聖なる母のいない世界でユーは羊を飼う(山田涼介)
クリスチャンにとって「カインとアベル」は神だけが存在し、神の子のいない世界である。
神は聖なる父であって母ではない。
ナザレのイエスが聖なる母からこの世に降臨することにより・・・現世に神の子が現れる。
カインとアベルを生んだのはイヴだが・・・イヴの産みの苦しみはあくまで神罰によるものである。
神の命令を無視して禁断の果実を食べたから産みの苦しみを与えられたのだ。
アベルが殺され、カインが追放された時にイヴの心は描写されない。
もちろん・・・それは説明される必要もないほどの苦渋をイヴに与えたと想像することはできる。
しかし・・・「聖書」におけるイヴは神意に従って黙々とセツを出産する。
まるで奴隷のように・・・あるいは心のない機械のように。
人類が生まれ、育ち、地に満ちた時代・・・。
聖母マリアは・・・神を裏切り、楽園を追放され、兄弟で殺し合ったアダムとイヴの末裔の作った世を救うための神の子を産み落す。
ナザレのイエスは反逆者となり十字架刑に処され・・・すべての人の罪を一身に背負う犠牲となる。
そして・・・彼は復活することにより・・・神の支配の恐ろしさを一部の人類に刻み込むわけである。
神の御業が一部人類にとって悪魔の所業のようであることは紛れもないのである。
で、『カインとアベル・第9回』(フジテレビ20161212PM9~)脚本・阿相クミコ、演出・洞功二を見た。原案は「旧約聖書 創世記 カインとアベル」である。何度も繰り返すが「カインとアベル」には女性はイヴしか登場しない。そのためにドラマに登場する女性たちはすべてイヴの化身である。イヴの特殊性とは何だろうか。それは母を持たないということになるだろう。アダムもイヴも神が創造したのであって・・・母からは出産されていないのである。そのために・・・この世界には「母親」という存在が極力示されていないように思える。高田家には高田貴行社長(高嶋政伸)や桃子(南果歩)を生んだ会長の高田宗一郎(寺尾聰)の「妻」は登場しない。高田隆一(桐谷健太)と高田優(山田涼介)を生んだ貴行の「妻」も登場しない。それどころか・・・矢作梓(倉科カナ)の母親も・・・柴田ひかり(山崎紘菜)の母親も・・・小料理屋「HIROSE」の女将・広瀬早希(大塚寧々)の母親も登場しない。そして登場する女性たちは全員「母親」ではないのである。ここまで・・・「母の存在」を排除しているのは一種の「呪い」と言えるだろう。
今回・・・唐突に女将の早希が時代劇に登場する「母親」のエピソードを紹介する。
「二人の母親が子供を綱として綱引きをする。子供は痛がる。手を離した方が本当の母親である」
いわゆる「大岡越前」の「越前裁き」的な話である。
もちろん・・・実の母親がサイコパスだったらどうするつもりだという大問題はさておき・・・つまり・・・この世界には・・・時代劇というフィクションにしか・・・母親は存在しないのである。
イヴの産んだカインとアベル以外の登場人物たちはみな「母のない子」なのだ。
この異常な世界・・・だから・・・背後から婚約者の弟を抱きしめたりして誘惑に誘惑を重ねたヒロインの梓が「愛しているのは隆一さんだけ」と平然と言ったりして記憶障害なのかと思ったりする必要はないのである。梓はダメな男に心を動かされるタイプだし、目の前にかわいいものがいたら撫でずにはいられないタイプなのである程度の話であり気にする必要はない・・・なにしろ・・・何よりもこの世界は最初から「聖書」を原案とする一種の狂気の世界なのだから。
神が唯一無二の存在であると納得できない人にとってはまさに絵空事である。
特にわが国は八百万の神々の国であるからなあ・・・。
隆一を追放した優は・・・自分が最善を尽くしたと信じている。
事前に優から・・・重要な事実を隠されたまま・・・相談された貴行は・・・「身内を公的に断罪した身内の不品行」を責めることができない。
「兄貴はどうしていますか」
「別荘にいるらしい・・・」
貴行は隆一の精神的な立ち直りを気遣う。
しかし・・・優は・・・ビジネスとプライペートの障害を除去した達成感を得ている。
社内を盗聴するような副社長は排除するべきであり、梓から仕事を奪うような結婚は阻止するべきなのである。
優は目的達成のために手段を選ばない性格であった。
だからこそ・・・社会のルールに馴染まず・・・自由奔放に生きていたのである。
博愛主義者の梓は・・・虎を檻から解き放ってしまったのである。
婚約者を会社から追いだされ、自分の結婚式を破壊されて・・・梓は優が・・・手名付けやすい愛玩動物ではなく猛獣だったことに気がついたのである。
梓は優の取締役室に呼び出される。
「結婚式のことは大変でしたね・・・高田の人間として謝罪します・・・それはそれとして・・・家庭に入る必要がなくなったので・・・仕事を続けられますよね・・・新しい事業のリーダーとして腕をふるってもらえませんか」
「私は・・・本日、退職します」
「なぜです」
「隆一さんの婚約者として彼を支えなければなりませんから」
「冗談でしょう・・・兄貴はお払い箱ですよ」
「どういう意味ですか」
「兄貴はもう・・・何一つ持っていません・・・あなたを幸せにはできない」
「私は隆一さんがいればそれで幸せです」
「・・・」
梓は葉山にある高田家の別荘を訪ねる。
少なくとも隆一にし素晴らしい別荘の使用権は残されているらしい。
隆一は鍵を開けないが梓はあきらめない。
貴行と優は・・・隆一が抜けた穴を埋めるために・・・仕分け作業を行う。
業務ファイルの中に・・・保留案件を発見する優。
それは・・・「新宿第二地区開発事業」というリスクの高い案件である。
「これはどうしますか」
「それは問題の多い案件だ・・・今は貴行の不在を埋めることが重要だ」
「しかし・・・ピンチこそチャンスではないですか」
「トラブルの際中に新しいトラブルを起こす必要はない」
「それほどのリスクがあるということは凄いリターンが期待できるということですね」
「とにかく・・・新宿第二地区には手を出すな・・・これは社長命令だ」
「・・・」
しかし・・・あらゆるものからの支配を認めない・・・傲慢な優には・・・父親の言葉に耳を傾ける能力はないのである。
アベルはアダムの農耕を手伝わず・・・牧畜をするのだ。
小料理屋「HIROSE」では女将とひかりが結婚式がとりやめになった梓を慰める。
「さすがに・・・花婿のドタキャンはひどいですよね」
「ですね」
「でもなにもかもうしなったような気分の彼は・・・あえて出席しなかったのかも」
「やさしさをはき違えているんですよね」
「まあ・・・人はいつだって自分が一番かわいいものだから」
「ですよねえ」
優はこの世界では「イヴを唆した蛇」の嫌疑がかかる投資家・黒沢幸助(竹中直人)に面会を申し込む。
「ふふふ・・・ビジネスに憑依された男の顔になったな」
「おほめに与り光栄です」
「今日は・・・何の用だ?」
「民営党の大田原代議士を紹介していただきたいのです」
「ふふふ・・・かなりドス黒い政治家だぞ」
「ドス黒いということは・・・ドス黒い力を持っているということですよね」
「よかろう・・・」
桃子は優の取締役室に顔を出す。
「兄を追いおとして良い部屋をもらったわね」
「その言い方はひどいな」
「梓はどうしているの」
「何故・・・私に聞くのですか」
「貴行にとっても痛手だったみたいね」
「兄を排除することについては父も同意のことです・・・会社にとって有益なことですから」
「そうかしら・・・貴行が反対できないように・・・上手くコトを運んだ・・・ってことじゃないの」
「すべては目的達成のための手順ですよ」
「ビジネスは一人ではできないものよ・・・信頼できる人間がいなければ・・・大きな仕事はできない」
「心得ています」
「あなた・・・他人の言葉が心に届いていないでしょう」
「ちゃんと・・・聞こえていますよ」
「そうかしら?」
隆一はようやく梓の前に顔を出す。
「大丈夫?」
「何故だ・・・どうして俺を責めない・・・俺を許せるのか?」
「家族ですもの・・・あなたを責めたって仕方ないでしょう」
「・・・」
「家族だから・・・あなたのことが心配だし・・・傷が癒えるのを待つことができるの」
「俺を・・・待っていてくれたのか」
「だって・・・私には隆一さんしかいないもの」
「こんな俺と・・・結婚してくれますか」
「もちろん」
会長の宗一郎が優を訪問する。
「仕事一筋だそうだな」
「いえ・・・まだ攻め足りません」
「お前にとって目標は何だ」
「高田を世界一のデペロッパーにすることです」
「するといいことがあるのかな」
「ええ・・・世界一の経営者として君臨できますよ」
「お前は・・・世界のトップになるつもりか」
「そうですよ・・・一位を目指さなかったら・・・何が面白いんですか・・・仕事なんて」
「お前は・・・大切なものを見失っているのじゃないか」
「大切なものってなんですか」
「たとえば・・・幸せとか・・・家族とか」
「今・・・僕は・・・幸せですよ・・・人間は目標に向って努力する時に・・・快感を感じる生き物ですから」
「・・・お前・・・恋人がいなくて寂しいんじゃないか?」
「え」
思わず・・・優はひかりを食事に誘う。
「ごめん・・・今日は友達と先約があって・・・」
ひかりが自分よりも優先する友達を持っていることに驚愕する優。
(お前はいつでも俺の味方だと言ったじゃないか)
小料理屋「HIROSE」で食事をする優。
「忙しそうね」
「なにしろ・・・ボクの肩に高田の社員の生活がかかってますからね」
「あらあら」
そこに・・・ひかりがやってくる。
「友達にドタキャンされちゃった」
「・・・」
「ねえ・・・みんな・・・最近の優がピリピリしてるって言ってるよ」
「ピリピリってなんだよ」
「ごめん・・・」
「なんで謝るんだよ」
「だって怒ってるから」
「・・・」
「一人で背負いすぎなんじゃないの・・・」と女将は苦言を呈する。
「高田にとって・・・今が正念場なんだ・・・ビッグチャンスなのに・・・手を伸ばさないなんて・・・羊たちは愚かすぎる・・・小料理屋の女将に何がわかる」
優は店を出た。
ひかりは優を追い掛ける。
「ちょっと・・・あんな言い方って」
「本当のことを言ったまでだ」
「女将さんに謝ってもう少し・・・飲んで行きましょうよ」
「別の店に行かないか・・・もっとゴージャスな店に・・・」
「私は・・・HIROSEでいいよ」
「行かないのか」
「うん」
「帰るなら車で送って行くよ」
「大丈夫・・・一人で帰れるから・・・」
ひかりは・・・優が何やら恐ろしくなっていた。
高校のクラスメートとは思えない・・・まるで悪の生徒会長になってしまったみたいだ・・・二人とも社会人だぞ。
老舗の蕎麦屋「まつや」で密会する優と大田原議員。
「先生・・・こんな場所で大丈夫ですか」
「ここは・・・私の店だよ・・・表向きは違うけれどね」
「新宿第二地区の件ですが・・・」
「ふふふ・・・あそこは反社会的勢力がからんでいるぞ・・・ヘイトするものもヘイトされるものも混在し、古き魔物の棲み家でもある。東京の魔境の中でも極めてデンジャラスな土地だぞ。一種の地上の地獄だ」
「だからこそ・・・開発出来た時のメリットは絶大です」
「なるほど・・・高田の三代目は・・・野望に燃えているのですな・・・面白い・・・お世話しましょう・・・新宿第二地区・・・あそこにソドムかゴモラを築けばよろしい・・・」
「御礼の方は」
「秘書を通じるのが一番ですよ」
「ですね」
高田総合地所株式会社の定例役員会。
「私の方から新規事業着手のご報告があります」
「なんだって」
「新宿第二地区の開発事業です」
「それには手を出すなと言ったはずだ」
「もう・・・出しちゃいました」
「優・・・」
「今さら・・・後戻りはできません・・・高田の未来に向って飛翔は始っています」
「・・・」
目尻に朱をさした優はもはやアベルというよりオーメンのダミアンである。
投資家・黒沢に「出直しの挨拶」に出向いた隆一は優の暴走を知る。
「そんなあの・・・禁断の土地に手を出すなんて」
「面白くなってきただろう・・・これで高田は揺れるぞ・・・お前がのっとることも夢じゃない」
「そんな夢を私はみていません」
「それは・・・どうかな・・・人はいつだって夢を見るものじゃないか」
隆一は優に忠告するために本社にやってきた。
「優・・・いますぐに手を引くんだ・・・あそこはリスクか大きすぎる・・・火傷するぞ」
「だからダメなんですよ・・・火傷を惧れていたらカップヌードルひとつ食べられない」
「いいか・・・あそこをまとめるためには悪魔と取引する必要がある・・・そんなことをしたらとりかえしがつかないんだぞ」
「コンプライアンスなんて・・・遵守している姿勢さえ示せば・・・いくらでも抜け道はありますよ・・・原子力発電のリスクがいかに大きいだろうと・・・人間は電気なしでは生きられない体質になっているんです」
「体質は改善すればいいじゃないか」
「温いなあ・・・いいですか・・・そこがいかに不健全な土地でも・・・いや・・・不健全であればあるほど・・・群がる人間はいるんです・・・放置しておいても・・・いつか誰かがやる。それを私がやるだけですよ」
「お前は・・・悪魔に魂を売る気か」
「何を言ってるんですか・・・私は頂上に立ちたいだけなんです。そこに山があるからです・・・それより・・・あなたこそ・・・部外者のくせに何を言ってるんです」
「俺はお前の兄だ・・・兄として弟を心配しているんだ」
「ご心配いただきありがとうございます・・・でも大丈夫ですよ・・・なにしろ・・・もうサイはふられてしまったので・・・お引き取り下さい・・・それとも警備員を呼びますか」
「・・・」
高田家に宗一郎が訪れる。
「お前の子は・・・恐ろしい奴だったな」
「ギャンブラーでした」
「仕方ない・・・我々にもそういう血が流れていたということだ」
「出る釘は打たれますか」
「打たれるな」
巨大なデペロッパー達は・・・高田の暴走を許容しなかった。
大田原議員は・・・密告され・・・贈収賄疑惑の渦中に投げ込まれた。
報道に蒼白となる・・・高田一族・・・。
東京地検特捜部は・・・高田総合地所・・・取締役・高田優をターゲットとして与えられた。
検察官たちが本社に突入する。
「高田優さん・・・贈収賄の重要参考人としてご足労いただきます」
「・・・」
神の放った正義の矢が・・・優の胸を貫こうとしていた。
あるいは・・・神の偉大な鈍器が優の脳天を砕こうとしていた。
あるいは・・・もういいぞ・・・とにかく絶対絶命の主人公なのである。
最終回直前だからな。
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