戦艦武蔵(石原さとみ)したくありません戦争は(勝地涼)フェルジナンドは違った(吉沢悠)
土曜日の谷間です。
絵本「フェルジナンドの物語(The Story of Ferdinand)」(1936)はアメリカ合衆国メリーランド 州生まれのマンロー・リーフ(Munro Leaf)が文を書き、ニューヨーク州生まれのロバート・ローソン(Robert Lawson)が絵を描いた作品である。
1936年はスペイン内戦が開始された年であるが・・・1931年のスペイン革命によって開始された共和制の右派と左派の対立がエスカレートしてついに爆発したという様相である。
人民戦線政府のバックにはソ連がついており・・・フランコの指揮する反乱軍のバックにはナチス・ドイツとイタリアそしてポルトガルがついていた。
英国は中立、フランスも最初は人民政府寄りだったが・・・結局中立となった。
日本は日中戦争の最中で広東や武漢を占領し、重慶の爆撃をしている年である。
米国は中立だったが・・・血の気の多いヘミングウェイなどがリベラルな立場から人民戦線政府側よりの報道作戦を展開する。
そういうわけで闘牛よりも花が好きな子牛の物語は・・・スペインのマドリードを舞台とすることから・・・ある種の政治的背景を想像させるわけである。
つまり「闘牛なんてくそくらえ」という他国の伝統や文化をないがしろにする独善的な姿勢を育むことがあるので要注意ということである。
「牛さんかわいそう・・・イルカさんもかわいそう・・・でもビーフステーキはおいしい」という話だ。
米国では1938年にウォルト・ディズニーが「牡牛のフェルディナンド(Ferdinand the Bull)」としてアニメ化している。
日本では太平洋戦争敗戦後に「はなのすきなうし」として邦訳された。
まあ・・・ストレートに読めば・・・肉弾戦の好きな男の子の中に一人・・・女の子みたいに花が好きな男の子が混じっている・・・性同一性障害の話である。
で、『NHKスペシャル・ドラマ・戦艦武蔵』(NHK総合20160903PM9~)脚本・演出・岡崎栄を見た。2016年8月6日の BSプレミアムザ・プレミアム枠で放送されたテレビドラマの短縮版(15分程度カット)である。低予算でスペクタクルを描こうとして失敗している風である。もちろん・・・「ドキュメンタリー」の「再現シーン」としてこのような「モード」は充分に成立するだろうが・・・実写ドラマに挿入されると・・・違和感が半端ないわけである。さらに・・・この演出家には脚本家としての才能はないと思われる。実際の証言を登場人物に無理矢理言わせている感じも半端ない。まあ・・・でも・・・やりたかったんだからしょうがないよね。「俺たちの大和」はあるのに「俺たちの武蔵」がないのは不公平だもんね・・・という他はない仕上がりである。
One Direction「LONG WAY DOWN」の挿入も・・・年寄りの冷や水のような気がしました。
・・・ドラマ「天下御免」(1971~1972)を演出していた岡崎栄と同一人物なら・・・まだ現役だったのか・・・と率直に思う。
まあ・・・とにかく・・・ドラマとしては水準に達していないことおびただしい。
キャスティングにも問題がある・・・年老いても矍鑠としている人は多いが・・・戦後70年の話である。
シブヤン海の水深1000mの地点で武蔵の残骸が発見されたのは2015年3月のことなのだ。
ドラマの中で武蔵発見の報道が挿入されているわけである。
戦艦「武蔵」の対空機銃分隊長だった真中少尉(吉沢悠)の妻で1945年に18才で長男の賢治(篠田三郎)を出産した真中ふみは現在の時点で89才になっている。演じる渡辺美佐子は83才である。
もちろん・・・個人差はあるがまもなく九十才と八十を過ぎたばかりの老人は明らかに違うのだ。
まして・・・ふみと同い年の戦艦「武蔵」の乗組員を演じる津川雅彦はまだ76歳である。
見事な老け役を演じているが・・・まだ若い気がしてしょうがなかったぞ。
もう少し・・・転んだら死にそうな感じじゃないと・・・それはお前の偏見ではないのか。
賢治は終戦の年に生まれたので70才である。演じる篠田三郎は67才である上に少し若作りだ。
賢治の妻・よしえを演じるのが市毛良枝で実年齢が65才。
娘の真中麻有(石原さとみ)は28才の設定である。これはほぼ実年齢だ。
36才の時なので高齢出産である。
だから・・・なんだと思われるかもしれないが・・・戦争体験者の祖母、戦後育ちの息子夫婦、バブルの頃に生まれた孫という三世代はあまりベーシックではない気がするよ。
そういうことが気になって本編にちっとも集中できないよ。
真中麻有は北区の高齢者施設「ひまわりの里」に勤務している介護士である。
父方の祖父は昭和二十年(1945年)に戦死しているために麻有はおろか・・・戦死の公報が届く直前に生まれた麻有の父親・賢治(篠田三郎)も知らないのだった。
「憲法九条が改正されたら・・・徴兵制が復活するのかな」
「そんな馬鹿なことを言ってるのは一部狂信者だけだよ・・・一種の改憲即開戦詐偽だよ」
などと一部平和運動家があれやこれや言う2015年・・・大日本帝国軍人の末裔である麻有は祖父がどういう人間だったのか気になりはじめ・・・余暇に祖父の戦友を訪ね歩くという一種の歴史おタクとなっている。
祖父の真中俊之(吉沢悠)は海軍軍人で・・・戦艦「武蔵」の乗員だった。
戦艦「武蔵」は大和型戦艦の二番艦で1944年10月の「レイテ沖海戦」で米国の第38任務部隊に属する複数の空母群から波状攻撃を受け、総員退艦の後に転覆、沈没したとされる。
しかし・・・この時、俊之は艦と運命を共にしなかったらしい。
世界最大の戦艦の敗北の要因はいろいろあるが・・・対空戦力の補強が上手くいかなかったことは明らかだった。
最新の戦艦であり・・・武装強化の改装も行われていたが・・・肝心の対空砲、対空機銃の開発・生産が間に合わなかったのである。
日本海軍も噴進弾(ロケット弾)を開発中だったが・・・武蔵に搭載されたの試験運用の段階の二基のみであった。
一方、米国艦載機はロケット弾を装備して武蔵を葬ったのである。
戦艦「武蔵」は対空戦力を引きつける囮として突進したが・・・すでに暗号を解読された帝国海軍の作戦は米国側に筒抜けだった。米国艦載機はまず・・・囮部隊を素通りして帝国海軍の空母群を壊滅させた。
相打ち覚悟で米国機動部隊に向った帝国の艦載機は・・・新兵器レーダーで捕捉され、戦闘機による待ち伏せに遭い壊滅。
最後に孤立した武蔵に米国空母群は猛攻を浴びせかけたのである。
技術力、物量、作戦のすべての面で敗北し・・・帝国海軍は壊滅する。
武蔵の沈没から・・・現代の人間が学ぶべきなのは・・・戦争の悲惨さではなく・・・下手な鉄砲は打つべきではないということだろう。
そもそも・・・「したくありません戦争は」というのは「欲しがりません勝つまでは」と同じ精神論である。
精神論だけでは戦争は回避できないし、戦争というものが相手というものの存在するものである以上、仕掛けられたらはいそれまでよなのである。
少なくとも・・・そういうレベルで反戦の話をしてもらいたものだなあ。
そうでなければ確実に悲惨な戦争に巻き込まれるよ。
最後の武蔵艦長・猪口敏平は「対空戦力を活かせず」の言葉を残して艦と運命を共にする。戦死後一階級特進で海軍中将である。
武蔵の全乗組員2399名中生存者は1376名だったとされる。
生存者の一部はマニラ海軍病院に収容され、残りは海軍陸戦隊としてフィリピンのコレヒドール島に上陸したと言う。
このうち一部は輸送船により帰国となったが・・・輸送船は雷撃により沈没する。
フィリピン守備隊としてマニラ市街戦などを戦った武蔵陸戦隊はほとんどが戦死した。
そんな・・・未帰還率の高い武蔵乗組員にも生存者がいるところが運命というものである。
俊之の部下の一人・木山三男(泉澤祐希→津川雅彦)が四国でお遍路をしているという情報を得た麻有は身体の不調を訴える祖母のふみを伴い空路で高知へ飛び、レンタカーで木山を追尾するのだった。
「主人のことをご存じですか」
「私は分隊長殿を見殺しにした男です」
そんな二人の重いムードをぶち壊す前髪クネ男ではなくて・・・お遍路中のイラストレーター・篠原徹(勝地涼)である。
「夫婦で・・・お遍路なんてうらやましいなあ」と軽薄な口調で語る篠原は・・・空気を読めない若者なのだが・・・実は若くして妻を心臓病で失い・・・お遍路中の傷心者なのだった。
が・・・しかし・・・戦艦「武蔵」の物語には唐突すぎる存在であることは否めない。
「原爆で妻を失った軍人の話」とか「亡妻の友人の自衛隊員の妻が戦争に不安を感じる話」とかとってつけた証言要素を連発し・・・ドラマとして破綻させていることは間違いない。
「昔・・・悲惨な戦争をしたのに・・・今、戦争をしたら・・・亡くなった方に顔向けできない」というヒロインのセリフもほぼ意味不明である。
そういう「なんだか変なトーン」は無視して・・・話を進めるほかはないのである。
リオ五輪のトライアスロンで・・・溺死しかかっているものたちの群れを遠泳中に見たが・・・洋上で軍艦が沈没し・・・夜の海面を浮遊する生き残りたちの凄惨さはそれなりに描かれる。
内地では・・・軍事訓練と称して少年たちが・・・無理矢理・・・遠泳させられていたのだが・・・すべてはこの時のためなのである。
十時間に及ぶ戦闘の後の浮遊である。
負傷者や体力のないものは次々に力尽きる。
戦友の一人が沈みかけるのを救おうとした木山に真中が命ずる。
「手を出すな・・・蹴れ」
「・・・」
上官の命令は絶対である。
真中は木山の生存率を高めるために非常な命令を下したのだろう。
戦艦「武蔵」の随伴艦である駆逐艦「清霜」「浜風」は深夜に渡って救助活動を展開した。
「武蔵」の沈没については緘口令が布かれ、生存者たちは最前線に投入される。
戦闘の中で真中は右目を負傷、大腿部に銃創を負い、歩行不可能となる。
「自決の前に・・・分隊長殿は・・・学生時代に読んだ本の話をしてくださいました」
「どんな話でしょう」
「闘牛で有名なスペインの変わり者の牛の話です。牛たちは闘牛場で闘牛士と戦うことを夢見ますが・・・フェルジナンドは木の下で花の香りを嗅ぐのが好きだったのです。ところがある日、ハチに刺されて暴れたところを勇猛だと勘違いされて闘牛場行きになりました・・・しかし、フェルジナンドは観客席の御婦人がたの花の香りにうっとり。闘牛にならなかったので牧場に戻されると言う話です」
「・・・」
「分隊長は・・・私はフェルジナンドになりたいとおっしゃってました」
「そうですか・・・」
「分隊長が自決されたのは・・・二月でした」
「それは・・・息子の誕生日だわ」
「そうですか・・・分隊長は・・・輪廻転生なされたのかもしれませんね」
「戦争で人を殺しても畜生道には落ちないのですね」
「ええ・・・それは・・・正しいことですから」
「でも・・・フェルジナンドは最後はステーキになったんですよね」
「ですよねえ・・・」
「武蔵は不沈戦艦ですから・・・水没しても海底には達せず・・・黒潮に乗って本土に帰ると信じていたものもいましたよ」
「まあ・・・ロマンチック」
七十年後に微妙なドラマが作られたことも知らず・・・英霊たちは・・・太平洋で静かに眠っている。
そして人類の戦争の歴史はまだまだ続くのだ。
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