模倣犯(中谷美紀)自白はするけれど自爆はしません(坂口健太郎)
小説家と映画監督・・・二人のクリエイターが衝突して火花を散らした2002年から十四年の歳月が過ぎ去り・・・再び映像化されたドラマ「模倣犯」である。
「悪」というものにたいする二人の世界観が・・・まったく違うということがよくわかる。
すでに故人となった森田芳光監督は1950年生れ。
原作者の宮部みゆきは1960年生れ。
世代も違えば性別も違う・・・湘南生れで山手育ちと東京下町で生まれ育ったものと境遇も違う。
その世界観が違うのは当然だが・・・これほど・・・原作と映画が違う世界を描くというのは一つのお手本のようなものである。
キッドの妄想では・・・宮部みゆきは映画からかなりのインスピレーションを受けている作家である。
たとえば小説「火車」の原点は映画「太陽がいっぱい」だと思うし、小説「模倣犯」(2001年)の原点は映画「コピーキャット」(1995年)だと思う。
「模倣犯」のひねりは「模倣犯」ではなかったという一点だが・・・。
そもそも・・・「殺人」という犯罪そのものが・・・「最初の殺人」のコピーに過ぎないわけである。
「オリジナル」に対するこだわりが「犯人」の弱点となるこの作品・・・。
「原作」と一種のコピーである「映画」が火花を散らすのは面白いことなんだなあ。
そして・・・読者にしろ・・・観客にしろ・・・「本物」が何かはたちまち忘却してしまうわけだ。
そういう意味で・・・ドラマは・・・「映画」では殺された人が殺されなかったり・・・「映画」ではヒロインだった犠牲者がただの死体だったり、「映画」では自爆した犯人がただ自白するだけだったり・・・いろいろとお茶の間の幻想を打ち砕いたりするわけである。
それが・・・「原作」に忠実なだけだとしても。
すでに・・・メディアは変貌して・・・マス・メディアの性質も変容した。
ドラマは時空を超越するが・・・一部分では「映画」版の示唆した「劇場型犯罪」のモチーフをとりいれている。
「原作」・・・「映画」・・・そして「ドラマ」・・・物語は浸透と拡散を繰り返し・・・人間の嘆きを誰かに伝えて行くのだろう。
もちろん・・・キッドは悪魔なので・・・どの物語も・・・悪の勝利を賛美しているにすぎないと考える。
犯罪者が逮捕されようがされまいが被害者遺族の慟哭は変わらないのだ。
犯罪は常に悪の一方的な勝利なのである。
その点については原作者も映画監督もドラマの脚本家も演出家も疑問の余地はないのだろう。
で、『ドラマスペシャル 宮部みゆきサスペンス・模倣犯・前・後編』(テレビ東京20160921PM9~)原作・宮部みゆき、脚本・森下直、演出・松田秀知を見た。映画版では孫娘を殺された老人を山崎努が、殺された孫娘を伊東美咲が、ルポライターを木村佳乃が、その夫を寺脇康文が、ピースを中居正広がそれぞれ演じている。
前畑滋子(中谷美紀)は冴えないルポライターである。
小説家志望だったが・・・挫折して雑誌記者に甘んじている。
夫の前畑昭二(杉本哲太)は鉄工所の経営者で・・・低血圧のために夫より早起きできなく主婦としては失格気味の滋子にそれなりに理解を示す男である。
都内の公園で・・・人体の一部が発見され・・・所持品から身元が推定される。
その名を聞いた時・・・滋子は・・・ボツになった「失踪する女たち」という特集記事を思い出す。
失踪人の一人で・・・二十歳のOLだった「古川鞠子」と氏名が一致したのだった。
自分の追いかけていた女が・・・すでに死んでいるかもしれない。
・・・衝撃を受ける滋子だった。
つまり・・・「いなくなった女」は記事にならないが・・・「殺された女」なら記事になるかもしれないと考えたのである。
女性誌「サブリナ」の編集長・板垣雅子(高畑淳子)はゴー・サインを出すのだった。
事件を担当する武上刑事(岸部一徳)は古川鞠子の母親である古川真智子(室井滋)と祖父で豆腐店を営む有馬義男(橋爪功)にDNA鑑定の結果・・・発見された人体がフルカワマリコのものではなかったと説明する。
しかし・・・その頃、テレビ局HBSには「死体は鞠子ではない・・・鞠子は別の場所に埋めた」という犯人を名乗るものの情報が寄せられていた。
「連続殺人事件」の気配に神崎警部(益岡徹)ら捜査陣は色めき立つのだった。
公園で「腕」を発見した塚田真一(濱田龍臣)を取材しようとした滋子は・・・真一につきまとう少女・樋口めぐみ(久保田紗友)に遭遇する。
塚田真一は・・・両親と妹を強盗に殺された被害者遺族。
樋口めぐみの父親は犯人だった。
「祖父の遺産が・・・大金です・・・僕はなんとなくそれを友人に自慢しました・・・彼女の父親はそれを聞いて・・・強盗殺人をしたと彼女は言うのです・・・だから・・・僕の家族を殺したのは僕だと・・・僕がそんなことを言わなければ父親は犯罪者にならなかったと・・・だから助命嘆願所を僕に出せと・・・」
「なんじゃ・・・そりゃあ・・・」
滋子は真一に同情し、家に連れ帰る。
次に・・・滋子は真一とともに・・・客を装って有馬豆腐店の取材を敢行。
留守番を買って出て・・・犯人からの電話を受け取る。
「なんだ・・・じいさんじゃないのかよ・・・ケケケ」
「あんた・・・女ばかり狙ってひどいことをして・・・卑怯者」
「じゃ・・・今度は男を殺すよ」
「え」
「つまり・・・男はお前が殺したのも同然だよ」
「えええ」
口は災いの元である。
そして・・・男(飯田基祐)が失踪するのだった。
自分が犯行のきっかけとなったことに動揺する滋子だった。
しかし・・・事件は意外な展開を迎える・・・。
崖下に転落した車のトランクから・・・男の死体が発見される。
そして・・・運転席の死体・・・栗橋浩美(山本裕典)の部屋からは連続殺人事件の証拠が発見されるのだ。
同乗者の高井和明(満島真之介)は浩美の幼馴染であり・・・二人は共犯者として被疑者死亡のまま犯人として送検される。
だが・・・高井和明の妹・由美子(清水富美加)は兄の無実を信じていた。
浩美と和明の小学校時代の同級生であるピースこと網川浩一(坂口健太郎)は優しい笑顔で由美子に救いの手を差し伸べる。
被害者遺族と加害者遺族が対立するように仕向けるピース。
ピースは・・・真犯人が別にいるという「本」を出版する。
やがて・・・滋子は・・・ピースこそが真犯人であることを本人から「オフレコ」で告白されるのだった。
しかし・・・「犯人を煽ったこと」を暴露された滋子は・・・社会的信用を失い・・・窮地に立たされていた。
ピースが真犯人であることを立証する証拠はなく・・・ピースは高井和明の冤罪を晴らそうとする英雄としてもてはやされる。
そして・・・由美子をマインドコントロールしたピースは彼女を自殺に追い込み・・・それさえも・・・和明に濡れ衣を着せた滋子の責任として追及していく。
一方・・・警察は・・・女性たちを監禁し・・・殺害した場所の特定を急いでいた。
滋子は・・・ピースの生い立ちを追い・・・資産家の愛人の息子としての悲惨な少年時代にたどり着く。
「でも・・・そんなこと・・・言いわけにならないわ」
世界に復讐することに愉悦するピースは・・・高井和明の有罪を報道した滋子に高井和明の無罪を主張するものとして・・・挑戦状をたたきつける。
挑戦を受けて立つ滋子は・・・一冊の洋書をテレビ番組中に取り出した。
「ここには・・・今回の一連の事件とまったく同じ内容が書かれています・・・つまり・・・犯人はコピーキャット(模倣犯)なのです」
「馬鹿な・・・すべてオリジナルだ・・・そんな本なんて読んだこともない・・・すべて俺の独創によるものだ」
激昂するピース。
「それは・・・つまり・・・あなたが真犯人ということで・・・いいですか」
「あ」
「本」の存在は滋子の「嘘」だった。
人でなしの人殺しはお人好しの嘘つきに敗れたのである。
ピースの母親の別荘に家宅捜査に入った警官隊は・・・無数の人骨と腐乱死体を発見していた。
ピースは追いつめられる。
ピースは塚田真一に電話をした。
「今度は・・・君の本を書くよ・・・自分の言葉で・・・家族を失うことになった・・・君のことを・・・」
「構いませんよ・・・僕はもう充分に傷ついている・・・今さら・・・何を言われても平気です」
「・・・」
ピースは逮捕された。
「お前にはうんざりしている」と武上刑事は言った。
真一は・・・めぐみに声をかけた。
「もう・・・母親のところへ・・・帰れよ」
「お金ない」
「これ・・・親切なおじさんがくれた・・・その人はクズ野郎に家族を殺された人だ」
「・・・」
「家族を殺された人と・・・犯人の家族とは・・・なんだかんだ友達にはなれないよ」
事件は終わった。
深夜の公園で・・・有馬義男は酔いどれる。
「返してくれよ・・・初孫なんだよ・・・いい子だったんだよ・・・マリコを返してくれ」
だが・・・死者は蘇らない。
それが・・・現実というものだから。
とりかえしのつかないことをしてしまえばとりかえしはつかないのだ。
まもちろんいやしもすくいのないのである。
犯罪者が身を滅ぼしても悪は不滅だ。
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