火曜日よりの逃亡者(新垣結衣)
セリフが良いドラマのレビューの問題は再現性の高まりまくりへの対処だよな。
もう・・・そのまんまでいいじゃんという衝動がね。
昔はどんどんやっていたのだが・・・最近・・・自嘲的な自重体制に移行しているよな。
つまり・・・一度、視聴しただけではセリフが記憶しきれなくなっているんだよな。
レビューの途中でセリフを確認する必要が生じるようでは妄想ではなくなってしまうからな。
面白いよ、このドラマ、面白いよという気持ちに不純な要素がまざるわけだよな。
しかし・・・それを言い出すとレビューという行為そのものが成立しないぞ。
そういう気分にさせるドラマは・・・恐ろしいな。
まあ・・・いいじゃないか・・・個人的な感想なんだから。
そこかっ。
で、『逃げるは恥だが役に立つ・第8回』(TBSテレビ20161129PM10~)原作・海野つなみ、脚本・野木亜紀子、演出・石井康晴を見た。計算と思考が同じものだという感覚を強く感じるものとそうでないものの比率は不透明であるが・・・因数分解と素因数分解の違いがわかる人間とわからない人間の比率は割とはっきりしていると思う。このドラマの主人公は自分を小賢しいと自己分析しているわけだが・・・「小賢しさ」に「計算高い」という要素が含まれてはいないのであろう。だから・・・「因数分解」をたとえとして使うと・・・アルゴリズムを日常としている数学男子に言葉として適切なのは「素因数分解」と訂正されてしまうわけである。複雑な数学的思考を駆使できることと問題解決能力の間には溝があるわけだが・・・直観力という超計算力が・・・結局は・・・計算につぐ計算に過ぎないのかどうか・・・科学はまだ明らかにしていない。
「セックスしてもいいですよ」
「無理です」
恐ろしい言葉の応酬である。
「据え膳食わぬは男の恥」という格言に基けば性交拒絶をした津崎平匡(星野源)は男として恥ずかしい存在なのだが・・・何故かといえば・・・相手に恥辱を与えているからである。
つまり・・・身悶えするほどの「恥ずかしさ」は・・・「はしたないことを言ってしまった上に拒まれた」森山みくり(新垣結衣)にあるのだ。
もちろん・・・そういうことが日常茶飯事の人はいるだろう。
なにしろ・・・男性は勃起しなければ出来ないわけである。
だが・・・まあ・・・ある程度のテクニックがあれば・・・対応は可能だ。
そういう意味で・・・みくりは未熟なのである。
だから・・・玉砕した上で己の未熟を恥じるという恥の上塗りをし続けることになる。
思い出すと「ああああああ」と叫ばずにはいられない「恥ずかしさ」・・・。
何にたとえたらいいのだろう・・・エレベーターの中で突然脱糞してしまった上に地震で緊急停止して片思いの相手と閉じ込められちゃった感じか・・・想像できないぞ。
しかし・・・一種のパンチドランカーである・・・みくりは・・・屈辱に耐え・・・平静を装う。
「告白」しては「スルー」されることの積み重ねが・・・みくりの「小賢しさフィールド」をそれなりに強化しているのである。
しかし・・・人間は忘れようとすればするほど忘れられなくなる記憶システムを完備しているのだった。
従業員としての妻みくりは・・・雇用主としての夫・ヒラマサに対して・・・新月が半月になるまでの間・・・「何事もなかったように勤務」を続けるのであった。
だが・・・「あの夜」を思い出させる飲みかけのアイスワインを美処女の百合(石田ゆり子)に返却するみくりだった。
「美味しくなかった・・・?」
「美味しかった・・・でも・・・あることを思い出して死にたくなっちゃうので・・・」
「え」
何があったの・・・とは恐ろしくて問えない伯母さんの百合ちゃんである。
あの日の屈辱を振り返る・・・。
決勝戦で・・・童貞に敗れ去ったあの日。
選手として全みくりの期待を一身に背負った恋愛47㎏級代表として・・・インタビューに応えないわけにはいかないのだ。
「この一戦を振り返っていかがですか」
「まあ・・・対戦相手が・・・強敵であることはわかってましたから・・・」
「惜しい試合でしたよね」
「もう少し・・・手数を出してから・・・勝負に出るべきでした」
「しかし・・・ファンの皆さんには伝わっていると思いますよ」
「次があるかどうか・・・わかりませんが・・・準備していきたいと思います」
「応援してくれた皆さんに一言」
「ありがとうございました」
滂沱の涙のみくりに全みくりが泣いた!
もはや・・・「303号室」そのものが・・・屈辱の記憶を思い出させる呪われた場所になってしまったのだ。
いや・・・ヒラマサ本人が屈辱の思い出の起爆剤である。
そして・・・火曜日はハグの日・・・ハグ・・・キス・・・「あああああああああ」なのである。
その時・・・みくりの窮状を見かねた運命の神は・・・館山の古民家に住んでいるみくりの母親・森山桜(富田靖子)を庭の脚立から落下させ・・・足を骨折させるのだった。
みくりの兄・ちがや(細田善彦)は「母親の負傷」をみくりに伝えるのだった。
舞い降りた「火曜日からの脱走」のための「大義名分」にみくりは縋りついた。
「身内の不幸」こそ・・・「欠勤」の言いわけに相応しいのである。
みくりは・・・火曜日から・・・303号室から・・・ヒラマサから逃げた。
(うまくできなかったら)
(十歳年下の女子に)
(童貞であることで)
(蔑まれたら)
(二度と立ち直れない)
(だから仕方なかった)
(だって私は童貞なんだし)
(童貞だって税金払ってるんだし)
(童貞だって誰にも迷惑かけていないし)
(童貞だって生きているんだ)
(童貞なんだから・・・許されるべきだ)
しかし・・・火曜日にみくりが・・・部屋にいなかったことで・・・ヒラマサの心は・・・一度死んだのである。
(絶望だ絶望だ絶望だ・・・これでいいのだ・・・童貞だもの)
冷蔵庫には職務に忠実なみくりのレンジでチンするだけの夕食セットが用意されていたが・・・ヒラマサは無視した。
そして・・・ランチにコンビニのおにぎりを食べた。
その頃・・・「3Iシステムソリューションズ」の社内では・・・「一つの危機」が発生していた。
「売春?」
「買収です」
「何を・・・」
「秘密です」
「私に秘密なんて通じると思うなよ」
営業職の密会を個人的な趣味で嗅ぎまわっていた沼田は・・・経営危機問題にたどり着いてしまったのだった。
「得意先が買収されたんだよ」と社長がセキュリティ・システムの守護神の脅迫に負ける。
「なんだって・・・」
「もしも・・・契約打ち切りになれば・・・四割の収入源だ」
「経営危機じゃないか」
「場合によっては・・・リストラなどで対応する」
「おいこら」
「この事実は拡散禁止だ」
「なに・・・」
「インサイダー取引発生の危惧があるだろう?」
「・・・」
沼田は秘密を抱えてしまったのだった。
みくりの就職は・・・ヒラマサの経済力に支えられている。
その根本を揺るがせかねない問題だが・・・今はそれどころではない二人なのだった。
(ハグとか・・・キスとか・・・あんなことをしなければ)
懊悩するヒラマサだが・・・「しないこと」が問題だったとは思わないのである。
自尊心の欠如による自己否定は・・・自己憐憫を伴う自己肯定に過ぎないのだ。
結局・・・人間は自分のことしか考えられない生物なのである。
回想、妄想が入り乱れてある程度・・・お茶の間に視聴力を要求するドラマだが・・・そういう人々は全員見ている感じである。
恋愛のおいしいところで躓いて職場放棄をしたみくりだったが・・・館山の実家では・・・身体の不自由な専業主婦が家事の出来ない夫・栃男(宇梶剛士)に苛立っており・・・熟年離婚の危機のようなものが発生している。
仕事と家事に携わる男と女の立場の変遷が俯瞰される展開である。
「ゴミ出しをしていた」とか「月に二回の風呂掃除」とかで「家事を手伝った」と思う「家事をしない夫たち」にダメを出す専業主婦の母。
そこに・・・男女雇用機会均等法に基づくちがやの妻・葵(高山侑子)が加わる。
ちがやは・・・父と同じで・・・家事をしない夫なのである。
しかし・・・保育園の見つかった葵は職場復帰を控えているのである。
「仕事をして育児をして家事をして・・・その上、夫の面倒となると憂鬱になる」のだった。
さらに・・・桜から手作りジャムのレシピを学ぶために・・・みくりの親友の田中安恵(真野恵里菜)もやってくるのだった。
「あ・・・ヤンキーのやっさん・・・みくりは夫婦喧嘩で家出か」
「ちがや・・・いい加減にしなさい」
自己肯定感の強すぎるちがやはときめかない壁ドンの洗礼を妻から受けるのだった。
にぎやかな・・・森山家である。
無料奉仕で家事をする主婦たちに・・・給料もらって家事をしているとは言えないみくりなのだった。
港には触らせてくれる野良猫がいる。
ぬるま湯気分に浸るみくり・・・。
無職の妄想大陸は・・・ゲーム三昧のスエット上下の頭かゆいみくりをサービスする。
パジャマを着ないみくりである。
このままではいけないと思ったみくりの前に26才の市議会議員・野口まゆ(櫻井はな)・・・奇しくもみくりと同い年である。
情熱が大陸している実在の人物に激しく感化されるみくりだった。
その夜・・・焼酎「二四六」を飲みながら夫の手料理を「星ひとつ」とコネタで桜が処理した後・・・・「あくまで生テレビ」で・・・みくりの市会議員立候補を妄想する女たち。
「女に生めと言ったり働けと言ったり・・・要求しすぎなのよ」
「いつ産めばいいのよねえ」
「高校で出産をすますというのはどうでしょう」
「産休による欠席は夏休みで補修してね」
「少子化て空いた教室に保育室を作って」
「高校聖夫婦だけしか進学できんのか」
「教室の授乳風景が微笑ましいという・・・」
「まあ・・・それを政策にして立候補は無理よねえ・・・」
娘が・・・夫婦間の問題で悩んでいると知ってか・・・知らずか・・・夫婦円満の秘訣を話す母である。
「もし・・・私が先に死んだら・・・あの人・・・どうなるのかと思って」
「・・・」
「無償の愛なんて注げないわよ・・・他人なんだし」
「ひでぶ」
「愛してるわよ・・・お互いに努力してね」
「ひでぶ」
「運命の相手ってよく言うけど・・・私、そんなのいないと思うのよ」
「ひでぶ」
「運命の相手に・・・するのよ」
「・・・」
「そうしよう・・・そうしたいって意志とか希望とかがないと・・・長続きしないでしょう・・・仕事も・・・家庭も・・・」
母の言葉が沁みるみくりである。
無傷ではいられないが・・・軽傷の連続でもダメージは蓄積する・・・諦めてしまいたくもなる。
しかし・・・欲しいと思わなければ何かを手に入れることはできないのである。
そして人間は棘の道を歩み出すのだ。
一方・・・家族サービスから解放された日野秀司(藤井隆)のために・・・居酒屋に集う男たち。
「みくりさんは日雇い妻」と疑う沼田。
「二人はラブラブだ」と本人たち以上に洞察する風見(大谷亮平)・・・。
「みくりさんに会いたいなあ」と日野。
「それは無理かもしれません」とヒラマサ。
「あの人は・・・そんなに簡単に・・・諦めたりしませんよ」と風見・・・。
「こんなところで・・・自信満々に皮肉を言える・・・あなたには・・・わからない」
「・・・」
ヒラマサは痛飲した。
百合は送迎員として召喚された。
ヒラマサは酔い潰れたのだった。
「まったく・・・いい年して・・・」
「僕も付き合います」と同情する風見。
「あなたたち・・・車・・・持たないわよね」
「都会では・・・必要を感じないから」
「でも・・・意外と遠くまで行けるのよ」
「僕は・・・最初の恋人にふられているんです」
「・・・」
中学時代の風見の恋人は・・・ゆかり(奥田こころ)だった。
「僕は・・・モテモテで・・・文武両道のイケメンで・・・彼女は地味なタイプでした・・・ある日、彼女から別れをきりだされました・・・僕がモテモテで・・・文武両道で・・・イケメンなのに・・・彼女は地味で・・・お似合いじゃないとみんなから言われると・・・そう言われて・・・僕はなんと言えばよかったんでしょう・・・世界中がどしゃぶりでも・・・このままどこか遠くへ連れて行ってくれないか・・・とでも」
「・・・」
狸寝入りをしていたヒラマサは・・・モテモテとそうではない人の壁を一瞬・・・乗り越えて共感してしまった。
(あの日・・・僕は自分を守ることで精一杯だった・・・みくりさんは・・・どんな思いを抱えていたのだろうか・・・バレンタイデーにチョコレートをくれた女の子に冷たくしていた奴・・・僕は・・・いつの間にかそんな奴だったのか・・・ああああああああ)
ヒラマサは・・・みくりの残して行った手作りの料理をチンした。
あの日から・・・二週間が過ぎ・・・月は満ちた。
みくりの携帯端末にヒラマサから着信がある。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいでお腹いっぱいなんですけど」
「すいません・・・いや・・・ごめんなさい・・・でも言いたいことがあるのです」
「私も・・・色々考えて・・・因数分解して・・・一つのファクターに・・・」
「ただ一通りに決定したなら・・・それは素因数分解ですね・・・とにかく・・・電話をしたのは僕なので先に僕の話を聞いてください」
「はい」
「僕は童貞なのです」
「知ってました・・・というか・・・そうじゃないかと思ってました」
「こわかったのです・・・けして・・・あなたを拒んだのではありません・・・だけど・・・その時・・・あなたがどう思うのか・・・全く・・・考えていませんでした・・・そのことをあやまりたかったのです」
「私・・・市議会議員になろうと思いました」
「え」
「でも・・・そういう生き方もあると思ったら・・・気が楽になったんです・・・だから・・・私の戻る場所は・・・303号室しかないと・・・」
「火曜日の分のハグをしましょう」
「はい」
走り出す二人・・・。
のだめなら千秋先輩は「来ちゃった」なのだが・・・。
ヒラマサはみくりの実家に・・・みくりはヒラマサのマンション前に到着しているのだった。
壮絶なすれちがいだった。
みくりの父親に激しくハグされるヒラマサ。
みくりの両親に・・・みくりの全記録を強制閲覧させられるヒラマサだった。
《明日には帰ります》
《待ってます》
《待っていてください》
何か素晴らしいことが待っている明日を・・・。
ヒラマサが洗った食器の美しさを愛でながら・・・みくりはうっとりと夢見るのだった。
相思相愛で専業主婦になって給料をもらい続ける夢を・・・。
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