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2017年2月 7日 (火)

すれちがう心を修復する道具(木村拓哉)

心臓が機能しなければ心不全になる。

心臓の鼓動が停止すれば人は死に至るのである。

心臓は伸縮し血液を循環させる。

血管はその道である。

道が閉塞すれば渋滞が生じる。

医師たちは抜け道を作り血流を確保する。

パイパス手術のための様々な道具が駆使される。

人の心と心が通わない時・・・人は話し合う。

言葉はそのための道具だ。

言葉を軽視すれば・・・銃を構えることになる。

で、『A   LIFE~愛しき人~・第4回』(TBSテレビ20170205PM9~)脚本・橋部敦子、演出・加藤新を見た。十年前に・・・幼馴染の外科医・沖田一光(木村拓哉)と壇上記念病院の院長令嬢である小児科医・壇上深冬(竹内結子)の恋路に何らかの画策を施し・・・娘婿で副院長の座にある鈴木壮大(浅野忠信)は蓄積した「うしろめたさ」に心が張り裂けそうになっているらしい。

「まだ・・・好きなのか・・・深冬のことが・・・」

「本気で言ってんの?・・・あるわけないだろ・・・もう10年たってんだからさ・・・お前どうしたんだよ?」

「・・・」

一光は「恋」から目を背け・・・壮大の「経営者としての立場」に配慮した。

「・・・彼女のこと・・・オペに入れたのは悪かった」

壮大は「罪の告白」を思いとどまる。

「・・・カズ・・・変なこと言って悪かった」

「・・・」

「そのうちもんじゃ行かないか?」

「もんじゃ・・・」

「お前・・・昔キャベツとネギ抜きだったよな」

「今もな」

「え・・・偏食は身体によくないぞ」

「・・・」

一光は・・・医師としての職務に戻る。

壮大は・・・業火に炙られながら家路につく。

良妻賢母である深冬は夫の苦悩には気がつかない。

「お帰りなさい・・・今日は勝手にオペしてごめんなさい」

「・・・」

「どうしても・・・自分の手で救いたかったのよ」

「・・・」

「私・・・医者を続けてもいいよね」

「カズが・・・」

「え」

「いや・・・続けたかったら・・・そうすればいい」

「ありがとう」

壮大は一人になって・・・息を吐き出す。

たった一つの嘘に・・・十年ずっと苦しめられることになるとは・・・思ってもいなかった壮大なのである。

そうまでして獲得したものが・・・今や・・・失われようとしているのだ。

その恐ろしさは壮大の心身を蝕んでいる。

壮大はナイーブな男だった。

しかし・・・有能な経営者でもある壮大は・・・愛人で顧問弁護士の榊原実梨(菜々緒)と練り上げた経営戦略を・・・真田事務長(小林隆)に伝える。

「片山関東病院との提携の話を進めています」

「提携ですか」

「片山関東病院は現在係争中の案件が一件もなく提携するにはリスクの少ない病院です」

榊原弁護士は説明する。

「消化器外科だけが有名だった病院ですが今後は心臓血管外科にも力を入れていこうとしています」

「提携して・・・うちの外科医が出張でオペをした場合・・・向こうの症例数としてカウントされて短期間で評判を上げられる・・・その代わり高度なオペが必要な患者をうちに回してもらう」

「あの・・・この話は病院長はご承知なんでしょうか」

「古い経営論で凝り固まった院長には理解されにくい話だと思います・・・ですから正式に決定するまでは黙っていてください・・・この病院のために提携は絶対に成功させなければならないので」

新規参入を目指す同業者に人材を派遣しつつ・・・主導権を握ろうとする戦略らしい。

満天橋病院の後継者として修行中の井川颯太(松山ケンイチ)はドクタールームの奥の沖田ルームの乱雑さに眉をひそめる。

「汚いな・・・もう」

しかし・・・散乱する資料に「脳腫瘍」に関連したものが多いことに気がつくのだった。

そこへ・・・一光が現れた。

「沖田先生・・・来月の当直表をデスクの上に置いておきましたから」

「ありがとう」

二人のやりとりを白川(竹井亮介)や赤木(ちすん)そして黒谷(安井順平)などのその他のドクターたちが揶揄する。

「井川先生は沖田先生になついているよな」

「ボンボンはアウトローに憧れるものよ」

颯太は一光が「何故、脳腫瘍の資料を収集しているのか」を知らぬまま・・・深冬に素朴な疑問を投げかける。

「沖田先生って一体何がやりたいんですかね?・・・沖田先生の専門の心臓と小児のオペなら分かりますけど脳もやってるんですよ?」

「子供の脳なら前からやってたわよ」

「・・・」

一光と壮大が恐ろしい事実から目をそらし・・・時間を費やしているために・・・颯太は単純な事実を知らない。

目の前に答えがあることを。

壮大は榊原弁護士と第一外科部長の羽村(及川光博)を伴い片山関東病院を訪問する。

「心臓血管外科の片山です」

「おや」

「息子なんですよ」

「片山関東病院」の院長・片山修造(鶴見辰吾)は・・・息子の片山孝幸(忍成修吾)を心臓血管外科医として売り出そうとしているのである。

忍成修吾ならではの下衆な視線を注がれる榊原弁護士の脚部だった。

鶴見辰吾ならではの食えない感じもすでに漂っている。

片山関東病院は甘い相手ではなさそうである。

「提携のお話前向きに検討してます」

「こちらの心臓血管外科のためにお力になれると思います」

「世界的に活躍されてた沖田先生に学べる機会はなかなかありませんからねえ」

羽村(及川光博)を相手にしない片山院長なのである。

「沖田先生にはぜひ当院でオペをしていただきたい・・・それ次第で今後のおつきあいを考えさせていただくことになると思います」

気分を害する羽村だったが・・・スマートに対応するのだった。

「沖田先生を連れてくるべきだったね」

しかし・・・壮大は真意を明かす。

「提携が決まれば・・・いずれ羽村先生をここの院長に・・・と思ってる」

「え」

「入り口は対等な提携でも副院長はいずれこの病院を飲み込むつもりですよ」

榊原弁護士は微笑むのだった。

「つまり・・・片山院長は・・・庇を貸して母屋を取られる・・・わけね」

壮大は一光を呼び出す。

「片山関東病院で切ってほしい患者がいるんだ・・・向こうとの提携を考えている」

「羽村先生じゃダメなの?」

「向こうのリクエストがお前なんだ・・・向こうは心臓血管外科の技術を上げて看板にしようと考えてる」

「わかった・・・こっちのスタッフを連れてくよ」

「向こうはスタッフに経験を積ませたいんだ・・・一人で行ってくれ」

「オペは患者さんのためのものだろ」

「医者を育てることだって患者を救うことにつながるだろ」

「重要なのは患者さんを救うためにベストを尽くすことだからさ・・・間違いなく難易度が高いオペだし・・・俺もちゃんと動けるスタッフが必要だから」

「分かった・・・その点については向こうと交渉する・・・必ず完璧なオペにしてくれ」

看護師長の西山弥生(峯村リエ)にシフトの変更を伝えられ出張を命じられるオペナースの柴田由紀(木村文乃)・・・。

「沖田先生のご指名よ」

その言葉に・・・笑みを漏らすナース柴田である。

ドクター沖田とナース柴田は手術室の名コンビなのである。

少なくとも・・・心に問題を抱えるナース柴田はそのことを「命綱」にしていたらしい。

二人は例によって綿密な手術前の打合せを始める。

「沖田先生は・・・片山関東病院で出張オペだよ・・・」

「そうなんですか」

「井川先生・・・見学してきたら」

羽村外科部長は颯太を監視要員として利用する腹である。

颯太は喜んでコンビに付き添うのだった。

患者は左室機能不全を伴う慢性心不全であるらしい。

「左室形成術および冠動脈3枝バイパス手術を始めます・・・」

3枝バイパスとはバイパス術を実施する動脈の数が三本ということである。

執刀医は一光、助手は片山ジュニアである。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「機械出しの柴田です」とナース柴田を紹介するドクター沖田。

「よろしくお願いします」

「・・・」

片山ジュニアは看護師は眼中にないのである。

手術は順調に進むが・・・ドクター沖田は術中に片山ジュニアに経験を積ませようと指示を出す。

「IVCのテーピングを助手側の方から巻いてください」

IVCとは下大静脈径であり、下半身の血液を心臓に集める役割をしている。

「はい・・・ファバロロ」

片山ジュニアはファバロロ(冠状動脈剪刀)を要求するが・・・ナース柴田はサテンスキー(血管鉗子)を差し出す。

激怒してサテンスキーを放りだす片山ジュニア。

「ファバロロだ」

「左室瘤です。心臓を脱転したくないのでサテンスキーの方がいいと思います」

的確な指示という口答えをしたナース柴田に激昂する片山ジュニア。

「看護師の分際で・・・看護師の分際で・・・看護師の分際で・・・医師であるこの俺様に指図するのか・・・看護師の分際で」

「僕もサテンスキーの方がいいと思いますよ・・・この患者さんの場合は心臓持ち上げて血圧下げたくないんで」

冷静に事実を告げるドクター沖田。

「・・・」

片山ジュニアは肥大した自尊心をクラッシュされた。

しかし・・・手術は無事に終了する。

患者の家族に手術の成功を伝えるドクター沖田とナース柴田。

片山ジュニアはナース柴田を押しのけ・・・復讐心に燃えた視線を送るのだった。

一光は頓着しなかったが・・・颯太にはある程度・・・事態が理解できた。

颯太もまたジュニア一族なのである。

しかし・・・颯太には良血が流れているのだった。

「片山先生・・・感じ悪いよね・・・柴田さんが正解だったのが・・・気に入らなかったんだよ」

「・・・」

「柴田さんが医者になった方がよかったんじゃない?・・・看護よりオペの方が好きそうだし」

「なれないよ」

「何で?・・・医者と同じくらい知識あるし・・・そこら辺の医者になら勝ってるかも・・・ナースにしとくのもったいないよ」

「簡単に言わないで!」

颯太はうっかり虎の尾を踏むタイプなのである。

ナース柴田が泣きながら走り去るとドクター沖田が登場する。

「お待たせ・・・セクハラでもしたのか」

「しませんよ・・・なんだか・・・急に機嫌が悪くなって」

一光は颯太を食事に誘った。

一般人には想像もつかないドクターたちの外科手術後の焼肉である。

「肉ばかりで平気なんですか」

「食べたかったら頼めば」

「野菜焼きください・・・沖田先生って24時間のうちどれぐらいオペのこと考えてるんですか?」

「・・・」

「今まで6千いくつもオペしてたらプライベートなんてないですよね?」

「今日で6412件」

「オペ以外のこと何か興味ないんですか」

「オペ以外って・・・」

「例えばですね・・・結婚とか」

「結婚か・・・結婚を考えたことはある」

「何で結婚しなかったんです?」

「ふられたから」

「・・・野菜も食べてください」

「・・・」

片山院長は・・・壮大にクレームを申し出る。

「昨日のオペは素晴らしかったのですが・・・それだけに残念なことがあります」

「?」

「チームワークを乱すようなスタッフのいる病院と提携するのはいかがなものかと」

「?」

颯太は経営陣に呼び出される。

「昨日はどうだった」

「うちのレベルの高さを見せつけられたと思います・・・片山先生なんか・・・柴田さんにダメ出しされる始末で・・・さすがだったなあ・・・柴田さん」

経営陣は事態を察した。

「彼を送り込んでおいて正解でしたね」と羽村。「それにしてもナースに足を引っ張られるとは」

「片山ジュニアには」と榊原弁護士。「私も吐き気を催しましたけどね」

「だから」と壮大。「一人で行けって言ったんだよ」

ナース柴田を召喚する経営陣。

「あなたがしたことで病院の提携話がなくなりかけてるんです」

「沖田先生は何ておっしゃってますか?」

「柴田さんが主張するようなことは何も言ってなかったよ」

壮大は一光からは事情を聴取していなかった。

「・・・」

しかし・・・壮大の些細な嘘はナース柴田の命綱を切断するのだった。

「しばらくオペから外れてもらいます」

「辞めます」

「え」

「あなた・・・奨学金の返済が」と案ずる看護師長。

「借金してでも返します」

「辞めてくれるなら話も早い」

「先方も納得してくれますね」

ナース三条(咲坂実杏)に自分の手術から柴田が外されたと聞き驚愕する颯太。

「どういうことですか」と外科部長を問いつめる。

「君が・・・武勇伝を話してくれたからさ」

「え・・・意味がわからない」

「病院も辞めさせるつもりはなかったんだけど・・・ここを辞めるって彼女が言ったんだよ」

一光はただならぬ様子の柴田に気がつく。

「何やってんの?」

「辞めるんです」

「何で?」

「関係ないでしょう」

「僕はいい相棒ができたなあと思ってたんだけど」

「相棒って・・・医者は結局医者の味方じゃないですか」

「どういう意味?」

「ナースを下に見てるってことです・・・医者はナースをアシスタントだとしか思ってない・・・医者はナースより患者さんに感謝されて当然って思ってる・・・医者はナースを認めようとしない」

一光は柴田の怒りの原点を知らない。

「もういいよ・・・辞めて正解なんじゃない?」

「・・・」

「ついでにナースも辞めちゃえば?・・・ナースを認めてないのは医者じゃない自分自身だろ」

「分かったようなこと言わないでください!・・・私は誰よりも勉強してきたし練習もしたし合コンでチヤホヤされて喜んでるナースとは違います・・・自分の仕事に誇りを持ってやってきました」

「・・・」

「私の何が分かるんですか!」

一光は唖然とするのだった。

深冬はナース柴田にアプローチする。

「ごめんなさいね・・・片山関東病院のことで柴田さんを巻き込んでしまったみたいで」

「いえ・・・」

「沖田先生がひどいこと言ったみたいだけどあんまり気にしない方がいいと思うよ・・・沖田先生って手先は器用だけど人として不器用なところがあるの」

「沖田先生のことよくご存じなんですね」

「十年前にここにいた時からそうだったから・・・沖田先生のことはともかく柴田さんが辞めたら私が困る・・・難しいオペのときは絶対柴田さんに入ってほしいから・・・向こうの先生がメンツつぶされてむくれてるだけだから・・・今回のことは同じ女性として私も許せない」

「問題なのは私が女だからじゃなくてナースだからですよ・・・深冬先生は医者だから」

「え・・・」

二人の会話を聞き咎める榊原弁護士である。

「今の何ですか?・・・深冬先生は本当に柴田さんを引き留めたかったんですか?・・・それとも不器用な沖田先生をかばいたかっただけですか?」

「え」

「副院長がどうして病院の提携話を進めてると思ってるんですか?・・・深冬先生のいる小児外科の赤字を埋めるためですよ・・・何も分かってないのに邪魔しないでください」

「主人はいずれ柴田さんをオペ室に戻すつもりだと思ったから・・・引き留めました」

「・・・何も分かってないんですね」

「?」

榊原弁護士は愛人なのである。

夫から壁に穴をあけるほど愛されている妻に一言ぐらい言いたかったらしい。

クールに見える榊原弁護士もまた・・・業火に焼かれているのである。

片山院長が壮大にアプローチをする。

「例のオペナースは現場から外しました」

「わざわざそんな報告いりませんよ・・・早速ですが壇上先生に興味を持っていただける難しい患者がうちにいるんです」

片山院長もまた・・・壇上記念病院の医療技術を利用して・・・何かを目論んでいるのだろう。

病院経営も食うか食われるかの時代なのである。

しかし・・・良血のジュニアである颯太にはただ若々しい下心があるだけだった。

「柴田さん・・・明日休みだから気晴らしにどっか行かない?」

「いいよ」

「行かないよね・・・だろうねえ・・・だと思ったんだけどね・・・え・・・いいの」

颯太は柴田をデートに誘うことに成功した!

「ドイツの高級乗用車じゃないのね」

「国産の高級乗用車ですがなにか」

「・・・」

「沖田先生がひどいこと言ったみたいだけど・・・俺は絶対に辞めてほしくないから」

「ドイツ車に乗りたきゃ乗ればいいのよ」

「いや・・・別に」

「腹立つ!・・・親が医者だからって当たり前に医者になる人!」

「え」

「親が医者でも医者になれない人だっているって言ってんの!・・・たった一度のミスで訴えられて病院つぶれて・・・医学部行くお金ないから仕方なく奨学金借りて看護学校行くしかなかった・・・私はいつかドイツ車にのってやる」

「そんな・・・過去が・・・柴田さんに・・・」

「お腹すいた」

「何食べる」

「肉」

「しゃぶしゃぶ」

「焼肉」

「ちょっと待って・・・靴に・・・青春の蹉跌がね」

「二月の濡れた砂ね・・・」

ナース三条にはナース柴田のようなオペナースとしてのスピードはなかった。

一光は・・・かゆい所に手が届かない気分になるのだった。

深冬は一光の事情を察するのだった。

「柴田さんのこと気になっているんでしょう」

「・・・」

「柴田さんにオペナース辞めろなんて・・・それ本心?」

「あまりにも彼女が自分のこと卑下するようなこと言うからさ・・・ショックだったんだよね・・・彼女のこと信頼してたから」

「それな・・・それを言葉で伝えたの」

「いや・・・言わなくても伝わるでしょう」

「ちゃんと言わなきゃ伝わらない」

「そんなことないって」

「私は分からなかった!・・・あの頃・・・突然シアトル行った沖田先生が何考えてんのかもうサッパリ分からなかった」

「話・・・そこに飛ぶのかよ」

「とにかく柴田さんにはちゃんと伝えた方がいいと思います」

壮大は一光を呼び出す。

「片山関東病院からうちに回してもらうことになった患者のデータだ」

「松果体部腫瘍か・・・」

「手強いがこれが切れないようじゃ深冬の血管腫は切れない・・・今回は俺が切ってもかまわない」

「いや俺が切る・・・俺に切らしてくれ」

「すぐに受け入れの準備を進める」

「柴田さんのことなんだけど・・・こないだのオペで彼女の判断は正しかった・・・彼女を切るのは筋が通らない」

「この世は筋の通らないことばかりなんだよ・・・そんなこと言い出したら何も守れやしない」

「・・・何を守ろうとしてるんだよ」

「この病院に決まってるだろ」

「・・・スタッフ一人守れないでか」

「腕のいいオペナースはすぐに見つける」

「俺にとって彼女以上のオペナースはいない」

「・・・」

「血管腫みたいな難しいオペには絶対に柴田さんが必要だって言ってんだよ・・・お前だって分かってるだろう・・・一度のオペで大体900回の器具の受け取りがある・・・1回につき1秒の遅れがトータルで15分の遅れになるんだよ・・・特に脳深部は何かあったときに器具でしか処置ができないから・・・たった1秒の遅れが命に関わってくる」

「カズ・・・深冬の命を盾にするのか」

「マサオ・・・切るのは俺だ・・・お前じゃない」

病院の廊下で邂逅するドクター沖田とナース柴田。

「し・・・しばた・・・さん・・・ごめん・・・悪かった・・・辞めた方がいいなんて本当は思ってないから・・・柴田さん腕いいしそれだけじゃなくて誰よりもオペのことちゃんと勉強してるって・・・僕は知ってるから・・・ちゃんと見てるから」

「沖田先生の言ったとおりでしたナースとしての自分を一番認めてなかったのは私自身です・・・すみませんでした・・・オペナースとしてどんだけ頑張っても何かが足りないってずっと感じてたんだと思います」

「僕も昔学歴コンプレックスみたいなのがあって・・・どんなにオペの腕を磨いても認められない時期が長かったから・・・自分のこと認めるって簡単なことじゃないと思う・・・でも柴田さんのことは・・・僕が間違いなく認めてるってことだけは忘れないでほしい」

「ありがとうございます」

ドクター沖田とナース柴田は長いお辞儀を交わすのだった。

まるで喧嘩別れしそうになった漫才師のように・・・それはたとえとしてどうかな。

コンビは復活した。

「では始めます・・・メス」

「はい」

「・・・」

「ハサミです」

「はい」

「鑷子です」

「はい」

ボケとツッコミが逆になっているわけである。

それほどの名コンビなのだ。

見学する壮大はいつしか・・・これが深冬の手術のような幻想を感じる。

放置すれば失われ・・・挑戦して失敗すれば失われる・・・壮大の大切なもの。

犯した罪の報いに怯える犯罪者のように壮大の心は揺れる。

一光には微かなミスも許されない。

「あ」

「おい」

「出血量確認して・・・どれぐらい出てる?」

ナース三条が確認する。

「出血カウント100・・・増えてます」

麻酔科医の町田が告げる。

「血圧低下・・・昇圧剤投与開始」

「右手吸引管2番準備・・・」

「準備できてます」

「・・・ありがとう」

「血圧さらに10低下・・・」

「緊急輸血取り寄せかけます」

「どこだ・・・」

緊迫する手術室。

壮大は過呼吸の症状を示す。

(息が・・・息がつまる)

幻想の恐怖に我を失う壮大は手術室から撤退する。

(深冬を・・・手術するなんて・・・俺には無理だ)

「見えた・・・ここか・・・バイポーラ(止血効果のある電気メスの一種)出力30にして」とドクター沖田。

「バイポーラです・・・出力30に上がってます」とナース柴田。

名コンビは難局を乗り切った。

「お疲れさまでした・・・」

「相変わらず動き最高ですね・・・いい感じでした」

「私もです」

二人は相性のよさを確かめ合うのだった。

颯太は深冬に伝える。

「知ってましたか・・・柴田さんが医者目指してたこと」

深冬はナース柴田に伝える。

「ごめんなさい・・・無神経なこと言って」

ナース柴田は答える。

「私・・・手術室看護師を辞めるつもりありません・・・この病院も」

「よかった・・・」

「はい・・・沖田先生とオペできるので」

「え」

「・・・失礼します」

なぜか・・・淫靡な風を感じる深冬である。

颯太は・・・うっかり・・・深冬の電子カルテを覗いた。

「え」

壮大は片山院長に告げる。

「オペナースの柴田を許していただけないでしょうか?」

「壇上先生お話が違いますよね」

「患者を救うためには彼女がどうしても必要なんです」

「ナース一人のためによく頭を下げられますね」

「患者を死なせるわけにはいかないんだよ!」

「え」

遠い昔の歌が聞こえる。

包丁一本

晒に巻いて

旅へ出るのも

板場の修行

深冬は一光を屋上で捕まえた。

「柴田さんのこと・・・よかったね」

「ああ」

「ねえ・・・もう終わったことだから聞くけど・・・私っていつふられたの?」

(鈴木さんにプロポーズされました)と深冬は一光にメールで告げた。

(おめでとう)と一光は深冬をメールで祝福した。

「・・・」

「ごめん・・・変なこと聞いて・・・今さらなんだけど・・・でもホントに・・・・私いつふられたのか分からなかった・・・もしかしたらシアトルに行ったときがそうなのかなとか・・・考えたんだけどよく分からないままで」

「ごめん・・・明日のオペの準備あるから」

騒ぐ心を抑え込み・・・立ち去ろうとする一光を・・・人間が倒れる音が引き留める。

深冬は意識を失っていた。

「深冬」

ふられたと思った男はふられたと思った女を抱き起こした。

とりかえしのつかない時が刻一刻と過ぎていく・・・。

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