ないものをねだるひとのこころはかなりおかしなことになっています(山田涼介)
人は時々、完全なものを求める。
たとえばテストで百点満点をとること。
たとえばオリンピックで金メダルをとること。
たとえば理想の恋人と結婚すること。
たとえば神になること。
しかし、寿命がある以上、百点満点を取り続けることも、金メダルを取り続けることも、結婚し続けることも不可能なのである。
「理性」はそれに気がつくことができる。
気がつけば・・・不完全であることに対応が可能である。
たとえば・・・達成することが不可能とわかっていても・・・極限まで目標にむかって努力する姿勢もそのひとつだ。
もし・・・目標に達しなくても・・・そこには受け入れの余地がある。
けれど・・・あくまで完全を求めるものには・・・不完全であることは受け入れ難い。
ないものねだりを続ける人間はやがて世界に激怒し世界を憎悪することになる。
完全なる神は・・・そういう人間も受け入れる。
「カインとアベル」は兄弟の葛藤の物語ではない。
唯一無二の絶対神と人間の心のふれあいの話なのである。
で、『カインとアベル・第5回』(フジテレビ20161114PM9~)脚本・山崎宇子、演出・洞功二を見た。原案を「旧約聖書 創世記 カインとアベル」とする物語は多い。たとえば「日本史」の「徳川三代家光と忠長」は「カインとアベル」が原作であると言える。江戸幕府の初代征夷代将軍となった徳川家康は東照大権現という「神」となった。二代秀忠は父親の管理下で実直に責任を果たす。そして、三代家光は両親に愛された弟の忠長を自害させるのである。恐ろしいほど忠実な「カインとアベル」の再現なのである。歴史は繰り返すのだ。今回、脚本家が変わっているが「カインとアベル」をやる限り・・・誰が書いても本質的には同じなのである。
17世紀のオランダの哲学者スピノザは忠長が自害する二年前に生れている。
スピノザは問題を根源に遡って考察する。
「カインとアベル」は愛を乞う者の物語である。
「聖書」はその根源を神による天地創造と人間の創出。そして人間の神に対する不服従という罪。それでも変わらぬ神の慈愛を説くという一点に収縮する。
罪を犯した人間が・・・再び過ちを犯すのが・・・愛を求めすぎた結果だというところが愛らしいのである。
・・・主はアベルとその供え物とを顧みられた。
しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。
そこで主はカインに言われた・・・「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」・・・と。
高田総合地所株式会社の後継者として育成された長男で副社長の高田隆一(桐谷健太)は父親である社長の高田貴行(高嶋政伸)の期待に応えるために抑圧的な人生を歩んできた。
タイ国におけるデペロッパー「BDC」との合併事業のための資金調達に躓き、絶望の淵に立たされた隆一は・・・突然、現れた海外在住の投資家・黒沢幸助(竹中直人)によって窮地を脱した。
自分が神に祝福された特別な人間であると確信し高揚した隆一に・・・危惧を感じた婚約者の矢作梓(倉科カナ)は「あなたを救ったのは弟の優くん」だと告げる。
隆一にとって次男の高田優(山田涼介)は「父親の期待に応えられない不具者」であり・・・隆一の優越性を維持するための精神的支柱であった。
「心の柱」を砕かれた隆一は・・・現実に存在する優を殴り倒さずにはいられなかった。
隆一の心が誰の目にも映らない以上・・・優に痛みを伝えずにはいられない。
優が隆一を優越することはあってはならないことなのである・・・隆一にとっては。
「俺に・・・恩を売ったつもりか」
「兄貴・・・」
殴られ階段から転げ落ちた優を見下ろし・・・隆一は自分の優越性を回復する。
隆一の目には・・・不甲斐ないがゆえに愛すべき弟が・・・得体の知れない怪物として認識されたのである。
優は一瞬、戸惑った。
しかし・・・不都合なことをし続けた弟は・・・そういうことには慣れていたのである。
翌朝・・・弟は兄に詫びる。
「余計なことをしてすみません」
「・・・」
兄は恐ろしい存在と化した弟から目を背ける。
息子である貴行に会社の経営を任せた高田宗一郎会長(寺尾聰=大河ドラマ「軍師官兵衛」の徳川家康である)は創業者として教育的指導をする。
「バンコクの件はどうなった」
「危機的状況でしたが・・・隆一の判断でリスクを回避することができました」
「リスクか・・・転ばぬ先の杖というが・・・時にはリスクに挑むのも経営者としては必要なことだ」
「お言葉ですが・・・社員の生活を預かっている人間は・・・リスクを最小限に抑えるのが理にかなっています」
「だが・・・ノーリスク、ノーリターンだぞ」
「・・・」
「リスクを惧れていては拡大再生産は不可能なのだ」
「そして東京電力の二の舞ですか」
「競争力を維持するためにはやむを得ないのだ」
そこに隆一がやってくる。
会長は隆一に尋ねた。
「融資を受ける決断を何故したのかね」
「リスクを避ける最善の策と判断したためです」
「それがリスクとならない保証はないがな」
会長は祖父として孫に微笑みかけた。
「・・・」
融資を可能にしたのが自分ではなく優であることが・・・隆一の心を揺らし続ける。
顔に痣を作り出社した優に柴田ひかり(山崎紘菜)は驚く。
「どうしたの」
「自転車で転んだ」
ひかりはあまり詮索はせずにわざとらしいほどのドジッ子ぶりを発揮しながら優に週末の映画鑑賞を持ちかける。
「映画か・・・いいね」
ひかりは昇天した。
しかし・・・梓は事情を察するのだった。
「彼に殴られたの」
「・・・」
「私が悪いのよ・・・彼にあなたのことを話してしまった」
「なるほど」
「でも・・・危機を救ったあなたの功績を隆一さんは知っておくべきだと思ったの」
弱肉強食と相互扶助の両立は可能だが・・・そのためには繊細なシステムが必要なのである。
梓はその点について思慮の欠けた直情性が認められる。
だからこそ・・・輝かしい面だけを向ける隆一に魅かれたわけである。
非常に危険なキャラクターだが・・・アベルが殺されるまで世界には女はイヴしかいないために・・・この世界の女性はすべてイヴ的な要素を持っている。
さらに言えば・・・性的差別の鈍化によって・・・高田兄弟は・・・あたかも高田姉妹のようでもある。
ここから隆一は・・・優秀だが醜い姉となり・・・馬鹿だが美しい妹を嫉妬しまくる感じになっていきます。
貴行のもとへ姉である自由奔放な女・桃子(南果歩)がやってくる。
「たった五分で彼から融資を引きだすなんて・・・優ったら人たらしよね」
「優?」
「あら・・・知らないの・・・百億円の件・・・」
「・・・」
貴行は事情を知り・・・優に対する評価を変えるのである。
優は貴行が受け継がなかった宗一郎の直感力を持っているのかもしれない。
自分の論理性を受け継いだ隆一とは違う可能性を・・・貴行は次男に見出したのだった。
父親から見れば・・・息子に平等に注ぐ愛であるが・・・息子から見れば相対的に愛が薄まると感じることには・・・思いが及ばない貴行である。
貴行にとって桃子は問題外の存在であり・・・宗一郎の継承者は唯一無二の自分であったのである。
貴行は自分の所有物が倍増した気分になった。
優は呼び出され・・・ビジネス目的の会食を命じられる。
貴行は優の服装をチェックし・・・自分の見立てによってドレスアップさせるのだった。
父親と弟が行動を共にしていることに・・・心が騒ぐ貴行。
融資の実状を父親に知られることは・・・兄の優位性を揺らがせる一大事なのである。
(お父さん・・・あなたは私に厳しく・・・優には甘い)
「どちらへ・・・」
「会食に優を連れて行こうと思ってな」
「優を・・・相手はどなたですか」
「なに・・・大した相手じゃないよ」
「・・・」
桃子は梓の職場を急襲する。
桃子が会長令嬢と知る社員は多くないのである。
受付嬢が知らないほどなのだ。
「あなたと話してみたくなったの」
「結婚の件はまだ職場では・・・」
「あらそう・・・」
「日本なので」
「社長夫人になるのは大変よ・・・」
「・・・」
「優は・・・私や父に似て・・・ざっくばらんだけど・・・隆一は張り切っているからねえ」
「・・・」
「昔は繊細な子だったけど・・・英才教育でネジを巻かれ過ぎていつかポッキリ折れちゃうかも」
「・・・」
「あなたが・・・支えてやって欲しいの・・・可愛い甥っこだから」
「はい」
隆一は梓と待ち合わせしていた。
「フランソワ・ジュベールで・・・レストラン・ウェディングを考えている」
「素敵だわ」
「俺たちの結婚式は・・・二人だけのものではない・・・会社にとっての大切なセレモニーでもふるんだ」
「・・・」
「週末には教会を下見したい」
「週末に・・・」
「問題があるかい」
「いえ」
性急な態度の隆一に不安を感じる梓。
隆一からは何か恐ろしいものがあふれ出す気配があった。
隆一がエリートとして振る舞い続けたことにより・・・彼の器には何かよくないものが鬱積していると・・・梓は勘づいている。
しかし・・・イヴである梓は・・・それをなだめる努力よりも・・・ひっくり返して中身を確かめたい好奇心が渦巻いているのである。
会食相手に「高田の御曹司」として紹介され・・・戸惑う優。
しかし・・・人たらしの能力を開花させ・・・場は和む。
「バックパッカーとしての旅行中に財布を紛失し・・・困り果て道端で座ったまま・・・眠りこんでしまったのです・・・目が覚めると目の前にお金がたんまり・・・どうやら瞑想中の僧侶と間違えられてしまったようです」
リゾートホテルの経営者である米国人に気に入られる優なのである。
会食後・・・貴行は社長命令を優に伝える。
「米国の高級リゾート経営企業・・・Draymond Hotel & Resort・・・が日本に進出し、高田は業務提携することになる・・・このプロジェクトのリーダーをお前に任せる」
「え」
父の期待の籠った眼差しに・・・優は心が沸き立つのであった。
役員会で「リゾート開発事業のプロジェクト・リーダー」として脚光を浴びる優。
やんちゃな金髪は・・・黒く染まっていた。
父親が自分に何の相談もなく・・・弟を抜擢したことに我を失う兄。
副社長としてそれらしく振る舞うこともおぼつかないのである。
隆一は貴行に直訴する。
「優には荷が重すぎる・・・私におまかせください」
「お前は海外事業プロジェクトに専念しろ・・・仕事を抱え過ぎるな」
「少なくとも・・・優を私の管轄下におかせてください」
「リゾート開発プロジェクトは優にまかせる・・・これは決定事項だ。お前には結婚式の準備もあるからな」
「・・・」
(後継者として・・・すべてを任せるとおっしゃったではないですか・・・兄の私と同じように弟を愛するというのですか・・・あなたは私だけを愛するべきなのではありませんか)
父親の意向に従うことで・・・父親の愛を独占したいと願っていた隆一の希望は打ち砕かれたのだった。
優はプロジェクト・チームのリーダーとして・・・梓を抜擢した。
「梓さんとなら・・・事業を成功させることが出来る気がします」
「うれしいわ・・・」
「受けてくれますか」
「もちろん・・・」
その他に・・・営業部 5課の安藤(西村元貴)や三沢(戸塚純貴)が抜擢される。
お友達枠かっ。
ひかりは選んでもらえないのか。
それより・・・営業部 5課は・・・佐々木課長(日野陽)とひかりだけでやっていくのか・・・。
「いやあ・・・御曹司をヨイショし続けた成果があったなあ」
「まったくだよなあ」
営業本部長に昇格した団衛(木下ほうか)も祝福する。
「さすが・・・御曹司・・・いつかやってくれると思ってました」
韓国なみのコネクション企業である。
コンプライアンス的に問題あるよね。
ひかりは・・・週末のデートを自主的にキャンセルするのだった。
小料理屋「HIROSE」の女将・広瀬早希(大塚寧々)はひかりの将来を案じるのだった。
しかし・・・お節介はやかないのである・・・イヴは・・・そこまで思慮深くはないのである。
何度も言うが・・・「カインとアベル」の世界にはアベルが死ぬまで・・・女はイヴしかいないのだ。
イヴは・・・人間に嫉妬し、神に反逆した堕天使が化身した蛇に唆され禁断の果実を食べてしまうダメ人間なのである。
そして嫉妬こそが永遠に連鎖する悪魔の罠なのである。
優は・・・新しい仕事の世界に夢中になった。
教会のステンドグラスに描かれるアダムとイヴ・・・そしてカインとアベル。
それを「兄弟の不和」として捉えては主題を見失う。
「兄弟が殺し合うほど大切な神への愛」の話なのである。
「結婚したら・・・家庭に入って欲しい」
「でも・・・優くんのプロジェクトチームに選出されて・・・やりがいを感じているの」
「僕との結婚か・・・プロジェクトチームかじゃない・・・僕より優を選ぶのかどうかだ」
「隆一さん」
「・・・」
ついに・・・精神が破綻し・・・狂気をのぞかせ始める隆一。
隆一は・・・神になろうとしていた。
もちろん・・・人間は神にはなれない。
不可能を追及するものは・・・狂うしかないのである。
梓は混乱した。
その足は・・・優を求め会社へと向う。
自由で・・・純情で扱いやすい・・・年下の男の子。
優は・・・残業中であった。
その背中にそこそこの巨乳を押しつける梓。
「どうしたの・・・兄と何かあったの」
「わからない」
「どうして・・・僕のところに・・・」
「わからない」
都合の悪いことは語らないのもイヴの性分である。
清廉潔白なアダムを罪に導いたのもイヴなのだ。
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