・・」
ステイゴールドホテルの和田社長(北村一輝)が交際相手のリリコ(中村アン)を伴ってやってきた!
「和田社長・・・」
社長室企画戦略部一同は赤い彗星の登場に「逃げろーっ」と叫びたい気分である。
ただ・・・かねてから・・・密会を続けている白浜吾郎部長(丸山智己)は別だ。
月並なドラマなら会社乗っ取りなどの陰謀の伏線だが・・・。
伏線は伏線でも・・・あっと驚く同性愛展開である。
「じつは・・・結婚することにしたんだ・・・そこで鮫島ホテルズの実力を見せてもらおうかと思ってね」
和田社長がリリコと結婚するという事実を知って・・・腰が抜ける白浜部長。
その意味をニュータイプの洞察力で感知する堀まひろ(清水富美加)だった。
「同性愛キターッ!・・・同時に私の恋も木端微塵キターッ!」
社長の真意を酌むことで鍛え上げられた音無部長代理(三宅弘城)を始めとする社長室員一同も事態を把握する。
もちろん・・・三浦家康(小瀧望)は員数外である。
白浜部長は・・・学生時代に・・・コンパの罰ゲームで和田先輩とキスして以来二十年・・・片思いをしていたのである。
和田の色事師力・・・恐るべしだった・・・。
しかし・・・それはちょっとした路地裏の出来事なのである。
社長室の零治と和田社長。
「君の新しいホテルで記念に結婚してあげようと思ってね」
「残念だが・・・すでに予約が入っている」
「なんということだ・・・一撃でお断りか・・・」
「私が彼女と結婚するのです」
「ほお・・・」
「しかし・・・まだ・・・あくまで予定なので・・・このことは御内密に・・・」
「私もよくよく運のない男だ」
あっさり退場するシャアではなく和田社長だったが・・・秘書を口説くのも忘れない。
「君がその気なら・・・婚約は解消する」
「彼女を幸せにしてあげてください」
なにしろ・・・不倫の方が本領を発揮するタイプの秘書なのである。
しかし・・・それもまた裏通りの物語なのである。
ちなみに・・・秘書は家康とも・・・意味ありげなシーンを垣間見せるが・・・それはもうマンホールの下のような話だ。
すべてはホワイトベースの周囲を漂う宇宙塵のようなものなのだ・・・もう、いいか。
「和田社長への対抗心で・・・あんなことをおっしゃってよろしいのですか」
「そういうことではない・・・結婚も人生には不可欠な要素だ・・・」
零治の言葉を・・・何一つ信じないお茶の間だった・・・。
美咲とまひろのガールズ・トークのコーナー!
「まさか・・・私としたことが・・・ソレに気がつかないなんて」
「恋は盲目だからねえ」
「最初から・・・独身貴族にはそれなりの理由があると・・・わかっていたはずなのに」
「自分のこととなるとね」
「あーっ」
部長と部長代理のボーイズ・トークのコーナー!
「別に男が好きなわけではなかった・・・・」
「そうなんですか」
「でも・・・彼は特別だったの・・・」
「部長は隙のないエリートだと思っていたのに・・・かわいそうな人だったんですね」
「うん・・・そうなの」
部長に身を預けられ思わず叫ぶ部長代理・・・。
「ええええええ」
ちなみに・・・ここは・・・まひろにもワンチャンスありの伏線です。
ここまで・・・ずっと張っていた秘密の暴露・・・一種の保険ですが・・・使う必要のなかった本筋の充実度の証明とも言えますね。
部長の恋もまた世界一難しい恋・・・まひろの恋もまた世界一難しい恋なのだった・・・。
「彼女に結婚を申し込むことができるのですか」
「俺に不可能はない」
しかし・・・社長のすべてを把握している秘書は・・・次の試練を提示するのだった。
「それでは・・・同棲をしてみたらいかがでしょうか」
「同棲・・・」
「そうです・・・彼女と一緒に暮らしてみれば・・・お互いのいろいろなことが分かるというものです・・・旅という手もありますが・・・もう最終回なのであまりモタモタできません」
「それは・・・朝、目覚めるとみささんがいて・・・夜、眠る時もみささんがいるということか」
「もちろんです」
あまりの幸福感に気絶する零治だった。
「社長・・・社長は家族以外の誰かと寝泊まりした経験はおありですか」
「修学旅行は・・・入るのか」
「問題外です」
「一泊したぞ・・・」
「つまり・・・彼女とだけ・・・なんですね」
「・・・」
「それで・・・大丈夫なんですか」
「結婚がチョモランマとすれば・・・同棲はベースキャンプだ・・・頂上にアタックするためにはベースキャンプで高高度のトレーニングをする必要はあるな・・・むしろ・・・合理的な手順だ」
零治は決意を秘めて・・・「その件」を切りだすのだった。
「君の部屋は築何年だ・・・」
「四十年ですけど・・・」
「関東では・・・震災の危機がある・・・よかったら・・・家で一緒に暮らさないか」
「同棲ということですか・・・」
「そうすれば家賃の分だけ・・・君の夢の実現に一歩近づくじゃないか」
「・・・お話はとてもうれしいのですが・・・もう少し・・・ゆっくりと話を進めませんか・・・私たち・・・早急すぎて・・・一度失敗していますから・・・」
「・・・そうか・・・」
美咲の柔らかな拒絶に立ちすくむ零治だった。
零治は運転手に心情を吐露するのだった。
「同棲を拒否するもなにも・・・彼女は私の部屋に来るのを拒んでいるような気がする」
「それは・・・やはり・・・ベッドの件でしょうか」
「それだ・・・お前が悪い」
「私はお止めしました・・・」
「いや・・・最後はいけると言った」
「・・・」
「何もかもお前のせいだ」
「社長ーーーーーーーっ」
モヤモヤをトレーニングで解消しようとする零治。
ジムにはなぜか・・・零治の父親の幸蔵(小堺一機)がいた。
「なぜ・・・ここに」
「家康くんに呼び出されて・・・合コンに欠員が出たからって・・・」
「そのために・・・伊豆から・・・」
「私も・・・再婚するならそろそろ・・・婚活をしないと」
「するなっ」
幸蔵を強制的に連れ帰る零治・・・。
「あれ・・・ベッドは・・・すてたの」
爆心地は更地になっていた。
あれほど・・・疎遠だった父親と・・・なんとか接することができるようになったのも・・・美咲のおかげであると・・・零治にもお茶の間にも暗示するシーン。
「そうそう・・・美咲ちゃんと連絡とれるかな・・・ピクルス持って来たんだけど」
「俺から・・・渡しておくよ」
「それじゃあ・・・頼むね」
父親の取り出した手作りピクルスの瓶を見て閃く零治だった。
《父がピクルスをみささんに食べさせたいそうです・・・いつ渡せますか》
《お父様がいらしているなら・・・ご挨拶したいのですけれど・・・これからよろしいですか》
零治の頭に鳴り響くファンファーレ!
(釣れた~)のであった。
父と零治と美咲・・・三人で囲む食卓・・・。
「美味しい」
「喜んでくれてありがとう」
美咲の笑顔にうっとりとする零治だった。
「れいさんも食べてみなさいよ」
「零治はあまり好きではないんだよ」
「そんなことはない・・・美味しい」
「ほら・・・食べず嫌いなんだから・・・」
しかし・・・ひきとめても帰宅してしまう美咲だった。
喜びもつかの間である。
「なぜだ・・・」と社長室で苛立つ零治。
「それは・・・幸蔵さんとの親子水入らずを尊重してくれたのでしょう」と秘書。
「しかし・・・親父がいれば・・・彼女が来てくれるんだ」
「そういえば・・・彼女は・・・幸蔵さんのおそばも食べたがっていました」
「それだ・・・」
《親父がみささんにそばを食べさせたいと・・・》
《今夜・・・遅くなってもよければ・・・》
(釣れた~)のであった。
「伊豆に行って・・・親父と蕎麦粉と蕎麦打ち道具一式を東京に持ち帰ってくれ」と運転手に命じる零治である。
この画策癖・・・明らかに間違った方向への暴走に手に汗握るお茶の間だった・・・。
そして・・・何故か御相伴に与る・・・チキン持参の家康くんである。
「いや・・・チキンはあわないと思うよ」と運転手。
当然、秘書も同席である。
美咲も到着して和やかな会食開始・・・。
「美味しい・・・」
自分の部屋で蕎麦を食べる美咲にうっとりの零治。
「美咲ちゃん・・・可愛いなあ」と暴言を吐く家康の口にチキンをねじ入れる零治だった。
そして・・・なんとか・・・美咲を引きとめる零治。
「父がみささんと話したがっていた」
「もう・・・お休みみたいですけど」
「目が覚めて・・・みささんがいなかったら・・・父がさみしがる」
「・・・」
そして・・・幸蔵を挟んで川の字で就寝の・・・三人だった。
美咲は・・・事態を把握するのである。
しかし・・・暴走中の零治には・・・美咲の心は見えないのだった。
目覚めれば早番出勤の美咲の姿はない。
「親父・・・一緒に住んでくれないか」
「え」
「俺が・・・親父に何か頼んだことあったかな」
「いや」
「頼むよ・・・」
「お前がそこまで言うのなら・・・」
「じゃ・・・今日からよろしく」
「今日から・・・?」
そして・・・零治が展開する・・・父親の具合が悪いから・・・看病してほしい作戦・・・。
「ゲホゲホ・・・」
「親父が・・・急に・・・具合が悪くなって」
「私・・・零治さんの言葉を信じていいんですよね」
すべてを見抜いた美咲の一撃である。
「いや・・・思ったより・・・酷くはないんだ・・・」
「・・・そうですか」
撤退である。
「私のせいかな・・・」
「親父のせいじゃないよ」
「いや・・・お前にも私の血が半分流れているから・・・」
「え」
「私の女の扱いの下手さが・・・お前にも遺伝しているのではないか・・・と思ってね」
「そんなことない・・・俺は女の扱いくらい・・・心得ている」
「そうかい」
「そうだよ」
微笑み合う・・・似たもの父子だった。
幸蔵は伊豆に強制送還された・・・。
「お話があります」と美咲が零治の部屋にやってくるのだった。
おもてなしの体制を整える零治・・・。
別れの予感に緊張感の高まるお茶の間である。
「私は・・・れいさんと一緒に暮らすのがこわいのです」
「え」
「れいさんは思い通りにならないと・・・出ていけと言うから・・・」
「ええ」
「引っ越してきて・・・そう言われたら・・・私は家なき子に・・・」
「そんなこと・・・俺が言うわけはない・・・」
「二回も言ったじゃないですか・・・私を解雇して出ていけと・・・それから再就職した私に・・・神奈川県から出ていけと・・・」
「・・・」
「あの時は・・・私にもいたらぬことはありました・・・だから・・・今度はゆっくりとお互いを知ってから・・・暮らしたいと思ったのです」
「あの時の俺と・・・今の俺は違う・・・」
「なにがですか」
「自分の言ったことで・・・どれだけ・・・人を傷つけてしまったか・・・思い知った・・・そして・・・大切なものを壊してしまうことの恐ろしさも・・・君といると・・・俺は変になってしまう・・・だけど・・・もっともっと変わりたい・・・変わらなくちゃと思うんだ」
「・・・」
「ゲーテの言葉は間違っていると思う」
「?」
「相手の欠点を受け入れなくては本当の愛ではないなんて・・・独りよがりだ・・・本当に愛しているなら相手のために自分の欠点を改めなくてはいけないと俺は思うんだ」
二人は合意に達した。
零治と美咲の夢の同棲生活がスタートしたのである。
数日後・・・美咲の私物は・・・零治の部屋に搬入され・・・朝食を甲斐甲斐しく作る美咲にまとわりつく零治のバカップルモードが炸裂する。
「ミソスープか」
「もうすぐ・・・ごはんですよ・・・着替えてきてください」
「トーフだ・・・ネギだ・・・」
裸エプロンまでもう一歩だな・・・絶対にないぞ。
新婚さんいらっしゃいモードの朝食風景・・・。
美咲の笑顔が満開である。
浮き立つ零治・・・しかし・・・。
「まさか・・・こんな問題が浮上するとは・・・」と社長室の零治。
「彼女はお料理が得意だったのでは・・・」と秘書。
「いつも・・・ご馳走しか食べていなかったのでスタンダードな料理が盲点になっていた」
「?」
「ごはんが柔らかいんだ・・・目玉焼きはミディアムだし・・・俺はごはん固め、目玉焼きレアが好みだ」
「それならそうとおっしゃればいいじゃないですか」
「俺は・・・みささんに変わるって誓ったんだ・・・そんなことできるか」
いや・・・それは別に好みの問題だからな・・・。
調整可能だ・・・などという一般論は零治の辞書にはないのである。
靴下のたたみ方・・・食器洗浄のペース・・・細かいことが・・・零治とは違う美咲である。
「納豆は・・・かき混ぜてから醤油だろう」
「出汁は削り節じゃないといやだと言って離婚された方もいるそうですからね」
「・・・」
「同棲解消の恐怖」に戦慄する零治である。
「バスタオルは一度じゃ洗濯しないだろう」
「それは・・・社長・・・一人暮らしならアレですが・・・ホテルでそれをやったらどうなると思いますか」
「う」
不満をため込み・・・鬱屈していく零治。
「ただいま」
先に帰宅した零治は・・・流しに洗いものが残っているのに絶望する。
「ただいま・・・」
「うん・・・」
敏感な美咲は・・・零治の心中に何かが生じているのを察しているのである。
「何か・・・我慢していますよね」
「そんなことはないさ」
「正直に言ってください」
「してる・・・我慢しまくってる」
「私・・・やはり・・・家に戻りましょうか」
緊急事態に備えて・・・解約していない美咲なのだった。
「そんなことをする必要はない・・・俺は我慢できる」
「でも・・・どんどんれいさんが不機嫌になっていくので・・・私が辛いのです」
「それでは・・・なるべく不機嫌さを悟られないようにする」
「そこまでして・・・一緒に暮らす必要はないのでは」
「そこまでしても一緒に暮らしたいのだ」
「一体・・・一緒に暮らすメリットは何ですか」
「恋人たちが一緒に暮らす話をしているのに・・・メリットなどという冷たい言葉を使うなんて・・・」
「すみません・・・メリットと言う言葉が冷たいという感覚はありませんでした」
「うわあ・・・感覚か・・・好みだけでなく・・・感覚も・・・」
「なんのことですか」
「私は変わってみせると誓ったんだ・・・」
「しかし・・・不満があるのなら言ってくれなければわかりません」
「思ったことを言えば出て行くかもしれないし・・・言わなくても出て行くという・・・俺はどうすればいいんだ」
「極端なんですよ・・・一緒に暮らしているのに本音で話せないのでは困ります」
「じゃあ・・・もし・・・俺が不満をぶちまけても出て行かないと約束してくれるか」
「・・・わかりました・・・何を言われても出ていかないと誓います」
もう・・・面倒くさい男の極みである。
しかし・・・美咲は・・・すでに調教モードなのだった。
「まず・・・話し方だ・・・いつまでたっても敬語じゃないか・・・もう少しフレンドリーじゃないと・・・俺の心は傷ついて荒んでしまう・・・」
「わかった・・・これからは敬語はなしだ・・・これでいいか」
「いや・・・それはちょっと・・・学級委員の匂いが強すぎて・・・なんか違う・・・入門編って言うか・・・敬語10にタメ口1くらいの割合でおためししてみたい・・・」
「はいはい・・・わかりました」
二人の人間がいれば・・・どちらかが大人になるしかないのが人間関係というものなのである。
「君はごはんは柔らかめが好きなんだよな」
「そんなことはありません・・・いつもの炊飯器ではないので・・・勝手が違うだけですよ」
「そうなのか」
「ほら・・・話し合えばなんでもないこともあるじゃないですか」
「しかし・・・目玉焼きはミディアムなんだろう」
「私はそうですが・・・れいさんが半熟がすきならば・・・半熟にしますよ・・・とろっと」
「とろっとか」
問題が解消する度に笑顔がこぼれる二人・・・。
「簡単なことです」
「君は靴下を全部たたみこむが・・・折り返すのは上の部分だけでいい」
「じゃあ自分でやれ」
「え」
「タメ口を混ぜてみました」
「嘘だ・・・今のは意図的だったろう・・・じゃあ・・・食器の洗いものを俺が勝手にしても怒らないか」
「もちろんです」
「よし・・・俺も君がすぐに洗わなくても文句は言わない」
「だったら・・・零治さんが洗ってくれてもいいですよ・・・零治さん・・・私より上手ですし、水の節約にもなります」
「いいのか・・・じゃ・・・俺は今日から食器洗い係だ」
「よろしくお願いします」
零治を操縦するコツを掴んだ感じの美咲の表情が抜群である。
「そろそろお腹がすきませんか」
「うん」
「何食べたい?」
「あ・・・今の・・・いい・・・そういうのもっと頂戴」
「じゃあ・・・手伝え」
「いや・・・それはちょっと」
「私がおかずを作りますから・・・れいさん、ご飯を炊いてください」
「固く炊いてもいいのか」
「いいですよ」
「お米を研ぐのは時計回りか・・・反対回りか」
「どっちでもいいですよ・・・」
美咲は手早くカレイの煮つけを仕上げる。
カレイとヒラメの違いを語りはじめる零治。
団欒が始った。
美咲は零治好みの靴下のたたみ方をサービスするのだった・・・。
靴下を宝物のように抱く零治・・・。
こうして・・・零治は飼いならされた。
名作誕生である。
一年後・・・「鮫島ホテルズ東京」のレストラン「五助」で結婚式を挙げたのは・・・和田社長と新婦リリコだった。
零治と美咲のその後が気になるお茶の間だが・・・零治は鮫島ホテルズ社長として・・・ステイゴールドホテルの新社長と主賓席に着いている。
美咲は・・・ステイゴールドホテルの従業員の席である。
「鮫島くんは世界一のホテルを目指して頑張ったが・・・弟の引き継いだステイゴールドホテルが六年連続の世界一を達成してしまった・・・ビジネスでも恋愛でも・・・私を師と仰いで精進してもらいたい」
新郎の自由なスピーチにムカムカする零治。
しかし・・・仕事のために退席する零治を美咲は優しく見送るのだった。
「気をつけて」
「心配ない」
ちなみに・・・友達から始った部長とまひろの交際は・・・謎の男女関係に到達したらしい。
そして・・・家康が就職できた理由は最期までミラクル《三浦来る~》な謎となった。
零治は・・・ニュースキャスターの櫻井翔(櫻井翔)のインタビューを受けるのだった。
「ZERO~」である。
「Vanguard・・・それは前衛・・・社訓を変更されたとか」
「ターゲット・フルスピード・トゥーマンス・withラブ」
「それは・・・」
「どのような目標も・・・愛なしで達成しても無意味です」
「なるほど・・・」
秘書は社長とキャスターにツーショット写真をお願いする。
「櫻井くんは・・・君のことを素敵な人だと言ってたぞ」と囁く零治。
「本当ですか」
「冗談に決まっているだろう・・・この身の程知らずが」
「・・・」
勝ち誇る零治だった。
そして・・・社長秘書運転手トリオを乗せた車は家路に着く。
「美咲さんも・・・そろそろ・・・結婚したいのではないでしょうか」と運転手。
「まあ・・・私のタイミングしだいだ」
「本当ですか」と秘書。
「彼女は・・・今頃、三つ指ついて俺を待っている」
そこへ・・・エプロン姿の美咲から着信がある。
「帰りに牛乳買ってきて・・・日付をちゃんと見てね・・・それからサラダ油もお願いします」
「はい・・・」
「彼女は器用ですねえ・・・三つ指ついて電話してくるなんて」
「どちらかにお寄りしますか」
「喉がかわいたな・・・牛乳でも買っていくか」
「畏まりました」
笑顔で満ちる車内。
そして・・・尻に敷かれた男の愉快な人生が続いて行く。
関連するキッドのブログ→第9話のレビュー
つまり・・・十年に一度の傑作ラブコメなんだな→結婚できない男
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コメント
キッド様、お邪魔します
「結婚できない男」は、きっかり十年前の作品だったのですね!うわー、すごい!
最終回レビューお疲れ様でございました。嬉しくて何度も読みました
まさか、9話の繊細な抱擁を、零治が自画自賛するとは…
二人が清々しい礼をした瞬間、私も金子茂樹さんに礼をしましたよ。こんなにオモシロい人だったなんて。
美咲の「我慢してませんか」から、零治が靴下をギューするまでのシーンは、私の乏しい視聴歴では屈指の名場面でした。
欠けていたスヤオのピースが見つかってましたけど、零治はずっとシホを待っていたはずなのに…実は不在だったのはスヤオだったという事でしょうか。
プロデューサーが、男目線のラブコメを、とオファーしたそうですが、私もレイさん目線になってしまい、最終回は美咲の言葉にいちいちキュンときました。
ラストシーンは、美咲に玄関で「おかえり♪」と言って欲しかったですが、そんな事になればたぶん私がキュン死したと思います(どういう事だ)。
ファンとしては大野君のいろんな表情が見れて幸せでした!
キッド様、不眠&悪夢は解消されましたか?梅雨の季節は低気圧になりますから、頭痛などにもお気を付け下さいね
投稿: なつ | 2016年6月18日 (土) 01時26分
カイブツクンノトモダチハ?~なつ様、いらっしゃいませ~ヒロシクンデス
キッドの体調まで御心配いただきありがとうこざいます。
四月の終盤から五月にかけて
変則的なスケジュールになったので
少し不安定になっただけで御心配にはおよびません。
そもそも悪魔ですので・・・。
夜眠れなければ昼眠りますし
悪夢は趣味のようなものですので・・・。
零治は・・・魔王のようにスタイリッシュで
怪物くんのように偏屈で
死神くんのようにコミカル・・・。
彼の集大成のような役を
脚本家が作り上げたということでしょうか。
キッドは「うたばん」で司会者にいじられていた頃の
嵐のリーダーとしての彼を彷彿としました。
ヒロインとして・・・朝ドラマで超メジャーとなった
彼女を迎え・・・
「彼と彼女の愛の物語」は
恙無く生み出されていった模様です。
いくら脚本がよくても
彼と彼女がはまらなければ
成立しないのが
十年に一度の傑作というものですからね。
すべてが終わった後で
どの回を抜きだしてみても
ニヤニヤできる・・・これが絶対水準でございます。
だがら初回を見終わった後で
ニヤニヤできる手応えを感じたわけです。
まあ・・・彼を愛する皆さんは
手に汗握って見守ったかもしれませんが
終わってみれば彼への愛おしさは
倍増したものと確信しております。
ラブコメというジャンルに限定すれば
21世紀になってこの高みに達したのは
帝国史上唯一無二でございますからねえ。
とにかく・・・彼と彼女のすべてを
いつまでも見守っていたいと思えるドラマは
滅多にあるものではありませんからね。
もちろん「ラブストーリー」には
肩を並べる傑作はいくつもありますが・・・
「結婚できない男」に匹敵するラブコメとなると
これ以外には思い浮かばないのでございます。
とにかく・・・彼女が
扉の向こうで待っている家を
彼が目指していく・・・。
その姿こそが幸せの結晶だと考えます。
そんな美しいものが・・・この世にはあるのですな。
投稿: キッド | 2016年6月18日 (土) 18時46分