風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとかせむ(武井咲)
浅野内匠頭長矩の母親は父・長友の正室で志摩鳥羽藩主・内藤忠政の娘・波知である。
寛文七年(1667年)に長矩を・・・寛文十年に長広を出産した後、寛文十二年に世を去っている。
波知の弟の内藤忠勝は父を継いで第三代鳥羽藩主となるが、延宝八年(1680年)に第四代将軍・徳川家綱の七十七日法要に際し、芝増上寺で遺恨のある丹後宮津藩主の永井尚長を刺殺し、幕府より切腹を命じられお家は断絶している。
それから・・・二十一年・・・内藤忠勝の甥にあたる長矩が同様の刃傷沙汰を起こすのである。
血筋に遺伝的精神疾患という問題があったと・・・疑わずにはいられないエピソードと言えるだろう。
少なくとも事件を知る浅野家の家臣たちは・・・長矩が癇癪を爆発させる度に背筋が凍りついたと思われる。
長矩が刃傷沙汰を起こした時・・・「ああ・・・おそれていたことが・・・ついに現実になった」と思わずにはいられなかったのではないか。
で、『土曜時代劇・忠臣蔵の恋〜四十八人目の忠臣〜・第4回』(NHK総合201610151810~)原作・諸田玲子、脚本・吉田紀子、演出・伊勢田雅也を見た。半世紀もドラマを見ていれば始る前に大方の予想はつくものだ。まして忠臣蔵である。しかし、どれだけわかりきっていることでも・・・新鮮な切り口に驚かされることもあるし、わかっているからこそ深みを感じて面白いこともある。そういう意味でこの「忠臣蔵」はなかなかに楽しめるのだった。
赤穂事件という史実が・・・忠臣蔵という虚構になって三世紀が過ぎた今。
何がただの虚構で・・・何が歴史と言う虚構なのか渾然一体となって判別不可能なのである。
なにしろ・・・後半物凄いことになってくるからな。
元禄十四年(1701年)三月・・・播磨国赤穂藩の藩主夫人・阿久里(田中麗奈)は・・・勅使饗応役となった夫の浅野内匠頭長矩(今井翼)の帰りを・・・江戸鉄砲洲の浅野家上屋敷で待っていた。
浅野家上屋敷は現在の東京都中央区の聖路加国際大学の辺りにあったという。江戸城の東南である。
接待の最終日は三月十四日(1701年4月21日)である。現在で言えば桜の見ごろは終わっていてもおかしくない季節だが・・・劇的な意味で・・・桜吹雪も舞うわけである。
役目が終われば夫が帰ってくる。
勅答の儀が行われる直前・・・巳の下刻(正午前)である。
阿久里は不吉な花の嵐を幻視するのだった。
松の廊下こと江戸城本丸大廊下では内匠頭が勅使饗応指南役である高家衆筆頭の吉良上野介義央(伊武雅刀)に斬りかかっていた。
内匠頭は吉良上野介の額と背中に浅い傷を負わせたところで留守居番・梶川頼照に確保されてしまう。
「殿中でござる」
「せめて・・・もう一太刀」
乱心ではないと内匠頭は証言したというが・・・相手を殺害した叔父と違い・・・殺す気があれば斬るのではなく刺すべきだったわけである。
武士としては心得不足だったと言える。
内匠頭は江戸城内において取調を受けるが・・・その内容は定かではない。
未の下刻・・・午後四時前に陸奥一関藩主・田村右京大夫建顕の藩士に護送され、内匠頭は田村屋敷に移送される。
感情が激した時に胸が苦しくなる「痞(つかえ)」という気の病を病んでいたとも言われる内匠頭は・・・この時、胸のつかえがとれていたのだろう。
将軍・綱吉は朝廷と将軍家との儀式を台無しにされたことに激怒し、長矩の切腹と赤穂浅野家五万石の取り潰しをすでに決めていたと言う。
大老格側用人・柳沢吉保は即日切腹という処分を通達した。
田村屋敷は芝愛宕下・・・現在の港区新橋四丁目あたりにあったとされる。
愛宕山の東の大名屋敷で江戸城から見れば南である。
内匠頭は阿久里の待つ浅野屋敷とは違う方角へ運ばれていった。
事件勃発から・・・上意は・・・浅野屋敷に伝送されたはずである。
阿久里は養嗣子として迎えている内匠頭の弟・浅野大学長広(中村倫也)から恐ろしい報せを受け取っていた。
「殿中で・・・刃傷沙汰・・・」
阿久里の侍女であるきよ(武井咲)は・・・役目が終わったら祝言をあげようと言った礒貝十郎左衛門(福士誠治)の言葉を思い出す。
役目は・・・どうなったのだろう・・・。
申の下刻・・・午後六時過ぎ・・・田村屋敷に・・・幕府の正検使役として大目付・庄田安利らが到着する。
「不調法ゆえに・・・いかようにもおおせつけられるところ・・・切腹とは有り難く存じ候」
罪人として斬首されてもおかしくないのに・・・切腹を申しつけられ感謝した内匠頭であった。
辞世の歌を認めた内匠頭は田村家の藩士に家臣への伝言を託したとされる。
事件発生からおよそ七時間・・・田村屋敷の庭先で・・・幕府徒目付の磯田武大夫の介錯により内匠頭は切腹して果てた。
その報せが浅野屋敷に届く。
「そんな・・・早すぎる・・・せめて・・・一目お逢いしたかった」
阿久里は一瞬・・・我を失うが・・・次の瞬間には藩主夫人として動きだす。
屋敷は即刻・・・幕府に明け渡さなければならないのだ。
準備にとりかかる侍女たち。
きよと十郎左衛門の仲を知る堀部安兵衛の妻・ほり(陽月華)がまたしても囁く。
「皆さまは・・・殿の御遺骸を引きとりに出るそうです・・・今しかありませぬ」
きよは・・・事情を察する。
側用人である十郎左衛門は殉死する可能性があるのだった。
胸騒ぎを感じながら・・・屋敷内の桜の御神木へと向うきよ。
十郎左衛門はきよを待っていた。
「きよ殿・・・すべては無になった」
「十郎左衛門様・・・死なないでください」
「きよ殿・・・私のことは・・・忘れてくだされ」
「・・・」
田村藩士は・・・遺体を引きとりにきた十郎左衛門と片岡源五右衛門(新納慎也)に内匠頭の伝言を伝える。
「此の段、兼ねて知らせ申すべく候得共、今日やむことを得ず候故、知らせ申さず候、不審に存ず可く候」
前もって知らせるべきであったが・・・知らせることなくやってしまった・・・知らせなかったことをおかしく思われてもしかたない・・・。
自分のしたことを・・・すべて許せという藩主としての最後の命令であった。
内匠頭の遺体は浅野家臣に引き渡され・・・田村屋敷よりさらに南の泉岳寺に運ばれ、そのまま埋葬された。
十郎左衛門と源五右衛門は主君の遺体をあらためて涙する。
「肩にお傷を召されている」
「急なお沙汰で・・・介錯人の手元が狂ったのだろう」
「おいたわしや・・・」
男たちは殉死の相を浮かばせる。
浅野屋敷では・・・阿久里が落飾のために髪をおろしていた。
仙桂尼(三田佳子)は経文を唱える。
村松三太夫(中尾明慶)は父の喜兵衛とともに凶報を持って国元へと向う。
赤穂で留守を守る家老・大石内蔵助(石丸幹二)はまだ変事を知らない。
そして・・・きよと十郎左衛門の恋は・・・。
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