ぼくらの神の影と果てまでは果てしない世界の光とのかけひき
毎度おなじみの不定期更新である。
ココログががんばる限りキッドもがんばるのだった。
二十年にわたる介護生活の果てにすっかり老体となり、文章を書くことにもいささかよろめく今日この頃である。
諸事情により40年間生息した住居から大量の書物や記録媒体を処分してこじんまりした新居を構えた。
ひさしぶりに秋葉原の書店にいくと未読のスティーブン・キングや萩尾望都が大量に存在し、過ぎ越し年月に溜息が出るのだった。
去年の暮れに実家の母の排泄物を処理して入院中の父の代わりに盆栽の手入れをした後で帰宅。AV機器の配線をいじった後立ち上がり、転倒して左ひざの半月板断裂である。
強烈な痛みを感じつつ哄笑してしまった。
人生は実に厄介だ。
鶴亀のように長生きしたければツルツルのまずにかめかめというが、歩行困難なのを毎朝忘れてベッドからおきあがり転倒する父は就寝中拘束され、1分前の記憶がない母は介護施設の入居アンケートに一日でも長生きしたいと回答する。
まあ、施設という姥捨て山があるからいいが、いい加減、安楽な旅立ちについて議論を深めてもらいたい。
じゃなきゃ、庶民はぶち殺しかねないからねえ。
(仮記事です)


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