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2017年2月14日 (火)

世界でただ一つの大切な命(木村拓哉)

人間は命を大切にする世界で生きている。

自分の命も大切だし他人の命も大切だと人間は教えられる。

人間の命だけではなくあらゆるものの命が大切だと感じることもある。

しかし・・・命は命を犠牲にして永らえるものだ。

そこに思い当たれば言葉が嘘であることがわかる。

不誠実で不条理に満ちた世界で人間は生きて行く。

他の命を殺して生きて行く。

だから命の中でも自分の命が大切なのである。

自分の命よりも大切なものがあると思いこんだ人間は愚かである。

けれど・・・愚かさは時に恐ろしく・・・時に美しい。

不特定多数の命ではなく特別な命があることに気がつくこと。

人はそれを愛と呼ぶのかもしれない。

で、『A  LIFE~愛しき人~・第5回』(TBSテレビ20170212PM9~)脚本・橋部敦子、演出・平川雄一朗を見た。十年前に・・・幼馴染の外科医・沖田一光(木村拓哉)と壇上記念病院の院長令嬢である小児科医・壇上深冬(竹内結子)が心を通わせた屋上で・・・彼女は意識を失った。片山関東病院で提携のための条件交渉中だった深冬の夫で副院長の座にある鈴木壮大(浅野忠信)は我を失い病院に駆けつける。病院に走り込み、エスカレーターを駆け上がり世界で一番大切なものを確認しようとする。

深冬は目覚める。

一光は安堵する。

深冬は点滴を打たれていることに不安を感じる。

「何か・・・飲む?」

「ええ・・・」

そこへ・・・壮大が到着する。

「深冬・・・」

「あなた・・・」

見つめ合う夫婦を一光は見つめる。

その顔に浮かぶ表情は・・・何か複雑な気持ちを隠しているように見える。

副院長室で・・・「深冬の病状」という秘密を共有する二人の医師は追いつめられている。

「もう・・・伏せておけないんじゃないか」

「・・・」

「いつ・・・深冬に話してくれるんだ」

「まだ・・・確実な手術方法が見つかっていない・・・病名だけでなく・・・希望も伝えたい」

「もう俺が切るよ・・・家に帰っても深冬がいるんだよ・・・俺はどんな顔すりゃいいんだ」

「落ちつけよ」

「・・・」

冷静さを失う壮大・・・しかし・・・冷静ではないのは一光も同じである。

一光が他の患者よりも・・・深冬を特別扱いしていることは明らかであった。

いつ・・・発作が起きてもおかしくない脳腫瘍患者に医療行為を続けさせていることがその証拠である。

一光もまた我を失っているのである。

一光は治療法の検索という行為に逃避しているのである。

なぜなら・・・一光にとっても深冬は特別な存在だから。

深冬が生き生きと生きていることが何よりも優先されるのだ。

それは恐ろしいことなのである。

しかし・・・人間なんてそんなものなのだ。

世界中にあふれている患者と目の前にいる愛しい人の命が同じであるわけがない。

家族だから恐ろしくて執刀できないという壮大も。

不可能に見える手術の方法を模索し続ける一光も。

同じ穴の狢なのである。

二人は深冬の命という呪縛にがんじがらめになっているのであった。

壇上記念病院の第一外科部長・羽村圭吾(及川光博)は「日本の名医百選」に選ばれ雑誌に掲載された。

看護師長の西山弥生(峯村リエ)は看護師たちとささやかな祝宴の席を設ける。

「羽村先生・・・おめでとうございます」

「僕にとって名誉なことは・・・恩師の山本先生と同じ雑誌に掲載されたことさ」

「関東医師会の事故調査員に選ばれたことも・・・うちの病院にとって名誉なことですわ」

「そうだね」

「ねえ・・・井川先生」

「・・・」

うっかり深冬の病状を知ってしまった満天橋病院の後継者として修行中の井川颯太(松山ケンイチ)は心ここにないのである。

颯太の苦悩に気がついたスーパー・オペナースの柴田由紀(木村文乃)・・・。

「なんか・・・あった?」

「いや・・・なにも」

「そう」

ナース柴田は野菜抜き牛丼の差し入れを持ってドクター沖田を急襲する。

「何か・・・お手伝いできることがありますか」

手術に関してはドクター沖田とナース柴田は一心同体なのである。

しかし・・・一光は「秘密」を柴田に打ち明けることができない。

その「秘密」は特別だからである。

「いや・・・これはいい」

「脳腫瘍ですよね」

「これは大丈夫・・・お願いしたいことがあったら・・・言うよ・・・柴田さん・・・牛丼、ありがとう」

「生姜は?」

「いらない」

ナース柴田はなんらかの壁の存在を感じて撤退した。

ナース柴田はドクター沖田を特別に信頼しているのだ。

一光は牛丼を食べた。

食事は苦悩を一瞬忘れさせる儀式なのである。

牛肉を食べて今を生きる一光・・・。

ドクタールームで颯太は深冬に初歩的な術式の確認を求められる。

いつもと同じように快活に振る舞う深冬だったが・・・行動に綻びが生じ始めていた。

「最近・・・うっかり忘れちゃうことが多くて」

深冬の「病」を知る颯太はうろたえる。

「深冬先生・・・」

「はい」

「いえ・・・最近・・・意欲的ですね」

「そうねえ・・・これまでは院長の娘という立場に縛られていたんじゃないかなって思うようになって・・・自分の気持ちを大切にしようと思ったのよ・・・」

「自分を大切にすることは・・・大事ですよね・・・」

それ以上・・・踏み込みことはできない颯太なのである。

深冬の「死に直結しているかもしれない病」は壇上記念病院を蝕み始めている。

関東医師会の事故調査委員として羽村外科部長が担当する調査対象は・・・恩師の山本(武田鉄矢)が執刀したオペだった。

「僧帽弁閉鎖不全症に対するMICSか・・・」

僧帽弁は心臓の左心房と左心室の間にある弁で左心房が収縮すると同時に開いて左心室へと血液を送り込み、また左心室が収縮すると同時に閉じて左心房へ血液が逆流しないように働いている。

僧帽弁閉鎖不全があれば血液が逆流するわけである。

MICS(Minimally Invasive Cardiac Surgery)は低侵襲(小切開)心臓手術である。

大きな胸骨正中切開で行う心臓手術を小さな切開で行う心臓手術のことで・・・早期リハビリ、早期退院、早期社会復帰が可能になるという利点がある。

桜坂中央病院の副院長である恩師に対し聞き取り調査を行う羽村・・・。

山本輝彦は壮大にとっても恩師であった。

「鈴木(壮大の旧姓)と羽村を教えていた頃が懐かしいなあ・・・思えば遠くへきたもんだ」

「山本先生のご恩を忘れたことはございません」

「おいおい・・・泣かせるなよ」

「では・・・手術の録画を拝見させてください」

「・・・録画か・・・妙な時代になったもんだなあ」

羽村は微笑んだ。

颯太は外来患者の風間義男(須田邦裕)に相談を受けていた。

「なるほど・・・ミックスを受けて・・・息切れをするようになったと・・・」

「雑誌で・・・羽村先生のご高名を知って・・・」

「手術はどちらで・・・」

「桜坂中央病院の山本先生です」

颯太は日本医学界の縦社会構造を知るドクターである。

弟子の羽村医師が恩師の山本医師の「手術」を否定できないことを危惧するのだった。

颯太はそういうことに無頓着であろう沖田に相談するのだった。

「・・・というわけなんです」

「で・・・何か問題があるのか」

「問題があったらまずいので・・・沖田先生にお願いしたいんです」

「・・・わかった」

「すみません・・・大変な時に」

「え・・・」

「俺にできることがあれば・・・」

「特にないよ」

「脳のオペについて考えているんですよね」

「・・・」

「治せるんですか・・・本人は知ってるんですか」

「どういうこと・・・かな」

「すみません・・・たまたま・・・カルテを見てしまいました」

「救える方法が見つかったら・・・本人に告知するつもりだ」

「副院長先生は・・・愛されている奥様を切れるんですか」

「だから・・・僕が切るんだ」

だが・・・一光も深冬を愛していることはお茶の間にも明らかなのである。

壮大が正気を失っているように一光も正気ではないのである。

颯太は抱えていた秘密を吐き出して一息ついた。

検査の結果を風間に伝える一光。

「息切れの原因は・・・僧帽弁の閉鎖不全なので手術すれば治ります」

「前の手術にミスがあったということですか」

「それは・・・手術をしてみないと・・・わかりません」

「そういうものなのですか」

「ええ・・・医師は万能ではありませんから」

手術の結果・・・漏れは発見された。

片山関東病院との提携話が立ち消えになったことで・・・「あおい銀行」の担当者・竹中(谷田歩)は融資の見送りを壮大に通告する。

「提携の話は他にもありますから」

「計画が具体的になったらお話を伺います」

「しかし」

「こちらもビジネスですから」

「・・・」

深冬の手術のためにナース柴田が必要だというドクター沖田の主張が・・・経営者としての壮大の足枷となってしまっていた。

「どうするつもりなの」

ベッドサイドで愛人の顔から弁護士の顔に戻る榊原実梨(菜々緒)である。

「・・・」

榊原は壮大から秘密の匂いを嗅ぎ取る。

「なにかあるの・・・」

「なにもないよ」

「あなたにとって・・・私ってなんなのかしら」

「・・・」

「帰るのか・・・」

「・・・」

「そばにいてくれよ」

愛は彷徨うのだった。

手詰まりの壮大の元へ・・・羽村外科部長がやってくる。

「山本先生の手術映像を見た・・・漏れがあるのに・・・何事もなかったかのように閉じられていた」

「ミスがあったとそのまま報告するのはまずい・・・俺達で山本先生を守らなければ」

「・・・」

羽村は友情を・・・。

壮大は光明を見出していた。

一光は深冬が執刀する手術をモニターで見守っていた。

一光の心には穴があいている。

そこから愛が逆流するのだ。

深冬は医師として患者を救うのが生きがいなのである。

生死の境界線で・・・深冬の幸せを祈る一光。

善悪の境界線で深冬の手術を許容する一光。

いつ終わるかもしれない深冬の命の輝きを惜しむ一光。

繰り返すが・・・すでに一光は正気ではないのである。

愛が一光を狂わせているのだ。

深冬がペアン鉗子を落した。

一光は狂気の世界から醒める。

手術室に姿を見せる一光。

「状況説明して」

「どうして・・・私の手術よ」

「お前・・・体調がベストではないだろう・・・患者さんに失礼だ」

「・・・お願いします」

失礼なのは・・・深冬ではなく・・・一光なのである。

患者に病状を告知できずに・・・メスを握らせているのは彼なのだから。

「ありがとう・・・最近・・・体調がおかしくて」

「俺が看ようか」

「沖田先生の手を煩わせるまでもないわ・・・」

「・・・」

一光は愛の迷路で立ちすくむ。

壮大は恩師の前に現れる。

「鈴木・・・いや・・・壇上くん」

「ご無沙汰しています」

「君が医者としてだけではなく・・・経営者としても優秀だったとはねえ」

「本日は・・・経営者として伺いました」

手術の途中での執刀医の交代を聞き・・・颯太は一光に問う。

「深冬先生・・・大丈夫ですか?・・・・もしかして・・・腫瘍が大きくなってるんじゃ・・・早くなんとかしないと」

「そんなこと・・・わかってるよ」

一光は颯太を怒鳴りつけた。

「・・・」

「・・・すまない」

颯太は一光の苦悩を理解した。

隣室で一光の怒鳴る声を聞いた羽村。

「何が会ったか知らないけれど・・・ダメだよ・・・あんな風に熱くなっちゃ・・・医者にとって一番大切なのは・・・すでに冷静であることだ」

帰宅する壮大・・・。

「相談があるんだけど・・・」

「どうした・・・」

「健康診断で何もなかったのに・・・最近・・・頭痛が激しいのよ」

「わかった・・・診察しよう・・・検査のスケジュールを組んでおくよ」

「ありがとう」

壮大は追いつめられた。

「診断すればすぐに結果が出る」

一光も追いつめられた。

「診断するのか?」

「もちろんだよ・・・深冬が俺を頼ってくれたんだ」

壮大は泣いていた。

「ごめん・・・家族のお前に・・・辛い思いをさせて・・・でも・・・その診断・・・来週まで待ってもらえないか」

「大丈夫なのか・・・」

「執刀医として・・・俺が判断する責任がある・・・だからもう少しだけ・・・時間が欲しい」

往生際の悪い一光だった。

颯太は羽村に風間の一件を伝える。

「山本先生のミックスの手術を受けた患者さんだったので」

「その件が・・・私の調査対象なんだ・・・」

「・・・」

羽村は・・・山本に最終的な確認をする。

「本当に漏れはなかったんですよね?」

「壇上副院長が・・・報告書には漏れがなかったと書かかせると言っていたよ」

「え」

壮大は・・・手術ミス隠蔽を桜坂中央病院との提携話の取引材料にしていた。

羽村は壮大に詰め寄る。

「どういうつもりなんだ」

「俺は守るべきものを守っただけだ」

「何をだ・・・純粋に山本先生を守るのではなかったのか」

「お前だって・・・自分を守っただけだろう」

「・・・私が真実を暴いたら・・・」

「お前に・・・それができるのか」

「沖田先生ならどうするのだろう」

「なんでだよ」

「山本先生の患者を・・・沖田先生が再手術した・・・」

「・・・」

「沖田先生には駆け引きなんかないだろうね」

羽村は沖田に・・・風間の再手術の結果を問う。

「最初のオペに問題がありました・・・手術は不完全だった・・・逆流を確認したのに・・・弁閉鎖機能の障害をそのままにして閉じたんです・・・それ以上切開すると・・・小切開心臓手術の症例じゃなくなっちゃうからというのが理由でしょう」

「患者への説明にあたって・・・山本先生のミスは黙っていてくれないか」

「ミックスの症例としてカウントするために・・・患部を放置したことを見逃せと」

「山本先生はマルファン症候群に対する大動脈解離の患者を何人も救っているんだ」

「患者さんは自分の体の中で起きていることを知りたがっています・・・医師としてそれを説明しないわけにはいかない」

「・・・」

もちろん・・・深冬も自分に何が起きているかを知りたいわけだが・・・一光はそれとこれとは話が違うと思っている。

一光にとって・・・深冬はただの患者ではないのである。

一光の正論に・・・羽村は屈した。

羽村はありのままの調査報告書を提出し・・・山本医師は患者に謝罪し、職を辞した。

羽村のやり場のない気持ちは一光へと向う。

羽村は情熱を迸らせ・・・沖田の頬を張るのだった。

驚愕する一光。

「君は優秀な外科医を一人殺したんだ」

「何を」

「君は気楽でいいね」

「なんだって」

取っ組み合いに発展である。

「暴力はいけません」

修羅場と化したドクター・ルームで二人を分けるその他の医師たち。

颯太は叫ぶ。

「羽村先生・・・やめてください・・・沖田先生だってそんなに気楽じゃないんですよ・・・沖田先生もやめて・・・痛」

深冬は・・・一光の様子がおかしいことに気がつくのだった。

「どうかした?」

「明日にしてもらっていいかな・・・ちゃんと話すから」

「そう・・・」

羽村の暴力で一光は正気を取り戻したのだった。

羽村は夜風に吹かれた・・・。

携帯端末の留守番電話には・・・山本医師からのメッセージが残されている。

《俺はどうやら・・・自分を見失っていた・・・権威という魔物に縛られて・・・患者を傷つけるというモンスターになっていた・・・お前が俺を救ってくれたんだ・・・田舎に帰って一からやり直すよ・・・これが去りゆく俺のお前に贈る言葉だ・・・ありがとう》

羽村は泣き濡れた。

山本副院長が去ったことで桜坂中央病院に欠損が生じた。

これを補完すると言う名目で・・・壮大は提携を成功させる。

羽村は桜坂中央病院の外科部長を兼任することになった。

感謝の意を伝える桜坂中央病院の経営陣に・・・複雑な表情で応ずる羽村だった。

羽村の青春の炎は燃え尽きたのだった。

深冬は・・・直感で・・・秘密があることを悟った。

医師である深冬は・・・自分自身の検査結果にアクセスした。

「ごめんなさい・・・遅れちゃって」

「・・・健康診断のMRIで脳に腫瘍が見つかった・・・壮大と相談して治療の方法が見つかってからということで今まで話さなかった・・・あいつも辛かったんじゃないかな・・・君もいろいろ症状が出てきて不安だったと思う・・・オペは僕が任されてる・・・腫瘍の状態は」

死刑台へと続く階段を見上げるような気持ちの一光なのである。

「おめでとうって書いてあったね・・・壮大さんとの結婚が決まった時のメールの返信・・・何度も見直したのよ・・・何度も・・・何度も・・・・間違いじゃないかって。・・・でもね・・・書いてあることは・・・おめでとうだった・・・私ったら・・・あの時・・・何を期待したんだろう。・・・私・・・さっきもね・・・何度も何度も見たのよ。・・・間違いじゃないかって。あんなの見たことない。脳深部に3センチの腫瘍。何度見ても私のデータだったよ。そして3センチの腫瘍だった」

「確かに厳しい状況だけど。・・・きっと方法はある。僕が・・・それを必ず見つけるから」

「私、医者よ」

「僕も医者だ・・・諦めない限り可能性はある・・・」

「私・・・回診に行かなくちゃ・・・」

恐ろしい何かが一光の足を地の底に引きずり込もうとしていた。

心に秘めていたそれは解放しても消えないのだった。

愛する人の命が失われるかもしれないという恐怖・・・。

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