男と女が乞い求め生まれた私(武井咲)
人はみな粗ぶる魂を心に秘めている。
粗忽なのである。
うっかりしていない人間などいないのだ。
テロリズムはそういう人の粗忽さの別名である。
殿中で刃傷沙汰を起こした浅野内匠頭長矩はまさにテロリストである。
さらに・・・主君の無念を晴らすために吉良上野介義央を惨殺した赤穂浪士はテロリスト・グループだ。
なぜ・・・そんなテロリズムの物語が・・・これほどに愛されるのか。
なぜならば・・・人はみな・・・テロリズムを心に飼っているからなのだ。
「それ」を発露しない多くの人々は・・・実行犯たちの物語を眺める。
そして・・・ついうっかりしてしまうことの恐ろしさを噛みしめるとともに・・・自分の中にある粗忽を封じ込めるのである。
だから・・・赤穂浪士の本懐はつねにせつないのだった。
で、『土曜時代劇・忠臣蔵の恋〜四十八人目の忠臣〜・第6回』(NHK総合201610291810~)原作・諸田玲子、脚本・吉田紀子、演出・清水一彦を見た。浅野内匠頭長矩(今井翼)の勅使饗応役が果たされた後に側用人・礒貝十郎左衛門正久(福士誠治)との婚礼を夢見ていた侍女・きよ(武井咲)だったが・・・長矩が刃傷沙汰の末に切腹し、お家断絶の憂き目となり・・・すべての約束は潰えつつあった。
きよの後見人である仙桂尼(三田佳子)らの勧める縁談を断る口実で・・・落飾して瑤泉院となった長矩の正室・阿久里(田中麗奈)への女中奉公の延長を申し出たきよは・・・瑤泉院に信頼され・・・探索の任務を仰せ付かる。
きよは瑤泉院のくのいちとなったのである。
一方、赤穂藩江戸屋敷を失った元藩士たちは・・・次々と国許である播州赤穂に旅立っていく。
浅草唯念寺の住職・勝田玄哲(平田満)の元に戻ったきよの前に・・・縁談の相手である村松三太夫(中尾明慶)が現れた。
「これより・・・赤穂に参る・・・江戸に残す母のことをお頼み申す」
「承りました」
縁談のことをなかったことにしたい・・・と本人に言い出せなかったきよは・・・父に甘えるのだった。
「村松様との縁談はなかったことにしてください」
きよを許嫁と慕う三太夫の三枚目ぶりが半端ないのである。
考えようによっては酷い話だが・・・これは「恋」の話なのである。
恋なんて大体、酷いものだ。
浪人となった元赤穂藩士たちはそれぞれに住居を準備する。
きよは両国米沢町に転居した堀部家の手伝いに出る。
堀部安兵衛(佐藤隆太)はすでに赤穂に向っていた。
江戸と播州赤穂は遠い。現在では東京駅から姫路駅まで新幹線で三時間、姫路から播州赤穂駅までは三十分で四時間足らずの鉄道の旅だが・・・基本、徒歩の時代である。早駕籠でも一週間と言われる遠さである。物見遊山なら片道一ヶ月は欲しいところなのである。
「赤穂は遠い・・・しかし・・・赤穂に行かなければ話にならん」
隠居した堀部弥兵衛(笹野高史)は遠い目をする。
「赤穂では・・・殿に殉じて切腹か・・・それともお城の引き渡しを拒んで城を枕に討ち死にか・・・」
弥兵衛の言葉に身が竦むきよだった。
「心配ではないのですか」
きよは弥兵衛の娘で・・・安兵衛を婿に迎えたほり(陽月華)に問う。
「武士であるからには・・・主君のために命を投げ出すのは当然のことですから」
武士の娘であり・・・武士の妻であるほりは覚悟を示すのだった。
元武士の娘であるきよの心は迷う。
三月十四日、主君の浅野長矩の江戸城松之大廊下における刃傷沙汰の報せを受けて、第一の早駕籠を使い、馬廻役の早水藤左衛門満尭と中小姓の萱野三平重実が赤穂に向う。昼夜を問わずに東海道を進み、京、大坂を経て赤穂にたどり着いたのは三月十九日の早朝だったという。強行軍である。
さらに・・・浅野長矩の切腹とお家断絶の報せを持って十四日の夜、江戸を出発した第二の早駕籠には足軽頭の原惣右衛門元辰(徳井優)と馬廻役の大石瀬左衛門信清が乗っていた。二人もまた強行軍で十九日の夕刻には赤穂城に到着した。
「何・・・殿が切腹・・・」
報告を受けた大石内蔵助は郡奉行の吉田忠左衛門兼亮(辻萬長)や次席家老の大野九郎兵衛知房(越村公一)と顔を見合わせる。
大野九郎兵衛は忠臣蔵における悪役である・・・穏健派として切腹に反対し・・・開城恭順を主張し藩内で孤立して最後は逐電する。
テロに屈しない世界では当然、穏健派として存在が擁護される傾向がある。
だが耐えがたきを耐えない世界では「卑怯者」と謗られるのである。
開城恭順か・・・篭城かで議論が続き、大石内蔵助は折衷案とも言える「大手門での切腹」を提示し・・・非恭順派の同志を募っていく。
三月二十五日、主君を泉岳寺に埋葬した側用人の片岡源五右衛門高房(新納慎也)や物頭の礒貝十郎左衛門正久(福士誠治)、田中貞四郎(田上晃吉)らが赤穂城に到着し、遺言を内蔵助に伝える。
「吉良の生死が定かではありません」
「何・・・」
「切腹では・・・殿の無念が晴らせぬことも・・・」
喧嘩両成敗の御法度に反し・・・吉良が無傷では・・・浅野家の武家としての名誉に関わるのである。
つまり・・・事件が単なる主君の乱心になってしまうのだった。
赤穂浪士に新たなる道が示された瞬間だった。
きよの本心を知らずに「瑤泉院の耳」を支援する仙桂尼は従兄弟で材木商の木屋孫三郎(藤木孝)を動かし、江戸呉服橋の吉良屋敷に女中としてちさ(二宮郁)を送りこんでいた。
きよはちさから・・・吉良上野介義央(伊武雅刀)が健在であるという情報を入手する。
実家である赤坂の三次浅野家屋敷に謹慎中の瑤泉院に「吉良の存命」を報告するきよ。
「なんじゃと・・・吉良が生きておると・・・それでは・・・殿があまりにも」
瑤泉院は夫の刃傷沙汰の裏に・・・「吉良の悪口雑言」と「夫の屈辱」を察するのだった。
「悪口は刃傷よりも卑怯なことです」
瑤泉院の武家の妻としての怒りに気圧されるきよだった。
瑤泉院からの文を受け取った仙桂尼は案ずる。
「この報せを受けた国許の男たちは・・・さぞや血気に逸ることでしょう・・・しかし・・・女には女の務めがございます」
「女の務め・・・」
「命を費やすばかりではなく・・・伝手を用いて・・・浅野家存続を目指すのです」
暴発か・・・忍従か・・・きよは選択を迫られるのだった。
何故か・・・礒貝十郎左衛門ときよの間を取り持つ・・・勝田善左衛門(大東駿介)である。
きよの挙動に不審を覚えた勝田玄哲は不肖の息子に問い質すのだった。
玄哲は亡き妻・さえ(大家由祐子)の墓前にきよを導く。
「互いに家を捨て・・・夫婦になったことが・・・良かったのかどうか・・・儂には未だにわからぬ・・・」
「・・・」
「思いを遂げることは・・・綺麗事ばかりでは済まぬ・・・さえには慙愧の思いがあっただろう」
「・・・」
「さえは子を残して家を出たのだ」
「私は・・・父上と母上の娘でございます・・・そのことを父上は悔いると申すのですか」
「・・・」
「父上と母上の恋を恥じるのでございますか」
「きよ・・・お前は母親に似たようだ」
「・・・」
「小石川へ参れ・・・磯貝殿が江戸に戻ったそうだ」
不肖の父親は・・・娘の恋を認める覚悟を定めたのだった。
小石川には徳川家康の母・於大の方の菩提寺である伝通院や「こんにゃくえんま」で知られる源覚寺などかあるが・・・きよと礒貝十郎左衛門の密会の場所は小石川白山権現社(白山神社)であろう。
そもそも・・・この場にきよを呼び出す礒貝十郎左衛門は悪人と言えるのだった。
「吉良が生きていることを探索されたこと・・・お手柄でござった」
「・・・」
「拙者は・・・これより亡き殿のために・・・命を捨てる覚悟でござる・・・拙者のことはお忘れくだされ」
「お側にいとうございます」
礒貝十郎左衛門の胸に飛び込むきよ。
その身体を抱かずにはいられない・・・礒貝十郎左衛門だった。
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