転ばぬ先の滑り止め(深田恭子)
背水の陣を好む人間と保険を好む人間がいる。
退路を断って決戦を挑むことを好むと言う人は「見栄っ張り」で「ええかっこうしい」で「虚栄心が強い」と言えなくもない。
基本的に破滅型である。
一か八かが大好きで・・・勝負に勝つことよりも勝負そのものが好きなのである。
そしてノイローゼになりやすい。
保険を好む人は「次善の策」を準備するし、石橋を叩いて渡る。
つまりBプランがあり、慎重派である。
勝つためには手段を選ばない。
基本的にクールである。
ただし、くよくよしすぎるとノイローゼになる。
どちらが人生を楽しめるのかは・・・意見が分かれるところだろう。
人には向き不向きがあり・・・「ベストを尽くすために後先考えないこと」も成功の秘訣と言えないこともない。
人が家族を作るのは・・・お互いの欠点を補う必要があるからである。
バカな亭主にはよくできた女房が必要なのである。
もちろん・・・よくできた女房を得るためにはバカな亭主になる必要があるわけである。
・・・いやいやいや。
で、『下克上受験・最終回(全10話)』(TBSテレビ20170317PM10~)原作・桜井信一、脚本・両沢和幸、演出・福田亮介を見た。脚本的にはややあざといわけである。「すべりどめ」の存在を隠しておく必要は・・・日常生活にはあまりない。しかし・・・ここは「内助の功」の強調として乗り切るのだった。同じ中卒でも桜井信一(阿部サダヲ)がバカで・・・香夏子(深田恭子)が良妻賢母であるという流れは一貫しており・・・最終回の「大逆転」もそこそこスムーズに展開するのだった。
常に狂気を孕んだ阿部サダヲの存在感は不必要なまでに不気味さを醸しだしてしまうのだが・・・常にかわいい深田恭子がそれを中和して・・・成立するドラマなのだった。
そろそろ・・・阿部サダヲには頭のおかしな犯罪者を演じてもらいたいよねえ。
なにしろ・・・「アベサダ」なのである・・・女だったら恐ろしいことをしでかす名前なのだから。
東大生の親は東大生が多いということが統計的にも明らかな時代なのである。
中卒の両親の子供が・・・中学受験をするのはものすごく無謀なことだ。
しかし・・・無謀なことをしないで・・・底辺に甘んじることはものすごく怠惰なことでもある。
学歴社会なのに受験に関心がない両親なんてクソだと激しく結論するこのドラマ。
一部お茶の間の臓腑をえぐるのだった。
佳織(山田美紅羽)の受験番号「277」は・・・合格発表の表示にはなかった・・・。
信一は膝から崩れ落ち・・・立ち上がることができない。
(神も仏もないのかよ)
自分が本気を出せば・・・成し遂げられないことはない・・・という思いこみが木端微塵になったのである。
現実の恐ろしさに腰が抜ける信一だった。
そんな信一に手を差し伸べる・・・佳織。
「お父さん・・・帰ろう」
古典である・・・「いざとなったら男より女の方が強い」という流れ。
桜井父娘の様子から「事態」を察した徳川直康(要潤)と徳川麻里亜(篠川桃音)の父娘はかける言葉がみつからないのだった。
香夏子からの連絡を受け・・・居酒屋「ちゅうぼう」の中卒の仲間たち・・・松尾(若旦那)、竹井(皆川猿時)、梅本(岡田浩暉)、そして杉山(川村陽介)は意気消沈する。
中学受験の先輩である楢崎哲也(風間俊介)も無念さを滲ませる。
帰宅した信一は香夏子に誘導されて入浴するのであった。
背水の陣で戦に挑み・・・惨敗した信一は・・・痺れた頭で・・・娘の行く末を案じる。
「次は・・・高校受験だ・・・また一から勉強だ」
「・・・」
信一に背を向ける佳織。
香夏子はすっかり・・・オヤジギャルになり・・・接待で毎晩帰りが遅くなる。
「もう少し・・・家のことも考えてよ」
「誰が稼いで食わしてやってると思ってんだ」
「・・・」
夜遊びの激しくなった佳織を捜しに行く信一。
佳織はコンビニ前で零点シスターズの河瀬リナ(丁田凛美)と遠山アユミ(吉岡千波)と遊んでいた。
「佳織・・・受験勉強の時間だよ」
「ざけんなよ・・・もう勉強なんてするわけねえだろう」
「そんな」
「とっとと消えろよ・・・お受験クソオヤジ・・・」
「え・・・お受験クソオヤジって・・・」
「みんな・・・そう呼んでるよ」
「ね~」
「ね~」
「佳織~」
涙目で妄想から帰還する浴槽の信一。
明らかなサービス・ミスである。
一夫(小林薫)は祝いの酒にはならなかった特級酒を持って訪れる。
「佳織はどうしてる?」
「帰ってからずっと・・・俺塾に籠っちゃって・・・」
一夫は孫を案じて様子を窺う。
「何をしてるんだ?」
「受験で出た問題・・・もう一度解き直してみたの・・・よくわかった」
「え・・・何がわかったんだ?」
「何がわかってなかったのか」
「・・・」
中卒の三人と中学受験に失敗したものが食卓を囲む。
「ウサギと亀のようにはいかなかったね」
「ああ・・・」
「何の話だ?」
「ウサギと亀の本当のタイトルは油断大敵・・・ウサギたちが亀には用心しろっていう縛めなんだって」
「つまり・・・エリートたちはさ・・・油断しなければ絶対に負けないってことだよな」
「ある程度の努力で勝てるような相手じゃなかった・・・お父さんも私もずっと甘くみてたよね・・・頑張れば良い結果になるって・・・こんなに頑張ってるんだから神様が見放すはずないって」
「でも・・・あれ以上・・・頑張れないよ・・・あれが限界だよ」
信一は弱音を吐き・・・一夫はため息をつく。
「と言うことは・・・一生かかっても・・・俺たちは勝てねえってことか」
「大丈夫だよ・・・相手との距離がわかったからいつかきっと追いつける・・・だからお父さん・・・公立中学に行ってもまた一緒に勉強してくれる?」
中学受験をしたことのない信一に対して実際に挑んだ佳織はたくましく成長を遂げていたのだった。
応援団と選手とでは見える景色が違うのである。
「あ・・・いや・・・それはどうかな・・・中学の勉強は・・・もうお父さんには難しすぎるし・・・そろそろ・・・仕事もしないと・・・」
信一の心はすでに死んでいた。
しかし・・・香夏子には奥の手があったのだ。
「二人とも・・・もうひと頑張りしないとね」
「香夏子・・・そんなこと言ったって」
「みんなには内緒で・・・星の宮女学院の願書を出しておいたの」
「え」
「だって・・・桜庭学園より星の宮女学院の制服がかわいいんだもの」
ノイローゼ状態の信一なら・・・「二番じゃダメなんだ」と怒りだすところだが・・・すでに死んでいるので降伏するしかないのである。
「受けてもいいの?」
「佳織・・・」
「こっちの方が簡単なんだろう」と一夫。
「桜葉学園の次に難しいし・・・」
すでに死んでいるので消極的な信一である。
「大丈夫・・・今度は絶対に受かる」
ニュータイプとして覚醒した佳織だった。
御先真っ暗な信一とは違い・・・すでに先が見通せる佳織なのである。
「香夏子さん・・・ありがとう」と一夫は息子に代わって礼を述べる。
「私は公立でもいいと思ってるんです・・・でも・・・将来・・・佳織にやりたいことができた時・・・学歴がないのが理由でそれができないとしたらかわいそうだなって・・・思うようになって・・・」
「敗者復活戦じゃ・・・金メダルはとれないんだよな」
ウジウジと・・・終わったことに拘る信一。
「手ぶらで帰るわけにはいかないのよ」
「でも・・・桜庭学園を落ちた子たちが・・・たくさん来るし」
「負け犬同志・・・相手にとって不足はないわ」
三位決定戦に向けてモチベーションをあげるため・・・素早く心を切り変える猛者がそこにいた。
三日後・・・星の宮女学院の受験当日・・・。
すでに受験生としての風格さえ感じさせる佳織だった。
「お父さん・・・受験勉強楽しかったね」
「え・・・」
信一は凛々しい娘を眩しく感じるのだった・・・。
星の宮女学院の保護者面談は・・・着席が許されるらしい。
「お父さんの最終学歴が・・・中学卒業となっていますが・・・間違いありませんか」
「はい・・・家庭の事情で・・・そのようになりました・・・だから・・・娘には自分が経験していない世界を知って欲しかったのです」
「塾には行かせず・・・お父様ご自身が教えられたとありますが・・・」
「娘と一緒に中学受験というものを自分で経験してみたかったので」
「おやりになっていかがでしたか」
「一言で申せば・・・とても・・・楽しかったということになります」
合格発表当日・・・素晴らしいインターネットの世界で合格通知を待つ一同。
「ここをクリックしたら・・・合否がわかります」
「早くクリックしろ」
「ここは・・・桜井さんが・・・」
「いや・・・俺には無理だ」
佳織が辛抱できずにクリック!
「やった・・・432番・・・合格」
「万歳」
佳織は・・・信一が願った桜葉学園ではなく・・・自分が行きたいと考えた星の宮女子学院に合格したのであった。
信心深い一夫は・・・早朝のお礼参りに信一を連れ出す。
「何も・・・こんなに朝早く神社に来なくてもいいだろう」
「馬鹿野郎・・・お礼参りは早いに越したことねえんだよ」
「・・・」
「神様・・・私は息子にろくな教育をあたえてやりませんでした・・・しかし・・・息子は孫娘に立派な教育を授けることができました・・・心より御礼申し上げます」
「親父・・・」
「この神社も・・・あちこちガタが来てるんで・・・俺が修繕することにしたよ」
「・・・」
腕に自信がある一夫は身体で礼金を払うつもりらしい。
全国を行脚するシルバー宮大工の誕生である。
佳織の小学校卒業式の当日・・・。
テレビでは・・・「トクガワ開発」の社長・德川直康の退任がニュースになっていた。
海外事業での失敗の責任をとってのことらしい。
学校に押し寄せる報道陣・・・。
明治時代の朝ドラマの主人公のような正装をした小山みどり先生(小芝風花)が一喝する。
「場所柄をわきまえなさい・・・このウジ虫ども」
「・・・」
「大変だな・・・」と信一。
「いや・・・でも・・・うれしいこともあったよ」と直康。
育児ノイローゼで・・・転地療養していた妻(野々すみ花)が快方に向ったらしい。
娘が桜葉学園に合格したことが功を奏したのである。
お嬢様を妻にするのもいろいろと大変なのである。
香夏子は小山みどり先生に礼をする。
「いろいろとアドバイスしてくれてありがとうございました」
「こちらこそ・・・どんな馬鹿げたことのように見えても・・・何かを成し遂げる気持ちの大切さを教えていただいたような気がします」
「えへ」
佳織はライバルと握手をした。
「今度は東大を目指しましょう」
「麻里亜ちゃんがそう言うのなら・・・喜んで」
大森健太郎(藤村真優)は受験しなかった。
「俺は天才だから・・・公立で充分なんだ・・・そしていつか医者になる・・・佳織が病気になったら治してやるよ」
「ありがとう・・・アライフを見たのね」
「まあね」
信一は自分の体験を素晴らしいインターネットの世界で発信した。
これが出版社の目にとまり・・・「下剋上受験」はベストセラーになるのだった。
信一は・・・娘の七光で受験アドバイザーとしてそこそこ活躍している。
信一のトークイベント&サイン会では・・・娘の手紙朗読が見せ場である。
「それでは・・・娘さんからの手紙をお聞きください」と司会者(赤江珠緒)・・・。
「私は中学1年生です・・・みんなにすごいねと言われる学校で・・・全生徒の中で私の家が一番貧乏だと思います・・・でも・・・それで困ったことはまだ一度もありません・・・友達もたくさんできました・・・この間・・・父は本がたくさん売れたと喜んでいました・・・私が大学に行けるほど売れたの?・・・と聞くと・・・大丈夫だと言っていました・・・買ってくれたみなさん・・・本当にありがとうございます」
いろいろと複雑な気持ちになる聴衆たちである。
楢崎が課長に昇進し・・・香夏子は課長補佐になるという話がある。
「あの・・・産休はいただけるのでしょうか」
「え」
桜井夫妻はやることはやっているのだった。
こうして・・・世界は回って行く。
無理を承知で受験しなければそもそも合格できないという話である。
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