自分を見失ったら責任はとれないよ(山田孝之)地獄からの帰還(光宗薫)
2016年の夏ドラマのレギュラーレビューも最後の作品の最終回となった。
ドラマというフィクションは基本的には現実逃避のエンターティメントだが・・・場合によっては人生に適切な刺激を与える一種のテキストでもある。
たとえば「好きな人がいること」の最終回のサブタイトルは「それだけ」である
好きな人がいることはそれだけで・・・人生に何かをもたらすということだろう。
主人公が一瞬とはいえ・・・幸福を感じることを考えると・・・それは「好きな人がいることはそれだけで素晴らしい」という意図を持っているのかもしれない。
最後のドラマの主人公は「犯罪者」である。
しかし・・・犯罪者たちの世界にも善と悪は存在する。
言わば・・・天使と悪魔の最終戦争が繰り広げられる一種の黙示録である。
現実に起きた事件の捜査員が・・・犯罪にまきこまれないための鉄則の一つに・・・「性善説を信じないこと」をあげている。
「人を見たら泥棒と思え」という言葉を好ましく思わない人間は多いだろう。
しかし・・・それがいかに危険な感覚であるかを・・・このドラマは示唆しているのだ。
世界が善と悪で成立していることを忘れてはいけない。
で、『闇金ウシジマくん Season3・最終回(全9話)』(TBSテレビ201609210128~)原作・真鍋昌平、脚本・福間正浩(他)、演出・山口雅俊を見た。番組録画装置が普及し・・・放送時間帯というものが意味を失って久しい。番組内容に相応しい判断力を持った人間のお茶の間における制限は困難なものであり・・・わが心の師であるディズニーが語るように「エンターティメントとは老若男女が楽しめるものでなければならない」という傾向は強まっている。下着姿の家族がお互いに電気ショックで拷問し合うという物語がどのような年齢に相応しいのかは議論の分かれるところであろう。もちろん・・・キッドはそんなものに答えなんかないと思うわけである。人間は正解のない世界を彷徨う憐れな生き物なのだ。
人間の皮をかぶった悪魔である神堂大道(中村倫也)に支配された上原一家は・・・うらぶれたアパートの一室で軟禁状態となっている。
部屋の中では下着しか着ることを許されず・・・外出は許された時だけである。
外出中はたえず定期連絡をしなければならない。
なぜ・・・そうなのか・・・上原一家はすでに考える力を奪われている。
自分を守り・・・家族を守るためには・・・そうせずにはいられない・・・神堂の洗脳により・・・上原一家はコントロール可能な機械になってしまったのだ。
重則の長女まゆみ(光宗薫)が「愛人殺しの共犯者に対する口止め料」を要求されているために至急二千万円を用意しなければならない上原一家である。
家族から殺人者を出せば・・・上原家の社会的地位は消失してしまう。
神堂の言葉に踊らされ正気を失っていく上原一家。
まゆみの共犯者は・・・まゆみの愛人の娘と称する松田明日香(市橋直歩)だが・・・そもそも・・・まゆみは明日香の父親と面識はないし・・・まして殺してなどいない。
しかし・・・電気ショックの拷問により・・・まゆみはそれを事実として受け入れなくては生きていけないという恐怖を感じている。
悪魔はたやすく現世に地獄を出現させることができる。
神堂の狙いは・・・上原家の資産を根こそぎ奪うことだった。
上原重則(名倉右喬)が親から相続した土地は重則の兄弟と共同で管理しているために重則の一存で売買はできない。
「どうしても二千万円必要なんだ・・・残りは平等に分配するから」
弟に了解を求める上原重則(名倉右喬)だっだか交渉は難航する。
「一体・・・そんな金・・・何に必要なんだよ」
「それは・・・」
「理由も聴かずに承諾なんかできないよ」
外出中の重則を監視しつつ裏デリヘルで営業中のみゆき(今野鮎莉)に電話をする神堂・・・。
まゆみの妹で神堂の愛人であるみゆきは駱駝会の柏木(大塩ゴウ)から「俺の女になれ」と迫られていた。
そこに神堂から着信がある。
「一時間おきの定期連絡はどうしたのです」
「お客さんが延長したので」
「関係ありません・・・帰ったらスイッチオンしましょう」
「許してください」
柏木はみゆきの様子に厄介事を嗅ぎつける。
極道者(反社会的組織構成員)にとって厄介事は飯のタネである。
そして・・・柏木は・・・ウシジマくんの顧客の一人だった。
悪魔である神堂に・・・じわりじわりと・・・地獄の天使が接近してくるのだった。
「カウカウファイナンス」の柄崎(やべきょうすけ)はパーキングセンターの機械が不調で領収証が発行されないことをウシジマくんに報告する。
犯罪者たちは連絡を密にする。
お互いを信用していないからであるが・・・それでも信頼関係を構築しなければならない。
悪が悪を食うのが弱肉強食の世界である。
巨大な悪から身を守るために弱小な悪は絆を強めるしかない。
ウシジマくんは幼馴染の情報屋・戌亥(綾野剛)と駄菓子屋にいた・・・。
占い師の勅使川原(三田真央)について調査報告をする情報屋・・・。
「本名はアサカワヤヨイで・・・彼女の両親は変死体として発見されている」
「これは・・・報酬だ」
ウシジマくんはカゴいっぱいの駄菓子を差し出した。
「ありがとう」
背後から見守るおこぼれ目当ての無垢な女子小学生たちの胸はときめくのだった。
「でもかなりやっかいな相手だと思うよ」
「そうか・・・」
何事にも動じない水戸黄門のようなウシジマくんだった。
勧悪懲悪(悪を勧進し、悪を懲役に追い込むこと)の物語の最終回は基本的に水戸黄門なのである。
水戸黄門は権力の濫用そのものだからな。
つまり・・・柄崎と高田(崎本大海)は助さん格さんなのだ。
軟禁部屋でカズヤ(板橋駿谷)は妻のみゆきの不貞を責め立てる。
みゆきが裏デリヘル嬢と知ってしまったからだ。
「みゆき・・・お前なんかと結婚したのが間違いだった」
しかし・・・みゆきは姉のまゆみを責めるのだった。
「みんなお姉ちゃんがいけないのよ・・・親から大切にされて・・・大学を卒業して出版社に就職して・・・どうせ私なんか専門学校卒業で水商売しかできないってバカにしているんでしょう」
「お前・・・水商売なんかしていたのか」と驚愕する父親のシゲノリ。
「水商売どころじゃないよ・・・この女、フーゾクで働いて稼ぎを不倫相手に貢いでいるんだ」
「すると・・・まゆみさんが悪いのですね」とみゆきの不倫相手である神堂は矛先を変える。
「私はシゲノリが悪いと思います」
標的になることから免れるために父親の名を呼ぶまゆみ。
「まゆみさんは幼いころ、お父さんに性的凌辱を受けていたのですよね」
神堂は虚言を弄する悪魔なのである。
「そうです」
「何を言っているのだ」
「お母様はどう思われますか」
上原広子(武藤令子)は不倫関係にある神堂に問われ答える。
「夫が娘にそんなことをしていたなんて信じたくありません」
「では・・・これをどう思います。まゆみさんの携帯端末に送りつけられた動画です」
路上で部下にセクハラするシゲノリだった。
「ちがう・・・これは・・・神堂くんに責められて・・・意識が朦朧になって」
「言い訳するな・・・ハゲ・・・お前はただのエロ爺なんだよ」
「もはや・・・お父様には家長の資格はありませんね・・・私はカズヤくんが家長にふさわしいと思います」
カズヤ(板橋駿谷)を家長として指名する神堂。
「よし・・・上原家は俺が仕切る・・・まずは金を作れない上に変態行為をしたシゲノリを反省させよう」」
家族に抑えつけられ・・・下着姿のシゲノリは電極をセッテイングされる。
「みゆき・・・スイッチオンだ」
みゆきは父親に通電するのだった。
「ぎゃああああああ」
ウシジマくんは裏デリヘル「ガラダマ」を経営する金子ババー(箱木宏美)に駱駝会の柏木へのツケの回収を依頼される。
「トリハンで頼むよ」
回収金額の半分がウシジマくんの回収手数料となるのだった。
上原家に巣食う悪魔・神堂。
上原家の厄介事に気がついた柏木。
そして・・・柏木から金を回収しようとするウシジマくん。
悪はお互いを呼び合うのである。
漂い出す腐臭は・・・屍肉喰らいにとって芳しいのだ。
軟禁部屋ではみゆきが躊躇していた。
下着姿で乳首を電極クリップではさまれた男は半死半生となっている。
その男は・・・みゆきの父親なのである。
「これ以上やったら・・・死んでしまいます」
「どうせ・・・死んだフリだよ・・・このエロだぬきはもっと反省しなければならねえ」
「でも・・・」
「スイッチオンだ・・・それともお前に・・・スイッチオンしようか」
家長としての権力の行使に陶酔するカズヤ。
みゆきは電気ショックのもたらす苦痛の記憶に怯え・・・父親に仕掛けられた電気ショックによる拷問装置のスイッチを入れる。
激しい苦痛の連続が重則の身体に蓄積され・・・ついに限界を越える。
上原重則の心臓は停止し、呼吸は途絶え、脳内への血流は滞る。
「また・・・死んだ真似か」
「いえ・・・脈がありません」
冷静に指摘する神堂。
「まゆみさん・・・心臓マッサージを」
「はい」
黒い下着姿のまゆみは父親への心臓マッサージを開始する。
「もしもしカメさんよりダイヤモンドだねの方がプッシュとプルに効果的だそうですよ」
「だから・・・やめようと言ったのに」
「スイッチ押したののはお前だ・・・お前が殺したのだ」
「責任を押し付け合っている場合ではありません・・・お父様はまだ三途の川を渡ってはいません・・・呼び戻すのです・・・カズノリコールです」
「カズノリ!」
「カズノリ!」
「カズノリ!」
「お母様はマウスツーマウスで人工呼吸をしてください」
長女は父親の心臓をマッサージする。
妻は夫の唇に息を吹き込む。
次女夫婦は声援を送る。
一致団結する・・・美しくも儚い上原一家の終焉。
ノックの音がする。
「静かに・・・私が対応します・・・声援は心の中で続けましょう」
ドアの外には隣室の男がいる。
「何時だと思っているんだ」
「すみません・・・サッカーの海外中継で熱がはいってしまって」
「サッカーなんかやってたか」
「CSでユースの試合を親戚のシゲノリくんが出場しているのです・・・気をつけます」
「・・・」
クレーマーを追いかえした神堂は・・・重則が死体になったことを確認する。
「どうしましょう」
カズヤは・・・神堂に指示をあおぐ。
「死体の処理の仕方はまゆみさんが知っています」
まゆみは・・・松田明日香の父親の処理された死体をそうとは知らずに海に捨てていた。
まゆみは息を飲む。
ノックの音がした。
「またか・・・」
ドアの外にいたのは柏木だった。
「どなたですか」
「みゆきの知り合いだよ」
柏木は部屋に押し入る。
「おう・・・みゆき」
「・・・」
「なんだ・・・面白いことになってるな」
柏木は無防備に死体に近付く。
白い下着姿のみゆきは背後からハンマーで柏木の頭部にアタックする。
「何しやがる」
娘に襲いかかる男を見たゴールドの下着姿の母親は出刃包丁を取り上げる。
気配に気が付き振り向いた柏木の喉笛に突き刺さる凶器。
柏木は家族愛の前に敗れたのだった。
二つの死体の前で身だしなみを整えた神堂は憐れな家族たちに告げる。
「私は外出してきます・・・始末をつけておいてください」
神堂は指紋を残さないようにティッシュを用いながらハンマーをカズヤに・・・包丁をゴールド広子に渡す。
「私はどうすればいいのでしょうか」
「少しは自分で考えなさい」
神堂は広子の頭部に紙袋をかぶせた。
ノックの音がする。
ドアを開くとウシジマくんがいた。
「ここに・・・まゆみと妹のみゆきがいるだろう」
「お前は誰だ」
「金の回収に来た」
問答無用で押し入るウシジマくん。
「あんた・・・何してんの」
「紙袋をかぶっています」
「不法侵入だ・・・警察を呼ぶぞ」と神堂。
「呼べば・・・」と応じたウシジマくんは携帯端末を取り出す。
ウシジマくんの呼びかけに応じ・・・たちまち鳴りだす柏木の携帯端末の着信音。
「柏木もここにいたんだ」
カズヤがハンマーで・・・広子が包丁で・・・みゆきが金属バットでウシジマくんに殺到するが・・・たちまち全員を制する暴力のプロだった。
「やめな・・・あんたたちでは無理だ」
「・・・」
母親が落した包丁に飛び付くまゆみ。
「そうです・・・それでそいつを刺しなさい」
「・・・私は・・・ビリビリされるのがこわくて・・・父親をおとしめる嘘をつきました」
「あんた・・・今・・・顔じゃなくて腹の子をかばっただろう」
「私はしてはいけないことをしました」
「やってはいけないことなんてないさ・・・自分で罪を背負う覚悟があるからな」
「まゆみさん・・・やりなさい」
「神堂・・・お前に言ってるんだよ」
名前を呼ばれて驚く神堂。
まゆみは意識と無意識の狭間で苦悶する。
「・・・」
「上原まゆみ・・・お前は何がしたいんだ」
まゆみは・・・鬼のような天使を見上げた。
そこへ・・・柄崎と高田が到着する。
「あんた・・・何してんの」
「紙袋をかぶっています」
神堂はプロフェッショナルな暴力の洗礼を受ける。
ペットボトルの踏み台で絞首刑になりかかる神堂。
「私を殺しても馬鹿馬鹿しいぞ・・・私の舌先三寸で金を稼ぐのだ」
「ほう・・・」
神堂は延命した。
首輪をつけられ・・・マタンゴのような異形の顔で・・・獲物から金を引きだす神堂。
「神堂さん・・・その顔は・・・」
「強盗に襲われて・・・金を奪われました・・・どうしても三百万円必要なのです」
「なぜ・・・首に鎖を・・・」
「ファッションです・・・パンクです」
首輪の鎖を引いて柄崎は金を回収した。
「これで・・・チャラだ・・・あばよ」
柄崎は神堂の愛車で走り去る。
神堂は醜い顔で鼻歌を歌う。
「警察に密告されるよりマシだ・・・金はまた稼げばいい・・・ルンルンルンル~ン」
しかし・・・アジトに戻って来た神堂は逮捕されるのだった。
「神堂こと・・・アマノケイスケだな」
「・・・」
上原一家も・・・勅使川も・・・松田明日香も逮捕された。
焼き鳥屋で情報屋がウシジマくん裁判状況を報告する。
「神堂は複数の殺人に関わっているので死刑は免れないだろうね・・・上原一家もまゆみ以外は無期懲役になるだろう」
「まゆみは・・・」
「情状を酌量されて・・・五、六年か・・・それよりも短い期間で仮釈放になるかもしれない」
柄崎から連絡が入る。
(神堂の車・・・八十万円でした)
「それでいい・・・残りはまゆみから回収する」
「金子ババーのデリヘルはどうなった?」
「高田にまかせてある。・・・ネットで広告出させて・・・売上は順調だ・・・金子ババーには留守番代渡して・・・後は全額ウチが回収する」
「鬼だねえ」
受付嬢・エリカ(久松郁実)は飲み物を注文した。
柄崎は電話の向こうで反応するがウシジマくんは通話を終了した。
小瀬章(本多力)はケースワーカー(大津尋葵)の訪問を受ける。
「お仕事順調ですか」
「コセチンのネットパソコン教室・・・先月の売上・・・新記録更新です」
「よかったですね・・・小瀬さん」
「ありがとう・・・ケースワーカーさん」
暗い路地裏にも陽が射すのだ。
結城美奈(佐々木心音)はコンビニで地道に稼いでいた。
ゴミ箱をあさる母親の恵美子(倖田李梨)・・・。
無言で別れた母親を橋の上で呼びとめる娘。
「ママ~」
「・・・」
「これ・・・お弁当・・・温めたやつ・・・」
「また・・・一緒に・・・」
「じゃあね」
母娘売春についてではなく・・・暮らせるかと問いたかった恵美子は・・・橋の上で泣き崩れる。
娘は振り返らずに去っていく。
どんな親子にも出発(わかれ)の時は来る。
闇金融「ライノー・ローン」の女経営者・犀原茜(高橋メアリージュン)と腹心の部下・村井(マキタスポーツ)は希々空(小瀬田麻由)を餌食にしていた。
「どうします・・・」
「若いし・・・そこそこエロいから・・・裏風俗で稼がせる」
「ねえ・・・髪の毛洗ってえ」と村井を誘惑する希々空。
「え・・・」
思わずうっとりする村井。
「村井・・・」
「す、すみません・・・たまってたもんで」
「知るか」
四年の歳月が流れた。
まゆみの出所を出迎えるウシジマくん。
「金の回収に来た・・・刑務作業の賃金があるだろう」
金を回収したウシジマくんにまゆみは言う。
「やってはいけないことはないってウシジマさんは言いました」
「覚えていねえ」
「でも・・・私はやってはいけないことはあると思います」
「なに・・・当たり前のこと言ってんの」
「私は・・・自分の意志を伝えたのです・・・あなたが教えてくれたから」
ウシジマは立ち止り・・・まゆみを残して去る。
まゆみはそこが養護施設と気がつく。
そして・・・わが子(川北れん)の姿に涙ぐむ。
引き返してきたウシジマくんは「カウカウファイナンス」のティッシュを差し出すのだった。
悪魔にも神の恩寵はあるのだろうか。
それは地獄の天使としてこの世に出現するのだろうか。
怪しい取り立て人がウシジマくんに近付く。
「駐車料金の未払いなんですが・・・かれこれ・・・五十万円になります」
「あんたら・・・駐車場の人間じゃないだろう・・・未払いなんてない・・・第一暴利だろう・・・」
悪魔が発明した金という道具を巡り・・・この世という地獄で・・・聖戦は続くのだった。
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