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2016年8月11日 (木)

ホームレス女子高校生(北川景子)天使のように美しく悪魔のように恐ろしい(工藤阿須加)ジャンボ餃子焼売ぎっしり弁当に怠惰をこめて(イモトアヤコ)

売って売って売りまくるだけ・・・これほど「営業」に力をいれたドラマは意外に珍しいのではないか。

もちろん・・・ありえない営業力が展開されるわけだが・・・個々の物件にそれなりにドラマがあり面白おかしいわけである。

犯罪者を面白おかしく逮捕する刑事ドラマや患者を面白おかしく治療する医療ドラマではありふれた手法とはいえ・・・なんだか新鮮な気分になる。

お仕事ドラマのほとんどが・・・なんとなくやってます的な空気になるのに・・・これは主人公が刑事や医者のように丹念に仕事をするわけである。

もちろん・・・それだけの実力を供えたベテラン作家の創作力かあってのことなんだなあ。

「家売るオンナ」12.4%↘10.1%↗12.8%↘12.4%と夏ドラマで唯一のフタケタ推移も納得なんだな。

嵐のような五輪中継の中だけに大健闘だよな。

レビューを書く時間も柔道とサッカーと卓球の中を漂流しているぞ。

とかなんとか言っている間にも女子70キロ級で田知本遥が金メダル!

男子柔道90キロ級でベイカー茉秋が金メダル!

体操男子個人総合で内村航平が連覇で金メダル!

田知本選手の表彰式でアナウンサーが「国旗が掲揚され日の丸が流れます」と実況していたがな。

流れるのは「国歌」で「君が代」だぞ。

ラグビー7人制男子もフランスを12-7で撃破してベスト4に進出!

いつ・・・眠ればいいのだ・・・。

で、『家売るオンナ・第5回』(日本テレビ20160810PM10~)脚本・大石静、演出・猪股隆一を見た。テーコー不動産株式会社・・・新宿営業所売買営業課の屋代課長(仲村トオル)は人事移動で同期にかなり抜かれたらしい。布施誠(梶原善)の話ではかっては「トップだった」らしいので・・・管理職に向いてないのかもしれない。そして・・・その責任は「売上ゼロ記録を更新中」の白州美加(イモトアヤコ)にあるらしい・・・。

だったら・・・お前がなんとかしろ・・・という話である。

しかし・・・コンプライアンスを気にして・・・「時代が違う」が口癖の屋代課長はまったく指導力を発揮しないのだった。

「白洲美加は辞めさせたらいいと思います」

ストレートな営業チーフ・三軒家万智(北川景子)だった。

ブラック課長にはなりたくない屋代課長は蒼ざめる。

「チーフが・・・指導してやってよ」と助け舟を出すベテラン布施。

「私のやり方に口をはさまないと約束していただけますか?」

「サンドイッチマンはダメだよ」

「それが口をはさむと言うことです」

前回、泥酔中に三軒家にキスしてしまった屋代課長は・・・見つめられるとたじろぐのである。

三軒家と屋代課長のタクシーの中でのキスを目撃してしまった先月の売上がゼロの庭野聖司(工藤阿須加)は・・・最近、三軒家を見るだけで動悸が激しくなるのだった。

それは心の病気か・・・それとも恋なのか・・・。

謎に満ちた展開なのだった。

そして三軒家チーフの登場までエースだった・・・マダムキラーの足立聡(千葉雄大)は微笑王子から・・・暗黒王子へと変貌を遂げる予感である。

三軒家 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

足 立  ☆☆☆

営業成績表が足立を闇へと誘うのだ。

三軒家のシラスミカへの教育的指導が開始される。

築30年超えの木造モルタルアパート群へのチラシのポスティングである。

例によって・・・やる気を見せないシラスミカ。

お茶の間では即刻解雇の大合唱だが・・・一部お茶の間は「そんなに無理強いしなくても」と擁護するのだった・・・お前も給料泥棒かっ。

チラシの物件は「キャビネットコート永田町708号室」である。

シラスミカのスマホにセールスポイントを叩きこむ三軒家である。

「各政党の本部、議員会館がある永田町だから治安がいい。エントランスにICカードロック。24時間監視システムでセキュリティー抜群。女性の一人暮らしも安心。徒歩圏内に地下鉄の駅が四つあり、6路線が利用可能という交通の便」

「・・・」

三軒家の脳内に蓄積された情報量に唖然とする一同である。

「木造モルタルのアパートに住んでいる人には高級すぎますよ・・・買う人なんかいません」

「お前の意見は必要ない。ゴーッ!」

「ゴーッ!」と課長も三軒家に従うのだった。

「ひどい・・・」

泣きながら逃げ出すシラスミカだった。

「チラシ置いて行っちゃいましたけど」と事務員の室田まどか(新木優子)・・・。

「足立」

「僕ですか」

「ゴーッ!」

「はいっ」

屈辱感を抱きながらシラスミカを追いかける足立である。

今回、庭野が担当するのはフリージャーナリストの日向詩文(ともさかりえ)・・・。

週刊誌「ファクト」と専属契約を結ぶ政治スキャンダル狙いの女だった。

「私に暴けない悪事はありません」

どこかで聞いたことのあるようなセリフに震える庭野だった。

日向は「大臣の裏金問題を追及した件」を自画自賛するタイプである。

内見に向けて物件を集めるように庭野に指示する日向だった。

独身女性は課内では「女単(じょたん)」と呼ばれる。女性の単身者の略なのだろう。

「お一人様か・・・」

男たちは36才の独身女性を明らかに蔑むのだった。

「とにかく・・・今度こそ売れ」と屋代課長。

「がんばります」

「がんばりますじゃない・・・必ず売りますだ」

屋代課長は完全に三軒家に感化されたようだ。

仕事に対してまるで情熱を持てないシラスミカは・・・三軒家のせっかくのアドバイスにも興味が持てず・・・一軒目で早くも挫折し・・・カフェラテタイムである。

だが・・・例によって・・・シラスの配布したチラシは・・・さっそく客の目に止まる。

目の前を獲物が通りすぎていくのに全く気がつかないシラスミカ・・・。

野生動物なら餓死確実である。

しかし・・・強者が弱者に遠慮するのが当たり前の制度では・・・給料泥棒の生存が認可されるのだった。

カフェラテを飲みながら・・・愛する足立王子にメールを送信するシラスミカ。

だが・・・受信した足立は即刻削除である。

足立が自分にお似合いの男かどうかもわからないシラスミカなのだった。

誰が彼女をこのように育てたのかっ。

恐ろしいことだ。

チラシを見た大手出版社・「新都心出版」校閲部の草壁歩子(山田真歩)は早速、三軒家にアポイントメントをとるのだった。

「お客様へのアンケート用紙」も校閲する草壁だった。

「校閲(こうえつ)・・・」

「原稿の間違いを訂正する仕事です」

「はい」

「チラシに惚れました・・・訂正個所がゼロの素晴らしい文面です」

「ありがとうございます・・・このチラシは私が作りました」

「このマンションに決めようと思ってます」

「不動産は出会いです・・・この物件は4100万円ですが・・・よろしいでしょうか」

「貯金が2000万円あります」

概算で・・・2100万円を頭金にすると月5万円の返済で35年ローン。月7万円の返済で25年ローンと即答する三軒家。

「キャビネットコート永田町708号室」に草壁を案内する三軒家。

「不動産屋さんはみんな・・・結婚の予定を聞いてくるんですよねえ・・・」

「独身者を結婚というゴールに向かう途中の中途半端な人間と決め付けるのはおかしいです・・・ご自分のために自力で家をお買いになることは素晴らしいしカッコいいです」

「ありがとうございます」

「御礼を言うのは不動産屋の方です」

しかし・・・物件で床に蟻を発見する二人。

「アリってこんなところにまで・・・」

「アリがお嫌いですか」と三軒家はあわてず騒がずである。

「いいえ・・・私はアリですから・・・校閲の仕事は・・・編集者や著者に・・・煩がられ嫌われるものなんですよ・・・まあ・・・他人の書いたものを訂正する仕事ですからね・・・でも私はそれしかできないので校閲の仕事をして貯金しました・・・そのお金で買った家で・・・気ままな暮らしをしてみたいのです。壁紙を自分好きな色に張り替えるのが夢なんです」

一晩ゆっくり考えて明日返事をするという草壁だった。

一方・・・独身女性向けの物件として・・・庭野はジャーナリストの日向に紹介する物件リストに「キャビネットコート永田町708号室」を加えたいと三軒家に申し出る。

「あきらめなさい・・・その物件は私が明日売ります」

女単を蔑む男たちは嘲笑する。

「また・・・お一人様か・・・なんで若い女が一人で暮らす家なんか買うのかねえ」

「私達の仕事は家を売ることです。女性であろうと独身であろうと買う力がある人に家を売るのは当然です。独身女性が家を買うことについての偏見は改めるほうがまっとうです」

三軒家の男女雇用機会均等法的世界の正論に沈黙する男たちだった。

それでも専業主婦を希望する自称・一般女性は存在するのだった。

戻って来たシラスミカはチラシを見た顧客獲得に自分の手柄を主張するが・・・三軒家はシャーロック・ホームズのように・・・シラスミカの襟元のカフェラテの滲みを見逃さない。

「築30年超えのアパートにはマイホーム購入のために家賃も節約してお金をためている人が住んでいる可能性がある」

「・・・」

「そういうこともわからずカフェラテ飲んでさぼっている人間は会社を辞めろ」

「ひどい・・・」

課長に泣きつくシラスミカだったが・・・三軒家チーフの軍門に下りつつある課長は・・・。

「それしかない時はそれしかないね」と言葉を濁すのだった。

そこに足立が外回りから戻ってくる。

シラスミカは・・・専業主婦を目指して不毛な足立アタックを開始するのだった。

愛のお弁当攻撃である。

「ごめん・・・お客様とランチしてきたから」

「明日も頑張ります」

「明日もランチの予定だし・・・お弁当はもう持ってこないで」

微笑みで拒絶する黒王子である。

シラスミカはお弁当を抱えて・・・カフェに向うのだった。

その恐ろしい光景に立ちすくむカフェの店員一同である。

「持ちこみはご遠慮ください」とはとても言えない恐ろしさなのだ。

シラスミカの手作り弁当は作った本人が食べてもまずいらしい。

とにかく・・・シラスミカの行動はすべてお見通しの三軒家だった・・・。

しかし・・・三軒家がなんとか・・・シラスミカを育てようとしている気配は感じられる。

一方・・・要求の厳しい日向に次々と物件を否定される庭野・・・。

「景色が悪い・・・駅から遠い・・・街かださい」

仕方なく・・・「キャビネットコート永田町708号室」を紹介する庭野。

三軒家の選び抜いた物件にたちまち魅了される日向だった。

「永田町は私の戦場・・・編集部も近いし・・・治安も抜群」

申し込みのために会社を訪れた日向である。

しかし・・・すでに草壁の申し込みが終了していた。

原稿を書くジャーナリストと・・・原稿を校正する校閲者は顔見知りだった。

「あ・・・708号室の申し込み終わってしまいましたか」と庭野。

「終わりました」と三軒家。

「申し込み書に法的拘束力なんかないでしょう」と日向。

「でも順番は順番です」

対峙する三軒家と日向である。

「あなた・・・あの人は人が書いた文章の些細な間違いを鬼の首でも取ったように訂正する女よ・・・こっちは24時間・・・社会の不正をただすために働いてるのに・・・あんな九時五時女に物件とられたら腸が煮えるわ」

「腸が煮えくりかえる・・・です」

「お気もちはわかりましたが・・・順番は順番です」

一歩も譲らない三軒家だが・・・日向も譲らないのだった。

「庭野くん・・・あなたもプロでしょう・・・なんとかしなさいよ」

「・・・」

困惑する庭野だった。

三軒家はアドバイスするのだった。

「お客様があのマンションにこだわるなら・・・やることはただ一つ」

「あ・・・あのマンションに・・・もう一つ空き部屋が出れば・・・」

自分の仕事が「売買」であることを思い出す庭野だった・・・そこからかっ。

「シラスミカ・・・あなたもついていきなさい」

「え」

「ゴーッ!」

「キャビネットコート永田町」で売り物件を求めて営業を開始する庭野だった。

「何をするんですか」とシラスミカ。

「出入りする住人にアタックです」

「私・・・蚊が苦手なんです・・・入り口の植え込みって蚊が多いじゃないですか」

「じゃ・・・エントランスのインターホンで・・・在宅している方に営業してください」

「営業って」・・・そこからかっ。

「住み替えの御予定をお聞きするんだよ」

例によって・・・すぐに当たりを引くシラスミカである。

一人暮らしの老女(草村礼子)がトイレが詰まったと言って招き入れるのだった。

しかし・・・途中で放棄して・・・庭野にバトンタッチ・・・趣味の映画鑑賞に向うシラスミカだった。

お茶の間の勤勉な人々の腸は煮えくりかえるのだった。

トイレを開通させた庭野は・・・208号室の老女が終活をしていることに気がつく。

「一人暮らしだから・・・さびしいと思うでしょう。でもね・・・人間は生まれてくる時は一人だし死ぬ時も一人・・・本来さびしいものなのよ・・・それにね・・・私は大家族で育ったの・・・兄弟姉妹がたくさんいて・・・いつもお母さんをとられていた・・・それはさびしい思いをしたものよ・・・今はね・・・一人だけど・・・ちっともさびしくないのよ・・・ここを売って素晴らしい老人ホームに入るから・・・」

「この部屋・・・僕に売らせてください」

庭野は・・・「208号室」を売り物件として入手した。

早速・・・日向の行きつけの小汚い中華料理屋で報告をする庭野。

「同じ間取りで・・・しかも五百万円お安いんです」

しかし・・・餃子とビールをこよなく愛する日向は・・・草壁の階下に住む点に特殊な拘りを見せる。

「あの女の下なんて・・・ごめんだわ・・・どう考えても私が上でしょう」

イメージとしての上下関係である。

これは日本人独自の感性と言われる。

「・・・」

「なんとかしなさいよ・・・あの上司をガツンとやっつけなさいよ」

「ガツンと・・・」

「そうよ・・・ガツンと」

「やります・・・ガツンとやります」

お約束で・・・入店する三軒家だった。

「あ・・・あなた・・・どこかで見たことあると思ったら・・・この店の常連じゃないの」

「私はわかっておりました」

「私たちは似たもの同志よね・・・男もいないでしょう・・・あなた」

「今はいませんが・・・いずれパートナーが欲しいと思っています」

その言葉に動揺する庭野だった。

「ねえ・・・似たもの同志の好で・・・なんとかしてよ」

「私を担当にしてくだされば・・・あのマンションのことを忘れてしまうほどの物件をご提案させていただきます」

「チーフ!」

追いつめられる庭野だった。

三軒家も餃子とビールだった。

シラスミカは足立に「おやすみメール」を送信した!

足立は微笑んで即刻削除した。

「ちちんぷいぷい」タイムである。

ママの珠城こころ(臼田あさ美)に弱気を責められる庭野。

「自分は強い女が苦手です」

「うそ~・・・強い女が好きなくせに~」

「好きじゃない~」

「だったら・・・ガツンとやりなさいよ」

「ガツン」

そこへ・・・屋代課長が登場する。

「あれ・・・庭野・・・来てたのか」

「庭野ちゃん・・・ガツンとやるんだって」

「え・・・まさか・・・俺を」

「チーフですよ・・・課長だって・・・チーフの尻に敷かれてるし」

「そんなことない」

「知ってますよ」

「え」

「課長はチーフのこと・・・どう思ってるんですか」

「どうって・・・」

「知ってるんですよ・・・この間・・・」

「この間って・・・」

しかし・・・言い淀んで帰る庭野である。

「屋代ちゃん・・・何があったのよ」

「ななななななんにも~」

「ちちんぷいぷい」タイム終了である。

ほっと一息だよね~。

さて・・・連続ドラマである。

このドラマは刑事ドラマにおける事件にあたる物件を・・・事件を解決するように・・・お客様から買ったり売ったりするわけで・・・一話完結している部分もある。

主人公の超販売力も見せ場であるが・・・同時に・・・そこそこ優秀な社員や、規格外に優秀ではない社員の内面的葛藤や・・・精神的変化も楽しめる仕掛けになっている。

今回は庭野が「だから庭野には家が売れない」という三軒家チーフの教えに発奮し・・・積極的な営業にチャレンジするわけである。

営業成績という「戦い」において・・・三軒家と庭野の対決となるわけである。

お茶の間は・・・三軒家にシンパシーを感じたり魅了されたりしているものと庭野を判官贔屓で応援するものとに分岐する。

ここでは小さな起承転結が展開される。

①庭野が三軒家に挑戦

②庭野が一時的に勝利

③しかし最後の段階で問題発生

④結局は三軒家の勝利

ここで・・・三軒家は「部下の失敗の尻拭い」をすると同時に「部下の手柄を横取り」する。

この両者を成立させるところがこのドラマの醍醐味なのである。

ここで賢いが幼いお茶の間の皆さんは・・・「折り合いをつける」ということを学ぶはずである。

物事には複数の意味があるということに気付くのである。

物語の中で寓話「アリとキリギリス」が取り上げられ・・・二つの解釈が示されるのも全く同じなのである。

物事の一つの面だけを見つめることの危うさをドラマは物語るのだ。

そして・・・慣れないことをすれば失敗の可能性は高まるが・・・それを通過しなければ成功にはたどり着けないことも・・・暗示しているわけである。

販売成績ゼロの庭野とシラスミカの差異は誰の目にも明らかなのである。

しかし・・・主人公の厳しい姿勢は・・・優しい眼差しを伴っている。

しごきといじめは違うものなのだということを今の世の中は忘れがちなのである。

実に複雑な内面世界を持った単純明快なドラマなんだなあ。

庭野は草壁に208号室を売りこむのであった。

「500万円安いということに・・・価値を見出されるのではないかと思いまして」

「確かに助かるけど・・・三軒家さんは承知しているのかしら」

「お疑いであれば・・・電話でお確かめください」

「わかりました」

こうして・・・庭野は・・・208号室を草壁に・・・708号室を日向に売り付けることに成功した。

「ということになりました」と報告する庭野。

「庭野が私の客を横取りしました」

「え」と驚く一同。

「どういうこと・・・」と和を尊び過ぎる課長。

「庭野が私を出し抜いて家を売りました」

三軒家は何故か・・・部屋を出る。思わず追いかける庭野。

「すみませんでした」

「家を売って謝るとは何だ」

「でも・・・」

「本契約まで気を抜くな!」

上司としてうれしいのか・・・部下に負けてくやしいのか・・・不明である。

しかし・・・すでに暗黒面に転じた足立黒王子は囁く。

「あの人の餌食になっちゃうからご用心」

「え・・・」

「僕だって・・・君を狙っているかもしれないよ」

「ええっ」

お茶の間は全員承知のどす黒さを垣間見せる黒王子だった。

何故か・・・みんなエレベーターが閉まる瞬間に大事なことを言うらしい。

もう一回・・・誰かがやってボケると笑いとして成立するわけである。

庭野は売買の最終段階である本契約を前に・・・躓きはじめる。

「最終的には・・・金融機関の審査がありますが・・・支払いのプランをどうなさいますか」

「私・・・貯金がないので・・・頭金はなしね」

「そうなると・・・月12万円の返済で35年ローンになりますが・・・」

「月12万円なら・・・今住んでる家賃より安いから大丈夫よ」

「・・・」

フリーランスのビジネスの場合は過去の収入の実績が審査の対象となる。

つまり・・・どれだけ税金を国庫におさめたかである。

おそらく・・・日向は高額納税者なのだろう・・・審査は通過したらしい。

しかし・・・一難去ってまた一難である。

今度は草壁が契約に応じないのだ。

「マンションは欲しいんですけど・・・貯金がゼロになると考えたら眠れなくなってしまったのです・・・病気になった時、貯金がないと不安だし・・・マンション買うのやめます」

「え」

そして・・・追い討ちをかける日向の決断。

「考えたら・・・私・・・36才だし・・・ローン完済は・・・71才よ・・・70才過ぎて月々12万の支払いは・・・少し・・・無理があるわよね・・・家賃はなくても管理費とか修繕積立金とかはあるわけだし・・・」

「ええっ」

「だから・・・マンションは欲しいけどやめる」

「ええええええええええええ」

まさに・・・二兎追うものは一兎も得ず状態の庭野だった。

屋上で途方に暮れる庭野。

「なにしてんだ!」と三軒家。

「チーフにガツンとやるなんて百年早かったんです・・・」

「ここで苦悩してるのか・・・二枚目気取って家が売れるのか」

「・・・」

「来い!」

三軒家は庭野を連れて・・・「新都心出版」校閲部に乗り込むのだった。

図書館のように静かな職場で響く三軒家の営業ボイス。

「私にお時間をいただけないでしょうか」

「誰だ・・・」と草壁の上司が呟く。

「不動産屋でございます」

「・・・」と草壁は困惑する。

「草壁様はアリとキリギリスの話はご存知ですか?・・・庭野、話す」

「え・・・」

仕方なく一般的な「アリとキリギリス」について物語る庭野。

夏の間・・・キリギリスは汗を流して働くアリを嘲笑する。

冬になって・・・アリの巣には食糧が満載・・・キリギリスは餓死する。

キリギリスの死体を食糧貯蔵庫に運びこみアリは微笑むという話だ。

少し・・・怖いぞ。

「校閲部でコツコツ働き・・・貯蓄なさった草壁様はまさにアリです。真面目にコツコツ働くアリの姿は勤勉な日本人の美徳の象徴とも言えます。書籍を愛する方々でさえ・・・校閲の仕事の尊さを知るものは少ないでしょう。しかし・・・皆さまのおかげで美しい日本語は存在し続けていると言っても過言ではありません。素晴らしいです・・・感動します・・・頭が下がります・・・今こそ・・・ご自分の勤勉さを誇りに想うべきです」

「そうです・・・家を買いましょう・・・208号室を」と思わず口走る庭野。

「余計なことを言うな・・・馬鹿もの!」

「・・・」

「ご清聴ありがとうございました・・・草壁様・・・お仕事中失礼しました」

風のように去っていく三軒家。

同僚に「家を買うの」と訊ねられ・・・思わず肯定する草壁だった。

そして・・・永田町で突撃取材中の日向を襲撃する二人。

「アリとキリギリスの話をご存じですか」

「私がキリギリスだと・・・」

「そうです・・・御存じでしょうか・・・欧州の一部では・・・アリと比較されるのはコロオギやセミなど鳴くものたちであることを・・・」

「もちろんよ」

「アリの生き方の虚しさを歌う者たちはからかいます」

「・・・」

「歌わずして・・・本当の人生を生きたと言えるのかと・・・」

「・・・」

「明日のことなど誰にもわかりません・・・今を生きるキリギリスこそ・・・輝いているのです。今欲しいなら今家を買い・・・苦しくなったら売ればいいのです・・・それでこそ資産価値の高い708号室に拘る日向様のプライドの証ではございませんか」

「私は誇り高きキリギリスか」

「ローンという不安を得てますます仕事に励みが出る・・・それでこそ日向様です」

「やはり・・・あなた・・・私に似てるわ」

「光栄です」

「今、契約できる」

「もちろんです」

こうして・・・草壁も日向も・・・三軒家に撃墜させられてしまうのだった。

「課長・・・キャビネットコート永田町208号室708号室2件まとめて私が売りました。庭野ではなく私が売りました!」

紆余曲折あっていつものゴールである。これがひねりというものだ。

おまけのエピローグ。

三軒家の部下として・・・飼い犬として・・・磨きのかかった庭野。

家路につきまとい・・・雨に降られて軒下に雨宿り・・・思わず手をとる庭野だった。

「雨宿り」といったら「ラブホ」だろうと考えるのは邪まなのです。

「あの・・・ホームレスの件なのですが」

「私が高校生の時・・・両親が事故で他界し・・・莫大な負債が残されました」

「相続放棄すればよかったのでは・・・」

「そんなことを教えてくれる大人は一人もいませんでした・・・家を売っても借金は五千万円残りました」

「・・・」

「家を失い・・・私は公園で暮らし始めました・・・梅雨時で・・・雨に打たれて寝ました。風をしのぐ壁があり、雨に降られぬ屋根がある」

「それが家・・・そういう家を売ること・・・」

「一週間後・・・肺炎を起こして瀕死となった私は保護されて入院し・・・施設に送られました」

「・・・」

「それから・・・朝昼晩と働きづめに働いて・・・去年、借金を完済したのです」

壮絶な三軒家の人生に・・・息を飲む庭野だった。

それが事実なのかどうかは・・・別として。

日向は・・・素晴らしいマンションを購入したことで・・・安住の地を求める男と結婚した。

とにかく「今」は幸せらしい。

そして・・・草壁は「ゴ~ゴ~♥」な感じのおタク様だった。

壁はかなり痛い感じに仕上がっているが・・・本人がご満悦なら・・・いいのである。

老女・・・日向・・・草壁・・・三軒家・・・シラスミカ・・・事務員と連なる独身女たちの系譜も見事なバランスなんだなあ・・・腕が冴えわたってるな。

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