« 永禄五年、井伊直親死す(三浦春馬) | トップページ | 永禄九年、足利義昭越前国に入る(柴咲コウ) »

2017年4月 3日 (月)

永禄九年、今川氏真徳政令を発す(柴咲コウ)

永禄七年(1564年)九月、曳馬城主・飯尾連竜を攻めた今川勢は苦戦し、今川氏真配下の井伊谷衆の実質的な旗頭である中野直由や井伊直盛未亡人・祐椿尼の兄である新野左馬助親矩が討ち死にしたとされる。

さらに氏真の傅役である三浦正俊までが討ち死にし・・・結局、氏真は連竜と和睦した。

だが・・・連竜は永禄八年(1566年)十二月に氏真に駿府で成敗されるのだった。

和睦しておいて暗殺・・・これが今川家の常套手段であるのは明らかで・・・・こんなことばかりやっていたから・・・あんなことになるのだ・・・と思う人は多いだろう。

一方・・・主人公が「国」と言う・・・井伊谷という遠江国の浜名湖以北の一帯の勢力図はもはや混乱の極みとなっている。

永禄三年に井伊直盛、永禄五年に井伊直親、永禄六年に井伊直平、永禄七年に中野(井伊)直由と毎年のように当主が死んでいるのである。

つまり・・・ほとんど・・・当主不在と言っていいだろう。

虎松こと井伊直政が歴史の表舞台に登場するまで・・・井伊谷に「国」などなかったというのが実態である。

もちろん・・・永禄年間の遠江のあれやこれやは謎に包まれているので時空を越えたいろいろなことが起きうるわけである。

下剋上の波は全国津々浦々に広がっているのだ。その証拠に今川家の人質であり・・・今川義元の家臣だった松平家康が桶狭間の合戦から五年後には三河一国の支配者となっているのである。

そして、尾張国の織田信長と松平家康が同盟している以上・・・遠江国は家康の餌食に他ならない。

民が安寧に暮らせる「世」はほとんど絵空事なのである。

それでも・・・ちまちまと・・・井伊谷城周辺をなんとか治めようとする次郎法師は・・・けなげだと言う他ないのだなあ。そして・・・なんとか力になろうとして・・・最後は侵略者によって成敗されてしまう小野家当主は哀れなのだなあ。

で、『おんな城主   直虎・第13回』(NHK総合20170403PM8~)脚本・森下佳子、演出・渡辺一貴を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。戦国時代の経済というものを生産者(農民)、流通者(商人)、経営者(支配者)の関係性で語るというのはなんとなく「お勉強」の匂いがして好みが分かれそうなところでございますねえ。室町幕府体制が崩壊しつつある戦国末期ということでは・・・今川体制という地域経済的な室町幕府体制の根本維持かつ縮小化が失敗してしまうというのが・・・東海地方で起こったことのような気がいたします。一方で武士の作る政治というものは・・・合議制を基本としながら・・・結局最後は「腕力勝負」なところがございます。戦になれば勝負は時の運なので・・・勝ったり負けたりして・・・結果として無法地帯を生むことになるわけです。その中で切磋琢磨してある程度、統合されていった武士集団を・・・信長が「恐怖」で支配し、秀吉が「富」で支配し・・・そして家康が「安全・安心」で支配したというのが・・・自由で不安定な戦国時代の終焉のあらましでございます。このドラマの主人公は・・・不倫相手を幼馴染に殺されたことを恨み続ける情念の人の側面と・・・焼け跡からのし上がった経済やくざの指南役という側面を持っているような気がします。どう考えても混ぜると危険な気配がしますが・・・この脚本家は結構、凄腕なので・・・嫌な感じを漂わせつつ・・・それなりに名作に仕上げてきますよね・・・きっと。

Naotora013永禄七年(1564年)二月、 奥平貞勝・定能父子が松平家康に臣従する。永禄八年(1565年)五月、三好義継が二条御所を急襲し室町幕府第十三代将軍・足利義輝を殺害。足利義栄が第十四代将軍候補となる。織田信長は滝川一益に伊勢国攻めを命じる。松平家康は酒井忠次に命じ三河国吉田城の小原鎮実を攻めさせ開城させる。十二月、今川氏真は駿府で飯尾連竜を襲撃し成敗。永禄九年(1566年)、信長は美濃国の稲葉良通・氏家直元・安藤守就を臣従させる。家康は三河一国をほぼ制圧し正親町天皇より従五位下三河守に叙任され徳川姓を称する。四月、氏真は飯尾一族が籠城する曳馬城を開城させる。十二月、松平家康は三河一国をほぼ制圧し正親町天皇より従五位下三河守に叙任され徳川姓を称する。この頃、氏真は遠江国・駿河国の各地に徳政令を発布する。井伊谷の地頭となった次郎法師は遠江国引佐郡瀬戸村の商人・新田四郎右衛門(瀬戸方久)に借金の代償として瀬戸村の支配を委託(譲渡)することで徳政令の施行を実質的に回避する。

小牧山の山城で織田信長は尾張守を名乗っていた。

三河国より京の都に近い尾張国は支配関係が複雑である。尾張国を信長が完全に掌握しているとは言えず・・・朝廷に申し出れば叙任される可能性は高いものの・・・信長は時期尚早と判断していた。

桶狭間の勝利から六年・・・信長はひたすらに・・・武力の増強を求めている。

尾張守などでは・・・終わらぬ・・・。

信長の野望と・・・後の人が揶揄する志が・・・信長自身の心に芽生えている。

「今川義元を殺した男」として「悪名」を手にいれた信長は・・・じわじわと支配の輪を広げてついに伊勢国の一部と美濃国の一部に勢力を拡大していた。

小牧山城の奥庭は「御庭」と称されている。

二重の柵に囲まれ・・・東西に門があり・・・東門が外門、西門が内門である。

本丸から信長は渡り廊下で続く西門を通り・・・引見館に入る。

部外者は東門から入り・・・役人に導かれ「御庭」に参上するのだった。

「空蝉法師が参っております」

丹羽長秀が引見館の奥の間で休んでいた信長に告げる。

「であるか・・・」

信長は頷いた。

柴田勝家の足軽から右筆に抜擢された太田牛一を呼び・・・引見の縁に出る。

「御庭」には粗末な身形の法師が蹲っている。

空蝉法師は・・・信長の忍びの頭の一人である。

信長の頭脳は閃く。

「駿河はどうか・・・」

「氏真公は・・・盛んにお布令を出されております」

「安堵状の類か・・・」

「徳政令なども・・・さらに富士大宮の六斎市を・・・富士山本宮浅間大社の宮司・・・富士信忠に命じ楽市といたしました・・・」

「楽市・・・」

信長は楽市と言う言葉を脳内で弄った。

「近江の守護である六角定頼が観音寺城下に楽市令を布いたと・・・聞き覚えがある」

「商いをするものたちの・・・利をかすめ取る狙いでございましょう・・・」

「そのような甘きことにはならぬものよ・・・」

織田家は信長の父・信秀の代から・・・商人の飼い方を研鑽していた。

信長は利を重んじる商人たちの中から・・・行商人に身を落していた木下藤吉郎を抜擢した男である。

しかし・・・信長は「楽市」という言葉の響きを楽しむ。

「面白い・・・長秀よ・・・」

「は・・・」

「早速・・・清州の城で試してみよ・・・清州の座を解け」

信長が本拠地を小牧山に移したために・・・清州城下はさびれつつあった。

市場を解放してみるのも一興であった。

失敗しても損はないのである。

「御意」

「上手くいけば・・・他でも広めよ」

「御意」

「空蝉よ・・・遠江国はどうじゃ・・」

「氏真公と家康公の綱引きが続いておりまするが・・・」

「形勢はいかがじゃ」

「家康の伊賀者たちがよき働きぶり・・・」

「服部半蔵か・・・」

「氏真公は・・・先代に比べると・・・踊りますな・・・」

「傾いた家を建て直すのは・・・難いものよ・・・」

「まさしく・・・」

「遠江国にも・・・はたのものがおるだろう・・・」

「義元公は・・・太原雪斎の死後・・・忍びを軽んじたのでございます」

「であるな」

はたのものは・・・聖徳太子以来の・・・天皇の忍びの通称である。

聖徳太子が秦氏の諜者を使ったことによる。

秦氏は・・・表向きは機織りを生業としながら・・・裏では忍びとして全国に広がっている。

伊賀の服部氏はもちろん・・・織田家も・・・はたのものの流れを汲んでいた。

そこには独特の情報ネットワークがある。

太原雪斎はそのことを充分に心得ていたが・・・義元は表舞台に重心が傾きすぎてしまったのである。

忍びの力を軽視し・・・敗れ去ったのだ。

「氏真公が・・・小競り合いに夢中になっている間に・・・家康公は・・・秋葉の宮にまで手を広げておりまする」

「秋葉の宮・・・」

「遠江の修験のものたちのたまりでございます」

「であるか」

修験のものもまた・・・古来からの忍びの集団である。

信長は家康が・・・遠江国のしのびたちを再編しようとしていることを感じた。

はたのものたちも・・・全国に散り・・・すでに土着して糸が切れたものも多い。

しのびたちは・・・あるものは斥候の術を・・あるものは攻城の術を売り物にして領主に雇われるのが生業だった。

人を欺き・・・騙すのが習性のものたちを飼いならすためには・・・いくつかの忍びの群れを併用する必要があった。

だれが嘘をつき・・・だれがまことを申しているかは・・・情報を分析して判断する必要があったのだ。

家康は伊賀者を軸に・・・はたのものや・・・修験のものたちを巧みに取り込み始めているのだった。

信長はそれを読んでいるのである。

もちろん・・・家康にその術を伝授したのは・・・織田尾張守信長本人だった・・・。

「遠江国の井伊谷では・・・領主の娘が地頭を称しました」

「女・・・」

「おんな城主でございます」

「うつけたことよ・・・」

信長は微笑んだ。

関連するキッドのブログ→第12話のレビュー

|

« 永禄五年、井伊直親死す(三浦春馬) | トップページ | 永禄九年、足利義昭越前国に入る(柴咲コウ) »

コメント

「おタクの恋」を手に入れました。
今日から、ゆっくり読みます。
楽しみ!

投稿: ツボ | 2017年4月 3日 (月) 20時40分

ソレハカメジャ~ツボ様、いらっしゃいませ~ミズガメジャ

あれから・・・24年・・・まだ流通していたとは・・・。

あの頃は・・・まだ本がそこそこ売れたのでございますよねえ。

懐かしい・・・スマホのない時代・・・。

楽しんでいただけたら幸いです・・・。

なんだかわからなかったら・・・すみません・・・。

投稿: キッド | 2017年4月 4日 (火) 08時51分

「おタクの恋」読み終えました。

妄想族の僕にとって、最高の一冊でした(^^)/
本当は、もっとゆっくり読むはずだったのですが、面白くて一気に読み終えてしまいました。
丁度10話!
連続ドラマになったら、楽しいのに(笑)

ところで表題の「おタク」について
25年位前だと…「マニアックで根暗の引きこもり」みたいなマイナスのイメージありますよね。
今なら…差し詰め「専門家」みたいなプラスのイメージに転換する事も可能になりますかね!
ちょっと時代がキッド氏について行けてなかったのでしょうか?そんな感じがします。

また、気が向いたら、次の作品にチャレンジして欲しいですね!

投稿: ツボ…かもめとぶ | 2017年4月 8日 (土) 16時28分

ソレハカメジャ~ツボ様、いらっしゃいませ~ミズガメジャ

お楽しみいただけて幸いです。

この小説の潜在的読者は日本国内に十万人はいると妄想しますがそれが販売実績に結びつかなかった・・・のでございますね。

しかも・・・主人公は少年殺人者ですのでコンプライアンス的に大問題でしょう・・・。

処女作が遺作というのも悪くないのではないでしょうか。

もちろん・・・「作品」と言うことなら・・・このブログは十年に渡る大長編でございますよ。

完全に楽しむためには関連作品をすべて視聴する必要がございますが・・・。

「おタク」と言うのは・・・基本的に「貴方様」という意味で使用しています。

「おタクのお子さんは・・・しつけがアレですね」

そういう「おタク」です。

昔のオタクは「おタク・・・最近どう(・・?」などとお互いを呼び合っていたものです。

つまり・・・「貴方様の恋」です。

ちなみに主人公のモデルとなった方は今でも現役の放送作家です・・。

海宮くんの物語は「学園祭の女王殺人事件」
「探偵事務所ができるまで」
と三部作の予定でしたが・・・今のところ発表の予定はございません。

あしからず・・・。

投稿: キッド | 2017年4月 9日 (日) 12時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 永禄九年、今川氏真徳政令を発す(柴咲コウ):

» 【おんな城主 直虎】第13回「城主はつらいよ」 感想 [ドラマ@見とり八段]
井伊家の領主として名乗りを上げた井伊直虎(柴咲コウ)。 幼い虎松(寺田心)が元服するまでの間、後見として国を治めることを宣言するが、家臣たちは… [続きを読む]

受信: 2017年4月 7日 (金) 21時56分

» 大河ドラマ『おんな城主直虎』第十三回 [レベル999のgoo部屋]
「城主はつらいよ」内容今川家は、幼い虎松(寺田心)の後見として政次(高橋一生)を指名する。だが直後、南溪和尚(小林薫)は、虎松の後見人に井伊直虎を推挙。家臣達の前に現れたのは、次郎法師(柴咲コウ)であった。当然、中野直之(矢本悠馬)奥山六左衛門(田中美央)ら家臣は反発するのだが、南溪はカタチだけであると断言する。すると、政次は困惑しながらも、直虎を支えると宣言...... [続きを読む]

受信: 2017年4月 8日 (土) 19時30分

» 大河ドラマ「おんな城主 直虎」生き残る為の決断13直虎は井伊領の借金経営の現実を知り苦悩するもかつて救った者の助言で直虎は例のない大抜擢人事を決断した [オールマイティにコメンテート]
大河ドラマ「おんな城主 直虎」第13話は井伊家の領主となった直虎だったが、これまで出家していたために井伊家の実情がわからない状況だった。当然この時代におんな城主はあまり ... [続きを読む]

受信: 2017年4月 9日 (日) 17時04分

« 永禄五年、井伊直親死す(三浦春馬) | トップページ | 永禄九年、足利義昭越前国に入る(柴咲コウ) »