生存と生活の隙間に揺れる心(木村拓哉)
中国後漢末期の医師・華佗は麻酔の発明者とも言われ正史に名を残しているが曹操によって建安13年(208年)に処刑されている。
小説「三国志演義」では処刑の理由を次のように脚色している。
頭痛に苦しむ曹操に麻酔による脳外科手術を奨めた華佗。曹操は「脳を切り開く治療法など聞いたことがない・・・お前はわしを殺す気か」と怒り華佗を拷問の末に殺してしまう。
・・・それから1800年くらいたって・・・今は脳外科手術は日常茶飯事のように行われている。
だが・・・自分や身内に脳腫瘍患者がいて・・・手術の同意書にサインをする時・・・多くの人は「死」を意識するに違いない。
「脳を切り開くなんて・・・殺す気としか思えない」のである。
実際・・・脳外科手術が成功する時代になるまで・・・どれほどの人命が失われたか・・・想像するのも恐ろしいわけである。
それでも・・・助かりたい人は・・・過去の尊い犠牲に感謝しながら・・・同意書にサインするしかないのである。
後は・・・神に祈る他ないのだ。
で、『A LIFE~愛しき人~・第7回』(TBSテレビ20170226PM9~)脚本・橋部敦子、演出・加藤新を見た。倫理的な問題には常に矛盾が伴っている。それは主に自由と平等という対立する概念を共存させているからだ。頭部をナイフで切開するのは非常に危険な行為である。一般人がそれを行えば罪に問われるが・・・医師による手術は治療行為として料金を取られる。平等を中心に考えれば一般人と医師の差別問題が生じるし・・・自由を中心に考えれば失敗しても人命尊重が前提である。人間は結局・・・その中間の曖昧な部分をそれぞれの感覚で倫理と考えているにすぎない。このドラマは最初から・・・その点を深く掘り下げているのである。
幼馴染の外科医・沖田一光(木村拓哉)と壇上記念病院の院長令嬢である小児科医・壇上深冬(竹内結子)の仲を引き裂き・・・自分の望みを叶えた副院長の座にある鈴木壮大(浅野忠信)は・・・深冬と結婚し・・・娘の莉菜(竹野谷咲)を授かっても・・・満たされない心を持て余す。
100%の愛という「ありえないもの」を求めるあまり・・・心に穴が開いてしまったのである。
沖田一光(木村拓哉)は深冬と一光の結婚を祝福しておきながら・・・十年間の間に一日平均二件の外科手術を続けて失恋を忘れるために仕事に没頭してきたのである。しかし・・・結局・・・恋心を忘れることはできなかったのではないか。
深冬は一光に結婚を引き留められなかったことを怨みつつ・・・壮大と結婚し、娘の莉菜を出産して・・・小児科医として良妻賢母として・・・院長の良き娘として歳月を過ごしながら・・・一光への恋をずっと秘めてきたのであった。
壮大は一光を裏切ったが・・・一光も深冬を裏切っていて・・・深冬も壮大を裏切っているのである。
だが・・・果たしてそれは・・・倫理的に許されないことなのだろうか・・・ということなのだ。
脳腫瘍となった深冬を・・・壮大と一光は最大限尊重し・・・いつ急変するかわからない深冬に小児外科医として執刀を許した。
患者の命より・・・深冬の生きる喜びが優先されたからである。
それは・・・倫理的には許されないかもしれないが・・・仕方ないじゃないか・・・ということなのだ。
手術すれば統計的に何割かは失敗することがわかっていながら・・・医師たちは患者の病気に立ち向かう。
もしもの時に備えて同意書にサインを求める。
それは倫理的には許されるかもしれないが・・・ちょっと複雑な気持ちにならないこともない・・・ということなのである。
理想を求めれば求めるほど・・・現実の壁は高くなっていく。
その高さに眩暈を感じながら・・・人間は素晴らしい眺望を求めて・・・・這い上がって行くのである。
いつ破裂してしまうかわからない病気の患者を待合室で待たせながら・・・病気の治療法を検索中の医師は・・・朝の光に浅い眠りを破られる。
一光が占有するドクター沖田ルームである。
深冬の治療法が見つからないのだった。
素晴らしいインターネットの世界に繋がる端末を覗いた一光は事務局からの「全体会議のお知らせ」や「学会のシンポジウムの日程」に混じって「シアトル中央病院」のStphen医師からのメールが届いていることに気がつく。
「深冬の治療法」について問い合わせをしていたのだった。
しかし・・・答えは「効果的な治療法はない」という残念なものだった。
脱力しかかる一光の前に・・・スーパー・オペナースの柴田由紀(木村文乃)が現れた。
「ホットドックキャベツ抜きマスタードダブルです」
野菜嫌いの一光のために朝食を届けるナース柴田。
キャベツ抜きのホットドックは・・・ホットドックとしては・・・まあ・・・いいか。
一方・・・壮大は愛妻と愛娘のために・・・朝食を作る。
「おはよう・・・これからは・・・朝食は俺が作るよ・・・今日は豆腐の味噌汁にしてみた」
「ありがとう・・・ねえ・・・ちょっと話があるんだけど」
そこへ・・・莉菜が現れる。
「話って・・・」
「病院に行ってからにする・・・」
「・・・そうか」
深冬と一光の抱擁を目撃しても・・・心の動揺を漏らさぬ壮大であるらしい。
しかし・・・その心は暗い穴に飲み込まれようとしているのだろう。
心に秘めた悪意ほど恐ろしいものはないのだった。
結局、病院で深冬は一光に先に話した。
深冬の悪意のないように見える選択も悪意を生み出しかねない以上、悪意と言えないこともない。
「オペのことで・・・壮大さんにはまだ話してないのだけど・・・」
一光は椅子を勧める。
「・・・」
「私の腫瘍は何もしなければ余命四カ月・・・長くて五カ月なのよね・・・」
「・・・」
「いつ破裂するかわからないし・・・神経を損傷せずに腫瘍を切除する方法は今の処・・・見つかっていない・・・でも・・・ある程度の不具合を覚悟すれば・・・たとえば・・・トランスシルビアン法で・・・腫瘍は切除できるでしょう・・・それなら生存は可能よね・・・沖田先生」
前頭葉、および頭頂葉と側頭葉を上下に分けている脳溝をシルヴィウス溝(外側溝)という。トランスシルビアン法はシルヴィウス溝から患部にアプローチする術式である。
しかし・・・ドラマのケースでは低侵襲な方法とはならずに眼球運動にかかわる動眼神経や錐体路(皮質脊髄路・・・大脳皮質の運動野と骨格筋を繋ぐ神経線維の束)に抵触し損傷させるという設定らしい。
「確実に視力に後遺症が残る。程度も予測できない」
「でも・・・生きられるでしょう・・・」
「だが・・・今の僕にはその選択肢はない」
「決めるのは・・・私よ・・・腫瘍が大きくなれば・・・その分、リスクも大きくなるし・・・私は医師でなくなってしまっても・・・生きて莉菜のそばにいたいの」
「・・・」
「私の命を・・・一番に考えて・・・オペをお願いします」
壮大が百点を目指すように・・・一光も百点を目指していた。
深冬の希望である生存よりも・・・「完全な深冬の温存」に夢中になっているのである。
深冬の命を救うことよりも・・・医師としての深冬の機能の維持を優先しているのだった。
お互いの譲れない一線が乖離しているのだが・・・どちらも最善を尽くしているのである。
「命」と「命より大切なもの」の衝突なのだ。
第一外科のミーティング。
外科部長は患者の執刀医を振り分ける。
「昨日・・・救急搬送された患者・・・左房粘液腫のオペなんだけど」
「俺がやります」
井川颯太(松山ケンイチ)が名乗りでる。
外科医トリオの白川(竹井亮介)赤木(ちすん)そして黒谷(安井順平)にどうしても出番を確保したいらしい。
「え・・・また」と赤木。
「最近オペ室の予約井川先生だらけだよね」と黒谷。
「伸び盛りですから」と白川。
「私にはのびしろがないのかよ」と落す赤木である。
まあ・・・息抜きができるの・・・この三人のコントだけだからな。
外科部長の羽村圭吾(及川光博)は・・・明らかに一光に感化されている颯太を複雑な目で見守るのだった。
一光の帰国から・・・様々な歯車に狂いが生じている。
風が吹けば草木は靡くのである。
羽村は風向きがどう変わって行くのか・・・予測が難しく・・・不安と同時に興味も抱いているのだった。
しかし・・・彼もまた重大な秘密からは隔離されている。
副院長室では真田事務長(小林隆)が後任の弁護士のリストを壮大に提出する。
「すまん・・・それはもう必要なくなった・・・」
解雇されたはずの顧問弁護士の榊原実梨(菜々緒)が姿を見せる。
「父の件では・・・感情的になって・・・申しわけありませんでした」
弁護士に感情的になられては困ると危惧する真田事務長。
「よろしいのですか・・・」
「うん・・・この病院にとって榊原先生はなくてはならない存在ですから」
壮大の中でも風向きは変わっている。
心の穴に向って激しい風が吹き込んでいるからである。
壮大の求める「完全な女」は陰影をくるくると回転させているらしい。
愛人としても復帰したらしい榊原弁護士なのだった。
事務長は退出した。
「事務長呆れてるじゃないですか」
「・・・」
「昨日何かあったんですか?」
「・・・」
「電話をくれるなんて・・・」
ノックの音があり・・・深冬が入室し・・・榊原弁護士は退出する。
「障害が残るのを覚悟の上で・・・早期オペを沖田先生に頼んだわ」
「え」
「家族として・・・壮大さんに・・・負担をかけてしまうことになるけど・・・お願いします」
「・・・」
深冬の決断に・・・壮大の中では嵐が吹きまくる。
壮大は一光を直撃する。
「深冬から・・・早期オペの希望があったか」
「ああ」
「どうすんだ・・・諦めるのか・・・深冬はどんな形でも生きたいっていうけど・・・俺は認めないぞ・・・だからこそ・・・お前に頼んだんだ・・・お前なら脳幹部にある腫瘍を完治させるオペができるって信じたからだ・・・違うのか」
「あきらめないよ・・・あきらめるわけないだろう」
壮大の問いに声を荒げて応じる一光だった。
「ごめん・・・お前も苦しいんだよな・・・」
壮大の明滅する心。
壇上記念病院の全体ミーティング。
「このたび深冬先生が小児外科の指導医の認定を取られました」
真田事務長の報告に目を細める院長の虎之助(柄本明)・・・。
「深冬が育児と仕事の両立ができるようバックアップしてやってくれよ」
虎之助は壮大に囁く。
しかし・・・議題が桜坂中央病院との提携に変わると興味を失ったように退席するのだった。
院長は大幅な収益アップを狙い小児科の縮小を目指す副院長とはあくまで経営方針を異にするのである。
小児科の外来に・・・父親の道山宏之(黒田大輔)に付き添われ十四歳の道山茜(蒔田彩珠)がやってくる。
腹痛を訴える中学生の茜は・・・検査の結果先天性胆道拡張症と診断される。
脳腫瘍の診断を自ら下した深冬は・・・病状を伏せつつ・・・手術を一光に任せることを小児外科のミーティングで発表する。
小児科医の一人、茶沢達彦(谷口翔太)は疑問を呈する。
「突然・・・どうかしましたか」
小児科医たちは・・・深冬の懐妊を憶測するのだった。
その他の医師たちは色によるネーミングでぞんざいな存在なのだが・・・どうしても笑いをとりたいらしい。
まあ・・・緊迫感が半端ないからな・・・。
患者の情報を一光に引き継ぐ深冬。
「茜ちゃんのところは・・・父子家庭で・・・手続きその他はお父さんと相談してください」
「わかった」
「他に何かありますか」
「まだ諦めていないから」
「完治を目指す気持ちはうれしいけど・・・術後の生活のクォリティーよりも・・・私はまず生き延びたいの・・・」
「・・・」
一光は例によって紙芝居形式で・・・患者への説明を行う。
「点滴で痛みの方を抑えてアミラーゼの数値が下がったら手術します」
「アミラーゼって・・・」
「膵臓から出ている消化を助ける成分のひとつなんです・・・いま・・・膵臓が炎症しているのでいろいろとパランスが崩れているんです。その原因が大きくなってしまった胆道にあるので・・・これをとりのぞくための手術をします・・・」
「簡単な手術なんですか」
「簡単とは言えないんですけど・・・全力でやらせていただきます」
一光の真摯な説明に茜は納得した。
壮大は榊原弁護士と外科部長を率いてあおい銀行の竹中(谷田歩)との融資交渉に臨む。
「桜坂中央病院との提携が正式に決まりました」
「今後の更なる改革のプランをお聞かせいただきたい」
「来年度のプランとして当初の構想通り小児外科を潰そうと思っています」
「しかし・・・院長先生がお認めにならないのでは・・・」
「いっそのこと壇上記念病院を桜坂中央病院の傘下に入れてしまえばいいんですよ」
「え・・・」
「そのためにも桜坂中央病院の外科部長にと思っていた羽村先生には副院長を兼任して経営面にも関わってもらいたいと思ってます・・・」
「つまり・・・桜坂中央病院に壇上記念病院を飲みこませて・・・桜坂中央病院そのものの経営権を手にするということですか」
「大切なのは・・・病院の名前ではなくて・・・経営効率の向上でしょう」
外科部長は壮大に真意を問う。
「君は・・・壇上記念病院の名前をつぶすつもりなのか」
「手に入らないなら・・・なくても同じじゃないか」
「しかし・・・深冬先生が指導医になって小児科にもそれなりの存在意義があるのじゃないか・・・今は沖田先生もいることだし」
「すべて・・・一時しのぎなんだよ・・・永続するものじゃない」
「院長に対して積もり積もったものがそんなにもあったとはね・・・」
「桜坂中央病院のこと引き受けてくれるのか?」
「もちろん・・・君とは友達だからね」
しかし・・・外科部長もまた・・・腹に一物を抱えているのだった。
愛人弁護士も壮大に真意を問う。
「病院だけじゃないですよね?・・・深冬先生のこともそう思ってますよね?・・・深冬先生と沖田先生が話してるの聞いちゃったんです・・・深冬先生治療が困難なご病気だそうですね・・・深冬先生の気持ちが自分にないならいっそのこと死んでしまえばいい・・・そう思ってますよね?・・・そこまで深冬先生のこと愛してるんですね」
愛されない愛人弁護士の鋭く尖った心が・・・壮大を刺すのだった。
「ああ・・・愛していたよ」
「本当に・・・過去形なんですか」
「・・・」
茜の病状に新たなる兆候が現れる。
「下着の右胸の乳頭が触れる部分に・・・血液の染みがあるのに気づいたって」
「採血の時についたって可能性は?」
「昨日は採血はしてない」
「乳管から出血してる可能性があるのでエコーで検査した方がいいな」
颯太は満天橋大学病院の院長である父親で関東外科医学会会長の井川勇(堀内正美)に呼び出されていた。
「壇上記念病院・・・最近・・・ゴタゴタしてるみたいじゃないか・・・そろそろここに戻ってこないか」
「今は・・・まだオペの勉強を」
「沖田先生か・・・」
「うん」
「お前にはいずれここを継いでほしいと思ってる・・・一生現場だけやっていく医者とは違う勉強も必要だ」
「・・・わかってるよ」
「後継者としての覚悟を持って四月からここに戻るか・・・このまま現場だけをやっていくのか・・・ハッキリ決めなさい」
「・・・」
もちろん・・・颯太はナース柴田と離れたくないだけなのである。
おいおいおい。
エコー検査の結果・・・茜には乳管の拡張とその中の一部に比較的境界明瞭な腫瘤が認められた。
乳腺外科部長の児島由貴子(財前直見)の所見では良性の乳管内乳頭腫と診断される。
「もうちょっと調べてみた方がいいんじゃないですか?」と異議を唱える一光。
「え・・・」と専門医としてのプライドが傷つく児島医師。
「他の病気じゃないって可能性が消えたわけじゃないですから」
「何を想定してるんですか?」
「乳がんです」
「14歳で乳がんだなんて聞いたことないよ」
「絶対ないって言い切れます?」
「・・・乳頭を絞ってみて分泌物が出るようだったら細胞診に出します」
しかし・・・分泌物の細胞診から異常所見は得られなかった。
「やはり経過観察でいいですね」
「待ってください」と譲らない一光。
「乳がんを疑うなんてバカげてる」
「異常がなかったからといって乳がんの可能性を否定することはできないと思うんですけど・・・マンモグラフィーとか生検とか・・・他の手段でちゃんと検査すべきだと思います」
「本当に患者さんのことを思うんだったら無駄で苦痛のある検査はやめるべきよ」
「無駄?」
「乳がん患者のうち35歳以下はたったの2.7パーセント・・・14歳で乳がんなんてありえないのよ」
「茜ちゃんの初潮は9歳で卵巣は機能してます・・・これまでにも10代後半の乳がんの報告はなかったわけではありません・・・理論上・・・14歳で乳がんになることはありえます」
「実際に14歳の症例は1つもない」
素晴らしいインターネットの世界を検索した一光は・・・カリフォルニアで10歳の症例があったことにたどり着くのだった。
「何をしているんですか・・・」と颯太。
「小児の乳がんの症例・・・」
「え・・・小児の乳がん・・・そんなのあるんですか」
そこにナース柴田が合流する。
「沖田先生は深冬先生の脳のオペをするためにこの病院にいるんですよね?」
「え・・・」
「俺・・・話してませんから」と身の潔白を案じる颯太。
「見てれば分かります・・・看護師ですから」
「柴田さんにはかなわないな」
「・・・休息も必要ですよ・・・何か御馳走してください」
「いいですね・・・何か温かいものでも」
「お寿司なんかいいですね」
「お寿司・・・好きなの?」
「はい」
ナース柴田とドクター颯太を嘉月寿司に案内する一光である。
「ここ・・・本当においしいんですか」
「親父の店なんだ」
「え」
「いらっしゃい」と沖田一心(田中泯)は客を笑顔で迎える。
「美味っ・・・鯛美味っ」と颯太。
「大穴子ください」とナース柴田。
「沖田先生って寿司屋になりたいと思ったことないんですか?」
「いや・・・」
「寿司屋も結構向いてそうですけど」
「じゃあ・・・何で医者になろうと思ったんです?」
「井川先生は?」
「僕は・・・医者になろう・・・と思ったことはないですね・・・なるのが当たり前だったので」
「ああ・・・」と息もぴったりのドクター沖田とナース柴田である。
「こっちは・・・医者になりてえって言われて・・・そりゃビックリしたよ・・・本当に医学部入るなんて・・・思ってもいなかった」
「俺の話はいいよ」
「勉強苦手だったんですか?」
「一浪して日邦大ですもんね」
「おい」
「でも・・・手術はホントにすごいですから」
「沖田先生は努力の人ですけどそれ以上にセンスと才能があるんですよね」
一心は親馬鹿の笑みを漏らす。
「母ちゃんが死んだおかげだな」
「え・・・」
「冗談だよ」
颯太とナース柴田は・・・妄想を膨らませる。
「あれかな・・・お母さんが亡くなったことがきっかけで苦手だった勉強してまで医者になろうとしたってこと・・・」
「かもね」
徐々にではあるが・・・ナース柴田とドクター颯太も仲睦まじくなってきているようだ。
若い二人にはそういう風が吹くからである。
榊原弁護士は外科部長と酒の席で密談を交わす。
「羽村先生は副院長先生と決裂したと思ってました」
「・・・」
「結局・・・尻尾をふったんですか」
「昔は・・・気の合う友人だと思っていたが・・・最近の彼の考えには同意しかねるところがあるね・・・手の届かないぶどうをすっぱいと決めつけるキツネみたいな・・・イソップ寓話でもあるまいに」
「鳴かぬなら殺してしまえ不如帰」
「信長か・・・」
「私はその気持ち分かるような気がします」
「・・・」
しかし・・・何食わぬ顔で・・・主夫を演じる壮大だった。
「私が辞めても・・・小児科のことをよろしくお願いします」
「もちろんだよ」
壮大はベーコン&エッグを炒めた。
茜の診断についてのカンファレンス。
「カリフォルニアで10歳の症例がありました」
「10歳・・・」
「マンモグラフィーと生検をやらせてください」
「でもこれ1例だけよね?」
「ゼロではないと言うことです」
「・・・」
「検査をやらせてください」
「ではまず生検から」
深冬は父親の許可を得て・・・茜に検査の必要性を説く。
「胸の検査がね・・・また必要になったの」
「・・・」
茜の表情に不安が満ちる。
「悪いものがないかを調べる検査よ」
「悪いもの?」
「世界でたった一人かもしれない・・・とても低い確率だけど・・・がんの疑いがあるの」
「がん・・・」
「検査をしてがんじゃなかったら安心だし・・・もしがんだったとしても今ならいくらでも治療法があるのよ」
「もしがんだったらどうなるの?」
「状態にもよるけど手術や放射線治療が必要になる・・・そうなった時に一緒に考えましょう・・・発見が遅れたことで治療の選択肢が少なくなったり治療法がなくなることだけは避けたいの・・・あとになってあの時ちゃんと調べておけば良かったってそう思わないために」
「わかりました・・・ちゃんと話してくれて・・・ありがとうございます」
患者の存在感・・・抜群である。
生検の結果・・・病理の診断は乳腺分泌がんだった。
「・・・見逃すとこだった」
「児島先生・・・根治の可能性は?」
「がんが小さいので十分に考えられる・・・」
患者の負担を軽減するために胆道拡張症と乳がんのオペを同時に行うことが決定する。
乳腺外科の児島が仰臥位で右乳房温存術と右脇からセンチネルリンパ節生検を行い、次に一光が腹腔鏡で胆道拡張症に対する手術を執刀するのだった。
「切除は腫瘍部分のみで傷は目立たなくしますから」
「よろしくお願いします」
帰宅した壮大は・・・論文を執筆する深冬を発見する。
「論文書いてるの・・・」
「カズとの共同作業だからか・・・」と思わず邪心が言葉となって滑り出る壮大。
「え?」
「いや・・・珍しい症例なのか」
「14歳の患者さんにね・・・乳がんが見つかったの」
「14歳で」
「明日オペなんだけど最初はそんなのありえないからって検査を認めてもらえなかったのよ・・・でも沖田先生は諦めなかったから・・・早期発見ができた・・・この症例は・・・未来の子供たちにとって貴重なものでしょう」
「そうか・・・沖田先生がな・・・しかし・・・あまり無理はするなよ」
「・・・ありがとう」
壮大の心の穴は収縮を繰り返す。
茜の手術は無事に終了した。
「可能性はゼロじゃなかったわね・・・いい勉強になったわ」
「ありがとうございました」
ドクター児島とドクター沖田はエールを交換した。
「シアトル中央病院」のStphen医師からの追伸があった。
「自分のモットーを君に贈る・・・初心忘れるべからず」
基本に忠実に・・・そこで・・・一光は・・・本来の心臓外科医としのキャリアを振り返るのだった。
心臓外科手術と・・・脳外科手術の術式がリンクし・・・一光は光明を見出すのだった。
「なんだ・・・バイパス手術があったじゃないか」
脳外科へのチャレンジに気をとられ・・・一光は・・・自分を見失っていたのである。
深冬もまた・・・颯太の分身的立場にある。
ついにトンネルを抜けたことを報告しにきた一光に・・・深冬は結紮の修練で応ずる。
「私・・・気付いてしまったのよ・・・私ね・・・医者の家に生まれてなかったら医者にはならなかったんだろうなってずっと思ってたの・・・でも違ってた・・・茜ちゃんのオペ・・・なんで私じゃなくて沖田先生がやってるんだろうって・・・ずっと思ってたの・・・私・・・自分で思ってる以上に医者だったみたい・・・気付くのが遅すぎたわ」
「遅くはないさ・・・オペの方法が見つかったから」
「え」
「心臓のバイパス術を応用して脳幹の血管をつなぐ・・・そうすれば神経を1つも傷つけずに腫瘍が取れるんだ」
「・・・」
「大丈夫だよ・・・君はまた・・・ここに戻ってこれる・・・医者として」
「・・・ありがとう」
手術室で見つめあう二人。
トンネルを抜けた二人は目に見えないオーラを発するのだった。
その様子を・・・モニターで・・・壮大が見ていた。
壮大の心の穴は・・・もはやブラックホールのようなものに・・・。
そこに・・・一光がやってくる。
「壮大・・・見つけたよ・・・大脳動脈に側頭動脈をつないで中脳側面で大脳動脈を離断する・・・このバイバス手術によって中脳側面が大きく露出して・・・脳溝から腫瘍に到達することができる・・・かなりリスクは高い・・・でも完治させるにはこの方法しかない」
「お前を信じて良かったよ」
「・・・」
「かなり危険だけどお前ならできるよな」
「すぐに準備にとりかかる・・・」
壮大の心は激しく明滅する。
「よりリスクが高い術式・・・それでもカズを信じてオペを受ける・・・か」
壮大には・・・自分が何を求めているのか・・・もはやわからなくなっているのではないか。
そういう気配が濃厚である。
再び全体会議・・・。
榊原弁護士が牙を剥く。
「リスク管理についてもう一度見直しをお願いしたいと思います・・・病気を抱えた医者が外科的治療を行うことは患者さんに不利益をもたらす危険があるので自己判断でしないようにお願いいたします」
「どういうことだ」と院長・・・。
「院長はご存じじゃないんですか?・・・深冬先生のご病気について」
「何?」
「深冬先生は脳に腫瘍を抱えていらっしゃいます・・・」
医師たちはどよめく・・・。
「これは・・・深冬先生のご病気を承知で患者さんに外科的治療を行わせていた・・・副院長の責任問題です」
「なんだって・・・」
血相を変える院長。
壮大はただ・・・愛人を見つめていた。
暗闇は暗闇を引き寄せるのだ。
そして暗闇は暗闇に魅了されるのだ。
愛されないなら殺すしかないのだ。
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