命繋ぎます(武井咲)
「命預けます」なら藤圭子である。
「緋牡丹博徒 お命戴きます」なら藤純子である。
正妻との間に二児があり、三人の愛人を次々に妊娠させる・・・現代なら大スキャンダルだが・・・時代劇なら本当にあった話なのである。
フィクションの面白さは・・・お茶の間のモラルに毒された人々の「心」を揺さぶる醍醐味にこそある。
フィクションとノンフィクションの区別がつかないのは一種の病だが・・・世の中にはそういう病に冒された人がいないわけではなく「このドラマはノンフィクション」ですという怪しいフレーズが生まれる。
「大きな声では言えない話」がある社会は不幸である。
しかし「大きな声」で「何か」を隠そうとする社会もまた不幸である。
たとえば「芸能界のしきたり」という意味不明なものを叫ばなければならない人もある意味不幸である。
「契約」が有効なのか無効なのかを裁判所の判断に委ねることも不幸と言えば不幸だ。
何かが上手くいかない時には何処かに原因があるものだがそれが「命そのもの」だった場合も不幸だ。
「悪役」を演じて石を投げられる役者は不幸だがある意味幸いである。
「女優は駆け出しの頃は衣装の布が少ないのが当たり前」と言った名女優は不幸なのか。
「性」を主題にしたドラマと「女優の心」の問題は永遠の主題である。
体当たりの演技という言葉がいつまでも許されますように。
女優が「絶対に性を売り物にしない世界」は空虚でかなり荒廃しているに決まっている。
で、『忠臣蔵の恋〜四十八人目の忠臣〜・第18回』(NHK総合201702111810~)原作・諸田玲子、脚本・吉田紀子、演出・清水一彦を見た。赤穂義士・磯貝十郎左衛門(福士誠治)の内縁の妻・きよ(武井咲)は「赤穂浅野家再興の志」を胸に儒学者・細井広沢(吉田栄作)らの画策により、甲府宰相・徳川綱豊(平山浩行)に送り込まれる。自分が側室候補だったと知った時には「お喜世の方」と呼ばれ五代将軍・綱吉によって将軍世嗣と定められた徳川家宣の世継ぎを産むことを定められたきよなのである。
そういう時代なのである。
宝永二年(1705年)・・・きよは江戸城西の丸の奥御殿で左京の方と呼ばれる側室となっていた。
「お殿様に・・・お聞きいただきたいことがございます」
きよは褥で家宣に「赤穂浅野家再興」を願い出ようとするが・・・気配を察した家宣に口を塞がれる。
「一度下った沙汰を覆すためには・・・人々を納得させる大義が必要じゃ・・・時を待て・・・今はその時ではない」
そもそも・・・寝室で愛妾が主君に願い事をするのはご法度(禁止事項)である。
そのために・・・監視役が耳を欹てているのだった。
無茶をするにも程があるのだった。
しかし・・・家宣のすべてを察した言葉に驚くきよ・・・。
(御殿様は・・・私が浅野家に仕えた過去をご存じなのか)
十郎左衛門意外の男に身を任せる日々を完全には受け入れてはいないきよだった。
きよ/左京の局という二重の心がわだかまる。
「月のものを・・・ですか」
指南役である江島(清水美沙)に生理について報告することを命じられ驚く喜世・・・。
「ご懐妊のためには必要なことでございます」
「・・・」
「奥医師の多紀法印様より・・・身体のしくみについて御教授を受けてまいりました」
江島は「御懐妊要録」なる書を喜世に渡すのだった。
「これは・・・」
「よくよく御精読なされますように」
家宣に身を開きながら・・・家宣の子を宿すことを心から受け入れられぬ喜世なのである。
宝永二年六月・・・。
五代将軍綱吉の生母であり・・・元禄十五年に女性としての最高位である「従一位」を授かった桂昌院が逝去した。
喜世の元へ家宣に仕える朱氏学者・新井白石(滝藤賢一)が現れる。
奥御殿も一種の男子禁制の場であるがドラマである。
「間部詮房様からお聞きしていましたが・・・これほどまでにお美しいとは」
主君の側室に言う言葉ではないがドラマである。
「無礼者」と手討にはならないのだった。
「一位様がお隠れになりました」
「公方様もさぞ御気落ちのことでしょう」
「これは世が変わる前触れですぞ」
「・・・」
「去る元禄十四年の刃傷沙汰に際して公方様が下した御沙汰も・・・一位様の官位を賜るに際しての御配慮と無縁ではなかったと申すものもおりまする」
「・・・その件がなければ御沙汰が変わったと・・・」
「いやいや・・・そこまでは申しませぬ・・・しかし・・・世を治める方が変われば・・・御沙汰も変わることは必定」
「そのような大それたお話・・・お口が過ぎるのでは・・・」
「ははは・・・戯言でござるよ」
軽い新井白石であるが・・・儒者として白石は将軍綱吉の治世を憎むこと甚だしいという説もある。
宝永三年(1706年)、伊豆大島へ流されていた村松政右衛門(井之脇海)の依願赦免が認められた。
政右衛門は他の遺児よりも一足早く江戸へ戻り、出家して無染と号した。
そんな人間が西の丸奥御殿に迎えられるわけがないがドラマである。
謎の豪商・木屋孫三郎(藤木孝)は謎の力で村松政右衛門と堀部ほり(陽月華)を連れ西の丸御殿で喜世に御目通りするのであった。
ちなみにほりは元禄十六年(1703年)に肥後国熊本藩藩主・細川綱利に召抱えられた従兄弟の堀部言真(堀部弥兵衛の甥)と熊本に転居したと言われている。
ここではおそらく熊本藩江戸屋敷で侍女をしているということなのだろう。
「御蔭様で江戸に戻ってくることができました」
「私など何のお力にもなっていませんが・・・亡き兄上様はさぞお喜びのことでしょう」
「お喜世の方様は大変なご出世・・・おめでとうございます」とほり。
「はたして・・・これが出世と申せるのでしょうか」
喜世には迷いがある。
「何を申します・・・お喜世の方様は・・・我らの光明なのでございます」
「光明・・・」
「希望の光でございます・・・なにとぞ・・・お世継ぎをお生みくだされませ」
すべての事情を知るほりに・・・「望み」を伝えられ・・・複雑な気持ちになる喜世だった。
もちろん・・・それは「愛する男の子を産みたい」という幻想に基づく心なのである。
お茶の間を相手にしている以上・・・脚本家が避けては通れない葛藤の極みなのだった。
喜世がいかに不本意であったとしても周囲は喜世が家宣の子を産むことを求めるという体裁が必要なのである。
そういう体裁を必要としない右近の局こと古牟(内藤理沙)が懐妊する。
宝永四年(1707年)七月・・・右近局は男子を出産する。
「お手柄であらしゃった」と正室の近衛煕子(川原亜矢子)も右近局をねぎらう。
右近局の生んだ子は「家千代」と命名された。
右近局は一之部屋様と呼ばれることになった。
しかし・・・九月・・・家千代は早世する。
一之部屋様は慟哭する。
「あのような身分低きものが将軍の母にならずにすんでよかった」と正室サイドは罵る。
近衛煕子の大典侍であり、家宣の側室の一人でもあるお須免の方(野々すみ花)は猫嫌いの正室のために・・・一之部屋様の愛猫を密かに追い払う。
愛児を失った一之部屋様は愛猫を求めて夜毎・・・御殿を彷徨うのだった。
「みいや・・・みいや」
「一之部屋様・・・お気を確かに」
喜世は一之部屋様を慰めようと言葉をかける。
「私には何もない・・・」
「きっと・・・また」
「お腹を痛めた子を失った苦しみをわかるものか」
「・・・」
「くやしかったら・・・子を産んでみせよ」
一之部屋様の乱心に言葉を失う喜世だった。
宝永五年(1708年)・・・今度はお須免の方が妊娠する。
「好機到来でございます」と矢島。「一之部屋様は養生所に入られ・・・お須免の方は御懐妊・・・殿のご寵愛を喜世の方様が一身に・・・」
「一之部屋様を里に戻すわけには参らぬのでしょうか」
「側室として一度はお殿様の子をお生みになったお方が里に戻るなどということはありませぬ」
「・・・」
「一生を奥で過ごす定めでございます」
「お須免の方様が・・・お子を産めば・・・私が産まずともよいではないですか」
「何を申されますか・・・お子が男子であるとは限りませぬ・・・お子が無事に生れるとは限りませぬ・・・生れても幼くして亡くなることもございます」
「・・・」
「公方様がお隠れになれば・・・次の公方様とともに女たちは本丸大奥に移ります」
「大奥」
「そこで・・・頂点に昇り詰めるのは・・・次の公方様を産んだお方です」
「・・・」
「私は・・・喜世の方とともに・・・出世したいのです」
江島の気迫に気圧される喜世だった。
喜世にはそのような望みはないのだった。
「今宵・・・殿のお召しでございます」
心乱れたまま・・・褥に侍る喜世・・・。
しかし・・・家宣は意外な言葉をかける。
「お古牟はいかがしておるか」
「お伏せりでございます」
「そうか・・・かわいそうなことをした」
「・・・」
「儂の子は育たぬ・・・」
「お殿様・・・」
「煕子との子も育たなかった・・・すべては儂が病弱ゆえじゃ」
「そのようなことは・・・」
喜世は初めて家宣の心に触れたような気がした。
「しかし・・・余は将軍世嗣じゃ・・・血筋を絶やすわけにはいかぬ・・・なんとしても・・・次の将軍世嗣を儲けなければならぬのじゃ・・・」
喜世は家宣を憐れと感じた。
喜世の心は解けた・・・。
「承知いたしました・・・喜世が・・・将軍世嗣様を必ずや・・・お殿様のためにお産みいたします」
十郎左衛門のことを忘れたわけではない・・・しかし・・・この夜・・・喜世は身も心も・・・家宣に捧げたのである。
監視役の江島は微笑んだ。
宝永五年(1709年)十二月・・・お須免の方は大五郎を出産した。
「お手柄であらしゃった」と正室の近衛煕子はお須免の方をねぎらう。
「これで公家の血を引く公方様が世を治めることになる・・・霊験あらたかな御祈祷の甲斐があったと申すもの・・・」
煤払いを終えた後の暮れの宴・・・西の丸奥御殿は華やぐ・・・。
家宣は酔いざましに庭から月を見る。
「お風邪をお召しになりますぞ・・・」
喜世は家宣の身を案じる。
「酔ったのじゃ・・・今宵は・・・めでたい心持ちじゃ・・・」
「殿・・・私にも・・・お子が授かったようでございます」
「なんと・・・」
喜世は優しく微笑んで・・・家宣を見つめた。
月光が二人を照らす。
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