私は琴の爪になりたい(武井咲)
歴史の面白さというものは一種の残酷さの中にある。
たとえば「赤穂事件」に関わったすべての人間はおそらく数百年前に死んでいる。
一人も生き残っていないのである。
だが・・・子孫ということでは多くの生き残りがいる。
子孫には浅野側の関係者もいれば吉良側の関係者もいる。
「赤穂浪士が善で吉良上野介が悪」ということになれば・・・浅野側の子孫はいい気分で吉良側の子孫はあまりいい気分ではないということになる。
歴史を研究していれば・・・そういう「気分」が「史実」に反映して「事実」とは異なる様相を呈することは大いにありえるわけである。
「現代」においては・・・「集団で押し入って老人を殺害する」という行為は「犯罪」という他はないが・・・「殺されても仕方のない人などいない」と感じる人々が増えるほど・・・絶大な人気を誇った「赤穂浪士」の形勢は不利になっていくわけである。
一方で・・・「死刑になるべき人が死刑にならない」時代には・・・結局、「赤穂浪士」になるしかないのではないか・・・という考え方も発生する。
歴史の「残酷さ」の中には「希望」が含まれている。
「本当にあった赤穂事件」から何を読みとるか・・・それはそれぞれの自由なんだなあ。
で、『土曜時代劇・忠臣蔵の恋〜四十八人目の忠臣〜・第12回』(NHK総合201612171810~)原作・諸田玲子、脚本・吉田紀子、演出・伊勢田雅也を見た。元禄十五年(1702~3年)十二月十三日、江戸幕府の将軍は第五代・徳川綱吉である。赤穂事件の発端は浅野内匠頭長矩(今井翼)が殿中で刃傷沙汰を起こしたことにあるが・・・綱吉が内匠頭に即日切腹を申しつけたことにもある。一方で喧嘩両成敗の原則を無視して斬りつけられた吉良上野介義央(伊武雅刀)にはお咎めがなかった。吉良に対しては温情を見せ、浅野に対しては非情であったことが・・・さらなる事件を引き起こしたとも言える。そのために・・・「赤穂事件」では徳川綱吉も悪役となるし、その側近である綱吉の側用人(大老格)・柳沢出羽守保明も悪役となるのである。ひとつの事件に対して裁判官が悪役になることは今も多い。人が人を裁く難しさというものである。
江戸の治安の監察官である大目付に任じられていた幕府旗本・庄田安利は内匠頭を庭先で切腹させるという・・・厳しい態度をとったために・・・赤穂浪士の人気が高まると左遷されてしまうことになる。
北町奉行・松前伊豆守嘉広は赤穂浪士を忠義の士として絶賛し、後に大目付に出世する。
政務官である老中の一人、武蔵岩槻藩主・小笠原長重は主賓としてこの日の吉良家茶会に参加しているが・・・次の将軍・徳川家宣にも滞りなく仕えている。
お泊まりしなくて良かったわけである。
連絡役の毛利小平太(泉澤祐希)から討ち入りの日を知らされた密偵のきよ(武井咲)は上杉家下屋敷を脱出する。
磯貝十郎左衛門(福士誠治)の消息を知るために上杉下屋敷裏の氷川宮で小平太と待ち合わせをしたきよは網笠をかぶった不審な武士の姿に気付き、移動を開始する。
謎の武士に尾行されたきよは江戸市中を彷徨うが・・・小平太と遭遇してしまうのだった。
「怪しきものに尾行されております」
「なんと・・・」
二人は最寄りの茶屋に身を潜めた。
「何者でしょうか・・・」
「吉良の手のものか・・・あるいは公儀隠密やもしれぬ・・・」
「申しわけありませぬ・・・この期におよんで・・・待ち合わせなどいたしまして」
「いや・・・きよ殿は存分に働かれた・・・それに拙者は磯貝殿から伝言を預かっておる」
「磯貝様から・・・」
「今宵は・・・金杉町に参るそうだ」
「金杉町・・・」
芝金杉町は磯貝十郎左衛門(福士誠治)の母親・貞柳尼(風祭ゆき)の住居である。
「いずれにしろ・・・送り狼がいたのでは・・・身動きがとれぬ・・・拙者が引き受けるのできよ殿は隙を見て逃れよ」
「しかし・・・相手は二本差しでございます」
「ご案じ召されるな・・・」
小平太は筆をとり書きつけを認めた。
「万が一にも・・・遅参した折には・・・この文を磯貝様から大石様にお渡しくださるよう・・・」
そこには・・・「申し合わせ候ご人数あい退き申し候」という脱盟の言葉が認められていた。
「毛利様・・・」
「心配無用じゃ」
しかし・・・小平太は最後の脱盟者として名を残すことになる。
きよは・・・金杉町にたどり着いた。
そこには・・・十郎左衛門が待っていた。
貞柳尼は病床から二人を出迎える。
「なんと似合いの・・・言を挙げずとも私の目にはそなたらはまことの夫婦に映る」
「貞柳尼様、いえ・・・お義母様・・・ありがたきお言葉ありがとう存じます」
側に控えるみえ(三輪ひとみ)も微笑むのだった。
みえは・・・おそらく十郎左衛門の兄嫁なのだろう。
二人きりとなったきよと十郎左衛門は最後の一夜を過ごす。
「小平太が・・・」
「もしもの時・・・皆様のお心を乱す事がないようにとのお心使いと・・・」
「・・・」
「殿のご刃傷より一年と十月・・・待ちに待ったこの日と申されておりました」
「無事であればよいが・・・きよ・・・」
「はい」
「そなたは・・・生きよ」
「・・・」
「生きて・・・母を看取ってくれ・・・吾が妻として・・・」
「十郎左様・・・」
二人はかりそめの一夜を過ごした・・・。
そして・・・一月十四日の朝が来た。
きよは瑤泉院(田中麗奈)の「耳」として赤坂今井の浅野三次屋敷に向う。
浅野家の侍女である滝岡(増子倭文江)やつま(宮崎香蓮)、浅野三次家臣で瑤泉院付きの落合与左衛門(山本龍二)がきよを出迎えた。
「今宵・・・討ち入りとなりまする」
「さようか・・・」
「は」
「御苦労じゃったな・・・そなたの働き・・・聞き及ぶ」
「・・・」
「昨夜・・・夢枕に殿がおでましになった・・・晴々としたお顔であったぞ・・・いつか・・・そなたが御前で琴の腕前を披露した時のようじゃった・・・あれが夢の報せと申すものであったのだろうな・・・」
一同は・・・在りし日々を思い浮かべる。
「今は・・・一同が無事に本懐達することを祈るのみじゃ・・・」
きよは手筈に従って米沢町の堀部弥兵衛(笹野高史)の家へと向う。
その頃、浅草唯念寺の勝田元哲(平田満)の庵・林昌軒へ嫡男の勝田善左衛門(大東駿介)が訪れていた。
「そうか・・・きよは上杉の屋敷を出たのか・・・」
「こちらに戻っていないとわかればよいのです」
「いよいよ・・・事を起こすのか・・・善左衛門・・・お前は何故・・・そこまで赤穂の浪士に肩入れをする・・・」
「わかりませぬ・・・が・・・方々のなそうとしていることは・・・我が夢のようなもの・・・」
「・・・」
「まことの武士にはなれぬ己の血がたぎるのです・・・御免」
「待て・・・お前に預けたいものがある」
「・・・」
元哲は脇差を取り出した。
「不破数右衛門殿にいただいてもらいたいと・・・お伝え申し上げろ」
「父上・・・」
帰参した家臣である不破数右衛門(本田大輔)は貧窮し・・・すでに刀剣を売り払っていた。
ちなみに赤穂浪士には勝田新左衛門武尭がいるが勝田善左衛門とは別人である。
米沢町の堀部弥兵衛の家は集合場所の一つであった。
江戸市中に身を潜めた赤穂浪士たちは・・・目立たぬように参集する。
門出の祝宴の準備をする弥兵衛の娘で安兵衛(佐藤隆太)の妻であるほり(陽月華)は甲斐甲斐しく働いていた。
きよもそれを手伝う。
やがて・・・村松三太夫(中尾明慶)が・・・吉田忠左衛門(辻萬長)が・・・原惣右衛門(徳井優)が・・・そして大石内蔵助(石丸幹二)と主税(勧修寺保都)が到着した。
しかし・・・半平太はつい姿を見せない。
弥兵衛は内蔵助に・・・村松三太夫と安兵衛の親戚筋で・・・きよの縁者である勝田善左衛門と佐藤條右衛門(皆川猿時)を引き合わせる。
「この者たちは・・・堀内道場の門弟にて・・・準備に尽力し・・・今宵も屋敷外の警護を頼むものにて・・・」
「よろしく頼むぞ」
内蔵助に言葉をかけられ感激する二人だった。
すでに・・・江戸市中の民草は・・・討ち入りを待望していたのである。
村松三太夫はきよに弟の政右衛門を引き合わせた。
「どうか・・・お力を貸してやっていただきたい」
「承知いたしました」
「きよ殿・・・どうか息災で・・・」
「村松様・・・ご武運お祈り致しております」
やがて宵闇が近付く。
赤穂浪士たちは吉良屋敷の間近にある本所相生町の米屋に移動する。
ほりは父と夫に今生の別れを告げた。
「頬に米粒がついておるぞ・・・」
安兵衛は微笑んだ。
内蔵助はきよに伝言を委ねた。
「瑶泉院様に・・・あの時頂戴した頭巾を持ち持ち討ち入りに臨んだと」
「かしこまりました」
きよと十郎左衛門にも別れの時が来る。
「十郎左様・・・これを」
きよはお守り袋を渡した。
「琴の爪が入っておりまする・・・どうかこれをきよと思って・・・」
「行って参る」
無人となった堀部邸を出たきよはほりに連れられて・・・吉良邸に近い儒学者・細井広沢(吉田栄作)の屋敷を訪れた。
堀内道場の門弟である細井広沢は安兵衛と親しい。
この年、職を解かれていたが幕府側用人・柳沢吉保に儒学者として仕え、年五十両の援助を受けている身である。
そうでありながら赤穂浪士に肩入れし・・・協力関係にあった。
おそらく忍びの者であったのだろう。
「にわかに参じましたる無礼の程はお許し下さりませ・・・」
「今宵ともなれば・・・遠慮は御無用・・・」
「こちらは・・・夫の親戚筋にあたるきよ殿と申します」
「きよでございます」
「そなたが・・・きよ殿か・・・安兵衛から聞いておる」
「・・・」
「今朝・・・目黒不動の雑木林で半ば雪に埋もれた骸がふたつ見つかったそうじゃ・・・」
「・・・」
「一人は柳沢様のご家来であったそうだ・・・おそらくもう一人は赤穂の浪士であろう・・・」
きよは小平太のために瞑目する。
「双方・・・命を落さぬでもよかったろうが・・・戦にそういうことはままあるもの」
やはり・・・細井広沢は公儀隠密の一人らしい・・・。
幕府は赤穂浪士の動向を察知しつつ・・・放置していたのである。
そこへ・・・落合与左衛門が現れた!
「落合様・・・」
「瑤泉院様から差し入れでございます」
「まあ・・・」
「討ち入りの後は喉が渇くだろうと・・・蜜柑を四十八個・・・」
赤穂浪士が四十七士になったことを・・・瑤泉院は知らない。
「瑤泉院様は・・・」
「仏間にお籠りあそばしてございます」
きよの胸は高鳴った。
「斥候(うかみ)に参ります・・・方々のお働きを・・・この目で・・・」
きよは・・・降りやんだ雪道に飛び出して行った。
討ち入りの夜は更けていく・・・。
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