皆から望まれること・・・それこそがあなたの望みじゃないの・・・天の恵みを素直に受け取りなさいよ(長澤まさみ)
知ったかぶりというものがある。
本当は知らないけれど知った風に装うことである。
あらゆる・・・歴史に関係する人々は基本的には知ったかぶりである。
だって・・・その場にいたわけじゃないんだから・・・。
つい数年前の2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震によって東京電力の福島第一原子力発電所で発生した炉心溶融についてさえ・・・現場にいた人間は限られるし・・・現場にいたとしても本当のことをすべて知っている人は一人もいないのである。
なぜならば・・・人は神ではないからだ。
現場の責任者だった吉田昌郎所長も2013年7月9日に・・・現場で浴びた放射能との因果関係はなかったとされる食道癌のため慶應義塾大学病院で死去した。
死者を問いつめることは誰にもできない。
同じように・・・真田信繁を問いつめることもできないのだった。
それでも・・・そこに歴史があったことを知ることは大事なのである。
史実的には「真田幸村」という武将が存在していなかったとしても・・・何故・・・真田信繁が・・・その名で世に知られるようになったのか・・・それを紐解くのもまた・・・歴史に触れる行為なのである。
人というはかない存在が百万年の時を経て・・・現在に至ったことを知るのは・・・時に生きるヒントとなるし・・・なんてったって面白いのである。
大河ドラマに出演するとどうしてもくのいちになってしまう長澤まさみが・・・もう一人の真田信繁として・・・真田幸村を産み落す。
ここに光と影の交錯する人間ドラマがあります。
で、『真田丸・第40回』(NHK総合20161009M8~) 脚本・三谷幸喜、演出・土井祥平を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は豊臣家の家老にして摂津国茨木城主である片桐且元の描き下ろしイラスト大公開でお得でございます。なんだか・・・今までで一番待った気がしますが・・・あくまでマイペースでお願いします。主人公がどこにでも顔を出すことと・・・脇役が主人公に会いに来ることは似て非なるものですねえ。もちろん・・・大坂城脱出後の且元が信繫の勧誘に来るのは少し困難だとは思いますが・・・関ヶ原の合戦の後・・・幽閉された信繫に・・・外交最前線の武将が事情を説明する。しかも・・・信繫と且元には長い長い交際期間があるわけでございます。且元がうっかり漏らした一言で殺されかかったこともある信繫。太閤の死を看取った二人・・・。石田三成も・・・大谷吉継も消えた世界で・・・生き残った二人。一人は主君・秀頼に放逐され・・・一人は天下人・家康に幽閉されている。追われた者が囚われ人に後事を託す・・・すでにそれ自体が前途の多難さを示していますよね。素晴らしい展開です。大坂で知り合った且元によって事情を知り・・・悩む信繫に・・・真田の里以来の側室のようなものが・・・道を示す。実にドラマチックで「きり」が信繫の「背中」を押し始めるともう涙が止まりませんでした。いつだって・・・真田信繁を一番に考えて生きてきた「女」の確信的言動・・・。「女」を大切にはしてこなかったけれど頼りにしてきた男の・・・軽い感謝の言葉。これぞ・・・戦国ロマンでございまする。命よりも大切なものがこの世にある証ですな。
慶長十九年(1614年)九月十二日、片桐且元と大蔵卿局ら駿府を発つ。十七日、且元は上洛。大蔵卿らは大坂に向う。十八日、且元は京都所司代板倉勝重と面談。十九日、且元は大坂に到着。二十日、且元は大坂城で豊臣秀頼に徳川家康の内意について報告する。すでに且元は先着した大蔵卿らによる報告で謀反の疑いをかけられていた。二十二日、大野治長ら秀頼側近は且元の誅殺を決する。城中の織田常真は且元に警告。二十三日、淀殿が且元を召喚するが且元は病と称して応ぜず。二十五日、秀頼側近勢が片桐屋敷を包囲。二十六日、治長は且元討伐を速水守久ら七手組頭に命ずる。速水らはこれを拒否。二十八日、織田有楽斎が仲介し、衝突を避けるために且元と治長は人質を交換。織田常真は大坂城を出奔する。十月朔日、且元は大坂城を退去し、居城である摂津国茨城城へ向かう。この頃、駿府城の家康は大坂城の九月末の騒動を知る。家康に対する取次役である且元を秀頼が放逐することは幕府に対する断交であり宣戦布告を意味していた。家康は井伊直勝、藤堂高虎らに京への進発を命じ、伊勢国亀山城主・松平忠明、桑名城主・本多忠勝らに近江国街道筋の警戒を命ずる。さらに全国の諸大名に陣触を発した。大野治長は九度山の真田信繁に参陣を要請する使者を送る。
真田忍軍は関ヶ原の合戦の後、真田信之の支配下に入っていたが・・・九度山の昌幸を慕うものも多く・・・信之も昌幸の生前には父との連携を保っていた。昌幸が逝去し、東西の手切れが近付く中・・・信之は信繫の自重を促したが・・・配下の忍びたちには選択を許した。忍びたちは掟で縛られているものの自主独立の気風が強い。
忍びは実力を最も尊ぶ。
上忍としての力量は・・・信繫が上と見るものも多かった。
かえって・・・信繫が兄を慮り・・・昌幸死後も九度山に残ろうとする忍びたちの何人かを説得し・・・上田城に戻している。
しかし・・・関ヶ原の合戦以前から・・・大坂、奈良、京都の忍び寺で養育された下忍の多くは信繫を主と仰ぐように洗脳されている。
信之、信繫兄弟の庶兄であり、信繫の影武者でもある真田幸村と庶弟である忍びの達人真田佐助はすでに・・・九度山周辺の農民になりすましていた。
一家が丸ごと入れ替わっていることに親類筋も気がつかない。
真田信繁の監視役を命じられている紀州浅野家も九度山周辺に目付を配置していたが・・・その目付けもまた真田の忍びに入れ替わっていた。
大坂城の名のある武将の郎党や・・・京都の寺院の僧侶にも真田の忍びは浸透していた。
信繫は・・・家康が・・・片桐且元を使い・・・秀頼を追い込んでいく過程をすべて・・・観測していたのだった。
大坂城よりの密使が・・・九度山に到着したのは十月三日の夜明け前のことだった。
「なにとぞ・・・秀頼様ご加勢願いたい」
「承知」
「大坂城にはいつ参られるだろうか」
「これより参る」
「え」
どんでん返しの壁が開くと・・・輿が現れた。
正室の春と幼い子女がすでに腰に乗っていた。
腰を担ぐのは高野聖の装束を身に付けた真田力士衆である。
真田屋敷の外で馬が嘶く。
屋敷を歩み出る信繫に従った大野治長の密使は戦慄する。
屋敷の外には数十騎の武者が出現していた。
修験者姿の信繫は農民姿の真田佐助が轡をとる白馬に騎乗する。
「では・・・参ろうか」
周辺には霧隠才蔵の生じさせた朝靄が立ち込めている。
紀州から摂津へ抜ける街道筋の村々は・・・静まりかえっていた。
真田幸村の率いる忍びの群れが・・・農民たちを眠らせているのである。
辻々で・・・数騎の武者が合流する。
武具を背負った足軽たちが一人また一人と現れる。
国境では妙智院こと昌幸の末弟・真田幸景の率いる根来鉄砲忍びの一団が合流する。
六人の鉄砲頭に率いられた五十人一組・・・三百人の鉄砲放ちである。
紀州浅野藩では事態に気が付き追手を出したがその前途を一揆衆が阻むのだった。
真田忍軍に煽動された農民たちが蜂起したのであった。
無人の野を行くかのように真田信繁の軍団は行軍を続ける。
天王寺に差しかかった軍団はすでに二千人を越えていた。
兄信之の率いる兵の半数ほどが・・・信繫に従っていることになる。
もちろん・・・それは真田藩の員数外・・・影の軍団によるものである。
信繫の手勢は全員が忍びだった。
十月五日・・・真田信繁は威風堂々・・・大坂城に入城した。
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